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「エリス様がジークフリートに届け物をお願いしてあるって言っていたんですけど、受け取ってくれましたか?」
食事の後で、メイアは片付けを手伝いながら暁斗に問いかけた。届け物の件はメイアも知っていることで、それ以降の話は内緒になっている。
「ああ、受け取ったよ。……はい、これ。」
暁斗は見た目以上の重さがある布袋をメイアに手渡そうとして差し出した。
「えっ!?……それはアキトさんの物ですから、アキトさんが好きに使ってください。」
「……でも、生活費とかドワイトさんたちに負担かけてるから、俺が使ったらマズいんじゃないの?」
メイアは受け取りを拒むような態度を示していたので、暁斗はドワイトの方を見た。
「アキト殿の生活分は、ちゃんと別で貰っているので改めて頂戴する必要ありませんぞ。そちらは、アキト殿がお使いください。」
暁斗を鍛えることが国王からの指示であれば正式な仕事になっているのかもしれない。とは言え、この世界での衣食住は整ってしまっているので暁斗としても使い道は特に思いつかなかった。
だが、この世界で貯金をしていても無意味である。
セリムの旅が成功に終われば、暁斗は元の世界に戻ってしまい価値を失ってしまう。
そんなことを考えていると、視界の片隅に本を一生懸命に読んでいるアーシェの姿が飛び込んできた。
――何だかんだで、アーシェには一番助けてもらってるんだよな。
翌日の鍛錬はお休みにもなっている。
「アーシェ。……明日はお休みだから、一緒に本を買いに行かないか?」
突然、名前を呼ばれたことでアーシェは驚いて暁斗を見た。何を言われたのかまでは理解できておらず、キョトンとした表情をしている。
「アーシェには色々とお世話になってるから、お礼に本をプレゼントしたいんだけど、どうかな?」
「えっ!?」
暁斗からの提案に瞳をキラキラさせていた。喜んでくれているのは間違いないが、戸惑ってもいるようでもある。暁斗とメイアを確認するように見ていた。
「えっと……、いいんですか?」
「あぁ、いつも助けてもらってるからね。」
アーシェは読んでいた本を閉じて、椅子から立ち上がってメイアの傍に駆け寄っていた。
そして、メイアの足に抱きつくようにしてメイアを見上げる。
「良かったね、アーシェ。」
そう言ってメイアはアーシェの頭を撫でていた。メイアからの許可も出たので、明日の予定は確定したことになる。
すると、アーシェは暁斗の方に駆け寄ってきた。いつもと少し様子が違っておりモジモジしているように見える。
「……兄さま、ありがとうございます。」
小さな声だった。照れているのかもしれない。
ほんの思い付きの提案ではあったが、こんなアーシェを見ていると暁斗も嬉しくなってしまう。
暁斗にお礼を伝えたアーシェは、そのままミコットの方へ向かい楽し気に報告を始めていた。
「アキトさん、ありがとうございます。……アーシェ、すごく嬉しそう。」
「あぁ、うん。あんなに喜んでもらえるなら、良かったよ。」
「……でも、こちらの世界で初めて贈り物をする相手がアーシェなんですね?……私も、結構頑張ってアキトさんの手助けしてたと思うんですけど……。」
「あっ……。」
アーシェへ何かプレゼントをしようと考えたのは、単なる思い付きでしかなかった。ただ、アーシェへプレゼンを贈ることに抵抗は感じなくても、メイアへプレゼントを贈ることには躊躇いがある。
「いやっ、当然、メイアにも感謝してるけど……、まずはアーシェかなって思ったんだ。」
「『まずは』……と言うことは、『次』があるんですか?」
こうなった時のメイアは極端に強くなる。困っている暁斗を見ているのが楽しいのだろう。
「……考えておくよ。」
暁斗の返事を満足そうに聞いていた。
「ジークフリートから渡されたのって、お金だけだったんですか?」
「違うよ。……あれも貰ったんだ。」
暁斗は壁に立てかけておいた刀を指し示した。メイアは不思議そうな表情を暁斗に見せた後で、
「……棒?……ですか?」
「棒みたいだけど、棒じゃないんだ。あれは武器。」
立て掛けてあった刀を手に持った暁斗は鞘から引き抜いて刀身をメイアに見せた。改めて見ると綺麗な刀身で、ジークフリートの屋敷で長い間眠っていたとは思えない。
メイアに刀身を見せていた時、暁斗は自分が手にしている物の怖さを再認識していた。
――これは武器なんだ。こんな簡単に鞘から抜いていい物じゃないな。
ここは皆が穏やかな気持ちで過ごしている場所だった。そんな空間で見せびらかす物ではない。そして、ドワイトと互角以上に戦えてしまえている暁斗には人を傷つけるだけの力が備わってしまっている。
「ゴメン、こんな場所で見せるべき物じゃなかった。」
メイアは暁斗が急に神妙になった理由を理解出来ないでいたが、そのやり取りを眺めていたドワイトは微笑んでいた。
一通りの確認を終えたメイアは最後に質問した。
「それで、明日はアーシェと二人きりで大丈夫なんですか?」
「あっ、忘れてました。よろしくお願いします。」
これでジークフリートから渡された物をメイアにも伝えたことになるが、10日後のことは一切触れられることはなかった。
内緒にする理由を分かっていない暁斗は注意していないと口を滑らせてしまいそうになる。それでも、アーシェが頑張って内緒にしているのだから暁斗が漏らすわけにはいかない。
ドワイトとの鍛錬はお休みであるが、朝の自主練習はアーシェの協力のもと実施された。この後の時間もあるので、アーシェは普段より張り切っていた。
「今日は、町に行くんだから手をつなぐだけにしておきなさいね。」
いつものようにアーシェが暁斗の背中に乗ろうとしていたので、メイアが止めに入った。暁斗もメイアが指摘するまでは何の疑問も持たずにおんぶしようとしていたので反省する。
ドワイトと模擬戦を繰り返している時間以上に、町へ近付くと異世界であることを実感させられる。
戦うための鍛錬も元いた世界の日常とは別物だったが、町に来ると景色が違うことに驚かされてしまう。
「……ところで、この世界にも本屋ってあるのかな?」
「えっ!?事前に確認してあったんじゃないんですか?」
「いや、あの時は思いつきでアーシェにプレゼントしたいって言っただけだから。」
「フフッ、そうだったんですね。ちゃんとありますから安心してください。」
「……ちなみに、俺が渡されたお金でも買えるくらいの物なのかな?すごく貴重で高価、とかはない?」
「大丈夫ですよ。そのお金を全て本に使ったら、持って帰ることができないくらい買えちゃいます。」
「そっか、ありがとう。思いつきだったから少し心配だったんだ。」
「……こちらこそ、ありがとうございます。」
暁斗とメイアはヒソヒソ声で会話していた。暁斗としてもアーシェに聞かれてしまってはカッコ悪い内容である。
本屋に入っていくと店主がメイアに挨拶をした。顔馴染みのお店だったらしい。暁斗が最初にメイアと話をした時、メイアが読書して時間を潰していたことを思い出した。
アーシェは店に入るなり、瞳を輝かせて本棚の物色を開始している。
「メイアも、欲しい本があったら一緒に買えばいいよ。」
「『ついで』ですか?」
「……そんなことはないんだけど。」
アーシェは手の届かない本が多いので最初は暁斗が取って渡していたが、いつの間にか肩車をすることになっていた。
暁斗はアーシェの指示に従って本屋の中を動き回り、時には頭の上を台の代わりに貸してあげることになる。
――なんだかんだで、これもトレーニングかな?
この世界の文字が全く読めない暁斗は、アーシェがどんな本を読んでいるのかさえ分かっていない。
――でも、この世界の文字は教えてくれないんだよな。……メイアも覚える必要はないって言うだけだし。
言霊の精霊石があれば会話には困らないので、文字を読めなくても不便とは感じていない。だが、文字を読むことができれば役に立つこともあるはずだった。
――魔獣と戦えるくらいに強くなれたら、文字も教えてもらおうかな?
沢山の本に囲まれて過ごしていると、そんな気分になってしまう。
結構な時間を買い物に費やして、袋にまとめられた本の量もそれなりにあったが、銀貨は3枚減っただけ。メイアの話では、金貨と銀貨の下に何種類か硬貨が存在しているらしい。
店主が重そうに持っていた袋を暁斗は軽々と抱えてしまい店外へ出た。
日は傾き始めており、少しだけ暗くなっていた。
「調子に乗ってしまい、こんな時間まで、すいませんでした。」
「……兄さま、ごめんなさい。」
時間を忘れて本を選び続けていたのだから仕方ないことである。お礼をしたかった暁斗にとって、それは嬉しい事だった。
「二人が喜んでくれたなら、今日の目的は果たせたことになるんだ。だから、気にしなくていいよ。」
「ありがとうございます。」
メイアが笑顔でお礼を言ってくれて、アーシェは暁斗の足に抱きついて感謝の態度を示してくれる。
アーシェは嬉しい時にメイアに抱きついているところを何度か見ていた。それと同じ行動を暁斗にも取ってくれているのであれば、今日は成功したと思って間違いなかった。
――俺も、こんな風に素直に表現出来ていれば後悔することもなかったかもしれないな……。
暁斗は少しだけ複雑な気分になってしまう。
――俺が喜ぶところを見たかっただけなんだろうな……。あの時の俺は、ちゃんと笑顔でお礼を言えてたのかな?
元の世界での出来事を思い出して、寂しい気持ちが暁斗の中に込み上げてきてしまった。
「……どうしたんですか?」
メイアが暁斗の顔を覗き込むようにして話しかけてきた。
「いや、何でもないよ。ミコットさんも待ってるだろうから急いで帰ろうか。」
「……それじゃぁ、普段使わない近道で帰りましょうか。」
メイアが選択したのは路地裏を抜けて帰る道らしい。明るい時間でも暗いであろう道は、薄暗く感じて多少気味悪さがある。
普段は使わないと言っていたので大丈夫だと思うが、暁斗は心配になってしまった。
そんな中、暁斗とメイアは同時に『あっ!』と声を出して立ち止まってしまった。アーシェは何が起こったのか分からず、二人の顔を不思議そうに見上げていた。
「……どうして、こんな場所をセリムが歩いてるんだ?」
もちろんセリム一人ではなく、先日の付き人も後ろを歩いてはいたが場違いに派手な服装で歩いていた。
暁斗たちは無意識にセリムたちから見えないように物陰に隠れてしまっていた。
「こんな場所に用事でもあるんでしょうか?」
メイアは暁斗に質問したが、暁斗が分かるはずもなかった。セリムを見たのは二度目でしかなく、生態を把握してはいない。
すると、セリムたちの歩いている先から女性の悲鳴が聞こえてきた。どうやら、このタイミングで有名なイベントが発生したらしい。
食事の後で、メイアは片付けを手伝いながら暁斗に問いかけた。届け物の件はメイアも知っていることで、それ以降の話は内緒になっている。
「ああ、受け取ったよ。……はい、これ。」
暁斗は見た目以上の重さがある布袋をメイアに手渡そうとして差し出した。
「えっ!?……それはアキトさんの物ですから、アキトさんが好きに使ってください。」
「……でも、生活費とかドワイトさんたちに負担かけてるから、俺が使ったらマズいんじゃないの?」
メイアは受け取りを拒むような態度を示していたので、暁斗はドワイトの方を見た。
「アキト殿の生活分は、ちゃんと別で貰っているので改めて頂戴する必要ありませんぞ。そちらは、アキト殿がお使いください。」
暁斗を鍛えることが国王からの指示であれば正式な仕事になっているのかもしれない。とは言え、この世界での衣食住は整ってしまっているので暁斗としても使い道は特に思いつかなかった。
だが、この世界で貯金をしていても無意味である。
セリムの旅が成功に終われば、暁斗は元の世界に戻ってしまい価値を失ってしまう。
そんなことを考えていると、視界の片隅に本を一生懸命に読んでいるアーシェの姿が飛び込んできた。
――何だかんだで、アーシェには一番助けてもらってるんだよな。
翌日の鍛錬はお休みにもなっている。
「アーシェ。……明日はお休みだから、一緒に本を買いに行かないか?」
突然、名前を呼ばれたことでアーシェは驚いて暁斗を見た。何を言われたのかまでは理解できておらず、キョトンとした表情をしている。
「アーシェには色々とお世話になってるから、お礼に本をプレゼントしたいんだけど、どうかな?」
「えっ!?」
暁斗からの提案に瞳をキラキラさせていた。喜んでくれているのは間違いないが、戸惑ってもいるようでもある。暁斗とメイアを確認するように見ていた。
「えっと……、いいんですか?」
「あぁ、いつも助けてもらってるからね。」
アーシェは読んでいた本を閉じて、椅子から立ち上がってメイアの傍に駆け寄っていた。
そして、メイアの足に抱きつくようにしてメイアを見上げる。
「良かったね、アーシェ。」
そう言ってメイアはアーシェの頭を撫でていた。メイアからの許可も出たので、明日の予定は確定したことになる。
すると、アーシェは暁斗の方に駆け寄ってきた。いつもと少し様子が違っておりモジモジしているように見える。
「……兄さま、ありがとうございます。」
小さな声だった。照れているのかもしれない。
ほんの思い付きの提案ではあったが、こんなアーシェを見ていると暁斗も嬉しくなってしまう。
暁斗にお礼を伝えたアーシェは、そのままミコットの方へ向かい楽し気に報告を始めていた。
「アキトさん、ありがとうございます。……アーシェ、すごく嬉しそう。」
「あぁ、うん。あんなに喜んでもらえるなら、良かったよ。」
「……でも、こちらの世界で初めて贈り物をする相手がアーシェなんですね?……私も、結構頑張ってアキトさんの手助けしてたと思うんですけど……。」
「あっ……。」
アーシェへ何かプレゼントをしようと考えたのは、単なる思い付きでしかなかった。ただ、アーシェへプレゼンを贈ることに抵抗は感じなくても、メイアへプレゼントを贈ることには躊躇いがある。
「いやっ、当然、メイアにも感謝してるけど……、まずはアーシェかなって思ったんだ。」
「『まずは』……と言うことは、『次』があるんですか?」
こうなった時のメイアは極端に強くなる。困っている暁斗を見ているのが楽しいのだろう。
「……考えておくよ。」
暁斗の返事を満足そうに聞いていた。
「ジークフリートから渡されたのって、お金だけだったんですか?」
「違うよ。……あれも貰ったんだ。」
暁斗は壁に立てかけておいた刀を指し示した。メイアは不思議そうな表情を暁斗に見せた後で、
「……棒?……ですか?」
「棒みたいだけど、棒じゃないんだ。あれは武器。」
立て掛けてあった刀を手に持った暁斗は鞘から引き抜いて刀身をメイアに見せた。改めて見ると綺麗な刀身で、ジークフリートの屋敷で長い間眠っていたとは思えない。
メイアに刀身を見せていた時、暁斗は自分が手にしている物の怖さを再認識していた。
――これは武器なんだ。こんな簡単に鞘から抜いていい物じゃないな。
ここは皆が穏やかな気持ちで過ごしている場所だった。そんな空間で見せびらかす物ではない。そして、ドワイトと互角以上に戦えてしまえている暁斗には人を傷つけるだけの力が備わってしまっている。
「ゴメン、こんな場所で見せるべき物じゃなかった。」
メイアは暁斗が急に神妙になった理由を理解出来ないでいたが、そのやり取りを眺めていたドワイトは微笑んでいた。
一通りの確認を終えたメイアは最後に質問した。
「それで、明日はアーシェと二人きりで大丈夫なんですか?」
「あっ、忘れてました。よろしくお願いします。」
これでジークフリートから渡された物をメイアにも伝えたことになるが、10日後のことは一切触れられることはなかった。
内緒にする理由を分かっていない暁斗は注意していないと口を滑らせてしまいそうになる。それでも、アーシェが頑張って内緒にしているのだから暁斗が漏らすわけにはいかない。
ドワイトとの鍛錬はお休みであるが、朝の自主練習はアーシェの協力のもと実施された。この後の時間もあるので、アーシェは普段より張り切っていた。
「今日は、町に行くんだから手をつなぐだけにしておきなさいね。」
いつものようにアーシェが暁斗の背中に乗ろうとしていたので、メイアが止めに入った。暁斗もメイアが指摘するまでは何の疑問も持たずにおんぶしようとしていたので反省する。
ドワイトと模擬戦を繰り返している時間以上に、町へ近付くと異世界であることを実感させられる。
戦うための鍛錬も元いた世界の日常とは別物だったが、町に来ると景色が違うことに驚かされてしまう。
「……ところで、この世界にも本屋ってあるのかな?」
「えっ!?事前に確認してあったんじゃないんですか?」
「いや、あの時は思いつきでアーシェにプレゼントしたいって言っただけだから。」
「フフッ、そうだったんですね。ちゃんとありますから安心してください。」
「……ちなみに、俺が渡されたお金でも買えるくらいの物なのかな?すごく貴重で高価、とかはない?」
「大丈夫ですよ。そのお金を全て本に使ったら、持って帰ることができないくらい買えちゃいます。」
「そっか、ありがとう。思いつきだったから少し心配だったんだ。」
「……こちらこそ、ありがとうございます。」
暁斗とメイアはヒソヒソ声で会話していた。暁斗としてもアーシェに聞かれてしまってはカッコ悪い内容である。
本屋に入っていくと店主がメイアに挨拶をした。顔馴染みのお店だったらしい。暁斗が最初にメイアと話をした時、メイアが読書して時間を潰していたことを思い出した。
アーシェは店に入るなり、瞳を輝かせて本棚の物色を開始している。
「メイアも、欲しい本があったら一緒に買えばいいよ。」
「『ついで』ですか?」
「……そんなことはないんだけど。」
アーシェは手の届かない本が多いので最初は暁斗が取って渡していたが、いつの間にか肩車をすることになっていた。
暁斗はアーシェの指示に従って本屋の中を動き回り、時には頭の上を台の代わりに貸してあげることになる。
――なんだかんだで、これもトレーニングかな?
この世界の文字が全く読めない暁斗は、アーシェがどんな本を読んでいるのかさえ分かっていない。
――でも、この世界の文字は教えてくれないんだよな。……メイアも覚える必要はないって言うだけだし。
言霊の精霊石があれば会話には困らないので、文字を読めなくても不便とは感じていない。だが、文字を読むことができれば役に立つこともあるはずだった。
――魔獣と戦えるくらいに強くなれたら、文字も教えてもらおうかな?
沢山の本に囲まれて過ごしていると、そんな気分になってしまう。
結構な時間を買い物に費やして、袋にまとめられた本の量もそれなりにあったが、銀貨は3枚減っただけ。メイアの話では、金貨と銀貨の下に何種類か硬貨が存在しているらしい。
店主が重そうに持っていた袋を暁斗は軽々と抱えてしまい店外へ出た。
日は傾き始めており、少しだけ暗くなっていた。
「調子に乗ってしまい、こんな時間まで、すいませんでした。」
「……兄さま、ごめんなさい。」
時間を忘れて本を選び続けていたのだから仕方ないことである。お礼をしたかった暁斗にとって、それは嬉しい事だった。
「二人が喜んでくれたなら、今日の目的は果たせたことになるんだ。だから、気にしなくていいよ。」
「ありがとうございます。」
メイアが笑顔でお礼を言ってくれて、アーシェは暁斗の足に抱きついて感謝の態度を示してくれる。
アーシェは嬉しい時にメイアに抱きついているところを何度か見ていた。それと同じ行動を暁斗にも取ってくれているのであれば、今日は成功したと思って間違いなかった。
――俺も、こんな風に素直に表現出来ていれば後悔することもなかったかもしれないな……。
暁斗は少しだけ複雑な気分になってしまう。
――俺が喜ぶところを見たかっただけなんだろうな……。あの時の俺は、ちゃんと笑顔でお礼を言えてたのかな?
元の世界での出来事を思い出して、寂しい気持ちが暁斗の中に込み上げてきてしまった。
「……どうしたんですか?」
メイアが暁斗の顔を覗き込むようにして話しかけてきた。
「いや、何でもないよ。ミコットさんも待ってるだろうから急いで帰ろうか。」
「……それじゃぁ、普段使わない近道で帰りましょうか。」
メイアが選択したのは路地裏を抜けて帰る道らしい。明るい時間でも暗いであろう道は、薄暗く感じて多少気味悪さがある。
普段は使わないと言っていたので大丈夫だと思うが、暁斗は心配になってしまった。
そんな中、暁斗とメイアは同時に『あっ!』と声を出して立ち止まってしまった。アーシェは何が起こったのか分からず、二人の顔を不思議そうに見上げていた。
「……どうして、こんな場所をセリムが歩いてるんだ?」
もちろんセリム一人ではなく、先日の付き人も後ろを歩いてはいたが場違いに派手な服装で歩いていた。
暁斗たちは無意識にセリムたちから見えないように物陰に隠れてしまっていた。
「こんな場所に用事でもあるんでしょうか?」
メイアは暁斗に質問したが、暁斗が分かるはずもなかった。セリムを見たのは二度目でしかなく、生態を把握してはいない。
すると、セリムたちの歩いている先から女性の悲鳴が聞こえてきた。どうやら、このタイミングで有名なイベントが発生したらしい。
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