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第108話.紅と赤
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戦闘の際に吐き捨てた煙草は、地面に転がってなお仄かに紅く灯っていた。その火をすりつぶすように踏みつける。
支えを失ったルフィナは、木の幹に寄りかかったまま座り込んでいた。憂愁が人の形を取ったらこうなるのだろう、そんな表情を貼り付けて項垂れている。
彼女の負傷は、そもそも戦うどころか立ってどうこうすらできる状態ではないのだ。
「タカ、こいつどうするんだ」
「殺すな。捕虜として連れ帰る」
簡単に要点だけを告げた。
吾妻が拘束するかと問うたがそれには同意しなかった。雪兎をウナに預けて、地に落ちた軍帽を拾い直し頭に被りなおした。
それが合図となったのか、戦闘が終わったことをようやく身体が認識して、どっと疲れが噴き出した。思わず近くの木の根に腰掛ける。
「それで穂高、何者だコイツは。ルシヤの将校らしいが」
私は吾妻とウナに、この女兵士が識者である事、彼女と滑落後にあった事を簡単に伝えた。
「なるほどな」
真剣に話を聞く吾妻と対照的に、ウナは自分の出番じゃないと言わんばかりの態度でよそ見をしている。
「ああ、ウナ。お前は敵の小銃に泥を詰めておけ」
敵兵が使っていた小銃の事だ。鹵獲したいところだが、全てを持って帰る事はできない。
ルシヤの兵隊が拾った時に再利用できようにしておいた方が良いだろう。バカが泥の詰まったまま発砲して、腔発せしめればもっと良い。
出番とばかりに二つ返事で了解したウナが、せっせと作業に取り掛かった。その姿を眺めていると、吾妻がルフィナに気取られぬ角度で私だけに告げた。
「それと穂高。会戦が始まった、ルシヤの攻撃が始まったんだ」
「どんな様子だ」
「俺にはなんともわからん。だがルシヤの猛攻に対して、阿蘇(あそう)大将の軍は一歩も引かずに奮戦しておるとの事だ。だが戦闘は正面だけでない、あらゆる場所で同時多発的にそれが起こっている」
「狙撃隊は。我々も任務を果たさねばならん」
味方の突貫に合わせて援護せねば。護国の為に攻むる男達を助けねば。この一戦に皇国の命運がかかっていると言っても過言ではない。
「地図は届けた。まずは部隊に戻ろう、その傷も医者に診てもらわないと。外から見るとよく分かる、お前は戦える状態じゃあない。戦場に出ても足手まといになるだけだ」
本当に酷いのだろう。私の姿を見ている吾妻の口ぶりにはそれが現れていた。私の心の一部分が、やれると騒ぎ立てているが客観的に見える者の意見を聞く方が賢明である。
どちらにせよルフィナを連行する必要があるし、しようがない。
前のめりになりかけた身体を、ゆっくりと戻して深く腰掛ける。ふと、思い立った事を吾妻に言った。
「なぁ、吾妻。飴玉持ってないか?」
「ある」
即答。さすが甘党の吾妻少尉、やっぱり持っていたか。胸を押さえているので、そこを指差して言った。
「それ、一つくれないか」
数秒の沈黙。
ほら、と手のひらに一つ飴玉を乗せられた。
丸くて赤い、可愛い一粒。
吾妻の言葉は軽いが、彼は娘が嫁に行った時のような複雑な顔をしている。わかりやすい。こいつは本当に、飴玉一つを惜しがり過ぎだろう。
帰ったら金平糖でお貸ししてやる、と言ってやったら「気にするな」と返事が来た。しかし、言葉と裏腹にその口元は緩んでいる。
「しかし、久しぶりに煙草を吸ったからな。この、何というかイガイガするんだよ。飴玉で中和だよ、中和」
「へぇ、お前にも煙草呑んでた時分があったのか」
意外だな、なんて言っている。
そりゃ私にだって若気の至りみたいなのもある訳で。それに若い時には禁煙だ分煙だなんだと、そんな言葉も無かったように思うな。
もっと身近に煙草があった気がする。それこそ霞の向こうの記憶の昔話だが。
「うん。そうだな、もう四十……いや五十年振りになるかな」
「前世の話じゃないか」
「ん。ああ、そうか。身体が違うからな、そうするとコレが初喫煙になるか」
そうこうしていると、ウナが終わったぞと声をかけて来た。
いつまでもこの場所に留まっているのも不味い。軽く彼の仕事ぶりを確認した後、我々は出発したのだった。
支えを失ったルフィナは、木の幹に寄りかかったまま座り込んでいた。憂愁が人の形を取ったらこうなるのだろう、そんな表情を貼り付けて項垂れている。
彼女の負傷は、そもそも戦うどころか立ってどうこうすらできる状態ではないのだ。
「タカ、こいつどうするんだ」
「殺すな。捕虜として連れ帰る」
簡単に要点だけを告げた。
吾妻が拘束するかと問うたがそれには同意しなかった。雪兎をウナに預けて、地に落ちた軍帽を拾い直し頭に被りなおした。
それが合図となったのか、戦闘が終わったことをようやく身体が認識して、どっと疲れが噴き出した。思わず近くの木の根に腰掛ける。
「それで穂高、何者だコイツは。ルシヤの将校らしいが」
私は吾妻とウナに、この女兵士が識者である事、彼女と滑落後にあった事を簡単に伝えた。
「なるほどな」
真剣に話を聞く吾妻と対照的に、ウナは自分の出番じゃないと言わんばかりの態度でよそ見をしている。
「ああ、ウナ。お前は敵の小銃に泥を詰めておけ」
敵兵が使っていた小銃の事だ。鹵獲したいところだが、全てを持って帰る事はできない。
ルシヤの兵隊が拾った時に再利用できようにしておいた方が良いだろう。バカが泥の詰まったまま発砲して、腔発せしめればもっと良い。
出番とばかりに二つ返事で了解したウナが、せっせと作業に取り掛かった。その姿を眺めていると、吾妻がルフィナに気取られぬ角度で私だけに告げた。
「それと穂高。会戦が始まった、ルシヤの攻撃が始まったんだ」
「どんな様子だ」
「俺にはなんともわからん。だがルシヤの猛攻に対して、阿蘇(あそう)大将の軍は一歩も引かずに奮戦しておるとの事だ。だが戦闘は正面だけでない、あらゆる場所で同時多発的にそれが起こっている」
「狙撃隊は。我々も任務を果たさねばならん」
味方の突貫に合わせて援護せねば。護国の為に攻むる男達を助けねば。この一戦に皇国の命運がかかっていると言っても過言ではない。
「地図は届けた。まずは部隊に戻ろう、その傷も医者に診てもらわないと。外から見るとよく分かる、お前は戦える状態じゃあない。戦場に出ても足手まといになるだけだ」
本当に酷いのだろう。私の姿を見ている吾妻の口ぶりにはそれが現れていた。私の心の一部分が、やれると騒ぎ立てているが客観的に見える者の意見を聞く方が賢明である。
どちらにせよルフィナを連行する必要があるし、しようがない。
前のめりになりかけた身体を、ゆっくりと戻して深く腰掛ける。ふと、思い立った事を吾妻に言った。
「なぁ、吾妻。飴玉持ってないか?」
「ある」
即答。さすが甘党の吾妻少尉、やっぱり持っていたか。胸を押さえているので、そこを指差して言った。
「それ、一つくれないか」
数秒の沈黙。
ほら、と手のひらに一つ飴玉を乗せられた。
丸くて赤い、可愛い一粒。
吾妻の言葉は軽いが、彼は娘が嫁に行った時のような複雑な顔をしている。わかりやすい。こいつは本当に、飴玉一つを惜しがり過ぎだろう。
帰ったら金平糖でお貸ししてやる、と言ってやったら「気にするな」と返事が来た。しかし、言葉と裏腹にその口元は緩んでいる。
「しかし、久しぶりに煙草を吸ったからな。この、何というかイガイガするんだよ。飴玉で中和だよ、中和」
「へぇ、お前にも煙草呑んでた時分があったのか」
意外だな、なんて言っている。
そりゃ私にだって若気の至りみたいなのもある訳で。それに若い時には禁煙だ分煙だなんだと、そんな言葉も無かったように思うな。
もっと身近に煙草があった気がする。それこそ霞の向こうの記憶の昔話だが。
「うん。そうだな、もう四十……いや五十年振りになるかな」
「前世の話じゃないか」
「ん。ああ、そうか。身体が違うからな、そうするとコレが初喫煙になるか」
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