温もりカフェで夢を見る

あや

文字の大きさ
40 / 42

40.強く在りたい理由(後編)

しおりを挟む
 振り返ると、暗い森林しかそこにはないはずだった。
 それなのに近くに倒れている倒木の上あたりが一部光って見える。

 とうとう幻覚を見始めたのか?

 そう思ってじっとしていると

 『わあ。私の声、ちゃん届いてるのね!』

 という同じ声が聞こえた。
 幻覚じゃない!?
 そう思っていると、倒木の辺りから発光する力がどんどん強くなって行った。辺り一面が真っ白になり、反射的に手で顔を覆う。しばらくしてもその眩いばかりの白い世界は元に戻らなかった。戻らないどころか、倒木も夜景も見当たらない。海の音さえも飲み込んでしまったかのように、静かで、真っ白な世界になった。
 目をうっすらと開けると、まだ目に光が沁みるが開けれないことはなさそうだ。いつの間にか光の白に加えて、濃い霧も発生していて自分の体すら朧げに見えた。

(なんだこれ?)

 周りを首を動かして確認して見るが、何もない。仕方がないので遺骨をもったまま立ち上がる。
 多分半径五メートルも見えていない。指先までうっすら確認できると行ったところだ。

「お兄さん、お兄さん。」

 肩を叩かれたので勢いよく振り向いたが、誰もいない。しかし、目を凝らすと、目の前に小さな光が三つ輝いているようだった。

 白、黄色、青色

 ふわりと花の香りを纏いながら、目の前に人型の何かが現れた。

 白い光は白いゆったりとしたドレスを纏った女性のようだった。髪も、肌も全て真っ白で、瞳だけが金色に輝いていた。
 黄色い光は金髪の青年に。金髪は後ろに撫でつけられていて、赤と青のオッドアイをしている。
 青色の光は水色の髪の青年に。こちらも髪を撫でつけていて、緑と黄色のオッドアイをしていた。

 青年二人は民族衣装のような幾何学模様が描かれた詰襟のようなベージュの服を着ていて、金髪の方は薄い黄色のローブを、水色の髪の方は水色のローブを纏っている。金髪の方はいくらか気だるげな印象を持ち、もう片方は逆に隙を一切見せない笑顔を貼り付けていた。

 現実味のなさに固まってしまう。
 手の中にある遺骨を抱え直そうとすると、それすら無くなっていた。

「え!?は…なんだこれ?」
「ふふふ。これですか?」

 目の前の女性が笑顔で持っていた遺骨の白い箱を持っている。

「返せ!!」

 飛びかかりたいのに体は顔から下が動かなかった。それに驚いて前を見ると、水色の髪の青年が右手を俺に向けて何かしているようだった。

「返してもいいのですけど…」
「じゃあさっさと渡せ!」
「この中にはもう彼女はいませんよ?」 
「!!」
「単なる骨と灰です。これらはこの星に還るものです。」

 にこやかに鈴の音のような声でそういうと遺骨を優しく地面に置いた。優しく箱を撫でると、それは地面に溶けていき、一度パッっと虹色に弾けた。

「あ!!」

 返せ!彼女を!

 そう言おうとすると、いつの間にか鼻先が触れるぐらいの距離に白い女性が立っていて、人差し指でそっと俺の唇が開かないように押し当てていた。

 
「依存ですか?不健全ですね。」

 うるせぇ。そうかよ。好きに言ってろ。

「彼女はもうすでに次の生きる場所が決まっています。こちらでの体が脆かったんですね。」

 そんな理不尽なことがあるか!もっと一緒にいたかった。守ってやりたかった。先生との約束も守れていないし、自分の思いもちゃんと伝えられていないんだ!

「あなたも行ってみますか?」

 は?

 声は発せられないが目を見開いた。ゆっくりとその女性が後ろに下がっていく。そして楽しそうに目を細めた。

「あなたも不思議なしがらみが付いてますね。こちらの神の趣味でしょうか?よくわかりませんが。」
「神?しがらみ?なんだそれ?残念ながら俺は無宗教だ。」
「知らなくて当然のことなのでお気になさらず。」

 なんだか話が噛み合わない。よくわからないで混乱していると、水色の髪の男が手を下げた。うごかなかった体が動くようになっていた。

「ちょっとした好奇心とこちらでいうところの老婆心ですね。ただで、というわけにはいきませんので、ここより過酷な状況に置かれるかもしれませんが、それでもあなたの大事な人のいる世界に行ってみたいですか?」
「そんなことができるのか!?」
「はい。チャチャっと!」
「もちろんイエスだ!」
「今までよりも過酷でもですか?多分、ここで暮らす方が楽ではありますよ?」
「構わない。最近はまともだったが、元々クソみたいな人生だ。成果を見せたい人も、隣を歩きたい人もいない。」
「そうですか!」

 目の前の白い女性が楽しそうに手を叩いた。後ろで金髪の男が少し苦しそうな顔をしている。

「では連れて行って差し上げます。」
「本当か!」
「ただし、その先では自分で探し当ててください。必ず彼女はどこかにいます。それだけは保証しましょう。彼女は普通に転生しているので、記憶はありません。魂にはありますが、普通では閲覧できないので。そんな彼女とまた過ごしたいのですか。」
「ああ。まだ俺は彼女を知りたい。そばにいるだけでもいい。困っていれば助けてやりたい。それが先生との約束だから。自分がしたいとずっと思って行ったことだから。決めたことを守れず、途中で投げ出すなんて嫌だ。」

 ほんの一瞬、目の前の女性が柔らかく微笑んだ気がした。

「真面目すぎますね!」

 なんて言いながらすぐ戯け出したが。

「でしたら強くなることをお勧めします。少し強くなりやすいように工作しておきますけれど、あとはあなた次第です。」
「そうか。わかった。」
「どうか小さなヒントも見落とさないようにしてくださいね。」
「ヒント。」
「あなたがどれだけ頑張れるのか、応援させてもらいます!」

 一つだけ気になることがあった。

「瑞穂は…その世界で安全なのか?」
「…。自分のことは聞かないのですね。」

 女性は不思議そうに言った。

「どうでもいい。なんとかする。」
「彼女が心配なら、そうですね…あなたが見つけるまでにいなくなっては困りますから、守れるようにしておきましょう。それならいいですか。」

 ホッとして頷いた。彼女のいる場所にいるのに、いないなんて本末転倒だ。

「頼む。…お前は、神なのか?」
「…それに近しい存在、とだけお伝えしておきます。」

 不思議なこの状況なのに不思議と思わせないような何かがここにはある。納得できないのに納得してしまう。

「仕事や友人達に影響は出るだろうか?」
「一時的に出ますが、何事もなかったかのようにゆっくりと修復することは可能ですよ。」
「そうしてほしい。」
「あなたは優しいのですね。」
「そう言ったのはあんたと、瑞穂だけだな。」

 早く見つけなければ。気持ちだけが急いてしまう。

「あんた達、名前は?」

 そう言って3人を見つめた。

「ノルン」
「リヒトネアル」
「シュヴェルノルア」

 女性、金髪の男性、水色の髪の男性が声をあげる。

「どうか、良き運命が待ち受けていますように。」

 そういうと、ノルンはそっと腕を伸ばし、額に触れた。

 自分の指先が光の粒になって舞い上がっていく。不思議と怖くはなかった。

 
「あなたの魂も、最終的に救われるように、私は祈っています。」

 
 そんな声が聞こえたような気がした。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 
 目が覚めると、ひどい空腹を感じた。うっすらと目を開けると、土の床に突っ伏していて、泥が付いている細くて小さな指が見えた。自分の意思と同時に動いた。この小さな手が自分?
 握って開いて…問題なく動く。上体を持ち上げるのはびっくりするほど億劫に感じた。

 体に触れてみると痩せ細って小さかった。周りにはテーブルしかないが、これが大人サイズだとすると、背の丈は小学生低学年ぐらいだろうか。
 なぜか知らない記憶があった。この体の親のこと、自分のこと、近所のこと、周りのこと、情報量が多くて頭が痛くなる。

 
 この体はすでに死ぬ間際だったということだ。

 
 というか、元々の命は一度消えていたようだ。口の中の鉄の味と、腹部の出血の跡からそう察した。触ってみたが血が出た場所を触ってみるが傷はない。

 ノルンが治したのだろうか。

 頭がクラクラするのは血が足りていないからではないだろうか。

 半分開いたドアから、外の喧騒が聞こえる。悲鳴と、たくさんの足音と、金属の重なる音。

「まだいたのかい!?早く逃げないと!!!」

 荷物を背負った近所のおばさんが、自分に気がついて早口で叫ぶと、自分の腕を引っ張って立たせてくれた。

「どうしたんだい?!その腹は!?」
「大丈夫…」
 そう発した言葉は、意味がわかるのに日本語ではなかった。フラフラと走り出す。

 
 みんなどこに逃げれば良いのかはわからない。だが、目の前の危機から逃れるためにひたすら走らなければならない。
 周りには本やテレビでしか知らない戦禍の町が広がっている。酷い匂いと煙と叫び声。むせかえるような鉄の臭い。




 生きなければならない。



 ふと、首に真新しい鎖に通されたシルバーのリングがかかっているのを見つけた。これだけノルンが持たせてくれたのだろうか。

 渡せなかった指輪だ。

 外に出ないように服の中に押し込む。

 

 強くならなければならない。生きなければ。
 人生チートで転生できればどれだけよかっただろう。
 そんな甘い神様ではなかったわけだ。

 

 だが、これが自分が選んだ世界。

 

 試練だと言うなら、やってやろうじゃないか。

 

 
 彼女の危険を守るように強くなれると言うなら本望だ。 
しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~

さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」 あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。 弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。 弟とは凄く仲が良いの! それはそれはものすごく‥‥‥ 「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」 そんな関係のあたしたち。 でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥ 「うそっ! お腹が出て来てる!?」 お姉ちゃんの秘密の悩みです。

甘い匂いの人間は、極上獰猛な獣たちに奪われる 〜居場所を求めた少女の転移譚〜

具なっしー
恋愛
「誰かを、全力で愛してみたい」 居場所のない、17歳の少女・鳴宮 桃(なるみや もも)。 幼い頃に両親を亡くし、叔父の家で家政婦のような日々を送る彼女は、誰にも言えない孤独を抱えていた。そんな桃が、願いをかけた神社の光に包まれ目覚めたのは、獣人たちが支配する異世界。 そこは、男女比50:1という極端な世界。女性は複数の夫に囲われて贅沢を享受するのが常識だった。 しかし、桃は異世界の女性が持つ傲慢さとは無縁で、控えめなまま。 そして彼女の身体から放たれる**"甘いフェロモン"は、野生の獣人たちにとって極上の獲物**でしかない。 盗賊に囚われかけたところを、美形で無口なホワイトタイガー獣人・ベンに救われた桃。孤独だった少女は、その純粋さゆえに、強く、一途で、そして獰猛な獣人たちに囲われていく――。 ※表紙はAIです

次期国王様の寵愛を受けるいじめられっこの私と没落していくいじめっこの貴族令嬢

さら
恋愛
 名門公爵家の娘・レティシアは、幼い頃から“地味で鈍くさい”と同級生たちに嘲られ、社交界では笑い者にされてきた。中でも、侯爵令嬢セリーヌによる陰湿ないじめは日常茶飯事。誰も彼女を助けず、婚約の話も破談となり、レティシアは「無能な令嬢」として居場所を失っていく。  しかし、そんな彼女に運命の転機が訪れた。  王立学園での舞踏会の夜、次期国王アレクシス殿下が突然、レティシアの手を取り――「君が、私の隣にふさわしい」と告げたのだ。  戸惑う彼女をよそに、殿下は一途な想いを示し続け、やがてレティシアは“王妃教育”を受けながら、自らの力で未来を切り開いていく。いじめられっこだった少女は、人々の声に耳を傾け、改革を導く“知恵ある王妃”へと成長していくのだった。  一方、他人を見下し続けてきたセリーヌは、過去の行いが明るみに出て家の地位を失い、婚約者にも見放されて没落していく――。

猫なので、もう働きません。

具なっしー
恋愛
不老不死が実現した日本。600歳まで社畜として働き続けた私、佐々木ひまり。 やっと安楽死できると思ったら――普通に苦しいし、目が覚めたら猫になっていた!? しかもここは女性が極端に少ない世界。 イケオジ貴族に拾われ、猫幼女として溺愛される日々が始まる。 「もう頑張らない」って決めたのに、また頑張っちゃう私……。 これは、社畜上がりの猫幼女が“だらだらしながら溺愛される”物語。 ※表紙はAI画像です

死に戻ったら、私だけ幼児化していた件について

えくれあ
恋愛
セラフィーナは6歳の時に王太子となるアルバートとの婚約が決まって以降、ずっと王家のために身を粉にして努力を続けてきたつもりだった。 しかしながら、いつしか悪女と呼ばれるようになり、18歳の時にアルバートから婚約解消を告げられてしまう。 その後、死を迎えたはずのセラフィーナは、目を覚ますと2年前に戻っていた。だが、周囲の人間はセラフィーナが死ぬ2年前の姿と相違ないのに、セラフィーナだけは同じ年齢だったはずのアルバートより10歳も幼い6歳の姿だった。 死を迎える前と同じこともあれば、年齢が異なるが故に違うこともある。 戸惑いを覚えながらも、死んでしまったためにできなかったことを今度こそ、とセラフィーナは心に誓うのだった。

転生したので推し活をしていたら、推しに溺愛されました。

ラム猫
恋愛
 異世界に転生した|天音《あまね》ことアメリーは、ある日、この世界が前世で熱狂的に遊んでいた乙女ゲームの世界であることに気が付く。  『煌めく騎士と甘い夜』の攻略対象の一人、騎士団長シオン・アルカス。アメリーは、彼の大ファンだった。彼女は喜びで飛び上がり、推し活と称してこっそりと彼に贈り物をするようになる。  しかしその行為は推しの目につき、彼に興味と執着を抱かれるようになったのだった。正体がばれてからは、あろうことか美しい彼の側でお世話係のような役割を担うことになる。  彼女は推しのためならばと奮闘するが、なぜか彼は彼女に甘い言葉を囁いてくるようになり……。 ※この作品は、『小説家になろう』様『カクヨム』様にも投稿しています。

敵に貞操を奪われて癒しの力を失うはずだった聖女ですが、なぜか前より漲っています

藤谷 要
恋愛
サルサン国の聖女たちは、隣国に征服される際に自国の王の命で殺されそうになった。ところが、侵略軍将帥のマトルヘル侯爵に助けられた。それから聖女たちは侵略国に仕えるようになったが、一か月後に筆頭聖女だったルミネラは命の恩人の侯爵へ嫁ぐように国王から命じられる。 結婚披露宴では、陛下に側妃として嫁いだ旧サルサン国王女が出席していたが、彼女は侯爵に腕を絡めて「陛下の手がつかなかったら一年後に妻にしてほしい」と頼んでいた。しかも、侯爵はその手を振り払いもしない。 聖女は愛のない交わりで神の加護を失うとされているので、当然白い結婚だと思っていたが、初夜に侯爵のメイアスから体の関係を迫られる。彼は命の恩人だったので、ルミネラはそのまま彼を受け入れた。 侯爵がかつての恋人に似ていたとはいえ、侯爵と孤児だった彼は全く別人。愛のない交わりだったので、当然力を失うと思っていたが、なぜか以前よりも力が漲っていた。 ※全11話 2万字程度の話です。

つまらなかった乙女ゲームに転生しちゃったので、サクッと終わらすことにしました

蒼羽咲
ファンタジー
つまらなかった乙女ゲームに転生⁈ 絵に惚れ込み、一目惚れキャラのためにハードまで買ったが内容が超つまらなかった残念な乙女ゲームに転生してしまった。 絵は超好みだ。内容はご都合主義の聖女なお花畑主人公。攻略イケメンも顔は良いがちょろい対象ばかり。てこたぁ逆にめちゃくちゃ住み心地のいい場所になるのでは⁈と気づき、テンションが一気に上がる!! 聖女など面倒な事はする気はない!サクッと攻略終わらせてぐーたら生活をGETするぞ! ご都合主義ならチョロい!と、野望を胸に動き出す!! +++++ ・重複投稿・土曜配信 (たま~に水曜…不定期更新)

処理中です...