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「お、お嬢様! 大変ですわ! 一大事ですわよ!」
リリアーナちゃんが、湯気の立ちこめる廊下をバタバタと走ってきた。
その手には、なぜか折れた蛇口のハンドルが握られている。
「どうしましたの、リリアーナちゃん。そんなに慌てて。私の美容タイムの邪魔をしないでちょうだい」
私は脱衣所で、最高級のシルクのタオルを頭に巻いて寛いでいた。
「女子浴場の主水管が……バロンの嫌がらせか老朽化か分かりませんが、爆発しましたわ!」
「爆発!? まあ、派手な演出ですこと」
「感心している場合ではありませんわ! お湯が止まっただけじゃなく、床が水浸しで立ち入り禁止状態ですのよ!」
リリアーナちゃんの言葉通り、女子浴場の方からは「ビシャビシャ」という不穏な音が響いている。
「困りましたわね。今、並んでいるお客様はどうすればよろしいの?」
「それが……。皆様、ルルカ様の罵声を聞きながらの入浴を楽しみにしていらっしゃるので、帰るに帰れないと暴動寸前ですわ!」
「……。お嬢様。これはいよいよ、経営危機ですね」
アンネが事務的に、浸水した廊下を指差した。
私はふむ、と扇子を顎に当てて考え込んだ。
「……。決まりましたわ。こうなったら、残っている大浴場を『混浴』にしますわよ!」
「「「はぁぁぁぁぁぁぁぁ!?」」」
廊下の隅で掃除をしていたアルさんが、椅子から転げ落ちるような勢いで叫んだ。
「ル、ルルさん! 何を言い出すんですか! 混浴!? 正気ですか!」
「あら。アルさん、貴方の耳は飾りかしら? お客様がお湯を待っている、お湯は一つしかない。なら、一緒に入れば解決ですわ!」
「解決しません! 倫理的に、道徳的に、そして私の心臓的に無理です!」
アルさんが顔を真っ赤にして詰め寄ってきた。
「殿方と淑女が同じ湯船に浸かるなんて、あってはならないことです! 特に貴女は……その、一応は公爵令嬢なんですよ!?」
「今はただの『若女将ルル』ですわ。それに、我が『湯煙亭』の黄金泉は、湯気が濃すぎて一寸先も見えませんもの。問題ありませんわ!」
私はアルさんの抗議を無視して、ロビーへ向かって声を張り上げた。
「皆様! 女子浴場の故障につき、本日はこれより『大混合・断罪の湯』を開催いたしますわ! 入りたい者は、羞恥心を捨てて並びなさいな!」
「おおおおおお!! ルル様と混浴!!」
「伝説のイベントだ!!」
野郎どもの歓声が旅館を揺らした。
「ルルさん……。本気なんですね。……わかりました。ならば、俺が全力で阻止します」
アルさんが、見たこともないような悲壮な決意を固めた顔で立ち上がった。
「阻止? どうやって?」
「……。俺が『壁』になります」
「壁?」
数分後。
大浴場の湯船の真ん中に、バスタオルを巻いただけの、岩のように微動だにしないアルさんの姿があった。
「……。ここから先は、一歩も通さない。地獄の番人だと思って諦めろ」
アルさんが、湯船を左右に分断するように立ち塞がっている。
「ちょっと、アルさん! 貴方がそんなところにいたら邪魔ですわよ!」
私は厚手の湯浴み着(特注の完全防備)に身を包み、女性客たちを率いて湯船に入った。
「……。ルルさん、これ以上近づかないでください。私の理性が、いや、護衛としての本能が爆発しそうです」
アルさんは目を固く閉じ、般若心経でも唱えていそうな形相で固まっている。
「あら、いい体をしてますわね。石ころ傭兵にしては、無駄のない筋肉……。王宮の彫像より見応えがありますわ」
私はリリアーナちゃんと一緒に、アルさんの背中をツンツンと突っついてみた。
「きゃっ、ルルカ様! 見てください、この肩甲骨のライン! 最高に『守護騎士』って感じで、ご飯が三杯いけますわ!」
「リリアーナちゃん、触りすぎてはいけませんわよ。……あ、アルさん、耳まで赤くなってますわ。お湯が熱すぎたかしら?」
「……。……。……殺してくれ」
アルさんの魂が口から抜け出しかけていた。
その時、対岸の男性客たちが、アルさんの壁を突破しようと試みた。
「おい、どけよ傭兵! ルル様の説教を近くで聞かせろ!」
「……。……ならぬ。死んでも通さん」
アルさんの目が、カッと見開かれた。
その瞬間、凄まじい威圧感が浴場全体に広がり、湯気が物理的に吹き飛んだ。
「……。下がれ。この聖域を汚す者は、俺が直々に叩き出す」
「ひ、ひぃぃぃっ! 殺される!」
「この傭兵、マジで化け物だ!」
男たちが一斉に湯船の端まで逃げていく。
「あら。アルさん、意外といい仕事をしてくれますわね。これなら安心して入っていられますわ」
私はアルさんの大きな背中に、ちょこんと頭を預けた。
「……。ルルさん、心臓に悪いので、本当に、本当にお願いですから離れてください……」
「ふふ。嫌ですわ。私の『壁』なんですもの、好きに使わせていただきますわよ」
黄金色の湯気に包まれながら、私はアルさんの背中の温もりを感じていた。
婚約破棄される前は、こんなに近くにいたことなんて一度もなかったのに。
(……。変な殿下。書類ばかり見ていた頃より、今の情けないアルさんの方が、ずっと素敵ですわよ)
私は心の中でだけそう呟いて、目を閉じた。
波乱の混浴騒動。
それは、私とアルさんの距離を、皮肉にも少しだけ近づけることになったのである。
……まあ、その後のアルさんが、のぼせて倒れてアンネに運ばれるまでがセットでしたが。
リリアーナちゃんが、湯気の立ちこめる廊下をバタバタと走ってきた。
その手には、なぜか折れた蛇口のハンドルが握られている。
「どうしましたの、リリアーナちゃん。そんなに慌てて。私の美容タイムの邪魔をしないでちょうだい」
私は脱衣所で、最高級のシルクのタオルを頭に巻いて寛いでいた。
「女子浴場の主水管が……バロンの嫌がらせか老朽化か分かりませんが、爆発しましたわ!」
「爆発!? まあ、派手な演出ですこと」
「感心している場合ではありませんわ! お湯が止まっただけじゃなく、床が水浸しで立ち入り禁止状態ですのよ!」
リリアーナちゃんの言葉通り、女子浴場の方からは「ビシャビシャ」という不穏な音が響いている。
「困りましたわね。今、並んでいるお客様はどうすればよろしいの?」
「それが……。皆様、ルルカ様の罵声を聞きながらの入浴を楽しみにしていらっしゃるので、帰るに帰れないと暴動寸前ですわ!」
「……。お嬢様。これはいよいよ、経営危機ですね」
アンネが事務的に、浸水した廊下を指差した。
私はふむ、と扇子を顎に当てて考え込んだ。
「……。決まりましたわ。こうなったら、残っている大浴場を『混浴』にしますわよ!」
「「「はぁぁぁぁぁぁぁぁ!?」」」
廊下の隅で掃除をしていたアルさんが、椅子から転げ落ちるような勢いで叫んだ。
「ル、ルルさん! 何を言い出すんですか! 混浴!? 正気ですか!」
「あら。アルさん、貴方の耳は飾りかしら? お客様がお湯を待っている、お湯は一つしかない。なら、一緒に入れば解決ですわ!」
「解決しません! 倫理的に、道徳的に、そして私の心臓的に無理です!」
アルさんが顔を真っ赤にして詰め寄ってきた。
「殿方と淑女が同じ湯船に浸かるなんて、あってはならないことです! 特に貴女は……その、一応は公爵令嬢なんですよ!?」
「今はただの『若女将ルル』ですわ。それに、我が『湯煙亭』の黄金泉は、湯気が濃すぎて一寸先も見えませんもの。問題ありませんわ!」
私はアルさんの抗議を無視して、ロビーへ向かって声を張り上げた。
「皆様! 女子浴場の故障につき、本日はこれより『大混合・断罪の湯』を開催いたしますわ! 入りたい者は、羞恥心を捨てて並びなさいな!」
「おおおおおお!! ルル様と混浴!!」
「伝説のイベントだ!!」
野郎どもの歓声が旅館を揺らした。
「ルルさん……。本気なんですね。……わかりました。ならば、俺が全力で阻止します」
アルさんが、見たこともないような悲壮な決意を固めた顔で立ち上がった。
「阻止? どうやって?」
「……。俺が『壁』になります」
「壁?」
数分後。
大浴場の湯船の真ん中に、バスタオルを巻いただけの、岩のように微動だにしないアルさんの姿があった。
「……。ここから先は、一歩も通さない。地獄の番人だと思って諦めろ」
アルさんが、湯船を左右に分断するように立ち塞がっている。
「ちょっと、アルさん! 貴方がそんなところにいたら邪魔ですわよ!」
私は厚手の湯浴み着(特注の完全防備)に身を包み、女性客たちを率いて湯船に入った。
「……。ルルさん、これ以上近づかないでください。私の理性が、いや、護衛としての本能が爆発しそうです」
アルさんは目を固く閉じ、般若心経でも唱えていそうな形相で固まっている。
「あら、いい体をしてますわね。石ころ傭兵にしては、無駄のない筋肉……。王宮の彫像より見応えがありますわ」
私はリリアーナちゃんと一緒に、アルさんの背中をツンツンと突っついてみた。
「きゃっ、ルルカ様! 見てください、この肩甲骨のライン! 最高に『守護騎士』って感じで、ご飯が三杯いけますわ!」
「リリアーナちゃん、触りすぎてはいけませんわよ。……あ、アルさん、耳まで赤くなってますわ。お湯が熱すぎたかしら?」
「……。……。……殺してくれ」
アルさんの魂が口から抜け出しかけていた。
その時、対岸の男性客たちが、アルさんの壁を突破しようと試みた。
「おい、どけよ傭兵! ルル様の説教を近くで聞かせろ!」
「……。……ならぬ。死んでも通さん」
アルさんの目が、カッと見開かれた。
その瞬間、凄まじい威圧感が浴場全体に広がり、湯気が物理的に吹き飛んだ。
「……。下がれ。この聖域を汚す者は、俺が直々に叩き出す」
「ひ、ひぃぃぃっ! 殺される!」
「この傭兵、マジで化け物だ!」
男たちが一斉に湯船の端まで逃げていく。
「あら。アルさん、意外といい仕事をしてくれますわね。これなら安心して入っていられますわ」
私はアルさんの大きな背中に、ちょこんと頭を預けた。
「……。ルルさん、心臓に悪いので、本当に、本当にお願いですから離れてください……」
「ふふ。嫌ですわ。私の『壁』なんですもの、好きに使わせていただきますわよ」
黄金色の湯気に包まれながら、私はアルさんの背中の温もりを感じていた。
婚約破棄される前は、こんなに近くにいたことなんて一度もなかったのに。
(……。変な殿下。書類ばかり見ていた頃より、今の情けないアルさんの方が、ずっと素敵ですわよ)
私は心の中でだけそう呟いて、目を閉じた。
波乱の混浴騒動。
それは、私とアルさんの距離を、皮肉にも少しだけ近づけることになったのである。
……まあ、その後のアルさんが、のぼせて倒れてアンネに運ばれるまでがセットでしたが。
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