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第52話.偵察
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雑居地官営鉄道の北限、平成でいう旭川辺り。その付近に設営された聯隊(れんたい)本部を離れて私はなおも北上した。
そう、私を含む第三中隊の百三十八名は、ルシヤ帝国の影響下にあるであろう地域にまで進出し、その実情を探るのが使命である。
どの程度ルシヤ兵が駐屯しているのか、また武装しているのであれば、その規模を調査して把握するのだ。
天気の良い陽気な空の下を、二列縦隊でせっせと歩く。
この時代、とにかく日本人は歩く事が多かった。生きる事は歩く事であり、それを苦にする者は少ない。
三十キログラムを超える装備を身に付けてもなお、明るく進んでいくのは頼もしい限りである。
二日目の昼すぎ、隣を歩く天城小隊長が言った。
「穂高。野宿は平気か?俺はどうも節々が痛くていかん」
「平気でもないですが、慣れてはいます。山奥育ちなので」
「そんなものか?」
ざっざっと砂を蹴りながら歩く。再び天城小隊長が口を開いた。
「今日は民間の家に世話になる予定だ」
「進路沿いの村落ですか。ゆっくりですね」
進軍の速度は、ずいぶんゆっくりだ。兵が疲れぬように配慮してか、小休止を入れながらの余裕を持ったスケジュールである。
「うん。ルシヤの影はないし、中隊長殿も今回の任務の肝は浦地衣歩似(ウラジイポニ)近郊だと考えておられる。いたずらに消耗せんようにとのことだろう」
そしてしばらく歩いて、小休止。
兵たちは各々腰を下ろして休むが、天城小隊長はそうはしない。彼が皆と居る時に座って居る姿は見たことがないほどだ。
すっと背筋を伸ばしたまま立っている姿は、とても好感の持てるものだ。彼は尊い生まれであるという噂だが、噂は本当かもしれん。
天城小隊長がうららかなお天道様を見上げて、うっすらと目を細めて言った。
「日があるうちは良いが、やはり四月とはいえ朝夕は冷え込むからな。民間の家を借りられるならば、雨風しのげる屋根がありがたい」
「そうですね。日中との寒暖差も大きい、風邪をひかんようにしてください」
「うん。しかし、ふふ、はははっ」
おもむろに上を向いたと思うと、天城小隊長が笑い始めた。
「小隊長殿?」
「いやすまん。今こそ戦場に向かわんという武士(もののふ)が揃って風邪の心配かと思うとおかしくてな」
「しかし体調管理も任務のうちですからね」
「ははははっ、そうだな」
そんなたわいのない話をしながら、歩いていった。
そうして夕刻。
日が西の空に沈みかけた頃に、予定の村落に到着した。しかし様子がおかしい、出迎えの人間も居ないし、静かすぎる。
「小隊長殿。これはどうもおかしいですね」
「うん。よし二小隊止まれ」
「「二小隊止まれ!」」
小隊長の指示を復唱する。訓練された兵らは号令に忠実に、足を止めた。すぐに小隊長が私に顔を近づけて、他に聞こえないくらいの音量で言った。
「前方の中隊長殿の指示を仰ぐ。ここを頼んだ。
そうして天城小隊長は歩いて行った。どうやら中隊長も違和感を覚えたようで、足を止めて何か考えているようだ。
「よし第二小隊!荷物は下ろすなよ、全員そのまま付近を警戒しろ。動くモノがあれば報告せよ」
……
「全ての屋敷が無人である」
十分程経って、ゆっくり歩いてきた天城小隊長がそう言った。
屋敷が無人と言ったのか。村に人が居ないという意味か、しかし何故だ。
「無人ですか?」
「ああ、もぬけの殻だ。人っ子ひとりいない」
「ルシヤの罠でしょうか?」
異様な状況だ。
立ち寄る予定の村の人間が消えているというのは、何かの意思が関与していると見て良いだろう。今考えられるのは、ルシヤに誘い込まれてしまった、ということではないのか。
「いや、どうかな、略奪されたような痕跡も争った跡もない。まるでそう、村丸ごと神隠しにでもあったような感じであったが……」
しかし、実際に村を見た小隊長の受け取った感覚はまた違うようだ。
兵らに悟られぬように努めて冷静に振舞ってはいるが、予想外の出来事に士官連中は混乱している。私も心穏やかではいられない。
小隊長は一拍置くと、私に向き直って続けた。
「なんにせよ中隊長殿は、ここで予定通り一泊させるつもりだ」
「それはあまりにも危険ではないでしょうか。予定通りというのはそうですが、前提が違う」
「そうだな。しかし危険ではあるだろうが、それは野営でも同じだろう。見張りはしっかり立てねばならんだろうが」
「決定ですか?」
「……決定だな。中隊長殿は、この村はルシヤと関係なく何らかの原因で廃村となった、そう見ている」
ふうっと一息、茜色の空を見あげた。
この時間から野営地を探して設営するよりは、無人の民間を拝借する方が良いのか。
「あまり騒ぐなよ、兵に動揺が伝わってはならんからな」
「はい。初めから廃村を利用する手筈であった、という事ですね」
「そうだ」
これがルシヤの罠であれば、我々など一たまりもないだろう。そうでは無いことを祈りつつ、私も今出来ることをしよう。
そう、私を含む第三中隊の百三十八名は、ルシヤ帝国の影響下にあるであろう地域にまで進出し、その実情を探るのが使命である。
どの程度ルシヤ兵が駐屯しているのか、また武装しているのであれば、その規模を調査して把握するのだ。
天気の良い陽気な空の下を、二列縦隊でせっせと歩く。
この時代、とにかく日本人は歩く事が多かった。生きる事は歩く事であり、それを苦にする者は少ない。
三十キログラムを超える装備を身に付けてもなお、明るく進んでいくのは頼もしい限りである。
二日目の昼すぎ、隣を歩く天城小隊長が言った。
「穂高。野宿は平気か?俺はどうも節々が痛くていかん」
「平気でもないですが、慣れてはいます。山奥育ちなので」
「そんなものか?」
ざっざっと砂を蹴りながら歩く。再び天城小隊長が口を開いた。
「今日は民間の家に世話になる予定だ」
「進路沿いの村落ですか。ゆっくりですね」
進軍の速度は、ずいぶんゆっくりだ。兵が疲れぬように配慮してか、小休止を入れながらの余裕を持ったスケジュールである。
「うん。ルシヤの影はないし、中隊長殿も今回の任務の肝は浦地衣歩似(ウラジイポニ)近郊だと考えておられる。いたずらに消耗せんようにとのことだろう」
そしてしばらく歩いて、小休止。
兵たちは各々腰を下ろして休むが、天城小隊長はそうはしない。彼が皆と居る時に座って居る姿は見たことがないほどだ。
すっと背筋を伸ばしたまま立っている姿は、とても好感の持てるものだ。彼は尊い生まれであるという噂だが、噂は本当かもしれん。
天城小隊長がうららかなお天道様を見上げて、うっすらと目を細めて言った。
「日があるうちは良いが、やはり四月とはいえ朝夕は冷え込むからな。民間の家を借りられるならば、雨風しのげる屋根がありがたい」
「そうですね。日中との寒暖差も大きい、風邪をひかんようにしてください」
「うん。しかし、ふふ、はははっ」
おもむろに上を向いたと思うと、天城小隊長が笑い始めた。
「小隊長殿?」
「いやすまん。今こそ戦場に向かわんという武士(もののふ)が揃って風邪の心配かと思うとおかしくてな」
「しかし体調管理も任務のうちですからね」
「ははははっ、そうだな」
そんなたわいのない話をしながら、歩いていった。
そうして夕刻。
日が西の空に沈みかけた頃に、予定の村落に到着した。しかし様子がおかしい、出迎えの人間も居ないし、静かすぎる。
「小隊長殿。これはどうもおかしいですね」
「うん。よし二小隊止まれ」
「「二小隊止まれ!」」
小隊長の指示を復唱する。訓練された兵らは号令に忠実に、足を止めた。すぐに小隊長が私に顔を近づけて、他に聞こえないくらいの音量で言った。
「前方の中隊長殿の指示を仰ぐ。ここを頼んだ。
そうして天城小隊長は歩いて行った。どうやら中隊長も違和感を覚えたようで、足を止めて何か考えているようだ。
「よし第二小隊!荷物は下ろすなよ、全員そのまま付近を警戒しろ。動くモノがあれば報告せよ」
……
「全ての屋敷が無人である」
十分程経って、ゆっくり歩いてきた天城小隊長がそう言った。
屋敷が無人と言ったのか。村に人が居ないという意味か、しかし何故だ。
「無人ですか?」
「ああ、もぬけの殻だ。人っ子ひとりいない」
「ルシヤの罠でしょうか?」
異様な状況だ。
立ち寄る予定の村の人間が消えているというのは、何かの意思が関与していると見て良いだろう。今考えられるのは、ルシヤに誘い込まれてしまった、ということではないのか。
「いや、どうかな、略奪されたような痕跡も争った跡もない。まるでそう、村丸ごと神隠しにでもあったような感じであったが……」
しかし、実際に村を見た小隊長の受け取った感覚はまた違うようだ。
兵らに悟られぬように努めて冷静に振舞ってはいるが、予想外の出来事に士官連中は混乱している。私も心穏やかではいられない。
小隊長は一拍置くと、私に向き直って続けた。
「なんにせよ中隊長殿は、ここで予定通り一泊させるつもりだ」
「それはあまりにも危険ではないでしょうか。予定通りというのはそうですが、前提が違う」
「そうだな。しかし危険ではあるだろうが、それは野営でも同じだろう。見張りはしっかり立てねばならんだろうが」
「決定ですか?」
「……決定だな。中隊長殿は、この村はルシヤと関係なく何らかの原因で廃村となった、そう見ている」
ふうっと一息、茜色の空を見あげた。
この時間から野営地を探して設営するよりは、無人の民間を拝借する方が良いのか。
「あまり騒ぐなよ、兵に動揺が伝わってはならんからな」
「はい。初めから廃村を利用する手筈であった、という事ですね」
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