18 / 24
18
しおりを挟む
その日の『湯煙亭』は、かつてないほどの緊張感に包まれていた。
温泉街の復興が軌道に乗り、今日も「ルル様の断罪」を求める行列ができていた時のことだ。
広場の方から、規則正しい蹄の音と、鎧が擦れ合うジャラジャラという音が近づいてきた。
「……お嬢様。……あれ、観光客ではありませんね」
受付で帳簿をつけていたアンネが、ペンを止めて外を凝視した。
現れたのは、我が国の王室直属、第一近衛騎士団の一団だった。
真っ白なマントを翻し、一糸乱れぬ動きで旅館を取り囲む騎士たち。
その中心にいるのは、厳格な顔つきで知られる騎士団長、ガルフ卿だ。
「……いたぞ! 不届き者め、我が国の至宝を連れ去るとは!」
ガルフ卿が、馬上で抜剣し、旅館の入り口を指差した。
「至宝? 連れ去る? ……アンネ、うちの備品の温泉アヒルでも盗まれたのかしら?」
私は扇子を片手に、のんびりとロビーに出ていった。
「お嬢様、あちらが言っている『至宝』は、十中八九、今あそこで雑巾がけをしている石ころのことかと」
アンネが指差した先。
そこでは、フードを被ったアルさんが、騎士たちの登場に完全に固まっていた。
「……あ」
アルさんの口から、情けない声が漏れる。
「殿下! アルフレイド殿下! ご無事でなによりです! さあ、今すぐその薄汚れたフードを脱ぎ、こちらへ!」
ガルフ卿の声が、温泉街全体に響き渡った。
並んでいた客たちが、「殿下!?」「あの傭兵が王子様!?」と蜂の巣をつついたような騒ぎになる。
アルさんは観念したように、ゆっくりと頭のフードを脱ぎ捨てた。
現れたのは、日の光を浴びて輝く金髪と、誰もがひれ伏したくなるような気品に満ちた美貌。
「……ガルフ。……もう少し、静かに現れることはできなかったのか」
アルさん……いいえ、アルフレイド殿下は、手に持っていた雑巾をそっと桶に戻すと、凛とした立ち姿で騎士団を睨んだ。
「何を仰いますか! 国王陛下が、殿下の失踪を知り、全軍に捜索令を出されたのですぞ!」
「……。失踪ではない。私はただ、大切なものを守りに来ただけだ」
殿下はそう言うと、真っ直ぐに私の方を振り返った。
「ルルさん。……いや、ルルカ。……すまない。隠し通すつもりはなかったのだが」
殿下は、悲劇のヒーローのような切ない表情で、私に歩み寄ってきた。
私はそんな殿下を、冷めた目で見守り、パチンと扇子を閉じた。
「……殿下。今さら、何を仰っていますの?」
「ルルカ、怒るのも無理はない。貴女を追放した当の本人が、正体を隠して付きまとっていたのだから。……さあ、私を罵ってくれ! あの温泉の時のような激しい言葉で!」
殿下は、なぜか少し期待に満ちた目で私を見つめてきた。
「……。……。殿下、勘違いしないでちょうだい」
私は一歩、殿下に近づくと、その耳元で冷ややかに囁いた。
「私、最初から気づいていましたわよ? その歩き方、その声、そしてその……無駄に良い匂い。隠せていると思っていたのは、世界中で殿下ただ一人ですわ」
「……え?」
殿下の動きが、ピタリと止まった。
「気づいていながら、私を『石ころ傭兵』と呼び、アヒルを磨かせ、さらには混浴の『壁』にしたのですか?」
「ええ。とっても楽しかったですわ! 王子様に掃除をさせるなんて、国外追放でもされなければ一生味わえない快感ですもの!」
私はケラケラと高笑いした。
「な、なんという悪女……! 我が国の殿下をそこまでコキ使うとは!」
ガルフ卿が激昂して馬から降りようとした。
「待て、ガルフ! ……これは、俺が望んだことだ」
殿下がガルフ卿を制し、再び私に向き直った。
「ルルカ。……気づいていながら、俺を受け入れてくれたのか」
「受け入れた? いいえ、利用しただけですわ。……でも、殿下」
私は少しだけトーンを落とし、殿下の瞳を見つめた。
「書類ばかり見ていた頃の貴方より、雑巾を持って必死に私を追いかけていた今の貴方の方が、少しだけ……『人間』らしくて素敵でしたわよ」
「……! ルルカ……!」
殿下が感極まったように、私の手を取ろうとした。
「ああっ、ダメですわ殿下! ルルカ様の聖なる手(ハンド)に触れるのは、ファンクラブ会員番号一番の私、リリアーナの特権ですわぁ!」
どこからともなく飛び出してきたリリアーナちゃんが、殿下の手をバシィッ! と叩き落とした。
「リリアーナ嬢! 君、まだいたのか!」
「失礼ですわね、私はルルカ様の終身名誉侍女ですわ! さあ、王子様は大人しく王宮へお帰りあそばせ!」
「……。殿下、お迎えの馬車が用意できております。……あと、お嬢様。国王陛下から『娘(ルルカ)を無事に連れ戻せ。ただし、お土産の温泉饅頭は忘れずに』との伝言を預かっております」
ガルフ卿が、複雑な表情で言った。
「温泉饅頭……。お父様、相変わらずですわね」
私は肩をすくめた。
正体がバレた以上、もう「傭兵のアル」との気楽な旅は終わりだ。
でも、私のバカンスが終わるわけではない。
「殿下。私は帰りませんわよ? ここには、私が守らなければならない温泉街があるんですもの」
「……。だろうな。……だから、私も決めだ」
殿下は騎士団の方を向き、力強く宣言した。
「ガルフ! 父上に伝えろ! 『アルフレイドは、悪役令嬢ルルカの更生(という名のバカンス)を監視するため、しばらくこの地に駐在する』とな!」
「なっ……!? 殿下、正気ですか!?」
「正気だ。……ルルカ。貴女がここを離れないなら、俺もここにいる。……今度は正真正銘、『王太子』として、この街を全力でバックアップさせてもらう!」
「………はぁ」
今度は、私の深いため息が温泉街に響き渡った。
自由を求めて国外追放されたはずなのに。
なぜか、私を捨てたはずの王子様が、全力で私の「ヒモ」……じゃなくて、「スポンサー」になろうとしている。
私の国外追放ライフ、ここからが本当の「断罪(ラブコメ)」の始まりのようでした。
温泉街の復興が軌道に乗り、今日も「ルル様の断罪」を求める行列ができていた時のことだ。
広場の方から、規則正しい蹄の音と、鎧が擦れ合うジャラジャラという音が近づいてきた。
「……お嬢様。……あれ、観光客ではありませんね」
受付で帳簿をつけていたアンネが、ペンを止めて外を凝視した。
現れたのは、我が国の王室直属、第一近衛騎士団の一団だった。
真っ白なマントを翻し、一糸乱れぬ動きで旅館を取り囲む騎士たち。
その中心にいるのは、厳格な顔つきで知られる騎士団長、ガルフ卿だ。
「……いたぞ! 不届き者め、我が国の至宝を連れ去るとは!」
ガルフ卿が、馬上で抜剣し、旅館の入り口を指差した。
「至宝? 連れ去る? ……アンネ、うちの備品の温泉アヒルでも盗まれたのかしら?」
私は扇子を片手に、のんびりとロビーに出ていった。
「お嬢様、あちらが言っている『至宝』は、十中八九、今あそこで雑巾がけをしている石ころのことかと」
アンネが指差した先。
そこでは、フードを被ったアルさんが、騎士たちの登場に完全に固まっていた。
「……あ」
アルさんの口から、情けない声が漏れる。
「殿下! アルフレイド殿下! ご無事でなによりです! さあ、今すぐその薄汚れたフードを脱ぎ、こちらへ!」
ガルフ卿の声が、温泉街全体に響き渡った。
並んでいた客たちが、「殿下!?」「あの傭兵が王子様!?」と蜂の巣をつついたような騒ぎになる。
アルさんは観念したように、ゆっくりと頭のフードを脱ぎ捨てた。
現れたのは、日の光を浴びて輝く金髪と、誰もがひれ伏したくなるような気品に満ちた美貌。
「……ガルフ。……もう少し、静かに現れることはできなかったのか」
アルさん……いいえ、アルフレイド殿下は、手に持っていた雑巾をそっと桶に戻すと、凛とした立ち姿で騎士団を睨んだ。
「何を仰いますか! 国王陛下が、殿下の失踪を知り、全軍に捜索令を出されたのですぞ!」
「……。失踪ではない。私はただ、大切なものを守りに来ただけだ」
殿下はそう言うと、真っ直ぐに私の方を振り返った。
「ルルさん。……いや、ルルカ。……すまない。隠し通すつもりはなかったのだが」
殿下は、悲劇のヒーローのような切ない表情で、私に歩み寄ってきた。
私はそんな殿下を、冷めた目で見守り、パチンと扇子を閉じた。
「……殿下。今さら、何を仰っていますの?」
「ルルカ、怒るのも無理はない。貴女を追放した当の本人が、正体を隠して付きまとっていたのだから。……さあ、私を罵ってくれ! あの温泉の時のような激しい言葉で!」
殿下は、なぜか少し期待に満ちた目で私を見つめてきた。
「……。……。殿下、勘違いしないでちょうだい」
私は一歩、殿下に近づくと、その耳元で冷ややかに囁いた。
「私、最初から気づいていましたわよ? その歩き方、その声、そしてその……無駄に良い匂い。隠せていると思っていたのは、世界中で殿下ただ一人ですわ」
「……え?」
殿下の動きが、ピタリと止まった。
「気づいていながら、私を『石ころ傭兵』と呼び、アヒルを磨かせ、さらには混浴の『壁』にしたのですか?」
「ええ。とっても楽しかったですわ! 王子様に掃除をさせるなんて、国外追放でもされなければ一生味わえない快感ですもの!」
私はケラケラと高笑いした。
「な、なんという悪女……! 我が国の殿下をそこまでコキ使うとは!」
ガルフ卿が激昂して馬から降りようとした。
「待て、ガルフ! ……これは、俺が望んだことだ」
殿下がガルフ卿を制し、再び私に向き直った。
「ルルカ。……気づいていながら、俺を受け入れてくれたのか」
「受け入れた? いいえ、利用しただけですわ。……でも、殿下」
私は少しだけトーンを落とし、殿下の瞳を見つめた。
「書類ばかり見ていた頃の貴方より、雑巾を持って必死に私を追いかけていた今の貴方の方が、少しだけ……『人間』らしくて素敵でしたわよ」
「……! ルルカ……!」
殿下が感極まったように、私の手を取ろうとした。
「ああっ、ダメですわ殿下! ルルカ様の聖なる手(ハンド)に触れるのは、ファンクラブ会員番号一番の私、リリアーナの特権ですわぁ!」
どこからともなく飛び出してきたリリアーナちゃんが、殿下の手をバシィッ! と叩き落とした。
「リリアーナ嬢! 君、まだいたのか!」
「失礼ですわね、私はルルカ様の終身名誉侍女ですわ! さあ、王子様は大人しく王宮へお帰りあそばせ!」
「……。殿下、お迎えの馬車が用意できております。……あと、お嬢様。国王陛下から『娘(ルルカ)を無事に連れ戻せ。ただし、お土産の温泉饅頭は忘れずに』との伝言を預かっております」
ガルフ卿が、複雑な表情で言った。
「温泉饅頭……。お父様、相変わらずですわね」
私は肩をすくめた。
正体がバレた以上、もう「傭兵のアル」との気楽な旅は終わりだ。
でも、私のバカンスが終わるわけではない。
「殿下。私は帰りませんわよ? ここには、私が守らなければならない温泉街があるんですもの」
「……。だろうな。……だから、私も決めだ」
殿下は騎士団の方を向き、力強く宣言した。
「ガルフ! 父上に伝えろ! 『アルフレイドは、悪役令嬢ルルカの更生(という名のバカンス)を監視するため、しばらくこの地に駐在する』とな!」
「なっ……!? 殿下、正気ですか!?」
「正気だ。……ルルカ。貴女がここを離れないなら、俺もここにいる。……今度は正真正銘、『王太子』として、この街を全力でバックアップさせてもらう!」
「………はぁ」
今度は、私の深いため息が温泉街に響き渡った。
自由を求めて国外追放されたはずなのに。
なぜか、私を捨てたはずの王子様が、全力で私の「ヒモ」……じゃなくて、「スポンサー」になろうとしている。
私の国外追放ライフ、ここからが本当の「断罪(ラブコメ)」の始まりのようでした。
1
あなたにおすすめの小説
虐げられ続けてきたお嬢様、全てを踏み台に幸せになることにしました。
ラディ
恋愛
一つ違いの姉と比べられる為に、愚かであることを強制され矯正されて育った妹。
家族からだけではなく、侍女や使用人からも虐げられ弄ばれ続けてきた。
劣悪こそが彼女と標準となっていたある日。
一人の男が現れる。
彼女の人生は彼の登場により一変する。
この機を逃さぬよう、彼女は。
幸せになることに、決めた。
■完結しました! 現在はルビ振りを調整中です!
■第14回恋愛小説大賞99位でした! 応援ありがとうございました!
■感想や御要望などお気軽にどうぞ!
■エールやいいねも励みになります!
■こちらの他にいくつか話を書いてますのでよろしければ、登録コンテンツから是非に。
※一部サブタイトルが文字化けで表示されているのは演出上の仕様です。お使いの端末、表示されているページは正常です。
【完結】恋が終わる、その隙に
七瀬菜々
恋愛
秋。黄褐色に光るススキの花穂が畦道を彩る頃。
伯爵令嬢クロエ・ロレーヌは5年の婚約期間を経て、名門シルヴェスター公爵家に嫁いだ。
愛しい彼の、弟の妻としてーーー。
【完結】ケーキの為にと頑張っていたらこうなりました
すみ 小桜(sumitan)
恋愛
前世持ちのファビアは、ちょっと変わった子爵令嬢に育っていた。その彼女の望みは、一生ケーキを食べて暮らす事! その為に彼女は魔法学園に通う事にした。
継母の策略を蹴散らし、非常識な義妹に振り回されつつも、ケーキの為に頑張ります!
婚約辞退いたします。だってこの国、沈みますもの
鍛高譚
恋愛
「婚約はお断りいたします――この国は近い将来、崩壊しますので」
そう言い放ったのは、社交界でも目立たない子爵令嬢、マリン・アクアリウム。
ある日、とある舞踏会に突如現れた王太子ガイア殿下。
誰もが驚く中、なんと彼はマリンに婚約を申し出る。
周囲は騒然。「子爵令嬢が王太子妃!?」「断る理由などないはず!」
――だが、彼女は断った。「この国は、もうすぐ滅びます」――と。
そんな不吉な言葉を口にしたことで、彼女は“狂言癖のある嘘つき令嬢”と噂され、
家族にさえ見放され、ついには国外追放の身に。
だが、彼女の予言は本物だった――
数年後、王国に未曾有の大災厄が迫る。
国土が崩れ、海に沈む都市。人々が絶望する中、思い出されるのは、
あの舞踏会でただひとり“滅び”を告げた少女の名。
「彼女なら、この国を救えるかもしれない……」
皮肉にも“追放令嬢”マリンは、再び王都に呼び戻され、
滅びゆく国で最後の希望として担ぎ上げられる。
信じてもらえなかった過去。
それでも人々の命を守ろうと奔走するマリン。
そして、王子ガイアが差し伸べた、あの日と変わらぬ手。
――たとえ国が滅んでも、あなたとともに歩んでいきたい。
【完結】メルティは諦めない~立派なレディになったなら
すみ 小桜(sumitan)
恋愛
レドゼンツ伯爵家の次女メルティは、水面に映る未来を見る(予言)事ができた。ある日、父親が事故に遭う事を知りそれを止めた事によって、聖女となり第二王子と婚約する事になるが、なぜか姉であるクラリサがそれらを手にする事に――。51話で完結です。
逃げた先で見つけた幸せはずっと一緒に。
しゃーりん
恋愛
侯爵家の跡継ぎにも関わらず幼いころから虐げられてきたローレンス。
父の望む相手と結婚したものの妻は義弟の恋人で、妻に子供ができればローレンスは用済みになると知り、家出をする。
旅先で出会ったメロディーナ。嫁ぎ先に向かっているという彼女と一晩を過ごした。
陰からメロディーナを見守ろうと、彼女の嫁ぎ先の近くに住むことにする。
やがて夫を亡くした彼女が嫁ぎ先から追い出された。近くに住んでいたことを気持ち悪く思われることを恐れて記憶喪失と偽って彼女と結婚する。
平民として幸せに暮らしていたが貴族の知り合いに見つかり、妻だった義弟の恋人が子供を産んでいたと知る。
その子供は誰の子か。ローレンスの子でなければ乗っ取りなのではないかと言われたが、ローレンスは乗っ取りを承知で家出したため戻る気はない。
しかし、乗っ取りが暴かれて侯爵家に戻るように言われるお話です。
【完結】離縁したいのなら、もっと穏便な方法もありましたのに。では、徹底的にやらせて頂きますね
との
恋愛
離婚したいのですか? 喜んでお受けします。
でも、本当に大丈夫なんでしょうか?
伯爵様・・自滅の道を行ってません?
まあ、徹底的にやらせて頂くだけですが。
収納スキル持ちの主人公と、錬金術師と異名をとる父親が爆走します。
(父さんの今の顔を見たらフリーカンパニーの団長も怯えるわ。ちっちゃい頃の私だったら確実に泣いてる)
ーーーーーー
ゆるふわの中世ヨーロッパ、幻の国の設定です。
32話、完結迄予約投稿済みです。
R15は念の為・・
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる