異世界ダメ勇者の英雄譚は接待まみれ

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「今、女の人の悲鳴が聞こえたんですけど……。」

「……だな。」

「何があったんでしょうか?」

「さぁ、詳しいことは分からないけど、楽しいことが起こっていないのは間違いないかな。」

 セリムが向かう先には危機に瀕した女性がいる。通常であれば、その女性を助けて勇者としての立場を確立していくイベントになるはずだが相手はセリム。

「さすがにこの状況なら、セリム様だとしても助けますよね?」

 悲鳴を上げている女性が助けを求めていることが分かっているのであれば、何が起こっているのか薄々は理解している。

「……でも、セリム様、笑顔で歩いていて、楽しそうな感じだし……。」

 メイアが分かり易く自問自答している。セリムの人間性を疑いつつも最後の望みをかけているのかもしれない。ここでセリムが助ける行動を取らなければ、メイアの中でセリムの評価は確定することになる。

「まぁ、一応、俺が見に行ってみるよ。」

 メイアには見せない方が良い。――暁斗は保険を掛けることも考えて、一人で状況確認することを提案した。

「いえ、私も一緒に行きます。」

「アーシェもいるだろ?……こんな場所にアーシェを残すなんて出来ないし、アーシェが見るようなものでもない。」

 これにはメイアも従うしかなかった。アーシェは見上げるようにして二人のやり取りを眺めていた。

「……すぐに戻るから。」

 暁斗は本が入った袋を置いて、すぐに向かおうとしたがメイアに止められてしまう。

「あっ!……ちょっと待ってください。……言霊の精霊石を出してくれませんか?」

「……んっ?」

 言われるがままに首から下げている言霊の精霊石を服から出した。その石にメイアが触れて、何かを呟いていた。

「何をしたの?」

「私の意識を言霊の精霊石と一時的につなげたんです。これで離れていても、アキトさんが聞いた会話を私も知ることが出来るようになるんです。」

「えっ!?そんな機能があるなんて、ちょっとドキドキするんだけど……。」

「短時間しか効果は持続できませんから安心してください。……それよりも、女の人が心配ですから急いでくださいね。」

 かなり重要な機能をサラリと流して説明されてしまった気分だった。そんなに多くはないだろうが、メイアに知られたくない会話をする場合は注意が必要になるかもしれない。

 暁斗はセリムたちにきづかれないよう静かに急いで後を追った。

――悲鳴が聞こえたのは、この角を曲がった先だ……。

 建物の陰に身を隠して暁斗は様子を窺うことにした。セリムたちは全く警戒することなく先へ進んで行った。

 セリムたちが向かう場所では男三人が若い女性を取り囲んでおり、その中で一番細身の男が女性の服を掴んで逃がさないようにしている。
 女性の表情は怯えきっており、男たちと友人知人の関係ではないことが確実だった。

――女性が襲われている典型的な場面だったな。

 そんな場面に動じることもなく悠然とセリムは近付いていった。腰には宝剣ミスティルテインを下げており、体形を無視することができれば助けてくれそうな気配がしている。

「おい、楽しそうなことしてるじゃないか?……どうせなら、俺様も混ぜてくれよ。」

 セリムの第一声である。
 この台詞も本気でなければ悪い選択ではない。ここからの展開次第では女性から意識を逸らさせるために、わざと悪ぶって使う言葉としては正解だと思われた。

「……何だよ、お前ら」

 当然、男たちは振り返って声をかけてきたセリムに注意を向ける。

「この女を助けにでも来たのか?」

 他の男も警戒して、持っていた短刀をセリムに向けた。

「ちゃんと聞いてなかったのか?俺は混ぜてくれって言っただろ、せっかくの獲物を助けなんてことするかよ。」

 セリムの返答は、ある意味で期待通りの内容だった。かなり悪質な単語を含んでいたことで期待以上だったかもしれない。

――あぁ、『獲物』って言っちゃってるよ……。

 暁斗は、離れた場所で聞いているであろうメイアの表情を思い浮かべていた。間違いなく軽蔑の視線を向けているであろう。

「はぁ?何言ってんだ、このデブ。」

「どうして俺たちの楽しみに、お前を加えなきゃならないんだ?」

 男たちの反応を見ていたセリムは呆れたように溜息を漏らした。三人の男を小馬鹿にしたような態度で諭すようにセリムが語り始めた。

「お前らは馬鹿か?……俺様が一緒だったら、こんな騒ぎ簡単にもみ消すことが出来るんだ。罪人にならずに楽しむことができるんだぞ?……こんな喜ばしい提案をしている俺様に感謝して、お前らは言われた通りにしていればいいんだ。」

 暁斗は無駄だと思いながら言霊の精霊石を握りしめていた。これ以上、メイアが不機嫌になる要素を増やしたくなかった。

――こんなに下衆な発言を躊躇いなく出来る勇者って貴重かも。……でも、セリムなら、どんな悪事をしても表沙汰になることはないだろうし。

 この時点で大きな問題に直面していることに暁斗は気付いてしまった。

――もし、このままセリムの誘いを男たちが受け入れたら、俺はどう動く?……男たちと一緒にセリムたちも倒さないと、女の人を助けられなくなるぞ。

 セリムたちの前に暁斗が出ていかなければならない状況になるが、それは絶対に避けなくてはならない。暁斗の顔を見られずに、この場にいる五人の気を失わせることは不可能だった。

――頼むから、その誘いに乗らないでくれよ……。

 暁斗は祈るように状況を見守っていた。
 その祈りが届いたのか、男の一人が馬鹿にしたように笑いながらセリムに近付いていた。

「頭おかしいんじゃないのか?……俺たちは散々悪さしてきて生き抜いてるんだ、こんなことをもみ消す必要なんかないんだよ。」

「……まぁ、せっかく来たんだから金目の物を残して、俺たちの役に立ってくれよ。」

 女性を掴んでいる男残して、二人が短刀を構えてセリムに迫った。暁斗が望んだ展開になってくれているが、吐き気のような気分の悪さを感じている。

 それでも、暁斗にはやるべきことがあった。今度はセリムの身に危険が迫っていることになり、セリムを助けなければならなくなっていた。

――ルーファスって言ったか?……ちゃんとセリムを守ってくれるんだよな?

 ずっとセリムの後をついてきていたルーファスは護衛であるが、動き出す様子がない。
 そこで予想外のことが起こり、セリムが剣を抜いて構えた。

――えっ!?セリムって弱いんじゃなかったか?

 一瞬、男たちは慌てた様子を見せた。

「な、なんだよ、俺たちとやり合う気か?」

 すぐに気持ちを落ち着けて短刀を構え直す二人。悪さを繰り返してきたと豪語しているだけのことはあり肝は据わっていそうだった。
 そして、構えた剣にも怯むことがなかったことで、セリムの剣はカタカタと震えているように見えた。

「おい、こいつビビってるぜ。……さっきまでの偉そうな態度はどうしたんだ?」

 おそらくリーダー格の男がセリムの様子を見て、躊躇うことなく腹に蹴りを入れてしまった。

「あっ!」

 助けに入ったとしても暁斗の顔を見られてしまうので、暁斗としては動くことができない。だが、この局面で傍観していたルーファスが行動を起こしてくれた。
 蹴りを入れられた痛みで四つん這いになり悶絶しているセリムを庇うようにルーファスが立ち塞がる。

 そこからは遠目で見ている暁斗では何が起こったのか分からない程に早く決着がついてしまった。
 セリムを蹴った男のみぞおちに拳を打ちつけて気絶させ、もう一人が斬りつけてきた短刀を余裕で躱し、腹に膝蹴りを入れて気絶させる。残る細身の男も短刀を取り出し突進してきたが、ルーファスは躱しながら男の首の後ろに手刀で打撃を加えて気を失わせてしまった。

「……すごっ。」

 言葉通り『あっ』という間の出来事でしかなかった。

――あんなにも強いなら、セリムが蹴られる前に助けることも出来たはず……。どうして、すぐに助けなかったんだ?

 セリムが危害を加えられるまで待っていたようにすら思えてしまう状況だった。護衛であればセリムに及ぶ僅かな危険も回避させなければならないはずが、ルーファスは違っていた。

 男三人が気絶させられた横には悶絶しているセリム。
 その中でルーファスは、怯えきった様子の女性に首を振って立ち去るように合図を送っていた。

「あの人を逃がすためにセリムも大人しくする必要があったのか……?でも、そのために護衛対象を危険に晒すのか?」

 女性はルーファスにお礼を言って、何度も躓きながら暁斗の隠れている角を通り過ぎて消えていった。

「セリム様、大丈夫ですか?」

 ルーファスの手を借りて、やっとのことでセリムは立ち上がった。

「……この役立たずが!……どうして、もっと早く助けなかったんだ!……クソが!」

 セリムが怒りに任せてルーファスを蹴りつけたが、身体が硬く足が上がらない。ルーファスの膝辺りを何度も蹴った。
 暁斗は先日お菓子を子どもたちに奪われた時にも同じようなシーンを見ていたように思い出す。

 ルーファスを何度か蹴った後、気絶して倒れている男たちも蹴っている。

「クソッ!クソッ!……クソッ!」

 セリムは三人を何度も蹴って『ハァ、ハァ、ハァ』と激しく息切れしてしまっている。
 しばらくして、セリムの呼吸が整うと、

「……せっかく楽しそうなことがあると思って来てみたのに、女にも逃げられるし!役立たずのせいで台無しだ!」

 そう言いながら、セリムの腹を蹴った男を踏みつけた。これにて一件落着となったはず。

――まずい、このままだと見つかる。

 暁斗も、のんびりとしてはいられなかった。セリムたちがここに留まる意味はなくなっている。
 メイアたちを待たせている場所で、一旦合流することにした。


「お疲れさまでした。……とにかく女性が無事で良かったです。」

 案の定、不機嫌そうな顔をしたメイアが待っていてくれた。ことの一部始終を把握しているのであれば、この表情も仕方ないかもしれない。

「……お待たせしました。」

 何一つ悪い事をしていない暁斗が申し訳ない気持ちになってしまう。アーシェは何が起こっているのか分からずに、ニコニコと眺めていた。

「それじゃぁ、帰りましょうか。」

 メイアとしても暁斗に八つ当たりはしたくない。セリムの評価が、これ以上ない程に落ちてしまっただけのことだった。

「ゴメン、もう少し待っててもらってもいいか?」

「えっ?……もう問題は解決したんですよね?」

「いや、まだ解決はしていない。」

 暁斗はセリムが立ち去ったことを確認して、まだ三人の男が気絶したままの場所を見つめた。
 その眼差しからメイアは何かを感じ取ったのかもしれない。

「……これ以上、アキトさんが関わることはないと思うんです。」

「もう手遅れだよ。俺は関わっちゃったんだからね。……大丈夫、すぐに戻ってくるから。」

 この世界で生きている人たちの問題かもしれないが、やり過ごしてしまうことは今の暁斗に出来なくなってしまっていた。
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