婚約破棄で、隣国へ送られる。住めば都って本当ですか?

鏡おもち

文字の大きさ
15 / 24

15

しおりを挟む
「ルル様! ルル様に罵られたくて、隣の村から三時間歩いてきましたわ!」


「並びなさい! そのだらしない足腰を鍛え直してから出直してらっしゃいな!」


『湯煙亭』の入り口は、今日も今日とて行列が絶えない。


もはや温泉街というより、ルルカ教の修練場のような様相を呈している。


そんな熱狂の最中、広場の向こうから不穏な重低音が響いてきた。


ズシン、ズシン、と大地を揺らすような足音。


現れたのは、派手な金飾りに身を包んだ、いかにも「成金」といった風貌の男だった。


男の後ろには、ガラの悪い傭兵崩れの男たちが数人、威圧的に控えている。


「やれやれ。こんな古臭いボロ旅館に、これほど人が集まるとは。世も末だな」


男は鼻を鳴らし、手に持った杖で地面を叩いた。


「……あら。予約もなしに騒音を撒き散らすとは、随分と教育の行き届いていないお方ですわね」


私は扇子をバサリと広げ、高台からその男を見下ろした。


「お嬢様。あの方は、山の向こうの『魔導サウナランド』のオーナー、バロン氏です」


アンネが耳元で、事務的なトーンで情報を吹き込んでくる。


「ほう、お前が噂の『若女将』か。私は慈悲深いのでね、忠告に来てやったのだよ」


バロンと名乗った男は、脂ぎった顔を歪めて笑った。


「忠告? 私、殿下以外の小言は聞き流すことに決めていますの。時間の無駄ですわ」


「……。ルルさん、私の小言は聞いていたのですね」


呼び込み中のアルさんが、複雑な表情でこちらを見たが、今は無視だ。


「いいかね。この街の源泉は、すべて我がサウナランドが管理することになった。つまり……今すぐここを畳まねば、湯を止めるということだ!」


バロンが宣言した瞬間、並んでいた客たちがざわついた。


「湯を止める? そんな勝手なことが許されると思って?」


「ふん、この土地の権利書は私が買い取ったのだ。嫌なら私の傘下に入れ。お前のような美人は、サウナの受付嬢にでもしてやろう」


バロンが下卑た笑いを浮かべ、私の顎を杖の先で持ち上げようとした。


その時。


シュバッ! と鋭い風が吹き抜けた。


「……痛っ!? な、なんだ!」


バロンが叫び、杖を落とした。


彼の手元を掠めたのは、私が全力で投げ飛ばした「アヒルちゃん(ゴム製)」だった。


「……あら、失礼。手が滑りましたわ。でも、汚らわしい杖で私に触れようとするなんて、万死に値しますわよ?」


私は階段をゆっくりと降り、バロンの目の前に立った。


「貴様……! おい、者共! この女を黙らせろ!」


バロンの合図で、後ろの屈強な男たちが一歩前に出る。


「……そこまでだ」


静かな、しかし有無を言わせぬ威圧感を持った声が響いた。


アルさんが、いつの間にか私の前に立っていたのだ。


フードで顔は見えないが、その体からは隠しきれない剣気が溢れ出ている。


「……なんだお前は。ただの傭兵の分際で、私に逆らうのか?」


「……。傭兵ではない。私は、この方の『掃除係』だ。主人の邪魔をするゴミは、掃き出すのが私の仕事でね」


アルさんが腰の剣の柄に手をかけた。その動き一つで、プロの傭兵たちは顔色を変えた。


「ひっ……!? こ、こいつ、ただ者じゃねえ!」


「待ちなさい、アルさん。暴力は感心しませんわ」


私はアルさんの肩を叩き、前に出た。


「バロンさん。貴方、権利書とおっしゃいましたけど……。この街の温泉法、第百三条をご存知かしら?」


「……。……はぁ?」


「『源泉の独占的利用は、公共の福祉に反する場合、領主の判断で無効化できる』。……そして、この領地の現領主様は、私の実家とお付き合いがありますの」


私はトランクから、公爵家の刻印が入った「とある推薦状」をチラつかせた。


「なっ……公爵家……!? 貴様、何者だ!」


「ただの、国外追放された悪役令嬢ですわ。……さあ、今すぐその無礼な部下たちを連れてお帰りあそばせ」


私は扇子を閉じ、バロンの鼻先をコンと叩いた。


「もし明日も湯が止まっていたら……。私、貴方のサウナランドの真ん中で『全裸で抗議のデモ』でもして差し上げますわよ? 公爵令嬢の醜聞(スキャンダル)で、貴方の店は一日で潰れますわ」


「……。ルルさん、それは絶対にやめてください。私が法的に潰しますから」


アルさんの必死のツッコミが入る。


「くっ……! 覚えていろよ! こんな古臭い温泉、すぐに干上がらせてやる!」


バロンは吐き捨てるように言うと、転がるように逃げ出していった。


「……ふぅ。お騒がせいたしましたわ、皆様! さあ、お湯はまだたっぷりありますわよ! 次は……そこの貴方! 背中を丸めない!」


私は何事もなかったかのように、接客を再開した。


「ルルカ様ぁぁ! 今の物理的なアヒル攻撃、痺れましたわぁ!」


リリアーナちゃんが目を輝かせて駆け寄ってくる。


「……。ルルさん、少しは自分の身を守るということを覚えてください。……冷や汗をかきましたよ」


アルさんが安堵のため息をつき、剣を納めた。


嫌がらせはこれで終わるとは思えない。


けれど、私のバカンスを邪魔する者は、アヒル一羽で十分だということを分からせてあげましたわ。
しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

虐げられ続けてきたお嬢様、全てを踏み台に幸せになることにしました。

ラディ
恋愛
 一つ違いの姉と比べられる為に、愚かであることを強制され矯正されて育った妹。  家族からだけではなく、侍女や使用人からも虐げられ弄ばれ続けてきた。  劣悪こそが彼女と標準となっていたある日。  一人の男が現れる。  彼女の人生は彼の登場により一変する。  この機を逃さぬよう、彼女は。  幸せになることに、決めた。 ■完結しました! 現在はルビ振りを調整中です! ■第14回恋愛小説大賞99位でした! 応援ありがとうございました! ■感想や御要望などお気軽にどうぞ! ■エールやいいねも励みになります! ■こちらの他にいくつか話を書いてますのでよろしければ、登録コンテンツから是非に。 ※一部サブタイトルが文字化けで表示されているのは演出上の仕様です。お使いの端末、表示されているページは正常です。

【完結】恋が終わる、その隙に

七瀬菜々
恋愛
 秋。黄褐色に光るススキの花穂が畦道を彩る頃。  伯爵令嬢クロエ・ロレーヌは5年の婚約期間を経て、名門シルヴェスター公爵家に嫁いだ。  愛しい彼の、弟の妻としてーーー。  

妹に命じられて辺境伯へ嫁いだら王都で魔王が復活しました(完)

みかん畑
恋愛
家族から才能がないと思われ、蔑まれていた姉が辺境で溺愛されたりするお話です。 2/21完結

【完結】ケーキの為にと頑張っていたらこうなりました

すみ 小桜(sumitan)
恋愛
 前世持ちのファビアは、ちょっと変わった子爵令嬢に育っていた。その彼女の望みは、一生ケーキを食べて暮らす事! その為に彼女は魔法学園に通う事にした。  継母の策略を蹴散らし、非常識な義妹に振り回されつつも、ケーキの為に頑張ります!

婚約辞退いたします。だってこの国、沈みますもの

鍛高譚
恋愛
「婚約はお断りいたします――この国は近い将来、崩壊しますので」 そう言い放ったのは、社交界でも目立たない子爵令嬢、マリン・アクアリウム。 ある日、とある舞踏会に突如現れた王太子ガイア殿下。 誰もが驚く中、なんと彼はマリンに婚約を申し出る。 周囲は騒然。「子爵令嬢が王太子妃!?」「断る理由などないはず!」 ――だが、彼女は断った。「この国は、もうすぐ滅びます」――と。 そんな不吉な言葉を口にしたことで、彼女は“狂言癖のある嘘つき令嬢”と噂され、 家族にさえ見放され、ついには国外追放の身に。 だが、彼女の予言は本物だった―― 数年後、王国に未曾有の大災厄が迫る。 国土が崩れ、海に沈む都市。人々が絶望する中、思い出されるのは、 あの舞踏会でただひとり“滅び”を告げた少女の名。 「彼女なら、この国を救えるかもしれない……」 皮肉にも“追放令嬢”マリンは、再び王都に呼び戻され、 滅びゆく国で最後の希望として担ぎ上げられる。 信じてもらえなかった過去。 それでも人々の命を守ろうと奔走するマリン。 そして、王子ガイアが差し伸べた、あの日と変わらぬ手。 ――たとえ国が滅んでも、あなたとともに歩んでいきたい。

【完結】メルティは諦めない~立派なレディになったなら

すみ 小桜(sumitan)
恋愛
 レドゼンツ伯爵家の次女メルティは、水面に映る未来を見る(予言)事ができた。ある日、父親が事故に遭う事を知りそれを止めた事によって、聖女となり第二王子と婚約する事になるが、なぜか姉であるクラリサがそれらを手にする事に――。51話で完結です。

逃げた先で見つけた幸せはずっと一緒に。

しゃーりん
恋愛
侯爵家の跡継ぎにも関わらず幼いころから虐げられてきたローレンス。 父の望む相手と結婚したものの妻は義弟の恋人で、妻に子供ができればローレンスは用済みになると知り、家出をする。 旅先で出会ったメロディーナ。嫁ぎ先に向かっているという彼女と一晩を過ごした。 陰からメロディーナを見守ろうと、彼女の嫁ぎ先の近くに住むことにする。 やがて夫を亡くした彼女が嫁ぎ先から追い出された。近くに住んでいたことを気持ち悪く思われることを恐れて記憶喪失と偽って彼女と結婚する。 平民として幸せに暮らしていたが貴族の知り合いに見つかり、妻だった義弟の恋人が子供を産んでいたと知る。 その子供は誰の子か。ローレンスの子でなければ乗っ取りなのではないかと言われたが、ローレンスは乗っ取りを承知で家出したため戻る気はない。 しかし、乗っ取りが暴かれて侯爵家に戻るように言われるお話です。

【完結】離縁したいのなら、もっと穏便な方法もありましたのに。では、徹底的にやらせて頂きますね

との
恋愛
離婚したいのですか?  喜んでお受けします。 でも、本当に大丈夫なんでしょうか? 伯爵様・・自滅の道を行ってません? まあ、徹底的にやらせて頂くだけですが。 収納スキル持ちの主人公と、錬金術師と異名をとる父親が爆走します。 (父さんの今の顔を見たらフリーカンパニーの団長も怯えるわ。ちっちゃい頃の私だったら確実に泣いてる) ーーーーーー ゆるふわの中世ヨーロッパ、幻の国の設定です。 32話、完結迄予約投稿済みです。 R15は念の為・・

処理中です...