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第53話.無人
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中隊長の指示の下、人気(ひとけ)のない村の内外をくまなく探索する。
放棄されて久しいのだろうか、生活の匂いは感じられないし、屋敷の近辺にも雑草が生え放題である。一体なぜ村が捨てられたのか、それだけが引っかかる。
村の周囲の確認に出た兵の報告では、村の外も特段変わった点はなかったということであった。
「おい穂高、この穴は何だと思う?」
小隊長が、ある家の壁に小さな穴が空いているのを発見した。彼は小銃の先をその穴に向けて、私にそう聞いた。
「小動物の通り道でしょう。先程はキツネの足跡もありました。彼らの寝床になっている屋敷もあるかもしれません」
「そうか」
「少なくとも人為的なものではなさそうですが」
「うん」
全ての建物を見て回ったが、やはり人の気配はない。また食料などは米粒一つ残ってはいなかった。
しかし井戸は生きているらしい、井戸底を調査してから毒がないか調べるそうだ。うまくいけば水の補給はできそうだ。
また近くには牧場のような施設があった。馬小屋のようであったので、馬を飼育していたのかもしれない。
しかし、それもまた打ち捨てられているようで今は何も居ない。
ただその周りを囲むように張り巡らされた有刺鉄線だけが、風に鳴いていた。それは、守るべきものがなくなったのを哀しんでいるようでもあった。
十分に付近を調査したころ、中隊長の呼び出しによって士官が皆、その前に集まった。
次々と持ち場の調査報告をしていく。
中隊長は煙草を吹かしながら、黙ってそれを聞いている。
結果はやはり、全くの無人であること。
そして、差し当たっての危険はなさそうであるということであった。そこで改めて中隊長より、ここの家を借り上げて一泊するように命令が下された。適宜十人ほどのグループに分かれて宿泊することとなった。
その夜。
隙間風がひゅうと響く屋敷に、私以下八名の兵が詰めていた。囲炉裏の火だけを頼りに、黄色く照らされた顔が並んでいる。
そこで、兵らが雑談を交わしていた。
「なぜこの村が、廃村になったのか知っているか?」
「何だよいきなり」
「俺あ知ってるんだ」
そう一人の兵が言った。まさか、この村の事情を知っている者がいたとは。詳しく話せと命令する。
「はい、わかりました」
「聞かせてくれ」
「実は俺も聞いた話なんですが」と前置きをして、背筋を伸ばしてからぽつりぽつりと話し始めた。
「昔、昔の事なんですが。この村には弥吉という男がおって、彼はお雪という妻を取って若い夫婦で農家をしておったわけです」
「うん」
「うん、うん」
娯楽も話題もない男達は、「何か始まったぞ」と話し始めた彼を取り囲んで静かに聞いている。
「弥吉とお雪は貧乏ながらも、幸せに暮らしとった。それでね、ある時子供が産まれたんです。なかなかできなかった、待望の子供だってことで非常に喜んでおったんですよ」
「しかし、なかなか良い事は続かないもので、お雪は産後調子を崩す事が多くなって段々家で寝ている日が増えていったんです」
「乳飲み子と、ふせっている妻を抱えて、それでも弥吉は赤子を背負いながら頑張って米を作りおったわけです」
「なんとか、いよいよ穂が垂れて収穫だ。という時にイナゴって、虫が大発生しましてね。弥吉の稲が全部喰っちまわれたんですよ」
「そこでピーンと張っていた、弥吉の線が切れちまったんですね。もうその日から田んぼで赤子をおんぶした弥吉の姿は、誰も見なくなったんです」
「弥吉は田んぼにはいかないけども、お雪にご飯を食わせておったんです。それである時、お雪は聞いた訳です。あんた、お米は沢山取れたんか」
「いいや。イナゴに全部やられた」
「あんた、このお米のご飯はどうしたんだい?」
「弥吉は答えない。そこでもう一つ、お雪は聞いた」
「あんた、子供をどこへやったんだ」
「その日から村では弥吉とお雪の姿を見ることは無くなったのです。それだけでない。そのあと、不思議なことに一人、二人と村から人が消えていって……」
「気づけば、今のように。誰も居なくなったと言うことです」
ぼそりぼそりと喋る中に、手振り身振りを入れて謎の怪談を話すこの男。
気がつくと私の左右では図体の大きな兵隊たちが黙って固まっていた。中には涙ぐんでいる者もいる。
「いや。聞きたいのはそういう事ではなくて」
「少尉殿、これは本当の話なんです」
「……うん、そうか。まあいい」
はぁ、と誰にとも何にとも言えない溜息をついた。囲炉裏に目を落とすと、煙草の吸殻が小山を作っている。
「さあもう消灯だ。明日は早いぞ、眠れる時に眠っておけよ」
「「はい」」
気を取り直して、兵らを休ませる。
明日は橋を越え、山を越えルシヤ軍の影響下にあるだろうエリアまで進行する予定だ。
明日に備えよう。
放棄されて久しいのだろうか、生活の匂いは感じられないし、屋敷の近辺にも雑草が生え放題である。一体なぜ村が捨てられたのか、それだけが引っかかる。
村の周囲の確認に出た兵の報告では、村の外も特段変わった点はなかったということであった。
「おい穂高、この穴は何だと思う?」
小隊長が、ある家の壁に小さな穴が空いているのを発見した。彼は小銃の先をその穴に向けて、私にそう聞いた。
「小動物の通り道でしょう。先程はキツネの足跡もありました。彼らの寝床になっている屋敷もあるかもしれません」
「そうか」
「少なくとも人為的なものではなさそうですが」
「うん」
全ての建物を見て回ったが、やはり人の気配はない。また食料などは米粒一つ残ってはいなかった。
しかし井戸は生きているらしい、井戸底を調査してから毒がないか調べるそうだ。うまくいけば水の補給はできそうだ。
また近くには牧場のような施設があった。馬小屋のようであったので、馬を飼育していたのかもしれない。
しかし、それもまた打ち捨てられているようで今は何も居ない。
ただその周りを囲むように張り巡らされた有刺鉄線だけが、風に鳴いていた。それは、守るべきものがなくなったのを哀しんでいるようでもあった。
十分に付近を調査したころ、中隊長の呼び出しによって士官が皆、その前に集まった。
次々と持ち場の調査報告をしていく。
中隊長は煙草を吹かしながら、黙ってそれを聞いている。
結果はやはり、全くの無人であること。
そして、差し当たっての危険はなさそうであるということであった。そこで改めて中隊長より、ここの家を借り上げて一泊するように命令が下された。適宜十人ほどのグループに分かれて宿泊することとなった。
その夜。
隙間風がひゅうと響く屋敷に、私以下八名の兵が詰めていた。囲炉裏の火だけを頼りに、黄色く照らされた顔が並んでいる。
そこで、兵らが雑談を交わしていた。
「なぜこの村が、廃村になったのか知っているか?」
「何だよいきなり」
「俺あ知ってるんだ」
そう一人の兵が言った。まさか、この村の事情を知っている者がいたとは。詳しく話せと命令する。
「はい、わかりました」
「聞かせてくれ」
「実は俺も聞いた話なんですが」と前置きをして、背筋を伸ばしてからぽつりぽつりと話し始めた。
「昔、昔の事なんですが。この村には弥吉という男がおって、彼はお雪という妻を取って若い夫婦で農家をしておったわけです」
「うん」
「うん、うん」
娯楽も話題もない男達は、「何か始まったぞ」と話し始めた彼を取り囲んで静かに聞いている。
「弥吉とお雪は貧乏ながらも、幸せに暮らしとった。それでね、ある時子供が産まれたんです。なかなかできなかった、待望の子供だってことで非常に喜んでおったんですよ」
「しかし、なかなか良い事は続かないもので、お雪は産後調子を崩す事が多くなって段々家で寝ている日が増えていったんです」
「乳飲み子と、ふせっている妻を抱えて、それでも弥吉は赤子を背負いながら頑張って米を作りおったわけです」
「なんとか、いよいよ穂が垂れて収穫だ。という時にイナゴって、虫が大発生しましてね。弥吉の稲が全部喰っちまわれたんですよ」
「そこでピーンと張っていた、弥吉の線が切れちまったんですね。もうその日から田んぼで赤子をおんぶした弥吉の姿は、誰も見なくなったんです」
「弥吉は田んぼにはいかないけども、お雪にご飯を食わせておったんです。それである時、お雪は聞いた訳です。あんた、お米は沢山取れたんか」
「いいや。イナゴに全部やられた」
「あんた、このお米のご飯はどうしたんだい?」
「弥吉は答えない。そこでもう一つ、お雪は聞いた」
「あんた、子供をどこへやったんだ」
「その日から村では弥吉とお雪の姿を見ることは無くなったのです。それだけでない。そのあと、不思議なことに一人、二人と村から人が消えていって……」
「気づけば、今のように。誰も居なくなったと言うことです」
ぼそりぼそりと喋る中に、手振り身振りを入れて謎の怪談を話すこの男。
気がつくと私の左右では図体の大きな兵隊たちが黙って固まっていた。中には涙ぐんでいる者もいる。
「いや。聞きたいのはそういう事ではなくて」
「少尉殿、これは本当の話なんです」
「……うん、そうか。まあいい」
はぁ、と誰にとも何にとも言えない溜息をついた。囲炉裏に目を落とすと、煙草の吸殻が小山を作っている。
「さあもう消灯だ。明日は早いぞ、眠れる時に眠っておけよ」
「「はい」」
気を取り直して、兵らを休ませる。
明日は橋を越え、山を越えルシヤ軍の影響下にあるだろうエリアまで進行する予定だ。
明日に備えよう。
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