悪役令嬢として婚約破棄されましたが、異議はありません。

鏡おもち

文字の大きさ
28 / 28

28

しおりを挟む
「……はぁ。ようやく今期の連結決算が終了しましたわ。エルザ、各特区の利益率は予測通りね?」

 ヴァレンティーノ帝国、財務総督室。
 私は、もはや「令嬢」ではなく「帝国の頭脳」と呼ばれる存在になっていました。
 かつての隣国は、私の経済改革によって周辺諸国を次々と『救済合併』し、今や大陸一の経済大国……ヴァレンティーノ帝国へと進化を遂げたのです。

「はい、総督。旧アステリア領の生産性は、ルビー様が導入された『全自動算盤システム』により、昨対比でさらに二十パーセント向上しております」

「素晴らしいわ。……ところで、あの『窓際係』たちの様子はどうかしら? まだ息はしているの?」

 私が指差したモニター……もとい、魔導通信鏡の先。
 そこには、白髪混じりになったレナード(元殿下)が、山のような書類に埋もれて白目を剥いている姿が映っていました。

「……三万八千、三万八千一……。ああ、ルビー、助けてくれ……。数字が、数字が夢の中にまで出てきて『お前の愛はいくらだ?』と問い詰めてくるんだ……」

「……彼は現在、国内の全馬車の走行距離をカウントするという、非常に重要かつ単調な業務をこなしております。ミス一回につき、夕食のパンが乾パンに格下げされるシステムは、彼の忍耐力を大いに鍛えているようですわ」

 一方、その隣の廊下では。
 シルヴィアが、プロ仕様の強力な洗剤を抱えて、眩しいほどの笑顔で床を磨き上げていました。

「見てください! この反射率! 私の磨いた床で、レナード君の絶望した顔が鏡のように映っておりますわ! これぞ、究極のクリーン・エンターテインメントですわね!」

「……シルヴィア様、もとい掃除局長。彼女の清掃効率はもはや神の領域ですわ。先月、彼女の書いた『汚れを許さない愛の清掃術』がベストセラーになり、印税で新しい雑巾を百枚購入されたとか」

 私は呆れ半分、感心半分で通信を切り、窓の外に広がる帝都の夜景を眺めました。
 かつて私を「可愛げがない」と捨てた人々は、今や私の掌の上で、効率的に、そしてそれなりに幸せ(?)に働かされています。

「……随分と楽しそうに、不良債権の観察をしているのだな」

 背後から、温かい腕が私の肩を抱き寄せました。
 帝国の皇帝となったカイル殿下……いえ、私の最愛の共同経営者であるカイルです。

「カイル。お仕事は終わったのかしら? あなたの執務量、私が算出した定時を三分も過ぎておりますわよ」

「フッ。……大臣たちが、どうしても『次世代の育成計画』について具体的な話をしろと詰め寄ってきてな。……つまり、ルビー。君と私の間に生まれる『最高の投資先』についての話だ」

 カイルは、私の少し膨らんだお腹にそっと手を添えました。
 ……そう。私の最新のプロジェクト。
 それは、カイルとの間に新しい生命……という名の「将来の最高経営責任者」を迎えることです。

「……この子にかかる養育費、教育費、そして将来的な帝国の継承に伴うリスクヘッジ。……それらを計算した結果、私の人生の純利益は、あと数百年は右肩上がりが確定しましたわ」

「君は、我が子まで数字で語るのか。……だが、その徹底した現実主義があるからこそ、私は安心してこの国を君に預けられる」

 カイルが私の耳元で、甘く、そして誰よりも信頼に満ちた声を囁きました。

「愛しているよ、ルビー。君という名の『市場』は、いつだって私に最高の結果をもたらしてくれる」

「……お上手ですわね。でも、その言葉に免じて、今夜の『夫婦会議』は特別に一時間延長してあげてもよろしいですわ」

 私はカイルの胸に顔を埋め、算盤を弾くのをやめて、ただ彼の心音に耳を傾けました。
 婚約破棄から始まった私の逆襲劇。
 それは、無能な男との決別ではなく、自分自身の価値を正当に評価してくれる「最高の市場」を見つけるための旅でした。

「お嬢様、失礼いたします。……明日からの新婚旅行(視察兼任)の荷造りが完了しました。金貨十万枚分の予備費、馬車の秘密のコンパートメントに隠しておきましたので」

 セバスの冷静な声に、私は顔を上げて不敵に微笑みました。

「ありがとう、セバス。……さあ、行きましょう。世界には、まだ私の知らない『非効率』が溢れているはず。それらを全て、私の算盤で『利益』に変えてあげなくては!」

 悪役令嬢、ルビー・フォン・ベルシュタイン。
 彼女の快進撃は、これからも止まりません。
 
 なぜなら、この世界で最も高いリターンを生む投資は……。
 自分自身の能力を信じ、突き進むことだと、彼女の算盤が証明しているのですから。
しおりを挟む
感想 0

この作品の感想を投稿する

あなたにおすすめの小説

七日後に神罰が落ちる。上層部は「下を切り捨てろ」と言った——私は全員を逃がす

蒼月よる
ファンタジー
七日後、この港に神罰が落ちる。 追放された元観測士イオナだけが、その事実を知っていた。 しかも災害は自然現象ではない——誰かが、意図的に引き起こそうとしている。 港の上層部はすでに手を打っていた。「下層区画を緩衝被害区として切り捨てる」秘密契約。被害を最小限に見せかけ、体制を守る冷徹な計画だ。 イオナは元護送隊長ガルム、荷運び組合長メラとともに動き出す。 犯人を暴き、証拠を公開し、住民を逃がし、工廠を止める——すべてを七日で。 被害を「選ぶ」管理か、全員を「残す」運用か。 追放観測士の、七日間の港湾カウントダウン・サスペンス。 この作品は以下の箇所にAI(Claude Code)を利用しています。 ・世界観・設定の管理補助 ・プロット段階の壁打ち ・作者による執筆後の校正

婚約破棄?いいですけど私巨乳ですよ?

無色
恋愛
 子爵令嬢のディーカは、衆目の中で婚約破棄を告げられる。  身分差を理由に見下されながらも、彼女は淡々と受け入れようとするが、その時ドレスが破れ、隠していた自慢のそれが解き放たれてしまう。

《完結》「パパはいますか?」ある日、夫に似た子供が訪ねて来た。

ヴァンドール
恋愛
嫁いですぐに夫は戦地に赴いた。すると突然一人の男の子が訪ねて来た「パパはいますか?」 その子供の顔は戦地に行った夫にそっくりだった。

『皇族を名乗った伯爵家は、帝国に処理されました』 ―天然メイドは、今日も失敗する―

ふわふわ
恋愛
婚約破棄を経て、静かに屋敷を去った令嬢。 その後に残された伯爵家は、焦燥と虚勢を抱えたまま立て直しを図ろうとする。 だが、思惑はことごとく空回りする。 社交界での小さな失態。 資金繰りの綻び。 信用の揺らぎ。 そして、屋敷の中で起こる“ちょっとした”騒動の数々。 決して大事件ではない。 けれど積み重なれば、笑えない。 一方、帝国では新たな時代が静かに始まろうとしている。 血筋とは何か。 名乗るとは何か。 国家が守るものとは何か。 これは、派手な復讐劇ではない。 怒号も陰謀もない。 ただ―― 立場を取り違えた家が、ゆっくりと現実に追いつかれていく物語。 そして今日も、屋敷では誰かが小さな失敗をする。 世界は静かに、しかし確実に動いている。

事務仕事しかできない無能?いいえ、空間支配スキルです。~勇者パーティの事務員として整理整頓していたら、いつの間にか銅像が立っていました~

水月
恋愛
「在庫整理しかできない無能は不要だ」 第一王子から、晩餐会の場で婚約破棄と国外追放を告げられた公爵令嬢ユズハ。 彼女のギフト【在庫整理】は、荷物の整理しかできないハズレスキルだと蔑まれていた。 だが、彼女は知っていた。 その真価は、指定空間内のあらゆる物質の最適化であることを。 追放先で出会った要領の悪い勇者パーティに対し、ユズハは事務的に、かつ冷徹に最適化を開始する。 「勇者様、右腕の筋肉配置を効率化しました」 「魔王の心臓、少し左にずらしておきましたね」 戦場を、兵站を、さらには魔王の命までをも在庫として処理し続けた結果、彼女はいつしか魔王討伐勇者パーティの一人として、威圧感溢れる銅像にまでなってしまう。 効率を愛する事務屋令嬢は、自分を捨てた国を不良債権として切り捨て、再出発する。

辺境に追放されたガリガリ令嬢ですが、助けた男が第三王子だったので人生逆転しました。~実家は危機ですが、助ける義理もありません~

香木陽灯
恋愛
 「そんなに気に食わないなら、お前がこの家を出ていけ!」  実の父と義妹に虐げられ、着の身着のままで辺境のボロ家に追放された伯爵令嬢カタリーナ。食べるものもなく、泥水のようなスープですすり、ガリガリに痩せ細った彼女が庭で拾ったのは、金色の瞳を持つ美しい男・ギルだった。  「……見知らぬ人間を招き入れるなんて、馬鹿なのか?」  「一人で食べるのは味気ないわ。手当てのお礼に一緒に食べてくれると嬉しいんだけど」  二人の奇妙な共同生活が始まる。ギルが獲ってくる肉を食べ、共に笑い、カタリーナは本来の瑞々しい美しさを取り戻していく。しかしカタリーナは知らなかった。彼が王位継承争いから身を隠していた最強の第三王子であることを――。 ※ふんわり設定です。 ※他サイトにも掲載中です。

婚約破棄されたので、隠していた聖女の力で聖樹を咲かせてみました

Megumi
恋愛
偽聖女と蔑まれ、婚約破棄されたイザベラ。 「お前は地味で、暗くて、何の取り柄もない」 元婚約者である王子はそう言い放った。 十年間、寡黙な令嬢を演じ続けた彼女。 その沈黙には、理由があった。 その夜、王都を照らす奇跡の光。 枯れた聖樹が満開に咲き誇り、人々は囁いた。 「真の聖女が目覚めた」と——

婚約破棄ですか? では、最後に一言申しあげます。

にのまえ
恋愛
今宵の舞踏会で婚約破棄を言い渡されました。

処理中です...