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「……皆様、お聞きなさい! 氷をかじって命を繋ぐなど、美食の王国・ベルシュマンの名が泣きますわよ! さあ、この『生命の山』から溢れ出す、大地の吐息を吸い込みなさい!」
王都の中央広場。かつては華やかな噴水が上がっていたその場所は、今や巨大な「藁と米麹の山」に占拠されていた。
その頂上に立ち、真っ赤な毛皮を翻しながら叫ぶのは、悪役令嬢イザバラである。
彼女の指差す先では、雪に埋もれていた市民たちが、半信半疑の表情で鼻をヒクヒクさせていた。
「……お、おい。なんだ、この匂いは。少し酸っぱくて、それでいて胃袋を直接掴んでくるような、強烈に懐かしい香りは……」
「火はないはずなのに、あの山から湯気が上がっているぞ!? まさか、地熱か? それとも、あの令嬢の執念が物理的な熱に変わったのか!?」
群衆がざわめく中、イザバラは高らかに笑い、手にした巨大なレードルを空に掲げた。
「地熱でも執念でもございませんわ! これは、十億、百億という微小なる料理人たちが、貴方たちのために繰り広げている情熱のダンス――『発酵』の熱ですわよ! さあ、閣下、開門なさい!」
隣に立つリュカが、無言で巨大な藁の山を剣で切り裂いた。
ドサリ、という音と共に山が割れると、そこからまるで火山の噴火のような猛烈な湯気が吹き出した。
中には、グランシエル公爵邸から運び出された数十個の巨大な寸胴鍋が、黄金色に輝く藁の中に深く埋もれていた。
「……っ!! なんだ、この香りは……。味噌と、熟成したチーズ、そして……大量のニンニクか!」
「さあ、配りなさい! 火を失い、心まで凍りついた哀れな子羊たちに、微生物たちの抱擁を届けるのですわ!」
イザバラの号令の下、公爵家の使用人たちが一斉にスープを注ぎ始めた。
それは、発酵の熱だけで一晩かけてじっくりと温められた、特製『発酵コンボ・ミソスープ』。
具材には、寒さで甘みを増した根菜と、麹によって繊維がズタズタに柔らかくなった豚肉がこれでもかというほど入っている。
「……はふっ、はふっ……!! 温かい……。火を使っていないなんて信じられない……。五臓六腑に、麹の甘みが染み渡るようだ……!」
「身体が……身体が内側から燃え上がるようだぞ! これなら、カトリーヌ様の『零度の苔』なんて怖くない!」
広場は一瞬にして、絶望の静寂から、咀嚼音と歓喜の叫びが交差する祝祭の場へと変わった。
イザバラは、その光景を満足げに眺めながら、自分用の特製大盛りスープを豪快に煽った。
「オホホホ! 見てご覧なさい、カトリーヌ様! 貴女がどんなに外側から世界を凍らせようと、内側から湧き上がる『腐敗……もとい発酵』の力には勝てませんわ!」
その時、広場の端から、ガチガチと激しい音を立てて走ってくる影があった。
「い……イザバラぁぁぁ! 私を忘れないでくれぇぇぇ! 私の……私の鼻のつららが、ついにこの熱気で溶け落ちたんだぁぁぁ!」
現れたのは、もはや常連となりつつあるジュリアン王太子だった。
彼はボロボロになった近衛兵の外套を脱ぎ捨て、半裸に近い状態でスープの列に割り込もうとしていた。
「殿下。貴方は王族でしょう? まずは子供や老人たちに譲るという、高貴な義務(ノブレス・オブリージュ)を思い出しなさいな」
「そんなもの、空腹の前では紙屑と同じだ! 私は……私は、その藁の中にダイブしたいんだ! 微生物たちと一緒に、私も熱く踊りたいんだぁぁぁ!」
ジュリアンは、制止する衛兵たちをなぎ倒し、藁の山に顔を突っ込んで「……ああ、温かい……。菌たちの囁きが聞こえる……」と恍惚の表情を浮かべた。
「……イザバラ。王太子が壊れていくのを見るのは、もはや日常茶飯事だが……この街の『火』は、依然として消えたままだ。カトリーヌを完全に打倒しない限り、私たちは一生、藁の中で煮炊きをすることになるぞ」
リュカが、スープで温まった指先を見つめながら、静かに告げた。
「分かっておりますわ、閣下。あの方は今、地下牢で自分の失敗に歯噛みしているはず。……ですが、あの方の性格を考えれば、次はもっと陰湿な手を打ってくるでしょうね」
イザバラの予感は的中していた。
地下牢の最深部、氷に閉ざされた闇の中で、カトリーヌは自身の指先を噛み切り、凍りついた床に血で紋章を描いていた。
「……いいわ。熱も、塩も、脂も、貴女が守るというのなら……。ならば、この世から『甘み』を消し去って差し上げましょう……。果実は腐り、砂糖は砂へと変わり、蜂蜜は毒の苦味へと変貌する……」
カトリーヌの瞳が、狂気で青白く燃え上がる。
「甘みのない世界で、人々がどれほど正気を保てるかしら……。イザバラ、貴女の美食という名の傲慢を、絶望の泥ですり潰して差し上げますわ……!」
王都から「火」が消え、人々が藁の熱で凌いでいる中、次なる災厄の足音が、甘い香りを消し去りながら近づいていた。
「……あら、閣下。なんだか急に、このスープの後味が『苦く』感じられませんこと?」
イザバラが、怪訝そうに空を見上げた。
そこには、夕焼けを飲み込むような、不気味な紫色の雲が広がり始めていた。
王都の中央広場。かつては華やかな噴水が上がっていたその場所は、今や巨大な「藁と米麹の山」に占拠されていた。
その頂上に立ち、真っ赤な毛皮を翻しながら叫ぶのは、悪役令嬢イザバラである。
彼女の指差す先では、雪に埋もれていた市民たちが、半信半疑の表情で鼻をヒクヒクさせていた。
「……お、おい。なんだ、この匂いは。少し酸っぱくて、それでいて胃袋を直接掴んでくるような、強烈に懐かしい香りは……」
「火はないはずなのに、あの山から湯気が上がっているぞ!? まさか、地熱か? それとも、あの令嬢の執念が物理的な熱に変わったのか!?」
群衆がざわめく中、イザバラは高らかに笑い、手にした巨大なレードルを空に掲げた。
「地熱でも執念でもございませんわ! これは、十億、百億という微小なる料理人たちが、貴方たちのために繰り広げている情熱のダンス――『発酵』の熱ですわよ! さあ、閣下、開門なさい!」
隣に立つリュカが、無言で巨大な藁の山を剣で切り裂いた。
ドサリ、という音と共に山が割れると、そこからまるで火山の噴火のような猛烈な湯気が吹き出した。
中には、グランシエル公爵邸から運び出された数十個の巨大な寸胴鍋が、黄金色に輝く藁の中に深く埋もれていた。
「……っ!! なんだ、この香りは……。味噌と、熟成したチーズ、そして……大量のニンニクか!」
「さあ、配りなさい! 火を失い、心まで凍りついた哀れな子羊たちに、微生物たちの抱擁を届けるのですわ!」
イザバラの号令の下、公爵家の使用人たちが一斉にスープを注ぎ始めた。
それは、発酵の熱だけで一晩かけてじっくりと温められた、特製『発酵コンボ・ミソスープ』。
具材には、寒さで甘みを増した根菜と、麹によって繊維がズタズタに柔らかくなった豚肉がこれでもかというほど入っている。
「……はふっ、はふっ……!! 温かい……。火を使っていないなんて信じられない……。五臓六腑に、麹の甘みが染み渡るようだ……!」
「身体が……身体が内側から燃え上がるようだぞ! これなら、カトリーヌ様の『零度の苔』なんて怖くない!」
広場は一瞬にして、絶望の静寂から、咀嚼音と歓喜の叫びが交差する祝祭の場へと変わった。
イザバラは、その光景を満足げに眺めながら、自分用の特製大盛りスープを豪快に煽った。
「オホホホ! 見てご覧なさい、カトリーヌ様! 貴女がどんなに外側から世界を凍らせようと、内側から湧き上がる『腐敗……もとい発酵』の力には勝てませんわ!」
その時、広場の端から、ガチガチと激しい音を立てて走ってくる影があった。
「い……イザバラぁぁぁ! 私を忘れないでくれぇぇぇ! 私の……私の鼻のつららが、ついにこの熱気で溶け落ちたんだぁぁぁ!」
現れたのは、もはや常連となりつつあるジュリアン王太子だった。
彼はボロボロになった近衛兵の外套を脱ぎ捨て、半裸に近い状態でスープの列に割り込もうとしていた。
「殿下。貴方は王族でしょう? まずは子供や老人たちに譲るという、高貴な義務(ノブレス・オブリージュ)を思い出しなさいな」
「そんなもの、空腹の前では紙屑と同じだ! 私は……私は、その藁の中にダイブしたいんだ! 微生物たちと一緒に、私も熱く踊りたいんだぁぁぁ!」
ジュリアンは、制止する衛兵たちをなぎ倒し、藁の山に顔を突っ込んで「……ああ、温かい……。菌たちの囁きが聞こえる……」と恍惚の表情を浮かべた。
「……イザバラ。王太子が壊れていくのを見るのは、もはや日常茶飯事だが……この街の『火』は、依然として消えたままだ。カトリーヌを完全に打倒しない限り、私たちは一生、藁の中で煮炊きをすることになるぞ」
リュカが、スープで温まった指先を見つめながら、静かに告げた。
「分かっておりますわ、閣下。あの方は今、地下牢で自分の失敗に歯噛みしているはず。……ですが、あの方の性格を考えれば、次はもっと陰湿な手を打ってくるでしょうね」
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カトリーヌの瞳が、狂気で青白く燃え上がる。
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王都から「火」が消え、人々が藁の熱で凌いでいる中、次なる災厄の足音が、甘い香りを消し去りながら近づいていた。
「……あら、閣下。なんだか急に、このスープの後味が『苦く』感じられませんこと?」
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