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第61話.防御
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大きな岩で囲まれた窪地。天然の掩体壕(えんたいごう)に十二人の兵士が音も立てずに潜んでいる。
岩の隙間から、外を伺う。
「どうか」
「当然ですが、囲まれていますね」
木々の裏をコソコソと動く影は、ぐるりと周囲に集まりつつあるルシヤ兵だ。彼らは小銃の射程外から、我が陣地の周囲を取り囲むように集結している。
「一挙に攻撃を実行する算段でしょうか」
「かもしれん、こちらが防御に徹する腹は伝わっているだろうからな。それとも噛みつかれるのが分かっているから兵糧攻めにでるか」
「ならば、良いのですが」
「飢(かつ)えて死ぬまで、時が稼げるからな」
「はい。三、四日は稼げる」
「十中八九、そうはいかんだろうな」
「だから追って来た」
「それはそうだ」
小隊長が、にっと口の端を歪ませる。
「いつ突撃(くる)かな?」
「どうでしょうね。一時間後か二時間後か。一分後ということもありますね」
目の端で一人の兵が懐中から、くしゃっとした何かを取り出して口に咥えた。それは煙草だ、それも「シケモク」、途中まで吸って半(なか)ばで火を消したものである。
それを目に留めた小隊長が、兵に声をかけた。
「おい」
「はい。何でしょう」
「それは?」
兵は少し緊張した声で、向き直って答えた。
「はい。煙草です、許可は先程頂きましたので」
「いや。もう切らせたのか?新しいのは」
そう言いながら、天城小隊長は懐から金属製の煙草入(シガレットケース)を取り出した。
それは見事な象嵌細工(ぞうがんさいく)で、鳳凰が金であしらわれていた。非常に細かな彫り込みがされており、一目で高価なものであることがわかる。
彼は無造作にその煙草入(シガレットケース)から煙草を一本取り出して、吸殻(シケモク)を加えている男に差し出した。
生きるか死ぬかの戦闘中だ、男の行為が哀れに思ったのか、一本くれてやろうというのだろう。
しかし男は意外な返事をした。
「はっ。その、切らしているわけでなく、勿体無いので続きを吸おうと思ったのです」
「ん?」
「この戦争もいつまで続くかわかりませんで。節約していかんと、コイツは頼みの綱ですから」
そう言って、丁重に小隊長の煙草を断った男は、自分の吸殻(シケモク)に火をつけた。
小隊長は一瞬、何かに気がついたような顔をして言った。
「……ああ。そうだな、我々には明日も明後日も控えておるんだからな」
「はい、死んじゃなんねえって言うんで。煙草(コイツ)を楽しみに生き残ろうって、そういう腹です。長持ちさせなくちゃあ」
成る程、そういうげん担ぎか。皆、色々考えるものだ。それで良い。
……
それからいくらか時間が経った。
敵に動きは無く。いつの間にか、聞こえてくる銃声も叫び声も無くなった。向こうは、中隊主力はどうなったのだろうか。
良くない方向にばかり、想像が膨らむ。
ああ先程までの喧騒が嘘のようだ。
すぐ今まで戦闘が行われていたというのも、まるで夢であったかのように感じられる。
こくりと三輪二等卒が舟を漕ぐと、九重一等卒が肘で起こしてやっている。
その時。
山の雰囲気が変わった。
そして取り囲むルシヤ兵が動く音。木々の裏に隠れているのだろうそれらが、にわかに動きを見せた。一斉に突撃する算段であろう。
「来るぞ」
「……来たか!全員射撃用意。見えれば撃て。寄らば銃剣で各自応戦せよ。降伏は無い、生きて戦え」
両目を見開いて、音の方向を見る。姿は見えないが、確実に、今もうすぐ。
飛び出して来る。
その時、迂闊にも木の陰から一歩踏み出したルシヤ兵の姿が見えた。間髪入れずその脳天に向かって、引き金を引く。
ドォン!!
命中。一つ遅れて、敵が倒れる音。
そして二つ遅れて。
『『ウラーーーーッ!!』』
悪魔の叫び声のような吶喊。大地を震わせるような大声で、叫びながら、四方八方の森からルシヤ兵が飛び出してきた!
その数は十や二十ではきかない。こちらの十二名を潰すために、良くもここまで!
「「はなてッ!!」」
パパパッ!ドドォン!!
十二分に小銃の間合いである。
撃てば当たる、こちらは岩が盾になり、向こうは身を上げて前進してくるのだ。有利も有利、圧倒的に地の利はある。こちらの弾は当たるし、向こうの弾は当たらない。
だが、しかし。
パパパッ!ドォン!!
『『『ウラーーーーッ!!!!』』』
倒れても、倒れても。
その後ろから屍を越えて、新たな兵が現れる!
人数差は圧倒だ。
機関銃であるならば、多数の人間を留める事もできよう。しかし十二門の小銃、それもボルトアクション方式の小銃では。押し寄せる敵兵を薙ぎ倒すには限界がある。
すぐに取りつかれる。
『死ねッ!!』
「安易な!!」
いち早く、こちらの陣地の岩場に取り付いたルシヤ兵が銃剣でもって飛び出して来た!
その顔が見えると同時に、先手必勝とばかり私の銃剣を顔面に叩き込んだ。敵の右目の奥に銃剣の刃が吸い込まれていった。ずぷりとその感触が右手に伝わる。
『がああああああああ!?』
「もう取りつかれている!白兵!来るぞ!!」
我々は、全滅する訳にはいかない。
生き残らねば。
岩の隙間から、外を伺う。
「どうか」
「当然ですが、囲まれていますね」
木々の裏をコソコソと動く影は、ぐるりと周囲に集まりつつあるルシヤ兵だ。彼らは小銃の射程外から、我が陣地の周囲を取り囲むように集結している。
「一挙に攻撃を実行する算段でしょうか」
「かもしれん、こちらが防御に徹する腹は伝わっているだろうからな。それとも噛みつかれるのが分かっているから兵糧攻めにでるか」
「ならば、良いのですが」
「飢(かつ)えて死ぬまで、時が稼げるからな」
「はい。三、四日は稼げる」
「十中八九、そうはいかんだろうな」
「だから追って来た」
「それはそうだ」
小隊長が、にっと口の端を歪ませる。
「いつ突撃(くる)かな?」
「どうでしょうね。一時間後か二時間後か。一分後ということもありますね」
目の端で一人の兵が懐中から、くしゃっとした何かを取り出して口に咥えた。それは煙草だ、それも「シケモク」、途中まで吸って半(なか)ばで火を消したものである。
それを目に留めた小隊長が、兵に声をかけた。
「おい」
「はい。何でしょう」
「それは?」
兵は少し緊張した声で、向き直って答えた。
「はい。煙草です、許可は先程頂きましたので」
「いや。もう切らせたのか?新しいのは」
そう言いながら、天城小隊長は懐から金属製の煙草入(シガレットケース)を取り出した。
それは見事な象嵌細工(ぞうがんさいく)で、鳳凰が金であしらわれていた。非常に細かな彫り込みがされており、一目で高価なものであることがわかる。
彼は無造作にその煙草入(シガレットケース)から煙草を一本取り出して、吸殻(シケモク)を加えている男に差し出した。
生きるか死ぬかの戦闘中だ、男の行為が哀れに思ったのか、一本くれてやろうというのだろう。
しかし男は意外な返事をした。
「はっ。その、切らしているわけでなく、勿体無いので続きを吸おうと思ったのです」
「ん?」
「この戦争もいつまで続くかわかりませんで。節約していかんと、コイツは頼みの綱ですから」
そう言って、丁重に小隊長の煙草を断った男は、自分の吸殻(シケモク)に火をつけた。
小隊長は一瞬、何かに気がついたような顔をして言った。
「……ああ。そうだな、我々には明日も明後日も控えておるんだからな」
「はい、死んじゃなんねえって言うんで。煙草(コイツ)を楽しみに生き残ろうって、そういう腹です。長持ちさせなくちゃあ」
成る程、そういうげん担ぎか。皆、色々考えるものだ。それで良い。
……
それからいくらか時間が経った。
敵に動きは無く。いつの間にか、聞こえてくる銃声も叫び声も無くなった。向こうは、中隊主力はどうなったのだろうか。
良くない方向にばかり、想像が膨らむ。
ああ先程までの喧騒が嘘のようだ。
すぐ今まで戦闘が行われていたというのも、まるで夢であったかのように感じられる。
こくりと三輪二等卒が舟を漕ぐと、九重一等卒が肘で起こしてやっている。
その時。
山の雰囲気が変わった。
そして取り囲むルシヤ兵が動く音。木々の裏に隠れているのだろうそれらが、にわかに動きを見せた。一斉に突撃する算段であろう。
「来るぞ」
「……来たか!全員射撃用意。見えれば撃て。寄らば銃剣で各自応戦せよ。降伏は無い、生きて戦え」
両目を見開いて、音の方向を見る。姿は見えないが、確実に、今もうすぐ。
飛び出して来る。
その時、迂闊にも木の陰から一歩踏み出したルシヤ兵の姿が見えた。間髪入れずその脳天に向かって、引き金を引く。
ドォン!!
命中。一つ遅れて、敵が倒れる音。
そして二つ遅れて。
『『ウラーーーーッ!!』』
悪魔の叫び声のような吶喊。大地を震わせるような大声で、叫びながら、四方八方の森からルシヤ兵が飛び出してきた!
その数は十や二十ではきかない。こちらの十二名を潰すために、良くもここまで!
「「はなてッ!!」」
パパパッ!ドドォン!!
十二分に小銃の間合いである。
撃てば当たる、こちらは岩が盾になり、向こうは身を上げて前進してくるのだ。有利も有利、圧倒的に地の利はある。こちらの弾は当たるし、向こうの弾は当たらない。
だが、しかし。
パパパッ!ドォン!!
『『『ウラーーーーッ!!!!』』』
倒れても、倒れても。
その後ろから屍を越えて、新たな兵が現れる!
人数差は圧倒だ。
機関銃であるならば、多数の人間を留める事もできよう。しかし十二門の小銃、それもボルトアクション方式の小銃では。押し寄せる敵兵を薙ぎ倒すには限界がある。
すぐに取りつかれる。
『死ねッ!!』
「安易な!!」
いち早く、こちらの陣地の岩場に取り付いたルシヤ兵が銃剣でもって飛び出して来た!
その顔が見えると同時に、先手必勝とばかり私の銃剣を顔面に叩き込んだ。敵の右目の奥に銃剣の刃が吸い込まれていった。ずぷりとその感触が右手に伝わる。
『がああああああああ!?』
「もう取りつかれている!白兵!来るぞ!!」
我々は、全滅する訳にはいかない。
生き残らねば。
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