49 / 135
第49話.咖喱
しおりを挟む
昼飯前の、良く晴れたある日。
今日も朝から喇叭(ラッパ)の鳴るのに任せて起きて、訓練して、ようやく一息ついたところだ。
しっかり小石の取り除かれた体操場で、立ったまま休憩していると、三輪二等卒が目の前にやってきた。おい言ってみろ、と声をかけてやる。
「東北鎮台第十一特設聯隊第一大隊第三中隊第二小隊であります!」
「ウン」
三輪二等卒の得意気な声に短く返事を返した。ちなみに彼はこのフレーズを覚えるのに二週間かかった。万事に物覚えが悪いというわけではなさそうだが、とにかく所属は覚えようとしなかった。
「よく覚えたな」
「へへっ、まぁ」
労ってやると、横から国見二等卒が顔をのぞかせた。
「三輪二等卒は、今日昼飯にライスカレーって言うのが食えるらしいんで張り切ってるんですよ」
「うるせえ!」
「そうか今日はカレーか……」
カレー。
そういえば前世では良く食べていたが、こちらに来てからはさっぱりだったな。目線を斜め上に、ゆるりと流れる薄い雲を目玉が追いかける。
古い出来事を思い出す時に、空を見るのは何故だろうな。
「教官殿は食した経験がおありですか?」
「ああ。いや、ないな」
「なんでも雑居地で採れる西洋野菜がピッタリだって言うので、炊事班長殿が張り切っておりました」
朝から妙にそわそわしている者が多かったのはそのせいか。
「そうか。楽しみだな」
「もう飯時に喧嘩するなよ」
「「はい」」
件のカレーは美味かった。食欲をそそる香りが鼻腔をくすぐる。皆こぞって舐めるように食べてしまったので、おわんがピカピカである。
「これは美味い!陸軍に入ってから飯が上等なので口が肥えてきたが、それでもこりゃ一番だな!」
「母ちゃんにも食わせてやりたかったなあ」
泣かせることを言っているやつもいる。
誰も彼もが、満足に食えるような裕福な家の出ではない。むしろそうでない場合の方が多いのかもしれない。
いつの時代も飯が食えるので従軍するというのは、志望動機として良くあることだ。
食後の一休みをしているところに三輪が帰って来た。今日は彼が配膳当番である。
「なぁ食缶返しに行ったら、鬼の炊事班長に褒められたよ。そんで、いつもこれくらい綺麗に食えってよ」
「あの飯炊き軍曹が褒めるのは中々ないな。俺ぁ飯粒が残ってるってんで、こんなしゃもじでビンタされた事があるぞ」
「……あるわ。料理は美味いが、頭が不味いんだよアイツ。俺より短気だぜ」
「お前は良い勝負だよ」
「なんだと!」
兵達がガヤガヤと昼休みを満喫している。若い男達が一箇所に集められて、上品な話なんぞする訳がない。
およそ愚痴大会か、博打か女の話である。
その時、廊下からぬっと顔を出した男が声をかけてきた。
「おい、穂高!中隊長室に集合だ!」
「吾妻?なんだ騒々しい」
あの同期の吾妻だ。同じ三中隊に配属したのだが、あまり顔を合わせることはない。久しぶりに話すのだが挨拶も何もない、急いでいるようすが伺える。
「おう、ついに来たらしい!」
「そうか。今行く」
そう言って立ち上がった。
今日も朝から喇叭(ラッパ)の鳴るのに任せて起きて、訓練して、ようやく一息ついたところだ。
しっかり小石の取り除かれた体操場で、立ったまま休憩していると、三輪二等卒が目の前にやってきた。おい言ってみろ、と声をかけてやる。
「東北鎮台第十一特設聯隊第一大隊第三中隊第二小隊であります!」
「ウン」
三輪二等卒の得意気な声に短く返事を返した。ちなみに彼はこのフレーズを覚えるのに二週間かかった。万事に物覚えが悪いというわけではなさそうだが、とにかく所属は覚えようとしなかった。
「よく覚えたな」
「へへっ、まぁ」
労ってやると、横から国見二等卒が顔をのぞかせた。
「三輪二等卒は、今日昼飯にライスカレーって言うのが食えるらしいんで張り切ってるんですよ」
「うるせえ!」
「そうか今日はカレーか……」
カレー。
そういえば前世では良く食べていたが、こちらに来てからはさっぱりだったな。目線を斜め上に、ゆるりと流れる薄い雲を目玉が追いかける。
古い出来事を思い出す時に、空を見るのは何故だろうな。
「教官殿は食した経験がおありですか?」
「ああ。いや、ないな」
「なんでも雑居地で採れる西洋野菜がピッタリだって言うので、炊事班長殿が張り切っておりました」
朝から妙にそわそわしている者が多かったのはそのせいか。
「そうか。楽しみだな」
「もう飯時に喧嘩するなよ」
「「はい」」
件のカレーは美味かった。食欲をそそる香りが鼻腔をくすぐる。皆こぞって舐めるように食べてしまったので、おわんがピカピカである。
「これは美味い!陸軍に入ってから飯が上等なので口が肥えてきたが、それでもこりゃ一番だな!」
「母ちゃんにも食わせてやりたかったなあ」
泣かせることを言っているやつもいる。
誰も彼もが、満足に食えるような裕福な家の出ではない。むしろそうでない場合の方が多いのかもしれない。
いつの時代も飯が食えるので従軍するというのは、志望動機として良くあることだ。
食後の一休みをしているところに三輪が帰って来た。今日は彼が配膳当番である。
「なぁ食缶返しに行ったら、鬼の炊事班長に褒められたよ。そんで、いつもこれくらい綺麗に食えってよ」
「あの飯炊き軍曹が褒めるのは中々ないな。俺ぁ飯粒が残ってるってんで、こんなしゃもじでビンタされた事があるぞ」
「……あるわ。料理は美味いが、頭が不味いんだよアイツ。俺より短気だぜ」
「お前は良い勝負だよ」
「なんだと!」
兵達がガヤガヤと昼休みを満喫している。若い男達が一箇所に集められて、上品な話なんぞする訳がない。
およそ愚痴大会か、博打か女の話である。
その時、廊下からぬっと顔を出した男が声をかけてきた。
「おい、穂高!中隊長室に集合だ!」
「吾妻?なんだ騒々しい」
あの同期の吾妻だ。同じ三中隊に配属したのだが、あまり顔を合わせることはない。久しぶりに話すのだが挨拶も何もない、急いでいるようすが伺える。
「おう、ついに来たらしい!」
「そうか。今行く」
そう言って立ち上がった。
1
あなたにおすすめの小説
どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~
さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」
あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。
弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。
弟とは凄く仲が良いの!
それはそれはものすごく‥‥‥
「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」
そんな関係のあたしたち。
でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥
「うそっ! お腹が出て来てる!?」
お姉ちゃんの秘密の悩みです。
中1でEカップって巨乳だから熱く甘く生きたいと思う真理(マリー)と小説家を目指す男子、光(みつ)のラブな日常物語
jun( ̄▽ ̄)ノ
大衆娯楽
中1でバスト92cmのブラはEカップというマリーと小説家を目指す男子、光の日常ラブ
★作品はマリーの語り、一人称で進行します。
百合ランジェリーカフェにようこそ!
楠富 つかさ
青春
主人公、下条藍はバイトを探すちょっと胸が大きい普通の女子大生。ある日、同じサークルの先輩からバイト先を紹介してもらうのだが、そこは男子禁制のカフェ併設ランジェリーショップで!?
ちょっとハレンチなお仕事カフェライフ、始まります!!
※この物語はフィクションであり実在の人物・団体・法律とは一切関係ありません。
表紙画像はAIイラストです。下着が生成できないのでビキニで代用しています。
本能寺からの決死の脱出 ~尾張の大うつけ 織田信長 天下を統一す~
bekichi
歴史・時代
戦国時代の日本を背景に、織田信長の若き日の物語を語る。荒れ狂う風が尾張の大地を駆け巡る中、夜空の星々はこれから繰り広げられる壮絶な戦いの予兆のように輝いている。この混沌とした時代において、信長はまだ無名であったが、彼の野望はやがて天下を揺るがすことになる。信長は、父・信秀の治世に疑問を持ちながらも、独自の力を蓄え、異なる理想を追求し、反逆者とみなされることもあれば期待の星と讃えられることもあった。彼の目標は、乱世を統一し平和な時代を創ることにあった。物語は信長の足跡を追い、若き日の友情、父との確執、大名との駆け引きを描く。信長の人生は、斎藤道三、明智光秀、羽柴秀吉、徳川家康、伊達政宗といった時代の英傑たちとの交流とともに、一つの大きな物語を形成する。この物語は、信長の未知なる野望の軌跡を描くものである。
ヤンデレ美少女転校生と共に体育倉庫に閉じ込められ、大問題になりましたが『結婚しています!』で乗り切った嘘のような本当の話
桜井正宗
青春
――結婚しています!
それは二人だけの秘密。
高校二年の遙と遥は結婚した。
近年法律が変わり、高校生(十六歳)からでも結婚できるようになっていた。だから、問題はなかった。
キッカケは、体育倉庫に閉じ込められた事件から始まった。校長先生に問い詰められ、とっさに誤魔化した。二人は退学の危機を乗り越える為に本当に結婚することにした。
ワケありヤンデレ美少女転校生の『小桜 遥』と”新婚生活”を開始する――。
*結婚要素あり
*ヤンデレ要素あり
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる