【完結】夕凪のピボット

那月 結音

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Episode4:それぞれのベクトル

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「二年前、瑛茉ちゃんがここに来るようになって、あいつすげー明るくなった。そういやこんなふうに笑うやつだったなって……ちょっとだけ、瑛茉ちゃんに嫉妬した」
 茶目っ気たっぷりに、ちょっぴり寂しそうに、月尾が笑う。
 月尾は気づいていた。瑛茉に会うたび、崇弥の中での瑛茉の存在が大きく育っていることに。一方で、すり減った崇弥の心を、そばにいながら修復できなかった自分が、ひどく情けなく思えた。
「ほんと、瑛茉ちゃんのおかげ。あいつが今笑ってられるのは、瑛茉ちゃんのおかげなんだよ」
「わたし、は……」
 目を細め、謝意を呈する月尾に、瑛茉はどう言葉を返せばいいかわからなかった。うつむき、崇弥との関係を、遡り辿ってみる。
 崇弥のために、自分に何かできたとは思わない。慣れない日本での生活を気遣ってもらったり、日本語や日本の文化を教えてもらったり……どちらかといえば、助けられてばかりなのだ。
 たしかに、崇弥から向けられる眼差しは優しい。いつも優しく、笑いかけてくれる。
 でも、それは。
「わたしは、九条さんのことを、その、お兄さんみたいに思ってて……なので、九条さんもわたしのことを、妹みたいに思ってくれてるのかなって、勝手に思い込んでました」
「まあ、それに近い気持ちも、ゼロじゃないとは思うけどね。……でも、あいつは瑛茉ちゃんのこと、ひとりの〝女性〟として、心から大事に思ってるよ」
 妹じゃない。子どもじゃない。
 ひとりの二十二歳の〝女性〟として、崇弥は瑛茉のことを想っている。
「……ごめんね。今回の同居の件、俺は瑛茉ちゃんよりも崇弥の気持ちを優先した。怒って当然だし、これ以上あいつといられないって思ったとしても仕方ない」
「い、いえ、怒るだなんてそんなっ! 同居のことも、本当に助かってるんです。ひとりじゃきっと何もできなかったし、大学も通い続けられたかどうか……」
 月尾にも崇弥にも、どれだけ感謝してもしたりない。頼れる身内がいない中、こうして異国の地で生活できているのは、彼らが支えてくれるおかげだから。
 だが、それでも、崇弥に抱く自分の気持ちはわからない。
 好きか嫌いかの二択ならば、間違いなく好きを選ぶ。けれど、それが恋愛感情か否かの判別はできない。
 それに。
 それ以前に——
「あいつは、瑛茉ちゃんの嫌がることは絶対しない。けど、もしも同居の解消を望むなら、いつでも言って。責任もって、退去先見つけるから」
「……」
 ——自分は彼と釣り合わない。釣り合うはずがない。
 彼は大企業の副社長で、自分はただの学生なのだから。
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