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10.食事水準向上という便宜
しおりを挟む「ココ最近ちょっと森や山の方がおかしいって狩人してる友人が言ってたよ。エレノアちゃん一人暮らしでしょ?大丈夫なの?自衛はしないとだめだよ?夜だけでも実家に帰った方がいいんじゃないのかな?」
「ロッソさん大丈夫ですよ。ちゃんと戸締りもしてますし、防犯グッズも持ってますから。こまめに実家にも顔出してますよ?」
「ほんとかい?ちょっとおばちゃん心配だよ。」
「やだなぁ。もう子供じゃないんですからね!今日も美味しいパンありがとうございます。シチュー作ってるんでよかったら持っていってください。」
「本当かい?朝から悪いね!」
店内で朝の準備中、いつもパンを卸してくれるパン屋のロッソさんがきてくれた。いつもは旦那さんのピーターさんがきてくれるのだが、今日は旦那さんとロッソさん2人できていて、勢いよく喋っている。パンはいつもの場所にポーターさんがおいてくれたので、一声ロッソさんに声をかけてシチューを入れた小鍋を取りに行った。
「一度温めてくださいね。ロッソさんのパンと合うといいんですけど。」
「何言ってんの!あうに決まってるじゃないか。」
「ふふっよかった。ピーターさんも召し上がってくださいね。」
「ありがとう。お昼が俄然楽しみになったよ。」
ドアのところまで見送りに行くと、朝露で濡れた草がキラキラと光っていた。遠くに行っても何度か振り返ってこちらに手を振ってくれた。ロッソさんは小さな頃から大好きなパン屋さんで、だいぶ歳をとってしまったけれど今でも自分のことを気にかけてくれる第二のお母さんのようだった。パンも常連だからといって格安で卸して貰えているのでありがたい。こういうのはもちつもたれつなので、働き者の2人のためにちょっとしたおかずを渡している。喜んでもらえるのが嬉しい。
ひと月前の討伐があった頃から、そういう噂は他の人からも聞いていた。コボルトが家畜を襲ってたとか、森の奥にいるはずの大蛇が人里近くにまで降りてきただとかそういう話だ。…会ってしまったら全力で逃げ切れるだろうか?足は遅い方だ。…会わない事に越したことはないかな。
少し温かさが残るパンをテイクアウト用に調理しながらそんなことを考えているとちょっと不安になってきた。実際に魔獣は見たこともないが騎士団が討伐に出るような相手だ。逃げれたら万々歳だろう。
「…魔獣って食べれるのかしら?」
ちょっとアホなことを口に出すと、遠くで本を読んでいたビブリアがこっちを見てため息をついていた。とても残念そうな表情である。食べたことがないのだからわかるわけ無いじゃないか。
他の地域では食用とかあるのだろうか?ゲテモノ扱い?地域の特産になったりしないのだろうか?オンリーワンになれる可能性はあると思うのだけど…。
「エレン、体が魔素に順応できないから食べてもとりあえず吐くだけになると思うよ?」
クトーが野菜を切るのを手伝ってくれながら説明してくれたが、表情はこちらも残念さが滲み出ている。居た堪れない。
──カランッ
「いらっしゃいませ、すみませんまだオープンはしてな…」
居た堪れなさに困って、恥ずかしさを隠すように朝のオープンに向けて準備をしているとドアの音が鳴ったので反射で声をかけたが、少し驚いて固まった。
そこにいるのはひと月前に現れた腕を掴んだ強面の男性だった。思わず声が途中で止まってしまう。
その男性、ロルフさんも何か気まずそうに立ち止まり、自分を見ていた。
「すまない。早い時間に…。オープンとはかかっていなかったが声かけさせてもらった。相談があるのだが少し時間をもらえないだろうか。」
「え、ええと…どのような御用件でしょうか…?」
少し声がうわずってしまう。さっきも気まずかったがこちらでも気まずい。緊張してしまうのが伝わらないように一度ぎゅっと手を握ると恐る恐るカウンターを出て笑顔を作った。
「すまない。このテイクアウトを騎士団に卸してもらうことはできないだろうか。」
ロルフさんの相談に今度は口があんぐりと開いてしまった。すぐに戻したけれども。
予想通り、休みから開けると調査に同行するという任務が待っていた。王都から距離があるため、メインの調査団はしばらくロゼリアに常駐することになるが、補佐となる黒騎士団は交代制で着任することになった。前回の討伐の時、黒騎士団は討伐のため全員が遠征に出たわけだが、討伐や戦というわけではないので戦力補強として魔法部隊の調査団の補助を行うということだった。
「俺はひとまず残るので、二週間先行部隊としてロルフとボアが同行な。お前らがある程度状況を整えて、今度は俺と交代ってことで。」
グリージオはそう言って別の任務をこなすということだった。別の任務と言っていたが、あいつの任務は自分の及ばない部分にもあることが多いので、正直把握はできていなかった。が、信頼はしているので
「あんまり無理はしないようにな。」
とだけ言っておいた。一瞬ニヤリと笑ったのは見逃していないので、何か暗躍しているかもしれない。そのあとはいつものヘラヘラとした態度だったが。
魔法部隊と移動すること数日。調査なので小規模舞台になる。ロゼニアと問題の山脈の間の方に陣営を築いて、魔導騎士達が調査の基盤を築いているので、こちらはサポートとして生活基盤、安全基盤を準備することとなった。
「食事は狩りしたものを食べてもいいんだけど、せっかく街の近くなんだし美味しいものも食べたいよねぇ。」
「一応予算もあるんだからな。お前の道楽に付き合ってばかりはいられないぞ、ボア。」
「わーかってるって。」
「…とはいえ、遠征とはまた違うのだから、ある程度生活水準は満たされてもいいと、俺も思うけどな。他の騎士達のやる気にも影響するし。」
「でしょうーーー!!ってことで行ってらっしゃい。」
「は?どこへ?」
ベースキャンプを張る為のトンカチを止めてボアを見るととてもいい笑顔だった。なんだ?
「こないだのカフェ、美味しかったでしょ?あそこ、朝テイクアウトしてたじゃない。昼、もしくは夜一食だけでもテイクアウトをこちらにもできないか交渉して欲しいんだよね。」
一瞬なんのことを話しているかわからなくて、ポカンとしてしまったが、以前店員に気まずい気持ちにさせてしまったであろうあのカフェ、ルグナのことだろう。
「いや、お前が行けよ。交渉ごとも食い意地的にも適任者だろ。」
「んー、そうなんだけどね。」
ボアはそういうとじっと俺を睨んできた。なんなのだ。
「ロルフはあの店員さんの苦手意識を克服させてあげないと、俺たちが生きづらくなるんだよね。」
「は?」
1人でうんうんと頷いているボアに全然理解ができなかった。確かに少し怖がらせてしまったかもしれないが…。
「俺ね、自分の好きなお店には気持ちよく行きたいわけよ。店員さんにギクシャクさせるのはとっても嫌なわけ。ロルフ。距離を縮めろとは言わないけど、ちゃんとマイナスの距離からゼロ距離にはもどしてよね?」
なんとなくボアの目が笑っていない気がする。それはとても珍しいことだ。人とのコミュニケーション能力は随一と言ってもいい男が、笑っているようで笑っていない。あまり見ることがない表情だ。
「わかった…。善処する。」
「そっか!よかった!よろしくね!あ、他のフォローはやっておくから、ひとまず食事の生活水準の確保、頑張ってね?」
いつもの笑顔に戻りつつ元気に肩を叩いてくるボアに一抹の恐怖を感じながら、俺は1人で朝からルグナに向かうことになった。
やはり突然の訪問にこの間の店員は少しびっくりしたような表情で出迎えた。がすぐに笑顔になることを見ると商売と私情は切り替えれるらしい。
「えっと、なぜこの店なのでしょうか?とても有難いことではあるのですが、何分ここを1人で切り盛りしていまして。卸すテイクアウトの量にもよるとは思うのですがロゼニアにはもう少し規模の大きな食堂も多いと思うのです。」
1人で切り盛りしていたのか…初めて知る情報に少し驚く。小さめの店内とはいえ、朝から常連と見受ける人間の出入りが多い店だと思っていたので、何人か店員がいて営業を回しているのかと思っていた。
「1人でここの経営を?」
「はい。祖父母の遺した店を昨年継ぎました。まだまだ勉強中です。」
「そうか。それは立派なことだな。1人では大変だろう。」
声をかけるとぎこちなげに笑っている。
「それでもこの居心地の良い雰囲気を作れているのはすごいな。」
そういうと、定員は一瞬目を見開いた。何か気になることを言ったのだろうか?わからなくて首を傾げる。
「ありがとうございます。そういう雰囲気を出せているのならお店をしている甲斐があります。」
そう言って笑う姿は、素朴で、どこか懐かしい気持ちを彷彿とさせた。
「ちなみに卸してもらう人数は15名だ。二週間後にメンバーの入れ替えがあるので多少誤差はあると思う。一食でも構わないんだ。先日きたときにでかい男がいただろう?そいつがえらくこの店を気に入ったみたいなんだ。」
「そうなんですか?ありがとうございます。」
「なので検討してもらえると有難い。俺もうまいと思った。騎士団員のモチベーションにもつながると思うのでできればいい返事がいただきたい。」
「ありがとうございます。騎士団の方にそう言ってもらえるのはとても嬉しいです。ただ、やはり現実の問題があるので、一日ほど自お返事に時間をいただいても構いませんでしょうか?」
「ああ、もちろん構わない。無理を言いにきたわけじゃないんだ。ただ、できればいい返事だと嬉しい。俺もこの店の料理をとても好ましく思う。」
そういうとびっくりした表情の後、とても嬉しそうに笑った。やはり小動物のようにクルクルと表情の変わる人だなと思った。なんとなく、最初の緊張感も緩和されているような気がする。
「わかりました。また明日、午前中にお越し願いますか?もしくはそちらの駐屯地に出向いてもいいのですが、場所がわからなくて…。」
「いや、こちらから依頼した案件だ。もちろんまた此処にくる。」
「それは良かったです。でしたらまた明日回答しますので、申し訳ないのですがご足労願えますか?」
「わかった。今日は早すぎたようだから、もう少し遅い時間にここに来るのでよろしく頼む。」
なんとなくホッとしてそういうと、ではまた明日、と声をかけてベルを鳴らして店外に出た。
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