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「ちょっと、そこの石ころ傭兵! ルルカ様の大切なアヒルちゃんを磨く時は、もっと心を込めなさいな!」
リリアーナちゃんが、雑巾を片手にアルさんに指図を飛ばしている。
ここは『湯煙亭』の裏庭。
国外追放されたはずの私たちが、なぜか一致団結して大掃除に励んでいる奇妙な光景が広がっていた。
「……リリアーナ嬢。何度も言うが、私は傭兵のアルだ。それから、アヒルを磨くのに『心』がどう関係するのか説明してほしい」
アルさんは、フードを深く被り直しながら、無表情にアヒル(ゴム製)を布で拭いている。
「関係大アリですわ! このアヒルちゃんは、ルルカ様のバスタイムを彩る聖なるパートナー! 貴方のような無骨な男が触れるだけでも恐れ多いんですのよ!」
「……。……。……はぁ」
アルさんの深いため息が、また一つ。
最近、彼の呼吸の半分はため息で構成されている気がする。
「いいですわよ、二人とも! 口を動かす暇があるなら、手を動かしなさいな!」
私は二階の窓から身を乗り出し、メガホン代わりの巻紙で活を入れた。
「ああっ、ルルカ様! 二階からのご尊顔、今日も後光が差しておりますわ!」
リリアーナちゃんが、バッと膝をついて私を仰ぎ見る。
「リリアーナちゃん、貴方は『薄幸の見習いドジっ子』なんですのよ。そんなに元気よく跪いてどうしますの」
「あ、いけませんわ! ……ううっ、ルルカ様、今日も私を虐めてくださって、ありがとうございますっ!」
リリアーナちゃんは瞬時に顔を伏せ、肩を震わせて「泣き真似」を開始した。
(……。この子の演技力、王立劇団も真っ青ですわね)
そんなドタバタが繰り広げられている時、旅館の入り口に一台の立派な馬車が止まった。
中から出てきたのは、隣国の役人らしき、恰幅の良い男性だ。
「ごめんください。この街で噂の『女王様温泉』とはここかね?」
役人の男が、尊大な態度でロビーに入ってきた。
私は慌てて一階へ降り、いつもの「悪役令嬢モード」を起動させる。
「あら。予約もなしに訪ねてくるとは、随分と無作法な御仁ですわね。……アンネ、この方の名前を確認してちょうだい」
「はい。……お客様、お名前を」
「私はこの地域の視察官をしている者だ。不衛生な経営をしていないか、調査に来たのだよ」
役人は鼻を鳴らし、ロビーを見回した。
その視線が、庭でアヒルを磨いているアルさんの背中に止まった。
「……ん? そこの男、ちょっとこちらを向きなさい」
アルさんの背中が、目に見えてビクッと跳ねた。
「……私でしょうか」
アルさんは、できるだけ声を低くし、顔が見えないように深く俯いたまま立ち上がった。
「その立ち振る舞い……。ただの傭兵には見えん。貴殿、どこかで我が国の軍事教育でも受けたことがあるのではないか?」
役人が目を細めて、アルさんに近づいていく。
アルさんは、無意識に姿勢を正してしまった。
(いけませんわ! アルさん、その『育ちの良さ』を隠しなさいな!)
私は焦った。
いくら偽名を使っているとはいえ、正統な王室教育を受けた王太子の所作は、隠そうとしても滲み出てしまうものなのだ。
「……いえ、私はただの放浪者でして」
「ほう、放浪者がそんなに指先まで神経の通った敬礼のような姿勢をするものかね? もしや貴殿、どこかの国の……」
役人がアルさんのフードに手をかけようとしたその時。
「ちょっと、視察官さん!」
私は強引に役人の前に割り込んだ。
「な、なんだね、若女将」
「その男は、私が道端で拾った『ただの根暗な掃除係』ですわ! 見てください、このアヒルを磨く手つきを! こんなに熱心にゴムを磨く高貴な人間がどこにいますの!?」
私はアルさんが持っていたアヒルを奪い取り、役人の目の前に突き出した。
「きゅっきゅっ。ほら、見てください、この輝き! 磨きすぎてアヒルの顔が半分消えてますわよ! こんなの、ただのアヒルオタクの仕業に決まっていますわ!」
「……。ルルさん、言い方が酷すぎませんか」
アルさんが小声で抗議するが、私は無視した。
「お、オタク……? なるほど、確かに高貴な者がアヒルを磨きすぎるとは考えにくいか……」
役人は納得したように頷き、アルさんから興味を失った。
「それよりも視察官さん。貴方も温泉の調査に来たのなら、言葉で説明するより浸かってみるのが一番ですわ! ……アンネ、この方を『特別断罪室(激熱のサウナ)』へご案内してちょうだい!」
「承知いたしました。……さあ、こちらへ。地獄の釜が貴方を待っております」
アンネが事務的に役人を連れ去っていった。
「ふぅ……。危なかったですわね、アルさん」
私は扇子で顔を仰ぎながら、胸を撫で下ろした。
「……。助けていただいたのは感謝しますが、ルルさん。私の正体を隠すために、私の尊厳をアヒルと一緒に削るのはやめていただけませんか」
「あら、アヒルオタクの方が、王太子殿下よりは親しみやすいですわよ?」
私が笑うと、アルさんは観念したように肩を落とした。
「……。もう何でもいい。私はアヒルを磨きに戻ることにする」
「ルルカ様ー! 今のルルカ様の立ち回り、最高に冷酷で素敵でしたわぁ!」
リリアーナちゃんが再び駆け寄ってくる。
賑やかすぎるメンバーに囲まれて、私の「国外追放ライフ」は、ますます予測不能な方向へと加速していた。
だが、この騒動はまだ、大きな嵐の前の静けさに過ぎなかったのである。
リリアーナちゃんが、雑巾を片手にアルさんに指図を飛ばしている。
ここは『湯煙亭』の裏庭。
国外追放されたはずの私たちが、なぜか一致団結して大掃除に励んでいる奇妙な光景が広がっていた。
「……リリアーナ嬢。何度も言うが、私は傭兵のアルだ。それから、アヒルを磨くのに『心』がどう関係するのか説明してほしい」
アルさんは、フードを深く被り直しながら、無表情にアヒル(ゴム製)を布で拭いている。
「関係大アリですわ! このアヒルちゃんは、ルルカ様のバスタイムを彩る聖なるパートナー! 貴方のような無骨な男が触れるだけでも恐れ多いんですのよ!」
「……。……。……はぁ」
アルさんの深いため息が、また一つ。
最近、彼の呼吸の半分はため息で構成されている気がする。
「いいですわよ、二人とも! 口を動かす暇があるなら、手を動かしなさいな!」
私は二階の窓から身を乗り出し、メガホン代わりの巻紙で活を入れた。
「ああっ、ルルカ様! 二階からのご尊顔、今日も後光が差しておりますわ!」
リリアーナちゃんが、バッと膝をついて私を仰ぎ見る。
「リリアーナちゃん、貴方は『薄幸の見習いドジっ子』なんですのよ。そんなに元気よく跪いてどうしますの」
「あ、いけませんわ! ……ううっ、ルルカ様、今日も私を虐めてくださって、ありがとうございますっ!」
リリアーナちゃんは瞬時に顔を伏せ、肩を震わせて「泣き真似」を開始した。
(……。この子の演技力、王立劇団も真っ青ですわね)
そんなドタバタが繰り広げられている時、旅館の入り口に一台の立派な馬車が止まった。
中から出てきたのは、隣国の役人らしき、恰幅の良い男性だ。
「ごめんください。この街で噂の『女王様温泉』とはここかね?」
役人の男が、尊大な態度でロビーに入ってきた。
私は慌てて一階へ降り、いつもの「悪役令嬢モード」を起動させる。
「あら。予約もなしに訪ねてくるとは、随分と無作法な御仁ですわね。……アンネ、この方の名前を確認してちょうだい」
「はい。……お客様、お名前を」
「私はこの地域の視察官をしている者だ。不衛生な経営をしていないか、調査に来たのだよ」
役人は鼻を鳴らし、ロビーを見回した。
その視線が、庭でアヒルを磨いているアルさんの背中に止まった。
「……ん? そこの男、ちょっとこちらを向きなさい」
アルさんの背中が、目に見えてビクッと跳ねた。
「……私でしょうか」
アルさんは、できるだけ声を低くし、顔が見えないように深く俯いたまま立ち上がった。
「その立ち振る舞い……。ただの傭兵には見えん。貴殿、どこかで我が国の軍事教育でも受けたことがあるのではないか?」
役人が目を細めて、アルさんに近づいていく。
アルさんは、無意識に姿勢を正してしまった。
(いけませんわ! アルさん、その『育ちの良さ』を隠しなさいな!)
私は焦った。
いくら偽名を使っているとはいえ、正統な王室教育を受けた王太子の所作は、隠そうとしても滲み出てしまうものなのだ。
「……いえ、私はただの放浪者でして」
「ほう、放浪者がそんなに指先まで神経の通った敬礼のような姿勢をするものかね? もしや貴殿、どこかの国の……」
役人がアルさんのフードに手をかけようとしたその時。
「ちょっと、視察官さん!」
私は強引に役人の前に割り込んだ。
「な、なんだね、若女将」
「その男は、私が道端で拾った『ただの根暗な掃除係』ですわ! 見てください、このアヒルを磨く手つきを! こんなに熱心にゴムを磨く高貴な人間がどこにいますの!?」
私はアルさんが持っていたアヒルを奪い取り、役人の目の前に突き出した。
「きゅっきゅっ。ほら、見てください、この輝き! 磨きすぎてアヒルの顔が半分消えてますわよ! こんなの、ただのアヒルオタクの仕業に決まっていますわ!」
「……。ルルさん、言い方が酷すぎませんか」
アルさんが小声で抗議するが、私は無視した。
「お、オタク……? なるほど、確かに高貴な者がアヒルを磨きすぎるとは考えにくいか……」
役人は納得したように頷き、アルさんから興味を失った。
「それよりも視察官さん。貴方も温泉の調査に来たのなら、言葉で説明するより浸かってみるのが一番ですわ! ……アンネ、この方を『特別断罪室(激熱のサウナ)』へご案内してちょうだい!」
「承知いたしました。……さあ、こちらへ。地獄の釜が貴方を待っております」
アンネが事務的に役人を連れ去っていった。
「ふぅ……。危なかったですわね、アルさん」
私は扇子で顔を仰ぎながら、胸を撫で下ろした。
「……。助けていただいたのは感謝しますが、ルルさん。私の正体を隠すために、私の尊厳をアヒルと一緒に削るのはやめていただけませんか」
「あら、アヒルオタクの方が、王太子殿下よりは親しみやすいですわよ?」
私が笑うと、アルさんは観念したように肩を落とした。
「……。もう何でもいい。私はアヒルを磨きに戻ることにする」
「ルルカ様ー! 今のルルカ様の立ち回り、最高に冷酷で素敵でしたわぁ!」
リリアーナちゃんが再び駆け寄ってくる。
賑やかすぎるメンバーに囲まれて、私の「国外追放ライフ」は、ますます予測不能な方向へと加速していた。
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