【元幹部自衛官 S氏 執筆協力】元自衛官が明治時代に遡行転生!〜明治時代のロシアと戦争〜

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第59話.突破

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ガッ!!

敵の突きをさばいて、銃床でルシヤ兵の顔面を打ち据えた。歯が砕けて、赤いモノと一緒に辺りに飛び散る。
たまらず仰向けに倒れた彼の顔を、したたかに踏み付けた。その後頭部が硬いものにぶち当たったような感触。
石にでも頭をぶつけたか、丁度良かった。念のため、もう一回踏んでおこう。
どこかの骨が砕けたのか、今度は先よりもう少し柔らかい手ごたえになった。

「……次は!?」

誰にでもなく、一人叫んで周囲を見回す。気がつけば、私の周りからぽっかりと敵が居なくなっている。彼奴等のこちらを見る目に、困惑の色が浮かんでいた。

『おい小さい奴が何かおかしい、子供じゃあないぞ!悪魔か!?』
『落ち着け、二人三人(ふたりさんにん)で当たれ!一人で対処するな、囲んで潰せ!』

好きなように言ってくれる。
しかし、そう貴様らの中で私の存在が肥大してくれるのは好都合だ。

『潰せッ!潰せッ!!』

四方からの罵声。
乾いた唇に無意識に舌を這わせた。良いぞ私を見ろ。まだいける、まだ殺せる……!

ルシヤがぞろぞろと銃剣(やり)を並べて二人三脚。その血濡れの刃が整列しているのは、地獄の針山のようだ。
囲まれる前に突破せねば!

「押し通るッ!!」
『うおおおおおおっ!』

ひときわ背の高い男達が、並んで長大な銃剣を真っ直ぐに突き出してくる。その中のたった一つにも触れれば、命はない。
間一髪、男達の間をすり抜ける。まるでバスケットボールの選手がそうするように、身体に触れずに抜き去った。

『くそっ!すり抜けた!?』
『馬鹿な、追え!』

ぴりぴりと背中を通って全身に緊張が伝わっているのがわかる。集られるとどうにもならん、どうやって引き離して殺してやろうか。

その時、小隊長から声がかけられた。

「おい穂高!頃合いだ、もういい!」
「まだやれる、もっと殺せる!!」
「周りを見ろ、もう限界だ。任務を果たせ!」

その言葉に、戦況を見回してみる。我が方は獅子奮迅の活躍を見せてはいるが、どうにも頭数がルシヤの方が多いために劣勢のようだ。
そして幸運にも、山頂へ繋がるルートは見えている。

そうか、頃合いか。

十二分に威嚇はできた、日本兵は死ぬ気で噛み付いてくるぞとな。当初の予定通り、山頂の方角へ向けて向けて逃げる時だ。

「駆け足!」
「「駆け足ーっ!!」」

すでにフル回転している心肺に、さらに鞭を入れて働かせる。残っている部隊の全員に聞こえるように、叫んで、そして走った。


……


数分か十数分か。
どうにもわからぬ時間、走り続けた。もう追っ手は見えない。
彼奴等の身になって考えると、囲まれた日本兵が突然銃剣を握って突っ込んできたと思ったら、こちらがわに駆け抜けてそのまま去っていったのだ。
少しはびっくりしてくれただろうか。

小隊長の停止の指示で、皆足を止める。

「はぁっはぁっ……」
「ぜぃぜぃ」

兵はすべからく、息を整える事に夢中になった。その場に倒れる者、膝に手を置いてなんとか踏み止まる者。満身創痍であった。
そのまま、しばし休憩して水を飲んで落ち着いてから再び小隊長が口を開いた。

「何人残った」

どれだけ消耗したのか。そう問うのではなく、天城小隊長はそう言った。
それは生き残っている方が幸運であるという意味であったのだろうか。彼の心内はわからないが、たしかにそう言った。

「十二ですね、我らを含めて。十二名」

それを聞いた小隊長は黙って懐中から、煙草を取り出して火をつける。その手は、震えていた。
そして一つ煙を吸ってから言った。

「半分。いかれたか」
「それだけの事をしましたから」

その生き残った兵らも五体満足とはいかない。手足から出血のあるものが何人か。
いつのまにか頭に包帯を巻いている者もいる。

「追ってくると思うか?」
「どうでしょうね。来なければケツを突きましょう。中隊主力と挟み撃ちにします」

小隊長の問いに、応える。

「ふっはははは。挟み撃ちか良いな」
「はい。我らの任務は隘路(あいろ)での敵の減殺ですから」

我々に注目して、兵を割いてくれればそれで良し。任務は達成される。そうでなければこちらから突くだけだ。
その時、一人の兵が声を上げた。

「小隊長ー!煙草、呑んで良いですか」
「うん、良し」

皆がいそいそと煙草を取り出して、火をつける。紫煙をぷかぷかさせて、緊張し続けていた空気が少し和らいだようだ。

「はぁーうめえ。昨日から禁止されてるんで、その事しか頭になかったんだ」
「戦闘中もか?」
「俺はルシヤ兵より、禁煙のが怖えわ」

ははははと、兵の間で笑いが起こった。

「あいつら……結局吸えねえまま、死んじまったなぁ」
「ああ、俺らは幸せだ」

私は煙草を吸わない。
それでも、言いたいことはわかる。

黙って帽子を被り直した。
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