20 / 24
20
しおりを挟む
「ルルカ。……父上から、正式な『赦免状』が届いた。これで貴女の罪はすべて消え、公爵令嬢としての地位も完全に回復する」
アルフレイド殿下が、重々しく金縁の羊皮紙をテーブルに置いた。
その横では、国王の使者である文官が、恭しく頭を下げている。
「おめでとうございます、ルルカ様! これで晴れて、王都へお戻りいただけます。馬車も最高級のものを用意してございますぞ!」
使者の文官が、さも良い知らせを持ってきたという顔で揉み手をした。
私はその羊皮紙を指先でチョン、と突き、それからアンネに視線を送った。
「アンネ。これ、アヒルちゃんを磨く時に下に敷くのにちょうど良さそうですわね?」
「左様でございますね。吸水性も良さそうな、上質な羊皮紙です」
「き、貴様ら……! これは国王陛下の直筆なのだぞ!」
使者の文官が顔を真っ赤にして叫んだ。
「あら。そんなに怒らないでくださいな。……殿下、せっかくですが、その紙はどこかへ片付けてちょうだい。私、帰る気なんて一ミリもありませんの」
私は扇子をバサリと広げ、優雅に背もたれに寄りかかった。
「……やはりか。だがルルカ、王都に戻れば、貴女は再び贅沢な生活ができる。こんな立て付けの悪い旅館で、毎日客に罵声を浴びせる重労働をしなくてもいいんだ」
アルフレイド殿下が、心配そうに私の顔を覗き込む。
「重労働? 殿下、貴方は何も分かっていないのですね。……これのどこが重労働ですの?」
私は窓の外を指差した。
広場では、リリアーナちゃんが客を追い回し、街の人々が活き活きと立ち働いている。
「王宮にいた頃の私は、ただの『飾り』でしたわ。誰が書いたか分からない書類に判を押し、誰が決めたか分からない儀式に出席する。……でも、ここでは違いますわ!」
私は立ち上がり、拳を握った。
「私が罵倒すれば、客が喜ぶ! 私が新しいお湯を提案すれば、街が潤う! 私の行動一つで、目の前の人たちが笑顔(あるいは恍惚の表情)になるんですのよ!」
「……。ルルカ。貴女は、自分が『必要とされている』という実感を、ここで初めて得たのだな」
殿下の声が、どこか切なげに響いた。
「そうですわ! それに何より……ここでの生活は、最高に『楽しい』んですもの!」
「楽しい……。公爵令嬢としての栄誉を捨ててまで、温泉アヒルを売ることがか?」
「ええ! あのアヒルたちが、世の殿方たちの寂しいバスタイムを癒やしていると思うと、胸が熱くなりますわ!」
私は窓から身を乗り出し、広場に向かって叫んだ。
「皆様ー! 私は帰りませんわよ! 明日も全力で貴方たちを断罪して差し上げますわ!」
「おおおおお!! ルル様万歳!!」
「一生ついていきます、ルル様ぁぁぁ!」
地響きのような歓声が旅館を揺らした。
「……。殿下、ご覧の通りです。お嬢様は、もはや一国の王女よりも、一街の女王として君臨することを選ばれました」
アンネが事務的に、使者の文官を出口へと押しやっていく。
「な、なんなのだ、この街は……! 狂っている、皆狂っているぞ!」
使者は逃げるように馬車へと駆け戻っていった。
「……。……ふ。そうだな。ルルカ、君らしい」
殿下は苦笑し、テーブルの赦免状を自分で丸めて懐に仕舞った。
「殿下? 貴方は戻らなくてよろしいの?」
「……。私も、この街を『王室特別保養地』にするという公務があるからな。……それに、まだ新作のアヒルを一つも貰っていない」
「あら。それなら、アルさん……じゃなくて殿下には、特別に『王冠を被った限定アヒル』を磨かせてあげますわよ?」
「……。磨くのか。……。……ああ、喜んでやらせてもらおう」
殿下は晴れやかな顔で、再び雑巾を手にした。
「ルルカ様ぁぁぁ!! 新作の『激辛キムチ温泉の素』が完成しましたわぁぁ!!」
リリアーナちゃんが、真っ赤な液体が入った瓶を持って乱入してきた。
「リリアーナちゃん! それは客が死ぬから、まずは試作段階で止めておきなさい!」
私の国外追放ライフ。
王都からの誘いも、輝かしい名誉も、今の私には最高のバカンスを彩るノイズでしかありませんでした。
(……。ふふっ。さて、明日はどんな新しい『悪巧み』をしましょうかしら!)
私は沈みゆく夕日を眺めながら、最高に不敵で、最高に幸せな笑みを浮かべた。
アルフレイド殿下が、重々しく金縁の羊皮紙をテーブルに置いた。
その横では、国王の使者である文官が、恭しく頭を下げている。
「おめでとうございます、ルルカ様! これで晴れて、王都へお戻りいただけます。馬車も最高級のものを用意してございますぞ!」
使者の文官が、さも良い知らせを持ってきたという顔で揉み手をした。
私はその羊皮紙を指先でチョン、と突き、それからアンネに視線を送った。
「アンネ。これ、アヒルちゃんを磨く時に下に敷くのにちょうど良さそうですわね?」
「左様でございますね。吸水性も良さそうな、上質な羊皮紙です」
「き、貴様ら……! これは国王陛下の直筆なのだぞ!」
使者の文官が顔を真っ赤にして叫んだ。
「あら。そんなに怒らないでくださいな。……殿下、せっかくですが、その紙はどこかへ片付けてちょうだい。私、帰る気なんて一ミリもありませんの」
私は扇子をバサリと広げ、優雅に背もたれに寄りかかった。
「……やはりか。だがルルカ、王都に戻れば、貴女は再び贅沢な生活ができる。こんな立て付けの悪い旅館で、毎日客に罵声を浴びせる重労働をしなくてもいいんだ」
アルフレイド殿下が、心配そうに私の顔を覗き込む。
「重労働? 殿下、貴方は何も分かっていないのですね。……これのどこが重労働ですの?」
私は窓の外を指差した。
広場では、リリアーナちゃんが客を追い回し、街の人々が活き活きと立ち働いている。
「王宮にいた頃の私は、ただの『飾り』でしたわ。誰が書いたか分からない書類に判を押し、誰が決めたか分からない儀式に出席する。……でも、ここでは違いますわ!」
私は立ち上がり、拳を握った。
「私が罵倒すれば、客が喜ぶ! 私が新しいお湯を提案すれば、街が潤う! 私の行動一つで、目の前の人たちが笑顔(あるいは恍惚の表情)になるんですのよ!」
「……。ルルカ。貴女は、自分が『必要とされている』という実感を、ここで初めて得たのだな」
殿下の声が、どこか切なげに響いた。
「そうですわ! それに何より……ここでの生活は、最高に『楽しい』んですもの!」
「楽しい……。公爵令嬢としての栄誉を捨ててまで、温泉アヒルを売ることがか?」
「ええ! あのアヒルたちが、世の殿方たちの寂しいバスタイムを癒やしていると思うと、胸が熱くなりますわ!」
私は窓から身を乗り出し、広場に向かって叫んだ。
「皆様ー! 私は帰りませんわよ! 明日も全力で貴方たちを断罪して差し上げますわ!」
「おおおおお!! ルル様万歳!!」
「一生ついていきます、ルル様ぁぁぁ!」
地響きのような歓声が旅館を揺らした。
「……。殿下、ご覧の通りです。お嬢様は、もはや一国の王女よりも、一街の女王として君臨することを選ばれました」
アンネが事務的に、使者の文官を出口へと押しやっていく。
「な、なんなのだ、この街は……! 狂っている、皆狂っているぞ!」
使者は逃げるように馬車へと駆け戻っていった。
「……。……ふ。そうだな。ルルカ、君らしい」
殿下は苦笑し、テーブルの赦免状を自分で丸めて懐に仕舞った。
「殿下? 貴方は戻らなくてよろしいの?」
「……。私も、この街を『王室特別保養地』にするという公務があるからな。……それに、まだ新作のアヒルを一つも貰っていない」
「あら。それなら、アルさん……じゃなくて殿下には、特別に『王冠を被った限定アヒル』を磨かせてあげますわよ?」
「……。磨くのか。……。……ああ、喜んでやらせてもらおう」
殿下は晴れやかな顔で、再び雑巾を手にした。
「ルルカ様ぁぁぁ!! 新作の『激辛キムチ温泉の素』が完成しましたわぁぁ!!」
リリアーナちゃんが、真っ赤な液体が入った瓶を持って乱入してきた。
「リリアーナちゃん! それは客が死ぬから、まずは試作段階で止めておきなさい!」
私の国外追放ライフ。
王都からの誘いも、輝かしい名誉も、今の私には最高のバカンスを彩るノイズでしかありませんでした。
(……。ふふっ。さて、明日はどんな新しい『悪巧み』をしましょうかしら!)
私は沈みゆく夕日を眺めながら、最高に不敵で、最高に幸せな笑みを浮かべた。
2
あなたにおすすめの小説
虐げられ続けてきたお嬢様、全てを踏み台に幸せになることにしました。
ラディ
恋愛
一つ違いの姉と比べられる為に、愚かであることを強制され矯正されて育った妹。
家族からだけではなく、侍女や使用人からも虐げられ弄ばれ続けてきた。
劣悪こそが彼女と標準となっていたある日。
一人の男が現れる。
彼女の人生は彼の登場により一変する。
この機を逃さぬよう、彼女は。
幸せになることに、決めた。
■完結しました! 現在はルビ振りを調整中です!
■第14回恋愛小説大賞99位でした! 応援ありがとうございました!
■感想や御要望などお気軽にどうぞ!
■エールやいいねも励みになります!
■こちらの他にいくつか話を書いてますのでよろしければ、登録コンテンツから是非に。
※一部サブタイトルが文字化けで表示されているのは演出上の仕様です。お使いの端末、表示されているページは正常です。
【完結】恋が終わる、その隙に
七瀬菜々
恋愛
秋。黄褐色に光るススキの花穂が畦道を彩る頃。
伯爵令嬢クロエ・ロレーヌは5年の婚約期間を経て、名門シルヴェスター公爵家に嫁いだ。
愛しい彼の、弟の妻としてーーー。
【完結】ケーキの為にと頑張っていたらこうなりました
すみ 小桜(sumitan)
恋愛
前世持ちのファビアは、ちょっと変わった子爵令嬢に育っていた。その彼女の望みは、一生ケーキを食べて暮らす事! その為に彼女は魔法学園に通う事にした。
継母の策略を蹴散らし、非常識な義妹に振り回されつつも、ケーキの為に頑張ります!
婚約辞退いたします。だってこの国、沈みますもの
鍛高譚
恋愛
「婚約はお断りいたします――この国は近い将来、崩壊しますので」
そう言い放ったのは、社交界でも目立たない子爵令嬢、マリン・アクアリウム。
ある日、とある舞踏会に突如現れた王太子ガイア殿下。
誰もが驚く中、なんと彼はマリンに婚約を申し出る。
周囲は騒然。「子爵令嬢が王太子妃!?」「断る理由などないはず!」
――だが、彼女は断った。「この国は、もうすぐ滅びます」――と。
そんな不吉な言葉を口にしたことで、彼女は“狂言癖のある嘘つき令嬢”と噂され、
家族にさえ見放され、ついには国外追放の身に。
だが、彼女の予言は本物だった――
数年後、王国に未曾有の大災厄が迫る。
国土が崩れ、海に沈む都市。人々が絶望する中、思い出されるのは、
あの舞踏会でただひとり“滅び”を告げた少女の名。
「彼女なら、この国を救えるかもしれない……」
皮肉にも“追放令嬢”マリンは、再び王都に呼び戻され、
滅びゆく国で最後の希望として担ぎ上げられる。
信じてもらえなかった過去。
それでも人々の命を守ろうと奔走するマリン。
そして、王子ガイアが差し伸べた、あの日と変わらぬ手。
――たとえ国が滅んでも、あなたとともに歩んでいきたい。
【完結】メルティは諦めない~立派なレディになったなら
すみ 小桜(sumitan)
恋愛
レドゼンツ伯爵家の次女メルティは、水面に映る未来を見る(予言)事ができた。ある日、父親が事故に遭う事を知りそれを止めた事によって、聖女となり第二王子と婚約する事になるが、なぜか姉であるクラリサがそれらを手にする事に――。51話で完結です。
逃げた先で見つけた幸せはずっと一緒に。
しゃーりん
恋愛
侯爵家の跡継ぎにも関わらず幼いころから虐げられてきたローレンス。
父の望む相手と結婚したものの妻は義弟の恋人で、妻に子供ができればローレンスは用済みになると知り、家出をする。
旅先で出会ったメロディーナ。嫁ぎ先に向かっているという彼女と一晩を過ごした。
陰からメロディーナを見守ろうと、彼女の嫁ぎ先の近くに住むことにする。
やがて夫を亡くした彼女が嫁ぎ先から追い出された。近くに住んでいたことを気持ち悪く思われることを恐れて記憶喪失と偽って彼女と結婚する。
平民として幸せに暮らしていたが貴族の知り合いに見つかり、妻だった義弟の恋人が子供を産んでいたと知る。
その子供は誰の子か。ローレンスの子でなければ乗っ取りなのではないかと言われたが、ローレンスは乗っ取りを承知で家出したため戻る気はない。
しかし、乗っ取りが暴かれて侯爵家に戻るように言われるお話です。
【完結】離縁したいのなら、もっと穏便な方法もありましたのに。では、徹底的にやらせて頂きますね
との
恋愛
離婚したいのですか? 喜んでお受けします。
でも、本当に大丈夫なんでしょうか?
伯爵様・・自滅の道を行ってません?
まあ、徹底的にやらせて頂くだけですが。
収納スキル持ちの主人公と、錬金術師と異名をとる父親が爆走します。
(父さんの今の顔を見たらフリーカンパニーの団長も怯えるわ。ちっちゃい頃の私だったら確実に泣いてる)
ーーーーーー
ゆるふわの中世ヨーロッパ、幻の国の設定です。
32話、完結迄予約投稿済みです。
R15は念の為・・
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる