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「女王様温泉」の噂は、瞬く間に近隣の村々へと広がっていった。
今日も今日とて、私は旅館の入り口で、並んでいる殿方たちに扇子を振るい、愛のある罵声を浴びせていた。
「あら! そこの貴方、並び方がなっていませんわ! もっと指先までピンと伸ばして直立不動で待ちあそばせ!」
「は、はい! ありがとうございます、若女将!」
「若女将ではありませんわ、『ルル様』とお呼びなさい!」
「ルル様ぁぁぁ!」
男たちが一斉に歓喜の声を上げる中、一台のやけに豪華な馬車が、砂煙を上げて広場に乗り込んできた。
その馬車には、我が国の王室御用達……を少し地味にしたような、見覚えのある紋章が刻まれている。
(あら……? まさか、お父様が連れ戻しにきたのかしら?)
私が身構えたその時、馬車の扉が勢いよく開いた。
「ルルカ様ぁぁぁぁぁぁ!! お会いしたかったですわぁぁぁ!!」
中から飛び出してきたのは、ピンク色のフワフワしたドレスをなびかせた、この世の春を体現したような美少女。
いわゆる「ヒロイン」ポジションにして、私の熱狂的な信者、リリアーナ男爵令嬢であった。
「リ、リリアーナちゃん!? どうしてここにいらっしゃるのよ!」
私は驚きで扇子を落としそうになった。
リリアーナ様は、並んでいる客たちをモーゼの十戒のように突き飛ばし、私の元へ駆け寄ると、その細い腕で思い切り抱きついてきた。
「ルルカ様がいなくなってからの王宮なんて、味のしないガムを噛んでいるようなものでしたわ! あんな堅苦しいだけの場所、一日で飽きました!」
「ちょ、ちょっと、苦しいですわ……! それに貴方、殿下との『真実の愛』はどうしたんですの?」
私が尋ねると、リリアーナ様は私の胸に顔を埋めたまま、ケロッと言い放った。
「あんな氷の彫像みたいな王子様、観賞用にはいいですけど、人生のパートナーには重すぎますわ。それよりも私は、ルルカ様の華麗な悪役っぷりを見ていたいのです!」
「……。お嬢様、この子、やはり本物の変態ですね」
背後でアンネが、冷めた目でリリアーナ様を見つめていた。
「あ、アンネさんもお元気そうで! 見てください、ルルカ様を追いかけるために、私、家出同然で飛び出してきたんですのよ!」
リリアーナ様が誇らしげに、パンパンに膨らんだカバンを掲げた。
その時、建物の影で呼び込みをしていたアルさんが、そっと顔を出した。
「……リリアーナ嬢? なぜ君がここに……」
フードの奥から聞こえる、焦りに満ちた王子の声。
リリアーナ様はピタッと動きを止めると、ゆっくりとアルさんの方を向いた。
「……あら。そこにいる、死んだ魚のような目をしている傭兵さんは、どなたかしら?」
「……。傭兵のアルだ。……君、あまり大きな声で名前を呼ぶのは……」
アルさんが必死に「正体をバラすな」というサインを送るが、リリアーナ様はフンと鼻を鳴らした。
「ふふん、安心してくださいませ。私にとっての主役はルルカ様だけ。貴方が王太子だろうが、道端の石ころだろうが、私の関心事ではありませんわ」
「……。石ころ。俺、この国では一応、次期国王なのだが」
アルさんがガックリと膝をついた。
「それよりルルカ様! この『女王様温泉』というコンセプト、素晴らしいですわ! さすが私の推し! 時代の先を行きすぎています!」
リリアーナ様は私の手を取り、目を輝かせた。
「あら、わかってくれますの? でも、人手が足りなくて困っていたところなんですのよ」
「それなら私にお任せください! 私、ルルカ様の引き立て役として、最高の『薄幸の美少女』を演じてみせますわ!」
「引き立て役?」
「ええ! ルルカ様に虐められる可哀想な私を見て、お客様はより一層、ルルカ様の威光を感じるはずです! これぞ、光と影の演出!」
リリアーナ様は鼻息荒く提案した。
(……。この子、天才かしら?)
私はリリアーナ様の肩をポンと叩いた。
「採用ですわ、リリアーナちゃん! 貴方には今日から『お掃除見習いのドジっ子リリー』として、私の足元で這いつくばってもらいますわ!」
「はい! 喜んで這いつくばりますわ、ルルカ様!」
「………もう、好きにしてくれ」
アルさんの三度目のため息が、秋の空に虚しく消えていった。
こうして、最強の「悪役令嬢」と、最狂の「ヒロイン」がタッグを組んだ。
温泉街の復興は、もはや誰にも止められない爆走状態へと突入したのである。
今日も今日とて、私は旅館の入り口で、並んでいる殿方たちに扇子を振るい、愛のある罵声を浴びせていた。
「あら! そこの貴方、並び方がなっていませんわ! もっと指先までピンと伸ばして直立不動で待ちあそばせ!」
「は、はい! ありがとうございます、若女将!」
「若女将ではありませんわ、『ルル様』とお呼びなさい!」
「ルル様ぁぁぁ!」
男たちが一斉に歓喜の声を上げる中、一台のやけに豪華な馬車が、砂煙を上げて広場に乗り込んできた。
その馬車には、我が国の王室御用達……を少し地味にしたような、見覚えのある紋章が刻まれている。
(あら……? まさか、お父様が連れ戻しにきたのかしら?)
私が身構えたその時、馬車の扉が勢いよく開いた。
「ルルカ様ぁぁぁぁぁぁ!! お会いしたかったですわぁぁぁ!!」
中から飛び出してきたのは、ピンク色のフワフワしたドレスをなびかせた、この世の春を体現したような美少女。
いわゆる「ヒロイン」ポジションにして、私の熱狂的な信者、リリアーナ男爵令嬢であった。
「リ、リリアーナちゃん!? どうしてここにいらっしゃるのよ!」
私は驚きで扇子を落としそうになった。
リリアーナ様は、並んでいる客たちをモーゼの十戒のように突き飛ばし、私の元へ駆け寄ると、その細い腕で思い切り抱きついてきた。
「ルルカ様がいなくなってからの王宮なんて、味のしないガムを噛んでいるようなものでしたわ! あんな堅苦しいだけの場所、一日で飽きました!」
「ちょ、ちょっと、苦しいですわ……! それに貴方、殿下との『真実の愛』はどうしたんですの?」
私が尋ねると、リリアーナ様は私の胸に顔を埋めたまま、ケロッと言い放った。
「あんな氷の彫像みたいな王子様、観賞用にはいいですけど、人生のパートナーには重すぎますわ。それよりも私は、ルルカ様の華麗な悪役っぷりを見ていたいのです!」
「……。お嬢様、この子、やはり本物の変態ですね」
背後でアンネが、冷めた目でリリアーナ様を見つめていた。
「あ、アンネさんもお元気そうで! 見てください、ルルカ様を追いかけるために、私、家出同然で飛び出してきたんですのよ!」
リリアーナ様が誇らしげに、パンパンに膨らんだカバンを掲げた。
その時、建物の影で呼び込みをしていたアルさんが、そっと顔を出した。
「……リリアーナ嬢? なぜ君がここに……」
フードの奥から聞こえる、焦りに満ちた王子の声。
リリアーナ様はピタッと動きを止めると、ゆっくりとアルさんの方を向いた。
「……あら。そこにいる、死んだ魚のような目をしている傭兵さんは、どなたかしら?」
「……。傭兵のアルだ。……君、あまり大きな声で名前を呼ぶのは……」
アルさんが必死に「正体をバラすな」というサインを送るが、リリアーナ様はフンと鼻を鳴らした。
「ふふん、安心してくださいませ。私にとっての主役はルルカ様だけ。貴方が王太子だろうが、道端の石ころだろうが、私の関心事ではありませんわ」
「……。石ころ。俺、この国では一応、次期国王なのだが」
アルさんがガックリと膝をついた。
「それよりルルカ様! この『女王様温泉』というコンセプト、素晴らしいですわ! さすが私の推し! 時代の先を行きすぎています!」
リリアーナ様は私の手を取り、目を輝かせた。
「あら、わかってくれますの? でも、人手が足りなくて困っていたところなんですのよ」
「それなら私にお任せください! 私、ルルカ様の引き立て役として、最高の『薄幸の美少女』を演じてみせますわ!」
「引き立て役?」
「ええ! ルルカ様に虐められる可哀想な私を見て、お客様はより一層、ルルカ様の威光を感じるはずです! これぞ、光と影の演出!」
リリアーナ様は鼻息荒く提案した。
(……。この子、天才かしら?)
私はリリアーナ様の肩をポンと叩いた。
「採用ですわ、リリアーナちゃん! 貴方には今日から『お掃除見習いのドジっ子リリー』として、私の足元で這いつくばってもらいますわ!」
「はい! 喜んで這いつくばりますわ、ルルカ様!」
「………もう、好きにしてくれ」
アルさんの三度目のため息が、秋の空に虚しく消えていった。
こうして、最強の「悪役令嬢」と、最狂の「ヒロイン」がタッグを組んだ。
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