10 / 24
10
しおりを挟む
「ついに……ついに着きましたわ! 私の約束の地、夢と癒やしの楽園『スパランド』!!」
馬車の窓から身を乗り出し、私はキラキラと目を輝かせた。
視界の先には、山あいに広がる風情ある街並み。
至る所から立ち上る真っ白な湯気は、まるで私を祝福するファンファーレのようだ。
「お嬢様、身を乗り出しすぎです。その勢いで落ちたら、温泉に浸かる前に墓場に直行ですよ」
アンネが私の腰を掴んで、強引に車内に引き戻す。
「構いませんわ! この匂い! 硫黄の香ばしさが、私の乾いた心に染み渡りますわ……!」
「……。ルルさん、そんなに楽しみにしておられたのですね」
御者台から飛び降りたアルさんが、苦笑いしながら扉を開けてくれた。
「当たり前ですわ! このために、私は十年間も嫌われ役(プロジェクト)を遂行してきたんですもの!」
私はアルさんの手を借りて、軽やかに地面に降り立った。
アスファルト……ではなく、趣のある石畳を踏みしめる。
さあ、まずは最高級の旅館にチェックインして、二十四時間体制で温泉を堪能して……。
「……。あら?」
私は、広場の中央で首を傾げた。
「どうしました、お嬢様」
「いえ……。なんだか、思っていたよりも『静か』ですわね?」
そう、私の想像では、ここは観光客でごった返し、浴衣姿の人々が笑い声を上げ、至る所で温泉饅頭の蒸気が上がっているはずだった。
しかし、目の前に広がる景色は、どう見ても「寂れている」。
開いている店は数えるほど。通りを歩いているのは、やる気のなさそうな痩せた猫が一匹だけだ。
「……アルさん。今日は何か、この町独自の『静寂を愛する儀式』の日だったりしますの?」
「……。いいえ。私が聞き及んでいた話では、ここは隣国でも指折りの保養地だったはずですが」
アルさんもフードの奥で眉を寄せ、周囲を見渡している。
私は一番近くにあった、看板が今にも外れそうな旅館『湯煙亭』の暖簾をくぐった。
「ごめんあそばせ! 今日から一ヶ月、スイートルームを貸し切りたいのですが!」
「……。へい、いらっしゃい……って、一ヶ月!? あんた、正気かい?」
奥から出てきたのは、これまた活気の欠片もない、ヨレヨレの着物を着た番頭のおじいさんだった。
「正気も何も、私は温泉を愛する旅の乙女ですわ。お金ならありますのよ?」
私はポン、と金貨をカウンターに置いた。
おじいさんは金貨を二度見し、それから力なく首を振った。
「……お嬢さん。金があるなら、別の町へ行きな。今のここは、見ての通りおしまいだよ」
「おしまい? どういうことですの?」
「一年前から、山の向こうに『最新魔導サウナランド』っていう巨大な施設ができちまってな。若者はみんなそっちへ行っちまった」
「魔導サウナ……!?」
「おまけに、ここの源泉に『魔物が出る』なんていう根も葉もない噂まで流されて……。今じゃ、閑古鳥どころか死神が住み着いてる有り様さ」
おじいさんは深いため息をつき、再び奥へ引っ込もうとした。
私はその背中に向かって、扇子をビシッと突きつけた。
「ちょっと待ちなさいな!」
「……。なんだい」
「源泉が枯れたわけではありませんわね? お湯の質は、変わらず最高なんですわね?」
「……。ああ。湯だけは、先祖代々自慢の黄金泉だ。それだけは保証するが……」
「なら、問題ありませんわ!」
私はバッと振り返り、呆然としているアルさんとアンネに言い放った。
「アルさん! アンネ! 予定変更ですわ!」
「予定変更……とおっしゃいますと、別の町へ?」
「いいえ! ここに居座りますわ! そして、私がこの温泉街を再興させてみせます!」
「「……はあ!?」」
二人の声が重なった。
「だって、せっかく来たのに客がいないなんて、お風呂に入り放題じゃないですか! それに……」
私は不敵に微笑んだ。
「悪役令嬢として培った『人を動かす(脅す)技術』と、公爵家の『財力』。これを使わない手はありませんわ!」
「……ルルさん。あなたは、国外追放をバカンスではなく、事業の場にするつもりですか?」
アルさんが呆れたように、しかしどこか感心したような声を出す。
「温泉を独り占めするのもいいけれど、賑やかな方が楽しいに決まってますもの! さあ、アンネ! トランクから『戦略ノート』を出しなさい!」
「お嬢様……。温泉アヒルを入れていたトランクの底に、そんなものまで隠していたんですか」
「当然ですわ! 悪役令嬢は、常に最悪の事態(不景気)を想定して動くものですのよ!」
私の「国外追放ライフ」は、到着早々、温泉街プロデューサーとしての第一歩に変わろうとしていた。
(見ていなさい、アルフレイド殿下! 私がここを、あなたの国よりも有名な観光地にしてみせますわ!)
私は誰もいないロビーで、高らかに高笑いを上げた。
馬車の窓から身を乗り出し、私はキラキラと目を輝かせた。
視界の先には、山あいに広がる風情ある街並み。
至る所から立ち上る真っ白な湯気は、まるで私を祝福するファンファーレのようだ。
「お嬢様、身を乗り出しすぎです。その勢いで落ちたら、温泉に浸かる前に墓場に直行ですよ」
アンネが私の腰を掴んで、強引に車内に引き戻す。
「構いませんわ! この匂い! 硫黄の香ばしさが、私の乾いた心に染み渡りますわ……!」
「……。ルルさん、そんなに楽しみにしておられたのですね」
御者台から飛び降りたアルさんが、苦笑いしながら扉を開けてくれた。
「当たり前ですわ! このために、私は十年間も嫌われ役(プロジェクト)を遂行してきたんですもの!」
私はアルさんの手を借りて、軽やかに地面に降り立った。
アスファルト……ではなく、趣のある石畳を踏みしめる。
さあ、まずは最高級の旅館にチェックインして、二十四時間体制で温泉を堪能して……。
「……。あら?」
私は、広場の中央で首を傾げた。
「どうしました、お嬢様」
「いえ……。なんだか、思っていたよりも『静か』ですわね?」
そう、私の想像では、ここは観光客でごった返し、浴衣姿の人々が笑い声を上げ、至る所で温泉饅頭の蒸気が上がっているはずだった。
しかし、目の前に広がる景色は、どう見ても「寂れている」。
開いている店は数えるほど。通りを歩いているのは、やる気のなさそうな痩せた猫が一匹だけだ。
「……アルさん。今日は何か、この町独自の『静寂を愛する儀式』の日だったりしますの?」
「……。いいえ。私が聞き及んでいた話では、ここは隣国でも指折りの保養地だったはずですが」
アルさんもフードの奥で眉を寄せ、周囲を見渡している。
私は一番近くにあった、看板が今にも外れそうな旅館『湯煙亭』の暖簾をくぐった。
「ごめんあそばせ! 今日から一ヶ月、スイートルームを貸し切りたいのですが!」
「……。へい、いらっしゃい……って、一ヶ月!? あんた、正気かい?」
奥から出てきたのは、これまた活気の欠片もない、ヨレヨレの着物を着た番頭のおじいさんだった。
「正気も何も、私は温泉を愛する旅の乙女ですわ。お金ならありますのよ?」
私はポン、と金貨をカウンターに置いた。
おじいさんは金貨を二度見し、それから力なく首を振った。
「……お嬢さん。金があるなら、別の町へ行きな。今のここは、見ての通りおしまいだよ」
「おしまい? どういうことですの?」
「一年前から、山の向こうに『最新魔導サウナランド』っていう巨大な施設ができちまってな。若者はみんなそっちへ行っちまった」
「魔導サウナ……!?」
「おまけに、ここの源泉に『魔物が出る』なんていう根も葉もない噂まで流されて……。今じゃ、閑古鳥どころか死神が住み着いてる有り様さ」
おじいさんは深いため息をつき、再び奥へ引っ込もうとした。
私はその背中に向かって、扇子をビシッと突きつけた。
「ちょっと待ちなさいな!」
「……。なんだい」
「源泉が枯れたわけではありませんわね? お湯の質は、変わらず最高なんですわね?」
「……。ああ。湯だけは、先祖代々自慢の黄金泉だ。それだけは保証するが……」
「なら、問題ありませんわ!」
私はバッと振り返り、呆然としているアルさんとアンネに言い放った。
「アルさん! アンネ! 予定変更ですわ!」
「予定変更……とおっしゃいますと、別の町へ?」
「いいえ! ここに居座りますわ! そして、私がこの温泉街を再興させてみせます!」
「「……はあ!?」」
二人の声が重なった。
「だって、せっかく来たのに客がいないなんて、お風呂に入り放題じゃないですか! それに……」
私は不敵に微笑んだ。
「悪役令嬢として培った『人を動かす(脅す)技術』と、公爵家の『財力』。これを使わない手はありませんわ!」
「……ルルさん。あなたは、国外追放をバカンスではなく、事業の場にするつもりですか?」
アルさんが呆れたように、しかしどこか感心したような声を出す。
「温泉を独り占めするのもいいけれど、賑やかな方が楽しいに決まってますもの! さあ、アンネ! トランクから『戦略ノート』を出しなさい!」
「お嬢様……。温泉アヒルを入れていたトランクの底に、そんなものまで隠していたんですか」
「当然ですわ! 悪役令嬢は、常に最悪の事態(不景気)を想定して動くものですのよ!」
私の「国外追放ライフ」は、到着早々、温泉街プロデューサーとしての第一歩に変わろうとしていた。
(見ていなさい、アルフレイド殿下! 私がここを、あなたの国よりも有名な観光地にしてみせますわ!)
私は誰もいないロビーで、高らかに高笑いを上げた。
2
あなたにおすすめの小説
虐げられ続けてきたお嬢様、全てを踏み台に幸せになることにしました。
ラディ
恋愛
一つ違いの姉と比べられる為に、愚かであることを強制され矯正されて育った妹。
家族からだけではなく、侍女や使用人からも虐げられ弄ばれ続けてきた。
劣悪こそが彼女と標準となっていたある日。
一人の男が現れる。
彼女の人生は彼の登場により一変する。
この機を逃さぬよう、彼女は。
幸せになることに、決めた。
■完結しました! 現在はルビ振りを調整中です!
■第14回恋愛小説大賞99位でした! 応援ありがとうございました!
■感想や御要望などお気軽にどうぞ!
■エールやいいねも励みになります!
■こちらの他にいくつか話を書いてますのでよろしければ、登録コンテンツから是非に。
※一部サブタイトルが文字化けで表示されているのは演出上の仕様です。お使いの端末、表示されているページは正常です。
【完結】恋が終わる、その隙に
七瀬菜々
恋愛
秋。黄褐色に光るススキの花穂が畦道を彩る頃。
伯爵令嬢クロエ・ロレーヌは5年の婚約期間を経て、名門シルヴェスター公爵家に嫁いだ。
愛しい彼の、弟の妻としてーーー。
【完結】ケーキの為にと頑張っていたらこうなりました
すみ 小桜(sumitan)
恋愛
前世持ちのファビアは、ちょっと変わった子爵令嬢に育っていた。その彼女の望みは、一生ケーキを食べて暮らす事! その為に彼女は魔法学園に通う事にした。
継母の策略を蹴散らし、非常識な義妹に振り回されつつも、ケーキの為に頑張ります!
婚約辞退いたします。だってこの国、沈みますもの
鍛高譚
恋愛
「婚約はお断りいたします――この国は近い将来、崩壊しますので」
そう言い放ったのは、社交界でも目立たない子爵令嬢、マリン・アクアリウム。
ある日、とある舞踏会に突如現れた王太子ガイア殿下。
誰もが驚く中、なんと彼はマリンに婚約を申し出る。
周囲は騒然。「子爵令嬢が王太子妃!?」「断る理由などないはず!」
――だが、彼女は断った。「この国は、もうすぐ滅びます」――と。
そんな不吉な言葉を口にしたことで、彼女は“狂言癖のある嘘つき令嬢”と噂され、
家族にさえ見放され、ついには国外追放の身に。
だが、彼女の予言は本物だった――
数年後、王国に未曾有の大災厄が迫る。
国土が崩れ、海に沈む都市。人々が絶望する中、思い出されるのは、
あの舞踏会でただひとり“滅び”を告げた少女の名。
「彼女なら、この国を救えるかもしれない……」
皮肉にも“追放令嬢”マリンは、再び王都に呼び戻され、
滅びゆく国で最後の希望として担ぎ上げられる。
信じてもらえなかった過去。
それでも人々の命を守ろうと奔走するマリン。
そして、王子ガイアが差し伸べた、あの日と変わらぬ手。
――たとえ国が滅んでも、あなたとともに歩んでいきたい。
【完結】メルティは諦めない~立派なレディになったなら
すみ 小桜(sumitan)
恋愛
レドゼンツ伯爵家の次女メルティは、水面に映る未来を見る(予言)事ができた。ある日、父親が事故に遭う事を知りそれを止めた事によって、聖女となり第二王子と婚約する事になるが、なぜか姉であるクラリサがそれらを手にする事に――。51話で完結です。
逃げた先で見つけた幸せはずっと一緒に。
しゃーりん
恋愛
侯爵家の跡継ぎにも関わらず幼いころから虐げられてきたローレンス。
父の望む相手と結婚したものの妻は義弟の恋人で、妻に子供ができればローレンスは用済みになると知り、家出をする。
旅先で出会ったメロディーナ。嫁ぎ先に向かっているという彼女と一晩を過ごした。
陰からメロディーナを見守ろうと、彼女の嫁ぎ先の近くに住むことにする。
やがて夫を亡くした彼女が嫁ぎ先から追い出された。近くに住んでいたことを気持ち悪く思われることを恐れて記憶喪失と偽って彼女と結婚する。
平民として幸せに暮らしていたが貴族の知り合いに見つかり、妻だった義弟の恋人が子供を産んでいたと知る。
その子供は誰の子か。ローレンスの子でなければ乗っ取りなのではないかと言われたが、ローレンスは乗っ取りを承知で家出したため戻る気はない。
しかし、乗っ取りが暴かれて侯爵家に戻るように言われるお話です。
【完結】離縁したいのなら、もっと穏便な方法もありましたのに。では、徹底的にやらせて頂きますね
との
恋愛
離婚したいのですか? 喜んでお受けします。
でも、本当に大丈夫なんでしょうか?
伯爵様・・自滅の道を行ってません?
まあ、徹底的にやらせて頂くだけですが。
収納スキル持ちの主人公と、錬金術師と異名をとる父親が爆走します。
(父さんの今の顔を見たらフリーカンパニーの団長も怯えるわ。ちっちゃい頃の私だったら確実に泣いてる)
ーーーーーー
ゆるふわの中世ヨーロッパ、幻の国の設定です。
32話、完結迄予約投稿済みです。
R15は念の為・・
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる