温もりカフェで夢を見る

あや

文字の大きさ
10 / 42

9.休暇前

しおりを挟む
「そりゃー、俺そこにいなくてよかったわ。」
「運が良かったね。」

 今日の仕事が終わり、ロルフたち黒騎士団三人は街の繁華街にある居酒屋に来ていた。魔導ランタンが明るく店内を照らしている。

 シュレーデニアは比較的治安の良い国である。それは武力として強いということもあるが、首都自体が要塞のようになっているからである。首都に入るのは念入りな検査があるため、他所からの不当な輩は入り込みにくかった。また、住んでいる人々自体教養と何らかの武術を支持していることが多く、喧嘩などが起こっても制裁に入りやすく、街の衛兵も騎士団に比べると劣るがかなりの強さを持っていた。シュレーデニアは別名武装王国とも呼ばれていた。

 運ばれてきたニンニクの効いた肉のソテーを齧りながら、ボアはビールを煽っているグリージオにニコニコと言った。

「もう三年ぐらい続いているからなぁ。俺の知る限り。諦めりゃ良いのに。」
「…五年だ。」

 苦虫を噛み潰したようにロルフがいうとあぁ~…とグリージオは口をつぐんだ。

(ほんとに入団してからずっとなのか。御愁傷様。)

 グリージオは心の中でそっと手を合わせた。

「で、今後の予定なんだが。」
「まだ決まってないんじゃなかったのか?」
「決まってはいないけど方針、と言ったところか。先日討伐に行っただろう。モンテールの奥の山の方がどうやら最近おかしくてな。そこを調査することになるらしい。」
「調査?」

 グリージオがジョッキを置くと

「ああ、どうも周辺の魔素の動きがおかしいらしくて、その影響で今回みたいなことが起きてるかもしれないということだった。」

 と、ロルフがピッチャーからビールのおかわりを注いだ。グリージオは、ロルフは無意識で気が効くやつだなとか思っているが、言葉には出さずにそのジョッキに一口口つけた。

「魔素の動きなんて、俺たちにはわからないから魔導部隊と一緒にってことか?」
「そうなるだろうな。地域調査と原因究明、できれば原因根絶といった所だろう。まぁまだ確定した話ではない。」

 そう言いながらロルフもジャーキーを齧ってビールを煽った。その間にも出来立てのポテトサラダや魚の開きなどがどしどしやってくる。そういえば奢りだったことをロルフは思い出した。

「魔法精鋭部隊って言えば第二騎士団?」
「そうだな、その中で調査系が得意な人選がされるだろうな。」
「…フーリアあたりは自分をねじ込んでくるだろうな。」
「調査大好きだもんねぇ。」

 フーリアと魔法部隊である第二騎士団の中で研究職の第一人者とされていた。場内で見かけるときは白い白衣と茶色の魔法手袋、暗めの青いかみを適当に結んで青白い顔をしていることが多かった。自分が調べたいことについては寝る間も惜しんで調査するため、補佐官はどちらかといえば彼の生活の方を補佐してることが多いらしい。

「遠征途中で倒れるんじゃないのか?」
「そしたら放っておいてそのまま前進だ。」
「うわ、無慈悲ー。」
「第二騎士団に誰かが回収するだろ。」

 ちょっと話している間に湯気の出ていたポテトサラダが半分もなくなっていて、グリージオが慌ててそれを自分の取り皿にいくつか取っておいた。自分の欲しいものは自分の皿にキープしておかないとすぐになくなってしまうのだ。勿論ロルフもいくつかサーブしている。

「ンフフー、またあのカフェに行けるね。」
「ああ、あの居心地のいい?そうだな。」

 ボアは追加注文を頼むと、ふと思い出したようにそういった。

「モンテールとロゼニアは隣同士だったよな。今回の山の立地的には二つの間のあたりに位置するけど本拠地はそうなるとモンテールの方になるんじゃないのか?」
「モンテールは小さな町だからね。どちらかといえば農家や畜産関係者が多いから規模としてはロゼニアの方が大きいよねー。物資とか補填する場合にはロゼニアの方がいいと思うけど。前回みたいに討伐以来ではないわけだし。」
「何かあった場合には急に動けないがいいのか?」
「それはどちらの街にとっても同じ確率だともうよー。」

 意外と早くにまたあの店に行けそうだな、とロルフは考えていた。もっと先、もしくは討伐依頼がなければモンテール方面に出向くことは少ない。

「まあ俺たちは予定が決まってからしか予定は立てられないからな。それから考えるこったろ。」
「もう俺は、次に頼むメニューを考えてる!」
「気がはええな、おい。」

 美味しそうにソーセージにかじりつきながら別の店のメニューを考えているとか、こいつの頭はどうなってるんだ、とグリージオは肘をついてため息をついた。

「俺たちはグリノリアとの外交のこととかは考えなくていいからな。楽なもんさ。」
「あー、そういうのは“白”とお偉いさんたちにお任せだよね。」
「…お前らも頭使えよ?脳味噌まで筋肉とか洒落にならんぞ。」
「そこら辺はグリージオさんの専売特許だからー。」
「違う…お前らが何にも考えないからだ。俺だって考えたくない!」
「そう?相手を陥れるの大好きじゃん。」
「言い方!!言い方!!!!!」

 楽しそうにボアは酔っているが、果実酒一杯でこの陽気である。騎士団で珍しく下戸なこの男は、酔ってもただただ明るくなるため特に無理矢理飲まされるようなことはなかった。それよりも食べることが止まらないので、周りもそこまで気にしない。

「俺は、被害が少なければそれでいーんだよ。」

 グリージオは少しだけ遠くを見ながら小さくそういった。ロルフはその声を拾って酒を飲む手を止めてグリージオを見たが、

「んーー!参謀やっさしぃーーんだ!」

 とキャッキャと喜ぶボアのせいでシリアス展開には及ばなかった。嬉しくなったのか、余計に過食が加速する。

「お前…落ち着いて食え?」
「今日はロルフもちだからいいの。」
「あ、そうなの。俺もごちになります。」
「なんでグリージオにまで奢らないといけないんだよ。」
「俺の胃に穴が開きそうだから?態度直すか奢るか、どっちにする?」
「仕方ない。奢ろう。」
「返事早いから!ていうか奢らなくてもいいから態度を改めよう?」
「俺のアイデンティティだから無理だな。」
「そんなアイデンティティ捨てちまえ!」

 ロルフはニヤリと笑うと、目の前の皿を突きながら酒のおかわりを頼んだのだった。

 

 

 

 夜もふけ、ボアは2人と離れ、騎士団の寮へと帰っていった。フラフラでもボアは強いので何の問題に思っていない。グリージオと2人で別の小さなバーに向かっていた。城でのあの一件のようなことがなければこの街は慣れ親しんだ場所であることは間違い無いのだ。街灯の灯った人通りが少ない路地を2人で静かに歩く。ロルフの背中の大剣だけがガチャガチャと存在感を示しているようだった。

「お前、それメンテしないの?」
「ん?ここに帰ってくる前までに他にも任務があったから…そういえば長いこと手をかけてないな。自分でできることはしてるんだが。」
「ちゃんとした鍛冶屋に持っていった方がいい。次の任務まではこれからの休みのことも含めると二週間はこの街に滞在できるだろうからな。」

 遠征の後には大体長期で休みが与えられた。しかし管理職ともなると続いて休むということは難しく、半日仕事に出たり、交代で騎士団運営は行わなければいけなかった。

「手に馴染むものを預けるのは苦手なんだけどな…なるべく早くメンテナンスしてもらえるように頼まないといけないな。」

 腰の方から大剣の鞘を撫でた。金属部分には傷が多くついている。

「上に立つ人間だからな。自分も大事にしろよ。」

 少し早く歩いて先に行きながら、グリージオが横でつぶやく。

「ああ、わかってるよ。」

 その言葉の重みも。

 現在はだいぶ落ち着いた情勢も、数年前までは戦いに明け暮れる日々だった。若輩者であったとしても戦場に駆り出され、自分の強さを高めていかざる得なかった。その中で失ったものも多いのだ。
 ロルフ自身、自分が生き抜かなければならない理由もあるので、死ぬわけにもいかない。

「そのために、お前が頭をフル回転させてくれるんだろ?」

 グリージオの背中に声をかけると、返事はなかったが力なく前でひらひらと手を振っていた。ロルフはその姿にとある人物の影がかぶって見えた。

「単なる真似事さ。」

 真似事で智略を尽くせるものか。
 そんなことはロルフにだってわかる。

 酔ったようにふわふわと歩いているが、きっとグリージオは酔ってなどいないのだろう。いつだって山吹色の目は警戒を怠ることはない。どれだけ自分を抑えて頭を働かせているか。身近にいるロルフとボアはよくわかっていた。

 かと言って自分がグリージオにようにできるかというとそうでもない。現在の指揮系統、采配は自分たちの力を一番効率よくするためのものだった。それはロルフがゴリ押ししてこの形態を作ったところも多い。

 この形態に持っていくとき、グリージオには反対された。しかしこれが一番最適と思ったからゴリ押ししたのだ。

 俺にはまだ経験が足りない。
 俺がこの場所を守るにはグリージオの采配が不可欠だ。

 そう言って。

 目標とする男に近づくために。今はまず純粋に自分の能力を上げねばならない。そして、経験を積み、支持もできるようにいずれはならなければならない。

「もう少し、勉強させてもらうよ。」
「俺から勉強することなんざ、ねえよ。」

 そうやってへらへらと笑う背中に、ロルフは安心するのだった。と
しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~

さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」 あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。 弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。 弟とは凄く仲が良いの! それはそれはものすごく‥‥‥ 「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」 そんな関係のあたしたち。 でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥ 「うそっ! お腹が出て来てる!?」 お姉ちゃんの秘密の悩みです。

甘い匂いの人間は、極上獰猛な獣たちに奪われる 〜居場所を求めた少女の転移譚〜

具なっしー
恋愛
「誰かを、全力で愛してみたい」 居場所のない、17歳の少女・鳴宮 桃(なるみや もも)。 幼い頃に両親を亡くし、叔父の家で家政婦のような日々を送る彼女は、誰にも言えない孤独を抱えていた。そんな桃が、願いをかけた神社の光に包まれ目覚めたのは、獣人たちが支配する異世界。 そこは、男女比50:1という極端な世界。女性は複数の夫に囲われて贅沢を享受するのが常識だった。 しかし、桃は異世界の女性が持つ傲慢さとは無縁で、控えめなまま。 そして彼女の身体から放たれる**"甘いフェロモン"は、野生の獣人たちにとって極上の獲物**でしかない。 盗賊に囚われかけたところを、美形で無口なホワイトタイガー獣人・ベンに救われた桃。孤独だった少女は、その純粋さゆえに、強く、一途で、そして獰猛な獣人たちに囲われていく――。 ※表紙はAIです

次期国王様の寵愛を受けるいじめられっこの私と没落していくいじめっこの貴族令嬢

さら
恋愛
 名門公爵家の娘・レティシアは、幼い頃から“地味で鈍くさい”と同級生たちに嘲られ、社交界では笑い者にされてきた。中でも、侯爵令嬢セリーヌによる陰湿ないじめは日常茶飯事。誰も彼女を助けず、婚約の話も破談となり、レティシアは「無能な令嬢」として居場所を失っていく。  しかし、そんな彼女に運命の転機が訪れた。  王立学園での舞踏会の夜、次期国王アレクシス殿下が突然、レティシアの手を取り――「君が、私の隣にふさわしい」と告げたのだ。  戸惑う彼女をよそに、殿下は一途な想いを示し続け、やがてレティシアは“王妃教育”を受けながら、自らの力で未来を切り開いていく。いじめられっこだった少女は、人々の声に耳を傾け、改革を導く“知恵ある王妃”へと成長していくのだった。  一方、他人を見下し続けてきたセリーヌは、過去の行いが明るみに出て家の地位を失い、婚約者にも見放されて没落していく――。

猫なので、もう働きません。

具なっしー
恋愛
不老不死が実現した日本。600歳まで社畜として働き続けた私、佐々木ひまり。 やっと安楽死できると思ったら――普通に苦しいし、目が覚めたら猫になっていた!? しかもここは女性が極端に少ない世界。 イケオジ貴族に拾われ、猫幼女として溺愛される日々が始まる。 「もう頑張らない」って決めたのに、また頑張っちゃう私……。 これは、社畜上がりの猫幼女が“だらだらしながら溺愛される”物語。 ※表紙はAI画像です

死に戻ったら、私だけ幼児化していた件について

えくれあ
恋愛
セラフィーナは6歳の時に王太子となるアルバートとの婚約が決まって以降、ずっと王家のために身を粉にして努力を続けてきたつもりだった。 しかしながら、いつしか悪女と呼ばれるようになり、18歳の時にアルバートから婚約解消を告げられてしまう。 その後、死を迎えたはずのセラフィーナは、目を覚ますと2年前に戻っていた。だが、周囲の人間はセラフィーナが死ぬ2年前の姿と相違ないのに、セラフィーナだけは同じ年齢だったはずのアルバートより10歳も幼い6歳の姿だった。 死を迎える前と同じこともあれば、年齢が異なるが故に違うこともある。 戸惑いを覚えながらも、死んでしまったためにできなかったことを今度こそ、とセラフィーナは心に誓うのだった。

転生したので推し活をしていたら、推しに溺愛されました。

ラム猫
恋愛
 異世界に転生した|天音《あまね》ことアメリーは、ある日、この世界が前世で熱狂的に遊んでいた乙女ゲームの世界であることに気が付く。  『煌めく騎士と甘い夜』の攻略対象の一人、騎士団長シオン・アルカス。アメリーは、彼の大ファンだった。彼女は喜びで飛び上がり、推し活と称してこっそりと彼に贈り物をするようになる。  しかしその行為は推しの目につき、彼に興味と執着を抱かれるようになったのだった。正体がばれてからは、あろうことか美しい彼の側でお世話係のような役割を担うことになる。  彼女は推しのためならばと奮闘するが、なぜか彼は彼女に甘い言葉を囁いてくるようになり……。 ※この作品は、『小説家になろう』様『カクヨム』様にも投稿しています。

敵に貞操を奪われて癒しの力を失うはずだった聖女ですが、なぜか前より漲っています

藤谷 要
恋愛
サルサン国の聖女たちは、隣国に征服される際に自国の王の命で殺されそうになった。ところが、侵略軍将帥のマトルヘル侯爵に助けられた。それから聖女たちは侵略国に仕えるようになったが、一か月後に筆頭聖女だったルミネラは命の恩人の侯爵へ嫁ぐように国王から命じられる。 結婚披露宴では、陛下に側妃として嫁いだ旧サルサン国王女が出席していたが、彼女は侯爵に腕を絡めて「陛下の手がつかなかったら一年後に妻にしてほしい」と頼んでいた。しかも、侯爵はその手を振り払いもしない。 聖女は愛のない交わりで神の加護を失うとされているので、当然白い結婚だと思っていたが、初夜に侯爵のメイアスから体の関係を迫られる。彼は命の恩人だったので、ルミネラはそのまま彼を受け入れた。 侯爵がかつての恋人に似ていたとはいえ、侯爵と孤児だった彼は全く別人。愛のない交わりだったので、当然力を失うと思っていたが、なぜか以前よりも力が漲っていた。 ※全11話 2万字程度の話です。

つまらなかった乙女ゲームに転生しちゃったので、サクッと終わらすことにしました

蒼羽咲
ファンタジー
つまらなかった乙女ゲームに転生⁈ 絵に惚れ込み、一目惚れキャラのためにハードまで買ったが内容が超つまらなかった残念な乙女ゲームに転生してしまった。 絵は超好みだ。内容はご都合主義の聖女なお花畑主人公。攻略イケメンも顔は良いがちょろい対象ばかり。てこたぁ逆にめちゃくちゃ住み心地のいい場所になるのでは⁈と気づき、テンションが一気に上がる!! 聖女など面倒な事はする気はない!サクッと攻略終わらせてぐーたら生活をGETするぞ! ご都合主義ならチョロい!と、野望を胸に動き出す!! +++++ ・重複投稿・土曜配信 (たま~に水曜…不定期更新)

処理中です...