50 / 135
第50話.出征ノ前
しおりを挟む
中隊長室には各小隊の小隊長、そして私たちのように学校を卒業した者達が詰めていた。
なにやら慌ただしく動き回る将校達の中で、中隊長のみが椅子に座っている。
只事ではない。
そう、ついにこの時が来たのだ。出征だ。
明而四十年、四月。
かねてより動員されていた東北鎮台より第十一特設聯隊(とうほくちんだいだいじゅういちとくせつれんたい)も出征が決まった。
部隊は札幌より北上し、事実上占領状態にある雑居地北部のルシヤ人街「浦地衣歩似(ウラジイポニ)」の情勢を探り、可能であれば敵を排撃する。
もはや現地の情報網は寸断され、現況を把握するのは困難である。
彼の地は今は要塞化しているとも、ルシヤの船が物資を送り続けているとも、そう言った噂レベルの話は聞くが真偽は不明である。私に情報が入らないだけなのか、陸軍自体が情報を持っていないのか、それはわからない。
そして私は少尉に任官した。
配属は第二小隊のまま、仕事は天城(あまぎ)小隊長の補佐ということである。現地(ざっきょち)の地理に優れている事と、ルシヤ語ができると言うことでの采配らしい。
そして札幌を発つ日。
小銃(つつ)を持ち背嚢(はいのう)を背負い、世話になった校舎に挨拶をする。朝日の黄金に彩られた兵らが喇叭(ラッパ)の音で同時に出発した。
今は陸軍の施設である北部方面総合学校の門を出ると、日の丸の旗がずらりと並んでいた。
「「がんばれよー!」」
激励の声がそこかしこから聞こえてくる。
今日の出発は秘密に行われたはずなのだが。どこから漏れたか市民はすでに知っており、門の前で応援にと待ち構えていたのだろう。
手を振るわけにもいかず規則正しい行進を続ける兵達。しかし、その表情には喜びの色が浮かんでいた。
到着した駅でも、また歓迎を受けた。
今度は赤石校長を始め、岩木教諭(じゅうけんせんせい)に高尾教諭(ぎんのうで)ら学校で世話になった先生連中が揃っていたのだ。
汽車の汽笛をBGMに、学校では見たことのないような笑顔で迎えてくれた。
彼らは、北部方面総合学校卒の人間達に次々と声を掛けて激励の言葉を送っている。ああ学生生活も今となっては良い思い出だ。
また親類が近場にいる人間は、それらも来ているようだ。爺様には今日出発することは伝えていないし、私に会いに来てくれる人は居ないだろうが……。
「穂高様」
「えっ?」
意識の外から私を呼ぶ女の声が聞こえた。回れ右で身体をそちらの方へ向ける。すると珍しい人がそこに立っていた。
「あぁ明子(あきこ)さん。お久しぶりです」
「仰る通りですわ。お会いしとうございました」
相変わらずの和洋折衷、鮮やかな着物にブーツのいでたちであった。艶やかな長い髪が風に揺れる。いつぞや会った時より、随分と大人びて見えた。
「しかしどうしてここに?」
「それは……」
言いかけた時に、彼女の後ろから一人の男が現れた。
「明子、どうした。ああ穂高君か」
「お父様」
「赤石校長」
そう彼女は、まさかの校長の娘だった。
「お父様、この方が以前お世話になった穂高様ですわ」
「そうか。穂高君には私も世話になったよ」
「いや、とんでもないことです」
そうかね、などと言いながら彼は私の肩を叩く。「勝ってこいよ」と二言三言、言葉を頂戴した。
「ところで娘とは仲良くしてくれているのかね」
「はい。いえ、以前数回お目にかかっただけで」
正直に答えると、それを遮るように大きく笑い始めた。
「ハッハッハ。いや、穂高君であれば娘を任せられるよ。私も肩の荷が降りた」
「いえ、そんな。……えっ?」
「まぁ、お父様ったら」
何か良い雰囲気である。当の私は狐につままれた思いだが。なぜこうなった。
その時。
もう一度汽笛が大きく鳴り、「乗車!」と号令がかけられた。名残惜しいが、どうやら時間らしい。
「どうかお元気で、手紙をお送りしますわ」
「それは是非。では、また」
そう言って汽車に乗り込んだ。黒い制服達が、決められた席に着いていく。
さあ「出征ノ時」だ。
なにやら慌ただしく動き回る将校達の中で、中隊長のみが椅子に座っている。
只事ではない。
そう、ついにこの時が来たのだ。出征だ。
明而四十年、四月。
かねてより動員されていた東北鎮台より第十一特設聯隊(とうほくちんだいだいじゅういちとくせつれんたい)も出征が決まった。
部隊は札幌より北上し、事実上占領状態にある雑居地北部のルシヤ人街「浦地衣歩似(ウラジイポニ)」の情勢を探り、可能であれば敵を排撃する。
もはや現地の情報網は寸断され、現況を把握するのは困難である。
彼の地は今は要塞化しているとも、ルシヤの船が物資を送り続けているとも、そう言った噂レベルの話は聞くが真偽は不明である。私に情報が入らないだけなのか、陸軍自体が情報を持っていないのか、それはわからない。
そして私は少尉に任官した。
配属は第二小隊のまま、仕事は天城(あまぎ)小隊長の補佐ということである。現地(ざっきょち)の地理に優れている事と、ルシヤ語ができると言うことでの采配らしい。
そして札幌を発つ日。
小銃(つつ)を持ち背嚢(はいのう)を背負い、世話になった校舎に挨拶をする。朝日の黄金に彩られた兵らが喇叭(ラッパ)の音で同時に出発した。
今は陸軍の施設である北部方面総合学校の門を出ると、日の丸の旗がずらりと並んでいた。
「「がんばれよー!」」
激励の声がそこかしこから聞こえてくる。
今日の出発は秘密に行われたはずなのだが。どこから漏れたか市民はすでに知っており、門の前で応援にと待ち構えていたのだろう。
手を振るわけにもいかず規則正しい行進を続ける兵達。しかし、その表情には喜びの色が浮かんでいた。
到着した駅でも、また歓迎を受けた。
今度は赤石校長を始め、岩木教諭(じゅうけんせんせい)に高尾教諭(ぎんのうで)ら学校で世話になった先生連中が揃っていたのだ。
汽車の汽笛をBGMに、学校では見たことのないような笑顔で迎えてくれた。
彼らは、北部方面総合学校卒の人間達に次々と声を掛けて激励の言葉を送っている。ああ学生生活も今となっては良い思い出だ。
また親類が近場にいる人間は、それらも来ているようだ。爺様には今日出発することは伝えていないし、私に会いに来てくれる人は居ないだろうが……。
「穂高様」
「えっ?」
意識の外から私を呼ぶ女の声が聞こえた。回れ右で身体をそちらの方へ向ける。すると珍しい人がそこに立っていた。
「あぁ明子(あきこ)さん。お久しぶりです」
「仰る通りですわ。お会いしとうございました」
相変わらずの和洋折衷、鮮やかな着物にブーツのいでたちであった。艶やかな長い髪が風に揺れる。いつぞや会った時より、随分と大人びて見えた。
「しかしどうしてここに?」
「それは……」
言いかけた時に、彼女の後ろから一人の男が現れた。
「明子、どうした。ああ穂高君か」
「お父様」
「赤石校長」
そう彼女は、まさかの校長の娘だった。
「お父様、この方が以前お世話になった穂高様ですわ」
「そうか。穂高君には私も世話になったよ」
「いや、とんでもないことです」
そうかね、などと言いながら彼は私の肩を叩く。「勝ってこいよ」と二言三言、言葉を頂戴した。
「ところで娘とは仲良くしてくれているのかね」
「はい。いえ、以前数回お目にかかっただけで」
正直に答えると、それを遮るように大きく笑い始めた。
「ハッハッハ。いや、穂高君であれば娘を任せられるよ。私も肩の荷が降りた」
「いえ、そんな。……えっ?」
「まぁ、お父様ったら」
何か良い雰囲気である。当の私は狐につままれた思いだが。なぜこうなった。
その時。
もう一度汽笛が大きく鳴り、「乗車!」と号令がかけられた。名残惜しいが、どうやら時間らしい。
「どうかお元気で、手紙をお送りしますわ」
「それは是非。では、また」
そう言って汽車に乗り込んだ。黒い制服達が、決められた席に着いていく。
さあ「出征ノ時」だ。
1
あなたにおすすめの小説
わたしの下着 母の私をBBA~と呼ぶことのある息子がまさか...
MisakiNonagase
青春
39才の母・真知子は息子が私の下着を持ち出していることに気づいた。
ネットで同様の事象がないか調べると、案外多いようだ。
さて、真知子は息子を問い詰める? それとも気づかないふりを続けてあげるか?
百合ランジェリーカフェにようこそ!
楠富 つかさ
青春
主人公、下条藍はバイトを探すちょっと胸が大きい普通の女子大生。ある日、同じサークルの先輩からバイト先を紹介してもらうのだが、そこは男子禁制のカフェ併設ランジェリーショップで!?
ちょっとハレンチなお仕事カフェライフ、始まります!!
※この物語はフィクションであり実在の人物・団体・法律とは一切関係ありません。
表紙画像はAIイラストです。下着が生成できないのでビキニで代用しています。
どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~
さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」
あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。
弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。
弟とは凄く仲が良いの!
それはそれはものすごく‥‥‥
「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」
そんな関係のあたしたち。
でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥
「うそっ! お腹が出て来てる!?」
お姉ちゃんの秘密の悩みです。
中1でEカップって巨乳だから熱く甘く生きたいと思う真理(マリー)と小説家を目指す男子、光(みつ)のラブな日常物語
jun( ̄▽ ̄)ノ
大衆娯楽
中1でバスト92cmのブラはEカップというマリーと小説家を目指す男子、光の日常ラブ
★作品はマリーの語り、一人称で進行します。
日本新世紀ー日本の変革から星間連合の中の地球へー
黄昏人
SF
現在の日本、ある地方大学の大学院生のPCが化けた!
あらゆる質問に出してくるとんでもなくスマートで完璧な答え。この化けたPC“マドンナ”を使って、彼、誠司は核融合発電、超バッテリーとモーターによるあらゆるエンジンの電動化への変換、重力エンジン・レールガンの開発・実用化などを通じて日本の経済・政治状況及び国際的な立場を変革していく。
さらに、こうしたさまざまな変革を通じて、日本が主導する地球防衛軍は、巨大な星間帝国の侵略を跳ね返すことに成功する。その結果、地球人類はその星間帝国の圧政にあえいでいた多数の歴史ある星間国家の指導的立場になっていくことになる。
この中で、自らの進化の必要性を悟った人類は、地球連邦を成立させ、知能の向上、他星系への植民を含む地球人類全体の経済の底上げと格差の是正を進める。
さらには、マドンナと誠司を擁する地球連邦は、銀河全体の生物に迫る危機の解明、撃退法の構築、撃退を主導し、銀河のなかに確固たる地位を築いていくことになる。
四代目 豊臣秀勝
克全
歴史・時代
アルファポリス第5回歴史時代小説大賞参加作です。
読者賞を狙っていますので、アルファポリスで投票とお気に入り登録してくださると助かります。
史実で三木城合戦前後で夭折した木下与一郎が生き延びた。
秀吉の最年長の甥であり、秀長の嫡男・与一郎が生き延びた豊臣家が辿る歴史はどう言うモノになるのか。
小牧長久手で秀吉は勝てるのか?
朝日姫は徳川家康の嫁ぐのか?
朝鮮征伐は行われるのか?
秀頼は生まれるのか。
秀次が後継者に指名され切腹させられるのか?
甲斐ノ副将、八幡原ニテ散……ラズ
朽縄咲良
歴史・時代
【第8回歴史時代小説大賞奨励賞受賞作品】
戦国の雄武田信玄の次弟にして、“稀代の副将”として、同時代の戦国武将たちはもちろん、後代の歴史家の間でも評価の高い武将、武田典厩信繁。
永禄四年、武田信玄と強敵上杉輝虎とが雌雄を決する“第四次川中島合戦”に於いて討ち死にするはずだった彼は、家臣の必死の奮闘により、その命を拾う。
信繁の生存によって、甲斐武田家と日本が辿るべき歴史の流れは徐々にずれてゆく――。
この作品は、武田信繁というひとりの武将の生存によって、史実とは異なっていく戦国時代を書いた、大河if戦記である。
*ノベルアッププラス・小説家になろうにも、同内容の作品を掲載しております(一部差異あり)。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる