婚約破棄で、隣国へ送られる。住めば都って本当ですか?

鏡おもち

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「ついに……ついに着きましたわ! 私の約束の地、夢と癒やしの楽園『スパランド』!!」


馬車の窓から身を乗り出し、私はキラキラと目を輝かせた。


視界の先には、山あいに広がる風情ある街並み。


至る所から立ち上る真っ白な湯気は、まるで私を祝福するファンファーレのようだ。


「お嬢様、身を乗り出しすぎです。その勢いで落ちたら、温泉に浸かる前に墓場に直行ですよ」


アンネが私の腰を掴んで、強引に車内に引き戻す。


「構いませんわ! この匂い! 硫黄の香ばしさが、私の乾いた心に染み渡りますわ……!」


「……。ルルさん、そんなに楽しみにしておられたのですね」


御者台から飛び降りたアルさんが、苦笑いしながら扉を開けてくれた。


「当たり前ですわ! このために、私は十年間も嫌われ役(プロジェクト)を遂行してきたんですもの!」


私はアルさんの手を借りて、軽やかに地面に降り立った。


アスファルト……ではなく、趣のある石畳を踏みしめる。


さあ、まずは最高級の旅館にチェックインして、二十四時間体制で温泉を堪能して……。


「……。あら?」


私は、広場の中央で首を傾げた。


「どうしました、お嬢様」


「いえ……。なんだか、思っていたよりも『静か』ですわね?」


そう、私の想像では、ここは観光客でごった返し、浴衣姿の人々が笑い声を上げ、至る所で温泉饅頭の蒸気が上がっているはずだった。


しかし、目の前に広がる景色は、どう見ても「寂れている」。


開いている店は数えるほど。通りを歩いているのは、やる気のなさそうな痩せた猫が一匹だけだ。


「……アルさん。今日は何か、この町独自の『静寂を愛する儀式』の日だったりしますの?」


「……。いいえ。私が聞き及んでいた話では、ここは隣国でも指折りの保養地だったはずですが」


アルさんもフードの奥で眉を寄せ、周囲を見渡している。


私は一番近くにあった、看板が今にも外れそうな旅館『湯煙亭』の暖簾をくぐった。


「ごめんあそばせ! 今日から一ヶ月、スイートルームを貸し切りたいのですが!」


「……。へい、いらっしゃい……って、一ヶ月!? あんた、正気かい?」


奥から出てきたのは、これまた活気の欠片もない、ヨレヨレの着物を着た番頭のおじいさんだった。


「正気も何も、私は温泉を愛する旅の乙女ですわ。お金ならありますのよ?」


私はポン、と金貨をカウンターに置いた。


おじいさんは金貨を二度見し、それから力なく首を振った。


「……お嬢さん。金があるなら、別の町へ行きな。今のここは、見ての通りおしまいだよ」


「おしまい? どういうことですの?」


「一年前から、山の向こうに『最新魔導サウナランド』っていう巨大な施設ができちまってな。若者はみんなそっちへ行っちまった」


「魔導サウナ……!?」


「おまけに、ここの源泉に『魔物が出る』なんていう根も葉もない噂まで流されて……。今じゃ、閑古鳥どころか死神が住み着いてる有り様さ」


おじいさんは深いため息をつき、再び奥へ引っ込もうとした。


私はその背中に向かって、扇子をビシッと突きつけた。


「ちょっと待ちなさいな!」


「……。なんだい」


「源泉が枯れたわけではありませんわね? お湯の質は、変わらず最高なんですわね?」


「……。ああ。湯だけは、先祖代々自慢の黄金泉だ。それだけは保証するが……」


「なら、問題ありませんわ!」


私はバッと振り返り、呆然としているアルさんとアンネに言い放った。


「アルさん! アンネ! 予定変更ですわ!」


「予定変更……とおっしゃいますと、別の町へ?」


「いいえ! ここに居座りますわ! そして、私がこの温泉街を再興させてみせます!」


「「……はあ!?」」


二人の声が重なった。


「だって、せっかく来たのに客がいないなんて、お風呂に入り放題じゃないですか! それに……」


私は不敵に微笑んだ。


「悪役令嬢として培った『人を動かす(脅す)技術』と、公爵家の『財力』。これを使わない手はありませんわ!」


「……ルルさん。あなたは、国外追放をバカンスではなく、事業の場にするつもりですか?」


アルさんが呆れたように、しかしどこか感心したような声を出す。


「温泉を独り占めするのもいいけれど、賑やかな方が楽しいに決まってますもの! さあ、アンネ! トランクから『戦略ノート』を出しなさい!」


「お嬢様……。温泉アヒルを入れていたトランクの底に、そんなものまで隠していたんですか」


「当然ですわ! 悪役令嬢は、常に最悪の事態(不景気)を想定して動くものですのよ!」


私の「国外追放ライフ」は、到着早々、温泉街プロデューサーとしての第一歩に変わろうとしていた。


(見ていなさい、アルフレイド殿下! 私がここを、あなたの国よりも有名な観光地にしてみせますわ!)


私は誰もいないロビーで、高らかに高笑いを上げた。
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