温もりカフェで夢を見る

あや

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22.言うなれば狼と狐の睨み合い

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「噂は聞いてたけど本当にそんなことがあったなんて。」

 次の日の昼の営業前。

 アマンダさんは私の話を聞くと頬に手を当てて首を振った。

「本当になんともない!?無理してない!?怖かったでしょうに。」

 自分のいた街の方で魔獣が出たのだってついこないだだ。まさか移動してもこんな身近で魔獣被害が出るなんて考えられなかったのだろう。
 アマンダさんが溢れ出る母性で抱きしめてくれた。いい匂いがする。だが男性である。

 ちょっとこれは距離が近すぎないだろうか。でも押し返すのもなんか憚られる。

「だ、大丈夫ですよ。ギリギリのところで助けてもらえたので傷一つありませんでした。ズボンがどろんこになっただけです。」

 照れながら見上げると、アマンダさんは本当に???本当に???と顔やら腕やらを触って確認している。スキンシップが激しいタイプなのかもしれない。ただ、あって2日目なのにこの距離感なんだろうか?すごい。

「間近で見ると本当、何もできないんですね。びっくりしました。」
「当たり前でしょ。何かできるのは余程の訓練でもしてないと無理よ。」

 そう話しながら二人で今日のランチの下拵えをしていく。
 アマンダさんは順応能力が高いのか、手慣れたようすで肉を捌いて塩胡椒やハーブをつけていく。指示するだけでわかってくれるのはありがたいし、基礎知識もバッチリだ。

「モンテールも安全で、いい意味でも悪い意味でも何もない所なのよ。近所の喧嘩が話題になるくらいには。そんな場所で急にこんなことになるなんて、何があったのかしらね。」
「そうですね。早く調査が終わって原因がわかればいいんですけど。」
「魔獣の餌でも急にできたのかしら?」
「…魔獣って何を食べるんでしょうね?」
「…さあ?動物?人間??」
「私は美味しくないと思うので、ご遠慮申し上げたいところですね。」

 私だったら手当たり次第食べるよりも美味しいものが食べたいけどな。

 そんなことを考えつつ物品の場所なんかをアマンダさんと確認しながら準備を進め、ランチタイムを開始した。
 今日は基本的には自分が動く。アマンダさんにはなるべく店の雰囲気も見てもらうようにした。

 お客様はそこそこ。常連の人が勝手知ったる感じで入ってきて、大きな色っぽい女性(?)を見つけて、一度はみんな驚いてるのが面白かった。が、アマンダさんには気持ちよく働いて欲しいので、店員補充のお知らせと変な目で見ないように釘を刺しておく。

 アマンダさんはというと、そんなふうに驚かれてもニコッと微笑むだけで、仕事を確認しながらもできるサポートをサクッとやってくれていた。

 人がいるというのはこんなにもありがたい事だったのか。キースに感謝だ。絶対に仕返すけど。

 アマンダさんの人の良さを感じ、変なことを心に誓った。

 




 
「それにしても、便利なものがここには多いね。」
「…祖父母が使っていた物がほとんどですよ。」

 ランチタイムが一息ついた頃、鍋や調理器具を見ながらアマンダさんがふとそんなことを言った。

「冷蔵庫も二つある。」
「明日からはランチパックも作らないといけませんからね。必要経費です。」

 …本当は昨日の夜に作りました。だなんて言えない。

 気持ちが落ち着かなくて、昨日の夜は何かをしていないと気が済まなかったのだ。昨日はみんながいる店内にほとんどいたし、付喪神たちもそばにいてくれた。集中していたからか、結構大きなものを作ったのだけれど、失敗もせずいい出来だと思う。


 世の中に魔道具はあるけれど、結構高価だったりする。


 おいそれと買うことはできないので、必要なものは準備するけれど、それ以外は基本魔道具ではなく自分の力でなんとかしようとするのが普通だ。魔道具…ではないけれど、それを模したものが比較的たくさんあるこの店にアマンダさんは興味津々のようで、あれは何?これは何?と結構質問してきた。

 加護付きのことを話せないので、嘘をつく羽目になっているのがちょっと苦しい。

「この鍋なんて便利だよね。時短できちゃうなんて世の中の奥様方が羨望の眼差しで見るやつじゃない。高そうだわ。」
「…祖母もその奥様方の一人だったのかもしれませんね。」

 …おばあちゃん、ごめん。

 曖昧に笑いながら、アマンダさんに返事をすると、お茶を啜った。

 そもそもの話、ここにあるものは自分が便利だから、と思って作ったものなので世の中に似たようなものがあるかはわからない。

 もし、アマンダさんが欲しがったら何かの折にプレゼントとして渡してもいいかもしれない。
 自分のお店を持った時…とかなら違和感ないかな?

 そんなことを考えていると強めにドアのベルが鳴った。ドアにはクローズがかけてあったが、なんとなく誰が来たのかさっせたのだけど、咄嗟に動いたのはアマンダさんだった。立ち上がって声を発する。

「すみません、ランチの営業はもう終わってて…。」
「いや、客ではない。窓を覗いたら店にいたので。変わりはないだろうか?」
「いらっしゃいませ。ロルフさん。はい、変わりないです。おかげさまで。」

 店を訪れたのはロルフさんだった。

「突然すまない。街の方に用事があったので、その帰りに顔を出してみたんだ。」
「そうだったんですね。ご足労おかけしました。あ、こちらは今日から一緒に働いてくれるアマディオさんです。」
「アマディオ…。男性、で間違いないか?黒騎士団団長、ヴルヴェルデ・ロルフだ。」
「初めまして。団長様でしたか。アマディオ・ドルファーノです。男性で間違いありませんよ。以後、よろしくお願いいたします。」

 アマディオさんはこれが淑女か…というように綺麗な礼をするとにっこりと笑った。 

「美しい女性そのものだな。」
「あら、ありがとうございます。」

 なんとなく、トゲトゲしたものを感じる。狼と狐の睨み合い?いや、にらみ合いではなくて見つめ合い?
 いつものロルフさんの引き締まった表情の中に、なんだか驚きが見え隠れするがどうしたのだろう?あ。

「ロルフさん、アマンダさんに恋ですか!?」
「ぶっ!」

 ロルフさんは驚きながらこちらを見ている。

「違うわよ、エレノアちゃん。お世辞よ。どうしてそうなるの…。」

 対してアマンダさんは呆れた表情で説明してくれた。

「立ち振る舞いが貴族のそれでしたので、貴族流の挨拶にするべきかと。」
「ご配慮ありがとうございます。でも単なる市井の者ですのでそのように振る舞いください。」
「…出身はどちらかお伺いしても?」
「モンテールでございます。」
「モンテール…」

 ロルフさんはじっとアマンダさんの顔を見て少し考えると、納得したように頷いた。

「どうりで。」

 その一言にアマンダさんはまた笑顔で返すのみだった。

「私のことは普通に接してください。騎士といえど、黒騎士ですし。そちらの方が楽なので。」
「わかりました。私のことはアマンダと呼んでくださいな。」

 なんとなく自分が蚊帳の外に感じ、二人を交互に見ていると、アマンダさんが

「エレノアちゃんの様子を見にきてくださったみたいだし、私、お茶の準備をしてきますね。ロルフさんは何にしますか?」
「ブラックで。」
「了解です。」

 と注文を聞いてさっさとそのままカウンターに引っ込んでいった。
 せっかくなのでテーブル席にご案内する。

「体調は問題ないだろうか?」
「はい、おかげさまで。ただ、もうあんな思いはしたくないのが正直なところです。」
「違いないな。昨日あれからベースキャンプに戻って話したのだが、調査隊とは別に何人か調査には行かずに残る人員がいるので、時間が空いた時は近辺の見回りを行うことになった。」
「そうですか!それでしたら少しはみんなも安心できますね。」
「こういうことが度々起こっても困るんだがな…。」

 椅子に腰掛けながら、面倒くさそうにそう言ってるのが、自分とロルフさんの違いに見えた。面倒臭いで片付けられるはずがない。

「魔獣って、突然出てくるものなんですか?」
「いや、基本的には魔素が多い地域に生息しているものなんだ。そういう地域ではある程度街も対策を取っているし、国からも討伐によく遠征に行ったりする。ロゼニアから王都を挟んで反対側とかは比較的に多い地域だな。冒険者なんかも多いからそういうのやとって対応したり、街に魔獣が入らないように城壁が高かったりしてるよ。」
「ここら辺とは全く違うんですね。」
「そうだな、ある意味要塞のようになってる。ここら辺は穏やかだな。」 

 走行しているうちにアマンダさんがコーヒーとハーブティを入れたカップを運んでくれた。

「ありがとうございます。」
「ありがとう。」

 そう言ってロルフさんはアマンダさんにも座るように言った。

「アマンダ殿、ここで働く間、できれば出かける時はエレノア嬢と一緒に行動してもらえないだろうか?」

 アマンダさんはキョトンとして小首を傾げている。

「構いませんけど、あまりお役に立てないかもしれませんよ?」
「…何をおっしゃる。女性一人で歩かせるよりも安全性は高まるかと。もちろん、私がいる時は私が変わっても構わない。」

 そういうと二人で少し見つめあった後。

「ま、そうですね。それは私も考えていたんでそうしますわ。」

 と微笑んだ。変な間だったなぁ。というか、最初はわたし、ロルフさんにオドオドしていたけど、アマンダさんは自然体だなぁ。変な空気になってしまっている。ロルフさんの藍鼠色の瞳がアマンダさんを射抜いても全く何も感じてないみたいだ。

「そうだ、せっかく来られたんで、ベースキャンプに夜ご飯に合わせれるようにスープでも持って帰りませんか。作り置きのやつなんで申し訳ないんですけど。昨日のお礼です!」

 ふと思いついて、その空気を破ってみた。二人は何事もなかったかのようにこっちを見ているけど、さっきのはなんだったのだろう。 
「いいのか?それはすごく有難いが。」
「それくらいでしたら全然。明日からはよろしくお願いしますね。」
「ああ、よろしく。」

 そういうと準備のために立ち上がった。カウンターに行き、野菜たっぷりポトフを作った保温鍋に入れる。それを大きめのバスケットに入れ、食器もそれと一緒に入れる。
 あっちの方では二人がまだ何か話をしているっぽいがうまく聞き取れない。

「ボアさんのおかわり分まではないかもしれないんですけど、明日からは多めに作るように伝えておいてください。」

 そう言いながらバスケットを持って席に戻ると、ロルフさんがなんともいえない顔になっている。

「あいつのことは放っておいていいから。あいつは食べたくなったら勝手にここに食べにくるだろうから。」
「ふふ。ではお待ちしてますねって伝えておいてください。」
「ああ、承った。」

 そういうとロルフさんは立ち上がって大剣を背負った。それと同時に、店の付喪神と喋っていた大剣の付喪神も戻ってくる。どうやら昨日の件で顔見知りになったらしく、あちらはあちらで喋っていたみたいだ。

 大股で店のドアまで行くロルフさんを小走りで追いかけ、軽く挨拶をするとロルフさんは颯爽と馬で去っていった。



「いやあ、さすが騎士団長様になるとオーラがあるというか。萎縮してしまったわ。」
「ええ、アマンダさん。全くそんなこと感じませんでしたよ??」

 店の中に戻るとアマンダさんが肩をぐるぐると回していた。あれのどこが萎縮していたというのだろう。

「まさか。なかなか会える人じゃないもの。緊張しっぱなしよ。顔に出ないのは前の店での訓練の賜物ね。」

 そういうと、テーブルのカップを片付け始める。

「夜用と、明日の仕込みしないと行けないわね。」
「あ、すみません、思いつきで渡してしまいました。すみませんが一緒に頑張ってください。」
「もちろんよ、店長。」
「あああ、その言い方はなんかむず痒いので、やめてください。」
「思いつきで行動したアマンダちゃんへのバツよ。」

 そういうと二人で、ふふふと笑い合ってカウンターで片付けをし始めた。
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