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「早速で悪いんだけど、これからの俺はメイアからの指示で行動するように言われたんだ。……どうすればいい?」
紐を解き終えたメイアはベッドの隅に座っている。
「……そうなんですか?」
「えっ?……国王は、そう言ってたんだけど。」
「まだ、ダリアス様から詳しいお話は出来ていないんです。……アキトさんをドワイトさんのところに連れて行ってから、ダリアス様とはお話しする予定になってるんです。」
「……ドワイトさん?」
「元近衛師団長さんです。アキトさんの先生ですね。」
新たな登場人物が追加されたことになる。経歴や名前の雰囲気からして男性であることが濃厚だった。
まだ、女性であることが確定しているのはメイアのみ。異世界モノの男女比率からすると段取りには不備があるのかもしれない。しかしながら、メイア一人でも振り回されてしまっている感が強いので、暁斗にとってはベストだった。
「そうなんだ。……先生役はジークフリートかと思ってたよ。」
「ジークフリートは……、先生にはなれないと思います。」
「結構強そうなのに?」
暁斗には判断する基準がないのだから、『強そう』は感覚的な感想でしかない。昨晩のジークフリートは一つ一つの動作に隙が無く、しなやかだった。
威圧的な態度を取ることはなかったが、それが逆に自分の強さに対する自信の表れであり、どんな時にも余裕を持って対応できる男だと感じていた。
「とにかく、アキトさんの先生はドワイトさんなんです。……いいですね?」
「いいですね?って言われても、ドワイトさんを知らない俺からは何も言えないよ。」
「……では、アキトさんの了解も得られたということで、一度目の食事としましょうか。」
解釈は一方的であり、暁斗からの反論がなければ了解になってしまうらしい。この場合、誰の名前を聞かされたとしても従う以外に道はなかった。
そして、一度目の食事――暁斗にとっては、この世界で最初になるという意味だろうか。不思議な言い方が気になってもいた。
だが、そんなことを気にするよりも食事と聞いてしまったことで、一気に空腹感に襲われてしまっている。
「着替えるので、廊下に出ていてくれませんか?」
暁斗は一旦部屋から追い出されてしまう。食事をする場所は、この部屋ではないらしい。
廊下で待っている間、部屋の中で着替えをしていると考えてしまうだけで何故かドキドキしてしまった。異世界ならではの緊張感ではなく、あまり意味のない他事ばかりで緊張させられている。
――なんだか調子が狂うな……。
暁斗自身、こんなにも感情的になれていることが意外でしかない。おそらくは食事の後で訪れる時間が、暁斗にとっては異世界で重要になってくるはず。
あらゆる場面を想定して、暁斗は可能な限り強くならなければいけない。
――こんなことで調子を狂わされてたらダメだな。
もっと集中力を高めていかなければならないのだ。
「……お待たせしました。……では、ドワイトさんの家に向かいましょう。」
黒いワンピースの上に白い外套を羽織っていた。派手な装飾もなくシンプルな造りの服装だが、メイアが着ることによって相乗効果が得られている。
「えっ!?まずは食事じゃなかったのか?」
「そうですよ。私たちはドワイトさんのお宅でお世話になってるんです。……だから、食事も修練も同じ場所です。」
『お世話になっている』とメイアが表現しているので、ドワイトとは家族ではないのだろう。ジークフリートから『様』を付けて呼ばれており、元近衛師団長の家で居候をする少女。
そして、メイア本人も指折りの術師であれば謎が多い。
「ここからは少し離れてますけど、食事の前の運動と思って頑張ってくださいね。」
メイアの着替えが終われば食事になることを想定して、準備万端だった暁斗の胃袋にとっては残酷な一言になる。
文字通りの朝飯前になるのかは不安だった。
「……あっ、そう言えば、俺の荷物は?……ここに来る前に着ていた物とか、バッグとか、何にもなかった?」
「それでしたら、先にドワイトさんのところに届けてもらってますよ。……たぶん、全部あるはずです。」
「わざわざ先に持って行ってくれたんだ。」
「ハイ、かなり重かったのでジークフリートにお願いしちゃいましたから、偉そうには言えないんですけど……。」
これは重力の問題だけではなく、本当に重かったのだろう。持っていたバッグには暁斗の生活で必要な物がぎっしりと詰まっていた。元の世界でも結構な重量だったので、この世界の人間には過酷な運搬になってしまう。
暁斗がドワイト宅に行く前に荷物だけ届けられていたことに多少の疑問は残るが、気を利かせてくれただけかもしれない。
「そっか、ありがとう。」
細かなことまで疑問を抱いていては思考が追いつかなくなる。そして、メイアに質問してもはぐらかされてしまうだけのような気がしていた。
「さぁ、行きましょうか。」
これでやっと、建物の外に出られることなる。異世界にいることを、心の底から実感するためには外の景色を欠かすことはできない。
暁斗が過ごしていたのは洋風建築風の大きな屋敷だった。レンガも使われておりレトロな雰囲気で、暁斗は『異人館』をイメージしてしまう。庭も手入れが行き届いており、見たこともない花が咲いている。
庭を手入れしていた男が、屋敷から出てきた二人を見つけて慌てて近付いてくる。
「メイア様、おはようございます。……もう出発されるのですか?よろしければ、お食事も用意させていただきましたのに……。」
「ありがとうございます、ロドリーさん。……ですが、やることが沢山ありますので、これで失礼させていただきます。お世話になりました。」
「いえ、とんでもないことでございます。……大したおもてなしも出来ず申し訳ございませんでした。」
執事っぽさを感じさせる出で立ちではあるが、粘着質な話し方に嫌味が滲みだしている。この男は、丁寧な言葉を発していても他人を見下していた。
現に暁斗たちが休んでいた部屋に近付いた痕跡すらないのだから、もてなす気持ちなど端からなかったとしか思えない。
こうしている今も、暁斗に一瞥もくれずに話をしており『慇懃無礼』という言葉が相応しかった。
「……それでは失礼します。」
メイアも早々に切り上げたかったのだろう、簡単に御礼だけを伝え屋敷を後にした。
「このお屋敷、迎賓用なんです。……だから、私たちみたいな人間が使うことを好ましく思っていないんです。」
屋敷の門を出てすぐにメイアが話しかけてくれた。ロドリーという男の態度について説明してくれているのかもしれない。
「ゴメンなさい。本当は、このお屋敷の食事の方が豪華かもしれないですけど……。」
気持ちは十分に理解できる。一刻も早く、この屋敷から離れたかっただけだ。
「構わないよ。俺も、あんな男が手配した食事なんて食べたくないし。……食事は美味しく食べないとね。」
暁斗の言葉にメイアは笑顔で振り返ってくれた。
王家、貴族、兵士。元いた世界では馴染みのない言葉が多く出てきている。明確な主従関係が確立されているのであれば、あの屋敷の中の空間は暁斗にとっても遠慮しておきたい場所だった。
そこから先は、カルチャーショックの連続になる。
朝早く人通りは疎らかもしれないが、さすがは王都と言うことになる。大通りに出ると、かなり賑わっていた。
建物は全てレトロ建築で、背の高い建物もあり圧倒させられていた。煙突がある家も多く、道は石畳で整備されており統一された雰囲気は異世界を感じさせてくれた。当然ながら道路脇に電柱は立っていない。
馬車らしき乗り物も通っているが、
――あれ?……馬ってこんなにも大きかった?
馬に似ているが、馬ではなさそうな生き物が車を引っ張っている姿を何台も見かけた。似て非なる動物かもしれないが、この世界での役目は馬で間違いない。
暁斗の想像以上に、大きくて立派な都市だった。
――この国を、あのダリアス王が治めてるのか?
街は活気に溢れて、幸せそうな人々が行き交う。俗物国王が治めているとは考え難い光景が広がっていた。国王が強制統治するような抑圧された様子は見られない。
――真っ黒の髪色って、この国では珍しいんだ。
黒に近い髪色の人もいたが、多くの人は色がある。青や緑の明るい髪色の人も目立ち、擦れ違う多くは暁斗を珍しそうに見た。
ケモ耳やエルフ耳は発見できなかったので、暁斗と変わらない人間ばかりだった。
暁斗は、勝手にもっと貧しい国を想像していた。貧しさから脱却するには魔獣の存在が邪魔になり、今回の件に至ったと考えていた。どうやら暁斗の考えは外れていたらしい。
――魔獣の存在に怯えて生活してるって聞いてたけど、そんな様子は微塵も感じられないな。
だが、中心街を抜けると、その考えは否定され始める。
王都と呼ぶに相応しい中心街の賑わいは広範囲であったが、郊外に入ると景色は一変する。貧しいとまではいかないが、かなり質素な様相だ。家も密集しておらず、一軒一軒が離れて建てられている。
「……こんなにも歩かせちゃってゴメンなさい。もうすぐですから。」
それなりの距離は歩いてきたが、暁斗に全く疲労感はない。あるのは空腹感だけ。
身体が軽いことが影響しているのか、この世界の空気が合っているのか。定かではないが自分が死にかけていたことすらも忘れてしまいそうになる。
近隣の建物よりも少し立派な屋敷が見え始めた時、
「あれが、ドワイトさんのお家です。」
紹介してくれるメイアの笑顔から、ドワイトという人物を慕っていることが伝わってきた。
メイアの表情は柔らかくなって、歩く速度も上がっている。屋敷の入口近くでは小走りのようになっていた。
「……ただいま。」
躊躇いなくドアを開けて、屋敷の中に入っていく。この態度を見ていれば、あの屋敷が苦痛であったことは明確だ。
「あら、おかえりなさい、メイア。」
優しそうな老婦人がメイアを迎えてくれる。
「ただいま、ミコットさん。……お腹空いちゃった。」
気を許した相手への言葉だ。家族ではないのかもしれないが、メイアが日常生活を送っている幸せな空間だった。
暁斗には関係のないことかもしれないが、メイアにそんな空間が存在してくれていたことは素直に嬉しかった。
紐を解き終えたメイアはベッドの隅に座っている。
「……そうなんですか?」
「えっ?……国王は、そう言ってたんだけど。」
「まだ、ダリアス様から詳しいお話は出来ていないんです。……アキトさんをドワイトさんのところに連れて行ってから、ダリアス様とはお話しする予定になってるんです。」
「……ドワイトさん?」
「元近衛師団長さんです。アキトさんの先生ですね。」
新たな登場人物が追加されたことになる。経歴や名前の雰囲気からして男性であることが濃厚だった。
まだ、女性であることが確定しているのはメイアのみ。異世界モノの男女比率からすると段取りには不備があるのかもしれない。しかしながら、メイア一人でも振り回されてしまっている感が強いので、暁斗にとってはベストだった。
「そうなんだ。……先生役はジークフリートかと思ってたよ。」
「ジークフリートは……、先生にはなれないと思います。」
「結構強そうなのに?」
暁斗には判断する基準がないのだから、『強そう』は感覚的な感想でしかない。昨晩のジークフリートは一つ一つの動作に隙が無く、しなやかだった。
威圧的な態度を取ることはなかったが、それが逆に自分の強さに対する自信の表れであり、どんな時にも余裕を持って対応できる男だと感じていた。
「とにかく、アキトさんの先生はドワイトさんなんです。……いいですね?」
「いいですね?って言われても、ドワイトさんを知らない俺からは何も言えないよ。」
「……では、アキトさんの了解も得られたということで、一度目の食事としましょうか。」
解釈は一方的であり、暁斗からの反論がなければ了解になってしまうらしい。この場合、誰の名前を聞かされたとしても従う以外に道はなかった。
そして、一度目の食事――暁斗にとっては、この世界で最初になるという意味だろうか。不思議な言い方が気になってもいた。
だが、そんなことを気にするよりも食事と聞いてしまったことで、一気に空腹感に襲われてしまっている。
「着替えるので、廊下に出ていてくれませんか?」
暁斗は一旦部屋から追い出されてしまう。食事をする場所は、この部屋ではないらしい。
廊下で待っている間、部屋の中で着替えをしていると考えてしまうだけで何故かドキドキしてしまった。異世界ならではの緊張感ではなく、あまり意味のない他事ばかりで緊張させられている。
――なんだか調子が狂うな……。
暁斗自身、こんなにも感情的になれていることが意外でしかない。おそらくは食事の後で訪れる時間が、暁斗にとっては異世界で重要になってくるはず。
あらゆる場面を想定して、暁斗は可能な限り強くならなければいけない。
――こんなことで調子を狂わされてたらダメだな。
もっと集中力を高めていかなければならないのだ。
「……お待たせしました。……では、ドワイトさんの家に向かいましょう。」
黒いワンピースの上に白い外套を羽織っていた。派手な装飾もなくシンプルな造りの服装だが、メイアが着ることによって相乗効果が得られている。
「えっ!?まずは食事じゃなかったのか?」
「そうですよ。私たちはドワイトさんのお宅でお世話になってるんです。……だから、食事も修練も同じ場所です。」
『お世話になっている』とメイアが表現しているので、ドワイトとは家族ではないのだろう。ジークフリートから『様』を付けて呼ばれており、元近衛師団長の家で居候をする少女。
そして、メイア本人も指折りの術師であれば謎が多い。
「ここからは少し離れてますけど、食事の前の運動と思って頑張ってくださいね。」
メイアの着替えが終われば食事になることを想定して、準備万端だった暁斗の胃袋にとっては残酷な一言になる。
文字通りの朝飯前になるのかは不安だった。
「……あっ、そう言えば、俺の荷物は?……ここに来る前に着ていた物とか、バッグとか、何にもなかった?」
「それでしたら、先にドワイトさんのところに届けてもらってますよ。……たぶん、全部あるはずです。」
「わざわざ先に持って行ってくれたんだ。」
「ハイ、かなり重かったのでジークフリートにお願いしちゃいましたから、偉そうには言えないんですけど……。」
これは重力の問題だけではなく、本当に重かったのだろう。持っていたバッグには暁斗の生活で必要な物がぎっしりと詰まっていた。元の世界でも結構な重量だったので、この世界の人間には過酷な運搬になってしまう。
暁斗がドワイト宅に行く前に荷物だけ届けられていたことに多少の疑問は残るが、気を利かせてくれただけかもしれない。
「そっか、ありがとう。」
細かなことまで疑問を抱いていては思考が追いつかなくなる。そして、メイアに質問してもはぐらかされてしまうだけのような気がしていた。
「さぁ、行きましょうか。」
これでやっと、建物の外に出られることなる。異世界にいることを、心の底から実感するためには外の景色を欠かすことはできない。
暁斗が過ごしていたのは洋風建築風の大きな屋敷だった。レンガも使われておりレトロな雰囲気で、暁斗は『異人館』をイメージしてしまう。庭も手入れが行き届いており、見たこともない花が咲いている。
庭を手入れしていた男が、屋敷から出てきた二人を見つけて慌てて近付いてくる。
「メイア様、おはようございます。……もう出発されるのですか?よろしければ、お食事も用意させていただきましたのに……。」
「ありがとうございます、ロドリーさん。……ですが、やることが沢山ありますので、これで失礼させていただきます。お世話になりました。」
「いえ、とんでもないことでございます。……大したおもてなしも出来ず申し訳ございませんでした。」
執事っぽさを感じさせる出で立ちではあるが、粘着質な話し方に嫌味が滲みだしている。この男は、丁寧な言葉を発していても他人を見下していた。
現に暁斗たちが休んでいた部屋に近付いた痕跡すらないのだから、もてなす気持ちなど端からなかったとしか思えない。
こうしている今も、暁斗に一瞥もくれずに話をしており『慇懃無礼』という言葉が相応しかった。
「……それでは失礼します。」
メイアも早々に切り上げたかったのだろう、簡単に御礼だけを伝え屋敷を後にした。
「このお屋敷、迎賓用なんです。……だから、私たちみたいな人間が使うことを好ましく思っていないんです。」
屋敷の門を出てすぐにメイアが話しかけてくれた。ロドリーという男の態度について説明してくれているのかもしれない。
「ゴメンなさい。本当は、このお屋敷の食事の方が豪華かもしれないですけど……。」
気持ちは十分に理解できる。一刻も早く、この屋敷から離れたかっただけだ。
「構わないよ。俺も、あんな男が手配した食事なんて食べたくないし。……食事は美味しく食べないとね。」
暁斗の言葉にメイアは笑顔で振り返ってくれた。
王家、貴族、兵士。元いた世界では馴染みのない言葉が多く出てきている。明確な主従関係が確立されているのであれば、あの屋敷の中の空間は暁斗にとっても遠慮しておきたい場所だった。
そこから先は、カルチャーショックの連続になる。
朝早く人通りは疎らかもしれないが、さすがは王都と言うことになる。大通りに出ると、かなり賑わっていた。
建物は全てレトロ建築で、背の高い建物もあり圧倒させられていた。煙突がある家も多く、道は石畳で整備されており統一された雰囲気は異世界を感じさせてくれた。当然ながら道路脇に電柱は立っていない。
馬車らしき乗り物も通っているが、
――あれ?……馬ってこんなにも大きかった?
馬に似ているが、馬ではなさそうな生き物が車を引っ張っている姿を何台も見かけた。似て非なる動物かもしれないが、この世界での役目は馬で間違いない。
暁斗の想像以上に、大きくて立派な都市だった。
――この国を、あのダリアス王が治めてるのか?
街は活気に溢れて、幸せそうな人々が行き交う。俗物国王が治めているとは考え難い光景が広がっていた。国王が強制統治するような抑圧された様子は見られない。
――真っ黒の髪色って、この国では珍しいんだ。
黒に近い髪色の人もいたが、多くの人は色がある。青や緑の明るい髪色の人も目立ち、擦れ違う多くは暁斗を珍しそうに見た。
ケモ耳やエルフ耳は発見できなかったので、暁斗と変わらない人間ばかりだった。
暁斗は、勝手にもっと貧しい国を想像していた。貧しさから脱却するには魔獣の存在が邪魔になり、今回の件に至ったと考えていた。どうやら暁斗の考えは外れていたらしい。
――魔獣の存在に怯えて生活してるって聞いてたけど、そんな様子は微塵も感じられないな。
だが、中心街を抜けると、その考えは否定され始める。
王都と呼ぶに相応しい中心街の賑わいは広範囲であったが、郊外に入ると景色は一変する。貧しいとまではいかないが、かなり質素な様相だ。家も密集しておらず、一軒一軒が離れて建てられている。
「……こんなにも歩かせちゃってゴメンなさい。もうすぐですから。」
それなりの距離は歩いてきたが、暁斗に全く疲労感はない。あるのは空腹感だけ。
身体が軽いことが影響しているのか、この世界の空気が合っているのか。定かではないが自分が死にかけていたことすらも忘れてしまいそうになる。
近隣の建物よりも少し立派な屋敷が見え始めた時、
「あれが、ドワイトさんのお家です。」
紹介してくれるメイアの笑顔から、ドワイトという人物を慕っていることが伝わってきた。
メイアの表情は柔らかくなって、歩く速度も上がっている。屋敷の入口近くでは小走りのようになっていた。
「……ただいま。」
躊躇いなくドアを開けて、屋敷の中に入っていく。この態度を見ていれば、あの屋敷が苦痛であったことは明確だ。
「あら、おかえりなさい、メイア。」
優しそうな老婦人がメイアを迎えてくれる。
「ただいま、ミコットさん。……お腹空いちゃった。」
気を許した相手への言葉だ。家族ではないのかもしれないが、メイアが日常生活を送っている幸せな空間だった。
暁斗には関係のないことかもしれないが、メイアにそんな空間が存在してくれていたことは素直に嬉しかった。
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