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第46話
しおりを挟むすっかり体調不良でなまけ癖がついてしまったのかもしれない。
朝を迎えて目を覚ますと、腕の中にいつもある愛しい熱はなくなっていた。がばり、と起き上がり辺りを見回すが、戸で閉められた部屋はがらんとしていた。
「エル…?」
まさか。昨日心配していたことが、と嫌な想像ばかりが頭を駆け巡る。
引き戸を急いで開けると、昨日と同じ光景があった。
「ママ、おはよう!」
椅子を引き寄せて、その上に立ち、鍋を混ぜているエリオンはつややかな頬を見せながら振り返った。くつくつと音を立てる鍋からは、おいしそうな湯気がたち、良い香りが部屋中に広がっている。
その横には、椅子に乗ったエリオンよりも頭二つ以上高い背の、同じ髪色の人が立っている。こちらに振り返り、青い瞳とぶつかると、どき、と身体が固まる。僕を認識すると、目を細めて、おはよう、とこの家にはなかった低い声が聞こえる。咄嗟のことで、唇を開いたが答えるべきなのかわからず、気恥ずかしさもあってかすれた吐息が漏れるだけだった。
「ロナとね、朝ごはんつくったの! 早くママも顔洗ってきて~」
いつも僕が寝起きのエリオンに声をかけるようなことを鍋を回しながらエリオンが楽しそうに言った。隣からローレンが調味料を何か付け足して、欠けたお椀をエリオンに渡す。その姿は、間違いなく親子だった。
「今日、ロナと一緒にいたい!」
卵と鶏肉のおじやをお腹いっぱい食べたエリオンは、すぐにローレンの膝の上に飛び乗り、そう言った。そこが自分の席だとわかっているような仕草だった。
「こ、こら、エリオン…」
「セリは」
彼の邪魔をしてはならない、と止めに入ろうと手を伸ばすが、その前に、思いがけず彼から声をかけられる。ぱち、と瞬きをする。
「セリは、今日、どうする」
「ぼ、僕は…」
深い青は僕をまっすぐに見つめる。背筋がぴんと伸びた美しい姿に緊張してしまう。視線をそらして、小さく答えた。
「薬草を、摘みに…」
「わかった」
しどろもどろに答えるが、一つ頷いた彼は、エリオンに向き直る。
「村の子たちが、エリオンがいないと、昨日悲しんでいたぞ。会いにいってあげてはどうだろうか」
「え~…」
唇を尖らせて渋るエリオンの頭をぽん、と撫でる。
「子どもたちの雪合戦、白熱していたぞ? きっとエリオンなら一番になれる」
その言葉に、きらん、と瞳を見開いて輝かせる。
「ロナ、夕方にもいる?」
「ああ、きっと」
彼はひっそりと微笑んだ後、僕を見上げる。エリオンは賢い子だ。その返事が何を意味しているのか察している。だから、決定権を持っている僕に、きらきらの眼差しを向けて、お願い、とねだるように小首をかしげて眉をひそめていた。そんな顔をされては、断ることはできない。
「エリオン…、これ以上、ローレンさんの邪魔をしては…」
「私がいたいから、ここにいるのだ」
すぐに返答が高い位置から返ってきて、エリオンに言い聞かせようとかがんでいたので見上げる。ローレンでさえも、眉をひそめて、強請る顔つきをしている。親子そっくりだ、とつい口角があがってしまった。首を縦に振るしかなかった。それから、二人はハイタッチをして喜びを共有していた。
(おかしなことになった…)
僕は今日、何度目かの溜め息をついた。数日空いてしまったから、体力が戻っていないから、雪道だから。様々な理由が重なった山道を歩いているから、だけではない。後ろから、さく、さく、と足音が続く。なぜか、僕の後ろに彼がいる。上等なコートの先に草木の雪をつけながら、黒革のブーツで器用に歩いている。背中には、僕の竹籠を背負っている。家を出る時に手に取ったら、先に背負われてしまった。家の前で、ついてこなくていいです、と伝えたのに、寂しそうな顔をしたうえで絶対に引き下がらない意思を見せてきて、ご近所さんたちが物珍しそうにこちらを見ていたから、仕方なく、僕が折れるしかなかった。
何を話せば良いかもわからずにただ黙々といつもの薬草のあるルートへと足を進める。聞きたいことも、聞かなければならないことも山のようにあるけれど、どれも言い出す勇気はなく、彼からの言葉を待つばかりだった。
坂道を登っていった先に、広い平野がある。雪に隠されているが、大体の薬草の棲息はこの数年で覚えがあった。雪は軽く払えば、葉が現れるくらいだった。それと、雪で冷えた木の実も持って帰る。甘みが増していて、おいしいのだ。彼は隣から、僕の指先を見つめていた。どうすれば良いかわからずに黙っていると、少し離れた場所で同じように、雪を払い、似た葉っぱをちぎっていた。
分厚い埃っぽいローブの下に着けた小さい腰籠に入れていく。彼のことをずっと気にしてしまう自分が嫌で、目の前の草木に夢中になるよう努める。しばらく無言で作業をしていると、腰籠があっという間にいっぱいになる。
振り返ると、竹籠にぽいぽいと草を入れている彼が数歩離れた場所にいた。僕が一息ついているのに気づいたのか、折った腰を伸ばしてこちらに近づいてくる。
目の前に立つと、見上げる高さに顔がある。どき、と鼓動が聞こえる。澄んだ青い瞳は僕を見下ろしてから、つや、と光り、逸らされた。背負っていた籠を腕に抱えなおして、僕に見せてくる。その…、と言葉を濁してから話しかけてくる。
「これで、あっているだろうか…」
ちら、と僕を見上げてくる仕草が、なんだかエリオンにかぶってしまって、無碍にすることができなかった。
彼が見せてきた籠の中に手を入れる。僕の摘んだものの半分程度の量だが、薬草摘みなどしたことのない彼が、一生懸命に付き合ってくれたということを思うと、胸の中に温かな灯が芽生える。いくつか、使える薬草もあったが、中には似た葉の形の毒草も紛れいて、その茎を摘まむ。
「これは、似ていますが毒草です…、ほら、手がかぶれている…」
籠を持つ指先に赤い斑点がぽつぽつとできていた。気づいたら、エリオンにするようにその手のひらを掬って包み、腰につけていた竹筒に入れた水をかけながら、患部を軽く撫でる。毒が落ちるように、と。
ローブの端の内側の布で水滴を吸わせる。包み直して、水で冷えてしまった指先に温度を分ける。
しかし、は、と僕は気づく。この指先は、丸くてふくふくとした子どものものではない。顔をあげると、長い睫毛に囲われた瞳を潤ませて、細めている。熱を帯びた視線に、ぎゅ、と喉がつまって声がでなくなる。急いで手を引こうとしたが、逆に掴まれてしまった。
「ご、ごめんなさ…」
「なぜ、出ていったのだ」
絞り出した謝罪が出たのに、彼はそれを押しつぶす勢いで声を出した。
(いけない)
頭は冷静にわかっているのに、一歩退こうとすると、詰められて身体が近づく。足元に、とさ、と音を立てて竹籠が落ちて、中の葉が白い雪の上に散らばる。両手で僕の手を握る。
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