婚約破棄で、隣国へ送られる。住めば都って本当ですか?

鏡おもち

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「ルルカ。……父上から、正式な『赦免状』が届いた。これで貴女の罪はすべて消え、公爵令嬢としての地位も完全に回復する」


アルフレイド殿下が、重々しく金縁の羊皮紙をテーブルに置いた。


その横では、国王の使者である文官が、恭しく頭を下げている。


「おめでとうございます、ルルカ様! これで晴れて、王都へお戻りいただけます。馬車も最高級のものを用意してございますぞ!」


使者の文官が、さも良い知らせを持ってきたという顔で揉み手をした。


私はその羊皮紙を指先でチョン、と突き、それからアンネに視線を送った。


「アンネ。これ、アヒルちゃんを磨く時に下に敷くのにちょうど良さそうですわね?」


「左様でございますね。吸水性も良さそうな、上質な羊皮紙です」


「き、貴様ら……! これは国王陛下の直筆なのだぞ!」


使者の文官が顔を真っ赤にして叫んだ。


「あら。そんなに怒らないでくださいな。……殿下、せっかくですが、その紙はどこかへ片付けてちょうだい。私、帰る気なんて一ミリもありませんの」


私は扇子をバサリと広げ、優雅に背もたれに寄りかかった。


「……やはりか。だがルルカ、王都に戻れば、貴女は再び贅沢な生活ができる。こんな立て付けの悪い旅館で、毎日客に罵声を浴びせる重労働をしなくてもいいんだ」


アルフレイド殿下が、心配そうに私の顔を覗き込む。


「重労働? 殿下、貴方は何も分かっていないのですね。……これのどこが重労働ですの?」


私は窓の外を指差した。


広場では、リリアーナちゃんが客を追い回し、街の人々が活き活きと立ち働いている。


「王宮にいた頃の私は、ただの『飾り』でしたわ。誰が書いたか分からない書類に判を押し、誰が決めたか分からない儀式に出席する。……でも、ここでは違いますわ!」


私は立ち上がり、拳を握った。


「私が罵倒すれば、客が喜ぶ! 私が新しいお湯を提案すれば、街が潤う! 私の行動一つで、目の前の人たちが笑顔(あるいは恍惚の表情)になるんですのよ!」


「……。ルルカ。貴女は、自分が『必要とされている』という実感を、ここで初めて得たのだな」


殿下の声が、どこか切なげに響いた。


「そうですわ! それに何より……ここでの生活は、最高に『楽しい』んですもの!」


「楽しい……。公爵令嬢としての栄誉を捨ててまで、温泉アヒルを売ることがか?」


「ええ! あのアヒルたちが、世の殿方たちの寂しいバスタイムを癒やしていると思うと、胸が熱くなりますわ!」


私は窓から身を乗り出し、広場に向かって叫んだ。


「皆様ー! 私は帰りませんわよ! 明日も全力で貴方たちを断罪して差し上げますわ!」


「おおおおお!! ルル様万歳!!」


「一生ついていきます、ルル様ぁぁぁ!」


地響きのような歓声が旅館を揺らした。


「……。殿下、ご覧の通りです。お嬢様は、もはや一国の王女よりも、一街の女王として君臨することを選ばれました」


アンネが事務的に、使者の文官を出口へと押しやっていく。


「な、なんなのだ、この街は……! 狂っている、皆狂っているぞ!」


使者は逃げるように馬車へと駆け戻っていった。


「……。……ふ。そうだな。ルルカ、君らしい」


殿下は苦笑し、テーブルの赦免状を自分で丸めて懐に仕舞った。


「殿下? 貴方は戻らなくてよろしいの?」


「……。私も、この街を『王室特別保養地』にするという公務があるからな。……それに、まだ新作のアヒルを一つも貰っていない」


「あら。それなら、アルさん……じゃなくて殿下には、特別に『王冠を被った限定アヒル』を磨かせてあげますわよ?」


「……。磨くのか。……。……ああ、喜んでやらせてもらおう」


殿下は晴れやかな顔で、再び雑巾を手にした。


「ルルカ様ぁぁぁ!! 新作の『激辛キムチ温泉の素』が完成しましたわぁぁ!!」


リリアーナちゃんが、真っ赤な液体が入った瓶を持って乱入してきた。


「リリアーナちゃん! それは客が死ぬから、まずは試作段階で止めておきなさい!」


私の国外追放ライフ。


王都からの誘いも、輝かしい名誉も、今の私には最高のバカンスを彩るノイズでしかありませんでした。


(……。ふふっ。さて、明日はどんな新しい『悪巧み』をしましょうかしら!)


私は沈みゆく夕日を眺めながら、最高に不敵で、最高に幸せな笑みを浮かべた。
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