陰日向から愛を馳せるだけで

麻田

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第1話






 その日は、よく晴れた日で、王都では祭りが行われていた。春灯祭という、春の訪れを祝うものだった気がする。

 普段生活している場所は、山と木々と動物しかいない。それに比べて、どこを見ても人で溢れていて、みんなが笑顔で活気に満ちている。
 見た事の無い模様の洋服や絨毯、繊細に光る宝石がところどころに出店として開かれていて、にぎやかで勝手に心が跳ねる。店の隙間を埋めるように、みっしりと色とりどりの花々が春を喜んでいた。
 商いをする父についていったそこは、はじめてのものばかりでどれも僕の好奇心を大いに刺激した。
 薄い花弁を幾重にも開き、大輪を咲かせる花々の束にうっとりと見惚れてしまう。僕のいる場所に咲く花は、ほとんどが小ぶりなものが多かった。こんなに大きな花が世の中にはあるのだ、と顔が綻んだ。
 風に乗って、ふわり、と甘い香りが漂った。花の香りのようで、それよりも恍惚とするような重い甘美な香り。なんとなしに、ふ、と気になって、振り返った。
 雑踏の隙間から、はっきりと、その人だけが僕の視界に映った。
 まっすぐに日差しを浴びて、美しい銀の髪はきらめき、つややかに靡く。
 すらりと長い手足に、小さい顔は神秘性すら感じた。
 はっきりとした目鼻立ちはまるで、さっきまで見ていた花のように美しい。
 空のように澄んだ青色の瞳と目が合うと、ぱちん、と耳の奥で何かがはじけるような音がした。
 彼と僕以外のものすべてがスローモーションに見えて、風に煽られて花びらが舞うと、ここは本で読んだ、神が住む世界なのかと思う。
 白い肌に映える潤んだ唇が、僕の名前を呼んだ気がした。
 心臓から聞いた事の無い音がして、全身が熱くなる。

 それが、生まれて初めての恋だった。







(あの時くらい、僕が何も知らなければ…)

 何もかもが新しく見えて、瑞々しく美しくて、輝いていた。

 そのままであれば、よかったのに。

 何度目の後悔になるのだろうか。
 あの頃から十年以上の時が経っている。
 その間に、僕は父が土地を借りている侯爵家に嫁ぐことに決まっていた。けれど、いつの間にか、その侯爵家がつぶれたか何かで、新しい侯爵家に父が囲われ、僕の嫁ぎ先はそこへと変わっていた。
 結婚式当日まで新しい領主と会うことはなく、いつか会った美しい少年と恋に落ちて結ばれることを空想しては、現実はそうならない自分を慰めていた。
 涙に濡れる夜をいくつか越して、とうとう訪れた結婚式は、幼い頃に父と共にきた王都で行われた。そこに、僕の旦那様、ローレンは住んでいた。
 真っ白な純白の花嫁衣裳は白すぎる僕の肌と一体となっていて不気味だった。それに相反して、真っ黒な長い髪の毛を隠すようにすべてベールについている帽子へと隠す。ベール越しに見える自分のはしばみ色の瞳はやけに大きく見えて、鼻や口が小さいから余計に異様に見える。
 大きなお屋敷の隣にある、純白で、ステンドグラスが色とりどりに日に透ける場で多くの人に拍手を受けながら、僕は旦那様の隣に立つ。被せられた薄いベール越しに、向き合って、白い手袋が、僕のレースに包まれた手を持ち上げる。結婚をしたものでしか、アルファとオメガの皮膚の接触は認められない法律が僕の素肌を守っていた。
 レースの上から、シルバーに光る細いリングがぴったりとはまる。いつ、サイズを調べたのだろうと不思議になるくらい、もとからそこにあったかのように馴染んだ。その後は、誓いのキスを交わす。
 視線をあげると、僕は目を見張る。そのとき、初めて僕は、僕の旦那様が、夢にまで見た彼なのだと知ったのだ。
 あの時、日に透かした銀色の美しく長い髪と、澄み切った泉の底を思わせるようなブルーの瞳。記憶の彼よりも美丈夫になった精悍な顔立ちだったが、絶対に僕が恋し、夢見た、彼だったのだ。
 今すぐにでも頭から下がるベールを取り去って、あの時会った僕なのだと主張したかった。神様が与えてくれたプレゼントなのだと涙さえ浮かんだ。
 僕と、その底の無い海のように真っ青な瞳が合うと、す、と細くなって、彼は前を向いてしまう。

(え…)

 つい先ほどまでの自分は、知らない男と一生を添い遂げることになる運命を呪っていたが、彼であるなら話は大幅に変わる。
 悪魔がやってくる合図かと思った鐘の音は、澄んだ祝福を宿すものに代わり、くすんだステンドグラスは幻想的な世界の輝きにさえ見える。
 誓いのキスに心騒いだ瞬間だった。彼は向きを変えて、先を進めるように神父に目で合図を送っている。神父が狼狽えているようで、僕が間違っているのかもしれないと思い、同じように前を向く。神父は眉をさげながらも、式を続けた。

 僕が知っていたものが間違っていたか、もしくは文化が違うのかもしれない。そう思い直して、その後に祝賀会も胸を高鳴らせていた。
 新婦は簡単に顔を見せてはならない。それが、ローレンの家のものから言われたしきたりだった。そのしきたり通り、僕は式中に身に着けていたベールのまま食べ物と祝い酒に溢れた会場の一番高いところに、ローレンと並んで座る。
 ちら、と何度目、何十回目となる、視線を送る。しかし、一度も、ローレンと僕の目が合うことはない。
 多くの大人たちが入れ替わり、祝いの言葉を述べにきた。新婦は軽々しく声を出してはならない。だから、軽く会釈をして答える。口下手な僕にはちょうど良いしきたりだった。ローレンは、冷たく見える目元通り、声も低くそっけなく感じられる。短い言葉でしか返さない。しかし、相手が気を悪くしているようではなかったから、いつもの彼なのかもしれない。
 けれど、その時の僕は何もかもがいきなりのことすぎて、考えが追いつかなかった。
 終始、彼は不機嫌だった。その理由は、ひとつしかなかった。

(僕は、望まれた相手ではないのだ…)

 そう気づくと、口づけを交わされなかった理由が、ばっちり当てはまる。

「セオドール!」

 別人かと思うほど、はりのある声でローレンが叫んだ。立ち上がった彼は、名前を呼んだ相手のもとへ歩を進めた。

「ローレン、結婚おめでとう」

 笑顔でローレンの大きな身体に抱きしめられたのは、ローレンよりもほんの少し背の低い、細身の女神だった。
 金に輝く繊細なロングヘア―はさらさらと音がするようだった。肌は陶器のように白く、ほんのりと桃色の頬と唇に色香が漂う。長い睫毛で縁どられた目元はすべてを吸い込んでしまいそうなほど、澄んで汚れを知らないエメラルドの瞳だった。その瞳に映ったローレンは、微笑んでいた。
 その瞬間に、がん、と思い切り、後頭部を殴られた衝撃が身体を襲った。
 あまりにも、お似合いすぎたのだ。
 ローレンに見合ったすらりとした長い手足と小さい頭。微笑むと薔薇が咲き誇るように可憐でいるのに、瞳には芯の強さがはっきりとあり、自立した大人であることがよくわかる。
 二人が立つと、銀髪のローレンと金髪のセオドールは宗教画のように美しい。
 今まで低く、一言、二言返す程度だった彼が、笑顔まで見せる相手。
 それは間違いなく、と見せつけられる。

(ローレンの、愛する人…)

 セオドールはローレン越しに僕を目に留めると、僕の前に長い脚であっという間にたどり着いて、膝を折って頭を伏せた。

「はじめまして、姫様。この度はご結婚、誠におめでとうございます」
「あ…っ」

 思わず声が出てしまった。急いで、ベール越しに口元に手を当てる。そんな僕の失態を上目で見上げて、にこりと微笑む。垂れた目元は甘く、笑みは幼子のように無邪気で愛くるしい。

「愛らしい姫様に来ていただけて、ローレンはしあわせ者ですね」

 無防備に褒めてくれる。その心の美しさにも、僕は背中に冷たいものを感じた。
 何もかもが、僕よりも勝っていた。
 そう言われて、セオドールはちらり、とローレンに視線をやった。それにつられて、目線をやると、ローレンは眉を寄せて、すぐに視線をそらした。まるで、目にもいれたくない、とでも言うように。

「ったく、不器用な男だ。そんなでは、姫様に愛想つかされてしまうぞ」

 セオドールはやれやれ、と溜め息をつきながら、言い放つ。恐れ多い一言に、僕は肩をすくめてしまうが、ローレンは腕を組んでそっぽを向いてしまった。
 どれだけ二人が対等で、心を許しあっているのかが伝わってきてしまう。じりじり、とうなじが疼く。

「ああ、俺も早くローレンの姫のように、美しい姫を頂戴したいものだ」

 この国では、花嫁とされるのは、オメガ性を持った者のみだった。そう発言する、ということは、セオドールはアルファ性の持ち主なのだということを示している。

「もういいだろう、セオドール」

 冷たく言い放つとローレンはセオドールの肩を叩き、向こうへと誘う。じゃあ姫様、また! 気さくに僕に手を振って、二人はワインの並んだテーブルへと移動してしまった。残された僕は独りぼっちで、祝いに満ちる騒然として空間が僕をさらに孤独の淵へと追いやった。

(僕は…)

 独りぼっちの世界で、僕は気づいてしまう。

(僕は、望まれていない)

 初恋のローレンには、むしろ、疎まれている。

(ローレンには、別に愛する人がいるから…)

 ただ、その相手はアルファの男性であって、この国の法律では結ばれることは許されていない。
 それは、子を成すことができないからだ。

 セオドールの肩を抱いて笑い合うローレンは、今日、はじめて見る、くだけた表情だった。

(あんなに、心を許している…)

 僕は、迎え入れた花嫁なのに、誓いのキスすらされなかった。唯一触れ合った、指輪に目線を落とすと、ぽた、と雫が落ちて、シルバーが小さく光った。ベールの下に流れる涙に気づく人は、誰もいない。





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