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「ルル様! ルル様に罵られたくて、隣の村から三時間歩いてきましたわ!」
「並びなさい! そのだらしない足腰を鍛え直してから出直してらっしゃいな!」
『湯煙亭』の入り口は、今日も今日とて行列が絶えない。
もはや温泉街というより、ルルカ教の修練場のような様相を呈している。
そんな熱狂の最中、広場の向こうから不穏な重低音が響いてきた。
ズシン、ズシン、と大地を揺らすような足音。
現れたのは、派手な金飾りに身を包んだ、いかにも「成金」といった風貌の男だった。
男の後ろには、ガラの悪い傭兵崩れの男たちが数人、威圧的に控えている。
「やれやれ。こんな古臭いボロ旅館に、これほど人が集まるとは。世も末だな」
男は鼻を鳴らし、手に持った杖で地面を叩いた。
「……あら。予約もなしに騒音を撒き散らすとは、随分と教育の行き届いていないお方ですわね」
私は扇子をバサリと広げ、高台からその男を見下ろした。
「お嬢様。あの方は、山の向こうの『魔導サウナランド』のオーナー、バロン氏です」
アンネが耳元で、事務的なトーンで情報を吹き込んでくる。
「ほう、お前が噂の『若女将』か。私は慈悲深いのでね、忠告に来てやったのだよ」
バロンと名乗った男は、脂ぎった顔を歪めて笑った。
「忠告? 私、殿下以外の小言は聞き流すことに決めていますの。時間の無駄ですわ」
「……。ルルさん、私の小言は聞いていたのですね」
呼び込み中のアルさんが、複雑な表情でこちらを見たが、今は無視だ。
「いいかね。この街の源泉は、すべて我がサウナランドが管理することになった。つまり……今すぐここを畳まねば、湯を止めるということだ!」
バロンが宣言した瞬間、並んでいた客たちがざわついた。
「湯を止める? そんな勝手なことが許されると思って?」
「ふん、この土地の権利書は私が買い取ったのだ。嫌なら私の傘下に入れ。お前のような美人は、サウナの受付嬢にでもしてやろう」
バロンが下卑た笑いを浮かべ、私の顎を杖の先で持ち上げようとした。
その時。
シュバッ! と鋭い風が吹き抜けた。
「……痛っ!? な、なんだ!」
バロンが叫び、杖を落とした。
彼の手元を掠めたのは、私が全力で投げ飛ばした「アヒルちゃん(ゴム製)」だった。
「……あら、失礼。手が滑りましたわ。でも、汚らわしい杖で私に触れようとするなんて、万死に値しますわよ?」
私は階段をゆっくりと降り、バロンの目の前に立った。
「貴様……! おい、者共! この女を黙らせろ!」
バロンの合図で、後ろの屈強な男たちが一歩前に出る。
「……そこまでだ」
静かな、しかし有無を言わせぬ威圧感を持った声が響いた。
アルさんが、いつの間にか私の前に立っていたのだ。
フードで顔は見えないが、その体からは隠しきれない剣気が溢れ出ている。
「……なんだお前は。ただの傭兵の分際で、私に逆らうのか?」
「……。傭兵ではない。私は、この方の『掃除係』だ。主人の邪魔をするゴミは、掃き出すのが私の仕事でね」
アルさんが腰の剣の柄に手をかけた。その動き一つで、プロの傭兵たちは顔色を変えた。
「ひっ……!? こ、こいつ、ただ者じゃねえ!」
「待ちなさい、アルさん。暴力は感心しませんわ」
私はアルさんの肩を叩き、前に出た。
「バロンさん。貴方、権利書とおっしゃいましたけど……。この街の温泉法、第百三条をご存知かしら?」
「……。……はぁ?」
「『源泉の独占的利用は、公共の福祉に反する場合、領主の判断で無効化できる』。……そして、この領地の現領主様は、私の実家とお付き合いがありますの」
私はトランクから、公爵家の刻印が入った「とある推薦状」をチラつかせた。
「なっ……公爵家……!? 貴様、何者だ!」
「ただの、国外追放された悪役令嬢ですわ。……さあ、今すぐその無礼な部下たちを連れてお帰りあそばせ」
私は扇子を閉じ、バロンの鼻先をコンと叩いた。
「もし明日も湯が止まっていたら……。私、貴方のサウナランドの真ん中で『全裸で抗議のデモ』でもして差し上げますわよ? 公爵令嬢の醜聞(スキャンダル)で、貴方の店は一日で潰れますわ」
「……。ルルさん、それは絶対にやめてください。私が法的に潰しますから」
アルさんの必死のツッコミが入る。
「くっ……! 覚えていろよ! こんな古臭い温泉、すぐに干上がらせてやる!」
バロンは吐き捨てるように言うと、転がるように逃げ出していった。
「……ふぅ。お騒がせいたしましたわ、皆様! さあ、お湯はまだたっぷりありますわよ! 次は……そこの貴方! 背中を丸めない!」
私は何事もなかったかのように、接客を再開した。
「ルルカ様ぁぁ! 今の物理的なアヒル攻撃、痺れましたわぁ!」
リリアーナちゃんが目を輝かせて駆け寄ってくる。
「……。ルルさん、少しは自分の身を守るということを覚えてください。……冷や汗をかきましたよ」
アルさんが安堵のため息をつき、剣を納めた。
嫌がらせはこれで終わるとは思えない。
けれど、私のバカンスを邪魔する者は、アヒル一羽で十分だということを分からせてあげましたわ。
「並びなさい! そのだらしない足腰を鍛え直してから出直してらっしゃいな!」
『湯煙亭』の入り口は、今日も今日とて行列が絶えない。
もはや温泉街というより、ルルカ教の修練場のような様相を呈している。
そんな熱狂の最中、広場の向こうから不穏な重低音が響いてきた。
ズシン、ズシン、と大地を揺らすような足音。
現れたのは、派手な金飾りに身を包んだ、いかにも「成金」といった風貌の男だった。
男の後ろには、ガラの悪い傭兵崩れの男たちが数人、威圧的に控えている。
「やれやれ。こんな古臭いボロ旅館に、これほど人が集まるとは。世も末だな」
男は鼻を鳴らし、手に持った杖で地面を叩いた。
「……あら。予約もなしに騒音を撒き散らすとは、随分と教育の行き届いていないお方ですわね」
私は扇子をバサリと広げ、高台からその男を見下ろした。
「お嬢様。あの方は、山の向こうの『魔導サウナランド』のオーナー、バロン氏です」
アンネが耳元で、事務的なトーンで情報を吹き込んでくる。
「ほう、お前が噂の『若女将』か。私は慈悲深いのでね、忠告に来てやったのだよ」
バロンと名乗った男は、脂ぎった顔を歪めて笑った。
「忠告? 私、殿下以外の小言は聞き流すことに決めていますの。時間の無駄ですわ」
「……。ルルさん、私の小言は聞いていたのですね」
呼び込み中のアルさんが、複雑な表情でこちらを見たが、今は無視だ。
「いいかね。この街の源泉は、すべて我がサウナランドが管理することになった。つまり……今すぐここを畳まねば、湯を止めるということだ!」
バロンが宣言した瞬間、並んでいた客たちがざわついた。
「湯を止める? そんな勝手なことが許されると思って?」
「ふん、この土地の権利書は私が買い取ったのだ。嫌なら私の傘下に入れ。お前のような美人は、サウナの受付嬢にでもしてやろう」
バロンが下卑た笑いを浮かべ、私の顎を杖の先で持ち上げようとした。
その時。
シュバッ! と鋭い風が吹き抜けた。
「……痛っ!? な、なんだ!」
バロンが叫び、杖を落とした。
彼の手元を掠めたのは、私が全力で投げ飛ばした「アヒルちゃん(ゴム製)」だった。
「……あら、失礼。手が滑りましたわ。でも、汚らわしい杖で私に触れようとするなんて、万死に値しますわよ?」
私は階段をゆっくりと降り、バロンの目の前に立った。
「貴様……! おい、者共! この女を黙らせろ!」
バロンの合図で、後ろの屈強な男たちが一歩前に出る。
「……そこまでだ」
静かな、しかし有無を言わせぬ威圧感を持った声が響いた。
アルさんが、いつの間にか私の前に立っていたのだ。
フードで顔は見えないが、その体からは隠しきれない剣気が溢れ出ている。
「……なんだお前は。ただの傭兵の分際で、私に逆らうのか?」
「……。傭兵ではない。私は、この方の『掃除係』だ。主人の邪魔をするゴミは、掃き出すのが私の仕事でね」
アルさんが腰の剣の柄に手をかけた。その動き一つで、プロの傭兵たちは顔色を変えた。
「ひっ……!? こ、こいつ、ただ者じゃねえ!」
「待ちなさい、アルさん。暴力は感心しませんわ」
私はアルさんの肩を叩き、前に出た。
「バロンさん。貴方、権利書とおっしゃいましたけど……。この街の温泉法、第百三条をご存知かしら?」
「……。……はぁ?」
「『源泉の独占的利用は、公共の福祉に反する場合、領主の判断で無効化できる』。……そして、この領地の現領主様は、私の実家とお付き合いがありますの」
私はトランクから、公爵家の刻印が入った「とある推薦状」をチラつかせた。
「なっ……公爵家……!? 貴様、何者だ!」
「ただの、国外追放された悪役令嬢ですわ。……さあ、今すぐその無礼な部下たちを連れてお帰りあそばせ」
私は扇子を閉じ、バロンの鼻先をコンと叩いた。
「もし明日も湯が止まっていたら……。私、貴方のサウナランドの真ん中で『全裸で抗議のデモ』でもして差し上げますわよ? 公爵令嬢の醜聞(スキャンダル)で、貴方の店は一日で潰れますわ」
「……。ルルさん、それは絶対にやめてください。私が法的に潰しますから」
アルさんの必死のツッコミが入る。
「くっ……! 覚えていろよ! こんな古臭い温泉、すぐに干上がらせてやる!」
バロンは吐き捨てるように言うと、転がるように逃げ出していった。
「……ふぅ。お騒がせいたしましたわ、皆様! さあ、お湯はまだたっぷりありますわよ! 次は……そこの貴方! 背中を丸めない!」
私は何事もなかったかのように、接客を再開した。
「ルルカ様ぁぁ! 今の物理的なアヒル攻撃、痺れましたわぁ!」
リリアーナちゃんが目を輝かせて駆け寄ってくる。
「……。ルルさん、少しは自分の身を守るということを覚えてください。……冷や汗をかきましたよ」
アルさんが安堵のため息をつき、剣を納めた。
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