婚約破棄で、隣国へ送られる。住めば都って本当ですか?

鏡おもち

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「ルルカ。改めて、私と正式な契約を結び直してほしい」


『湯煙亭』の奥にある、少しだけ立派な応接間。


そこには、傭兵の服を脱ぎ捨て、王室の礼装を身に纏ったアルフレイド殿下が座っていた。


隣には、監視役のガルフ卿が険しい顔で控え、私の後ろにはアンネとリリアーナちゃんが陣取っている。


「……契約? 殿下、寝ぼけていらっしゃいますの? 契約なら、あの日、パーティー会場で盛大に破棄なさいましたわ」


私は優雅に(ふりをして)紅茶を啜り、わざとらしく溜息をついた。


「あれは……その、私の未熟さが招いた過ちだ。貴女がわざと悪役を演じていたことも、すべては自由を求めての行動だったことも、今は理解している」


殿下は真っ直ぐに私を見つめ、深々と頭を下げた。


「ひぇっ!? で、殿下が公爵令嬢に頭を下げた!? ガルフ、記録しなさい、これは歴史的瞬間ですわ!」


リリアーナちゃんが横で大騒ぎしている。


「殿下。頭を上げてくださいな。……で、契約とは何のことですの? まさか今さら『王妃になれ』なんて仰いませんわよね?」


私は扇子をビシッと殿下の鼻先に突きつけた。


「もしそうなら、今すぐこの紅茶を殿下の金髪にぶっかけて、今度こそ国外追放どころか『次元追放』されるまで暴れて差し上げますわよ!」


「……。ルルさん、次元追放という刑罰はこの国にはありません」


アンネが冷静にツッコミを入れる。


「いや、王妃になれとは言わない。……今の貴女には、この温泉街という『守るべき場所』があるからな」


殿下は顔を上げ、真剣な眼差しで続けた。


「そこで提案だ。私をこの温泉街の『筆頭株主(スポンサー)』として受け入れてほしい」


「……スポンサー?」


私は思わず扇子を下ろした。


「そうだ。王室の予算から、この街のインフラ整備、魔導温泉システムの導入、そして広告宣伝費として莫大な資金を提供しよう」


「……。……。……ほう?」


「さらに、この街を『王室特別保養地』として認定する。そうなれば、バロンのような悪徳商人は手出しができなくなる」


殿下は懐から、一枚の輝く羊皮紙を取り出した。


「これが契約書だ。貴女は今まで通り、ここの『若女将』として自由に采配を振るえばいい。私はただ、それを後ろから支えるだけだ」


「……。……。殿下、それだと貴方にメリットがありませんわよね? 王室が動く以上、何か見返りがあるはずですわ」


私は疑り深く契約書を覗き込んだ。


「……見返りは、一つだけだ」


殿下は少し顔を赤らめ、視線を逸らした。


「月に一度、私が視察という名目でここに滞在することを許可してほしい。……それから、温泉アヒルの新作は一番に私に見せてほしい」


「……アヒル?」


「ああ。あの、磨きすぎて顔が消えたアヒル……。あれを見ていると、不思議と心が落ち着くんだ」


殿下の告白に、部屋全体に沈黙が流れた。


「……お嬢様。この方、アヒル磨きの最中に、何かに目覚めてしまったようです」


アンネが呆れたように呟く。


「殿下ぁぁ! アヒルよりも私を見てくださいな! ルルカ様の隣に相応しいのは、アヒルではなくこの私、リリアーナですわ!」


「リリアーナ嬢、君はまず、その掃除のやり残しをなんとかしたまえ」


殿下とリリアーナちゃんが言い争いを始める中、私は契約書の内容を精査した。


(……資金援助は無制限。……公務の義務は一切なし。……滞在時の殿下の世話はアンネが担当……。あら、私にとってメリットしかありませんわ!)


私はペンを手に取ると、迷わず自分のサインを書き込んだ。


「いいでしょう! 再契約、成立ですわ! これからは『石ころ傭兵』ではなく、『成金スポンサー』として、たっぷり絞らせていただきますわよ、アルフレイド殿下!」


「……。ああ、喜んで絞られよう。……ルルカ、これからよろしく頼む」


殿下は嬉しそうに私の手を取り、今度はリリアーナちゃんに邪魔される前に、そっと唇を寄せた。


「ひ、ひゃぁぁぁっ! ルルカ様の手が汚されましたわぁぁ!!」


リリアーナちゃんの悲鳴が響き渡る中、私は殿下の意外と力強い手の温もりを感じていた。


婚約破棄から始まった、私の自由な国外追放ライフ。


いつの間にか、私を捨てたはずの王子様まで巻き込んで、とんでもない方向へ動き出そうとしていた。


(……。まあ、お金を出してくれるなら、たまに来るくらいは我慢して差し上げますわ)


私は窓の外に広がる、夕焼けに染まった温泉街を眺めた。


私のバカンスは、まだまだ終わる気配がありませんでした。
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