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Episode9:夏の終わりに
⑥
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「いってきます」
東の空が、かすかに紫色を帯びはじめた夕暮れ時。
玄関先で祖父母に見送られ、瑛茉と崇弥は花火大会の会場へと向かった。
会場となる浜辺までは、歩いて十分程度。二足の下駄が、同じ速度でからころと風雅な音を奏でる。
「……どうしたの?」
門の外。数歩進んだ先で、崇弥が小首を傾げた。隣を歩く瑛茉に、疑問符を投げかける。先ほど——ともすれば出かける前——からずっと、瑛茉に視線を注がれつづけているのだ。
嫌悪感など微塵もない。むしろ可愛くてしかたないのだが、気にするなというのは無理な話で。
「あ! いえっ、その……」
崇弥の問いに、瑛茉が慌てて口ごもる。頬は紅潮し、耳まで赤く染まっていた。
繋いだ手に、きゅっと力が込められる。にこやかな彼からの、無言の催促。
瑛茉は、恥ずかしさを必死に抑え込みながら、視線の理由について訥々と白状した。
「たっ、崇弥さんの、浴衣姿、が……その……すごく、きれいで……思わず……」
見惚れてしまいました。
か細い声でそう告げる瑛茉に、驚きのあまり崇弥はしばし言葉を失った。ここが外じゃなかったら——おのれの奥底でうねる欲望と理性を、精いっぱい呪ってやった。
柔らかな琥珀色の光が、小道に陰影を作り出す。
幻想的な、夏の夕映え。
いつもは比較的静かな町も、この日ばかりは活気に満ちていた。そこかしこに灯るぼんぼり。道に沿って屋台が連なり、威勢のいい声が飛び交う。
「すごい人。昨日までと町の雰囲気が全然違うね」
「毎年決まってこの日が花火大会だから、帰省客や観光客が島外から集まるんです」
「そうなんだ。……なんかいいね。こういう雰囲気。賑やかだけど、騒々しくないっていうか。上手く言えないけど」
「わかります。都会で生活している期間のほうが長いから、街の喧騒には慣れてますけど、それとはまた違った賑わいですよね」
しだいに強まる潮の香り。
他愛もない会話を交わしているうちに、ふたりは会場となる浜辺へと到着した。肌に纏わりつく気温が、ぐっと高まる。
と、崇弥が帯からさりげなく抜き出したそれに、またしても瑛茉の視線は釘づけとなった。
東の空が、かすかに紫色を帯びはじめた夕暮れ時。
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「……どうしたの?」
門の外。数歩進んだ先で、崇弥が小首を傾げた。隣を歩く瑛茉に、疑問符を投げかける。先ほど——ともすれば出かける前——からずっと、瑛茉に視線を注がれつづけているのだ。
嫌悪感など微塵もない。むしろ可愛くてしかたないのだが、気にするなというのは無理な話で。
「あ! いえっ、その……」
崇弥の問いに、瑛茉が慌てて口ごもる。頬は紅潮し、耳まで赤く染まっていた。
繋いだ手に、きゅっと力が込められる。にこやかな彼からの、無言の催促。
瑛茉は、恥ずかしさを必死に抑え込みながら、視線の理由について訥々と白状した。
「たっ、崇弥さんの、浴衣姿、が……その……すごく、きれいで……思わず……」
見惚れてしまいました。
か細い声でそう告げる瑛茉に、驚きのあまり崇弥はしばし言葉を失った。ここが外じゃなかったら——おのれの奥底でうねる欲望と理性を、精いっぱい呪ってやった。
柔らかな琥珀色の光が、小道に陰影を作り出す。
幻想的な、夏の夕映え。
いつもは比較的静かな町も、この日ばかりは活気に満ちていた。そこかしこに灯るぼんぼり。道に沿って屋台が連なり、威勢のいい声が飛び交う。
「すごい人。昨日までと町の雰囲気が全然違うね」
「毎年決まってこの日が花火大会だから、帰省客や観光客が島外から集まるんです」
「そうなんだ。……なんかいいね。こういう雰囲気。賑やかだけど、騒々しくないっていうか。上手く言えないけど」
「わかります。都会で生活している期間のほうが長いから、街の喧騒には慣れてますけど、それとはまた違った賑わいですよね」
しだいに強まる潮の香り。
他愛もない会話を交わしているうちに、ふたりは会場となる浜辺へと到着した。肌に纏わりつく気温が、ぐっと高まる。
と、崇弥が帯からさりげなく抜き出したそれに、またしても瑛茉の視線は釘づけとなった。
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