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王都を去る前日。
私は、カシアン様と共に、国王陛下への最後のご挨拶のために謁見の間を訪れていました。
そこには、なぜか以前にも増してやつれ果て、幽霊のようなオーラを纏ったジュリアン王子の姿もありました。
「……ラテ。待て、行かないでくれ。私は……私は、ようやく気づいたのだ」
ジュリアン王子が、私のドレスの裾を掴まんばかりの勢いで縋り付いてきました。
あら。王族としての矜持は、バラの香りのスープと一緒に下水に流してしまったのかしら。
「気づいた? 何をですの、王子。新しいダイエット法でも見つけましたの?」
「違う! 私は、お前の大切さに気づいたのだ! お前がいなくなってから、この王宮には『活気』という名のスパイスが消えてしまった。食事は味気なく、空気は冷え切り……マリアも、最近では私の顔を見るたびに『もっと宝石を寄こせ』としか言わないのだ!」
「……それは、ただの自業自得ではありませんこと?」
私は、扇子を広げて冷ややかな視線を送りました。
隣では、カシアン様が不機嫌そうに腕を組み、いつでも王子を蹴り飛ばせる準備を整えています。
「いいや! 私は国王陛下に、婚約破棄の取り消しを願い出たのだ! 陛下もお前の食べっぷりを気に入っておられるし、今ならまだ間に合う! さあ、ラテ。その野蛮な騎士の手を離し、私の元へ戻ってこい!」
ジュリアン王子の叫びが、広々とした謁見の間に虚しく響き渡りました。
……。
……。
……静寂。
あまりにも間抜けな提案に、衛兵たちすら目を逸らしていますわ。
「……王子。あなた、一つ大きな勘違いをしていますわよ」
「勘違い? 私が、お前を愛しているということがか?」
「いいえ。あなたが愛しているのは私ではなく、私が管理していた『美味しい生活』ですわ。あなたは自分の空腹を、愛だと履き違えているだけなのです。……それを、世間では『胃袋の奴隷』と呼びますのよ」
「な……!」
「それに、婚約破棄の取り消しですって? 笑わせないでくださいまし。一度口に入れて、不味いと思って吐き出した料理を、誰がもう一度口に戻したいと思うのです? それは不衛生極まりない行為ですわ」
私は一歩、王子に詰め寄りました。
「今の私は、カシアン様という最高級のメインディッシュを手に入れたのです。彼は、私のために魔物を狩り、お米を炊き、私の食べっぷりを世界で一番愛おしいと言ってくださる。……あなたのような、付け合わせにもならない男に構っている暇はありませんの」
「ラテ……。貴様、私を料理のカスのように……!」
「カスではありませんわ。……そう、例えるなら、焼きすぎて炭になったトーストですわね。形は保っているけれど、食べれば苦いだけで、何の栄養にもならない……。まさに、今のあなたにぴったりですわ」
「ぐ、ぐわあああああーっ!」
ジュリアン王子は、私の辛辣な例え話に精神を打ち砕かれたのか、その場に膝をついて顔を覆いました。
「ジュリアン様! そんな女、放っておけばいいのですわ! それより私に、新しいティアラを……!」
駆け寄ってきたマリア様でしたが、王子は彼女の手を振り払いました。
「……うるさい! 宝石なんて食べられないじゃないか! 私は……私は、あの猪肉の味噌焼きが食べたかっただけなんだ! ああ……ラテ……お前のあの、ギトギトした、でも温かい料理が……!」
「……手遅れですわよ。さあ、カシアン様。行きましょうか。こんな湿気った場所にいると、私の肌のツヤが悪くなってしまいますわ」
「……ああ。そうだな、ラテ。私たちの住む辺境の地には、こんな未練がましい男の入る隙間はない」
カシアン様が私の肩を抱き寄せ、優しく導いてくれました。
私たちは、泣き叫ぶ王子と、憤慨するマリア様を背に、堂々と謁見の間を後にしました。
「……ふぅ。これで王都とも本当にお別れですわね。カシアン様、お腹が空きませんでした?」
「………お前は、あんな修羅場の直後でも、やはりそうくるか」
「当たり前ですわ! 感情を動かすとカロリーを消費しますもの。……ねえ、カシアン様。馬車の中に、昨日の残りの『厚焼き玉子サンド』、忍ばせてありますわよね?」
「………ああ。お前が忘れるはずがないと思って、しっかりとバター多めで作らせておいたぞ」
「さすが私の旦那様! 気が利きますわ!」
私はカシアン様の腕に抱きつき、幸せな気分で王宮の長い回廊を歩きました。
後ろからは、まだ王子の「お肉……お肉を食べさせてくれーっ!」という悲鳴が聞こえてきましたが、私の耳には、馬車で待っているサンドイッチの呼ぶ声しか届きませんでした。
「……さあ、帰りましょう、カシアン様。私たちの、美味しい楽園へ!」
「……ああ。お前が満足するまで、一生、私が焼き続けてやる」
王都の空は、どこまでも澄み渡っていました。
かつての悪役令嬢、今の満腹令嬢ラテ。
私の新しい人生のメインディッシュは、これからが最高の食べごろなのですわ!
私は、カシアン様と共に、国王陛下への最後のご挨拶のために謁見の間を訪れていました。
そこには、なぜか以前にも増してやつれ果て、幽霊のようなオーラを纏ったジュリアン王子の姿もありました。
「……ラテ。待て、行かないでくれ。私は……私は、ようやく気づいたのだ」
ジュリアン王子が、私のドレスの裾を掴まんばかりの勢いで縋り付いてきました。
あら。王族としての矜持は、バラの香りのスープと一緒に下水に流してしまったのかしら。
「気づいた? 何をですの、王子。新しいダイエット法でも見つけましたの?」
「違う! 私は、お前の大切さに気づいたのだ! お前がいなくなってから、この王宮には『活気』という名のスパイスが消えてしまった。食事は味気なく、空気は冷え切り……マリアも、最近では私の顔を見るたびに『もっと宝石を寄こせ』としか言わないのだ!」
「……それは、ただの自業自得ではありませんこと?」
私は、扇子を広げて冷ややかな視線を送りました。
隣では、カシアン様が不機嫌そうに腕を組み、いつでも王子を蹴り飛ばせる準備を整えています。
「いいや! 私は国王陛下に、婚約破棄の取り消しを願い出たのだ! 陛下もお前の食べっぷりを気に入っておられるし、今ならまだ間に合う! さあ、ラテ。その野蛮な騎士の手を離し、私の元へ戻ってこい!」
ジュリアン王子の叫びが、広々とした謁見の間に虚しく響き渡りました。
……。
……。
……静寂。
あまりにも間抜けな提案に、衛兵たちすら目を逸らしていますわ。
「……王子。あなた、一つ大きな勘違いをしていますわよ」
「勘違い? 私が、お前を愛しているということがか?」
「いいえ。あなたが愛しているのは私ではなく、私が管理していた『美味しい生活』ですわ。あなたは自分の空腹を、愛だと履き違えているだけなのです。……それを、世間では『胃袋の奴隷』と呼びますのよ」
「な……!」
「それに、婚約破棄の取り消しですって? 笑わせないでくださいまし。一度口に入れて、不味いと思って吐き出した料理を、誰がもう一度口に戻したいと思うのです? それは不衛生極まりない行為ですわ」
私は一歩、王子に詰め寄りました。
「今の私は、カシアン様という最高級のメインディッシュを手に入れたのです。彼は、私のために魔物を狩り、お米を炊き、私の食べっぷりを世界で一番愛おしいと言ってくださる。……あなたのような、付け合わせにもならない男に構っている暇はありませんの」
「ラテ……。貴様、私を料理のカスのように……!」
「カスではありませんわ。……そう、例えるなら、焼きすぎて炭になったトーストですわね。形は保っているけれど、食べれば苦いだけで、何の栄養にもならない……。まさに、今のあなたにぴったりですわ」
「ぐ、ぐわあああああーっ!」
ジュリアン王子は、私の辛辣な例え話に精神を打ち砕かれたのか、その場に膝をついて顔を覆いました。
「ジュリアン様! そんな女、放っておけばいいのですわ! それより私に、新しいティアラを……!」
駆け寄ってきたマリア様でしたが、王子は彼女の手を振り払いました。
「……うるさい! 宝石なんて食べられないじゃないか! 私は……私は、あの猪肉の味噌焼きが食べたかっただけなんだ! ああ……ラテ……お前のあの、ギトギトした、でも温かい料理が……!」
「……手遅れですわよ。さあ、カシアン様。行きましょうか。こんな湿気った場所にいると、私の肌のツヤが悪くなってしまいますわ」
「……ああ。そうだな、ラテ。私たちの住む辺境の地には、こんな未練がましい男の入る隙間はない」
カシアン様が私の肩を抱き寄せ、優しく導いてくれました。
私たちは、泣き叫ぶ王子と、憤慨するマリア様を背に、堂々と謁見の間を後にしました。
「……ふぅ。これで王都とも本当にお別れですわね。カシアン様、お腹が空きませんでした?」
「………お前は、あんな修羅場の直後でも、やはりそうくるか」
「当たり前ですわ! 感情を動かすとカロリーを消費しますもの。……ねえ、カシアン様。馬車の中に、昨日の残りの『厚焼き玉子サンド』、忍ばせてありますわよね?」
「………ああ。お前が忘れるはずがないと思って、しっかりとバター多めで作らせておいたぞ」
「さすが私の旦那様! 気が利きますわ!」
私はカシアン様の腕に抱きつき、幸せな気分で王宮の長い回廊を歩きました。
後ろからは、まだ王子の「お肉……お肉を食べさせてくれーっ!」という悲鳴が聞こえてきましたが、私の耳には、馬車で待っているサンドイッチの呼ぶ声しか届きませんでした。
「……さあ、帰りましょう、カシアン様。私たちの、美味しい楽園へ!」
「……ああ。お前が満足するまで、一生、私が焼き続けてやる」
王都の空は、どこまでも澄み渡っていました。
かつての悪役令嬢、今の満腹令嬢ラテ。
私の新しい人生のメインディッシュは、これからが最高の食べごろなのですわ!
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