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第120話.ニタイノ民
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そこは集落というには、あまりに様子がおかしかった。どっしりと立った家は無く、殆どが天幕(テント)のような、実に簡易的な住居であった。
農耕や牧畜を行なっている形跡は見られない。いつでも移動できる、そんな印象を受ける。例えるならば、避難民のキャンプだろうか。
我々が出向くと、天幕から家人が半ば顔を出してこちらを伺っているが、話しかけて来るものはない。顔貌はルシヤ人ではなさそうだが、日本人としても少しクセがある。混血(ハーフ)なのだろうか。そんな彼らの表情は怯えというよりも警戒している言うのが一番近い。
集落のど真ん中を遠慮無くづかづかと。ウナと吾妻を連れて真ん中を歩いていれば、前方より首長らしい男が出てきた。彼はどこか悪いのか不自然に足を引きずっているが、それでも腰には剣を下げているようだ。さらに両脇にも刃物を佩いた者を従えている。彼らの表情は固く、今にでも剣を抜きそうな物々しさである。
この地から逃げよ。そう指示に来たのだが、言い方を間違えれば一騒動あるかもしれん。
「私は……」
意を決して私が言いかけた時、突然左隣にいたウナが一歩前に出て叫んだ。
「父さま!」
何、何事か。一斉に周りの目がウナに集まった。彼は急いで軍帽を脱いで顔を見せた。
「お前、ウナか!?」
「父さま!ご無事で!」
「ああ、しかし良かった。皆心配していたぞ。なぜ倭人と共にいる。それにその格好はなんだ」
「これは……今から説明します。でも生きていて良かった、本当に」
……
ここはウナの同郷、ニタイの民と呼ばれる住民が、ルシヤの毒ガスにより元の森を追われて移住した地であった。
彼らは混乱の最中にあっても統率良く、住民が協力して里ごと移動して避難したという。
普段ではとてもできない芸当であるが、元々狩猟や採集を生活の中心に据えていた彼ら故に、秩序を維持できたのだ。
そして驚いた事に、ウナは首長の息子だった。感動の再開もそこそこに、首長は我々を一つの住居へ案内してくれた。
ウナは首長と私との架け橋となって、首尾よく説明してくれた。毒の雲は山の怒りなどではなく、ルシヤの新兵器であったこと。そして日本は、明而陸軍はそのルシヤ軍との戦争状態にあること。そしてそのために、村々の人間を避難させているということを。首長は、煙管(きせる)で煙草(たばこ)を呑みながら話を切る事なく最後まで聞いた。
「木の煙管ですか。吸い口も火皿も木製だ」
吾妻が言った。よく見るとそうだ、普段見かけるものは金属でできているものが多いのだが。
「これか、これは手製でね」
「すごいな、細工も実に細かい」
「彫り方は先祖より受け継いだ。ニタイの民は木を良く使う、各家で伝わっているものだ」
吾妻はしきりに感心して、首長と煙草についていくらか話をした。煙管を手渡されて、ここはなんだと細かな説明を受けていた。
それはそれとして、本題に入らねばならない。適当に場が和んだところで話を切り出した。
「首長、ここにもルシヤの手が迫っています。皆に避難をお願いしたい。札幌まで南下すれば我々はあなた方を保護する事ができる」
「我々?我々だと。ニタイの民を、倭人で無いものを日本は保護するというのか」
「はい。書状をお渡しします。悪いようにはしません」
ふん、と鼻息一つ。首長は言った。
「そうか。それでルシヤと日本。オレ達にとって何が違うんだ。戦争をするなら国でやれ、なぜオレ達の土地で争う」
「それは」
「お前達にわかるか、先祖より託されてきた土地を追われる苦痛というものが。森と共に生きる我々が、母なる森から離れなければならなかった無念が」
首長は、高い音を一つ立てて煙管の灰を落とした。日本兵(わたしたち)に対する怒りもあるだろうが、彼の言いようには何ともできない現実への、歯痒さのようなモノが滲んでいるようにも聞こえた。
「それは大変な思いであったでしょう。しかし、実際問題ルシヤは来る。そして何もかもを略奪して、去って行く。逃げねば」
「どうだかな。お前達の言い分がすべて正しいとも思えんがね」
説得しようと何かを言ったところが、斜めに見られて言い返された。首長はわからん男とは思えんが、一々噛み付かれていてはどうにもならん。すぐそこに津波が来ているというのに、言葉遊びをしているんじゃないんだがな。
「しかし」
「待って!タカ、俺に話をさせてくれ」
横合いからウナが言った。
「父さまには俺から状況を説明する。だから、少しで良いから二人にしてくれ」
「お前……」
首長が意外そうな顔でウナを見た。ウナの、その横顔は決意に満ちている。初めて見たときのような幼い少年の顔ではない。
「聞こう。日本の兵隊さんは少し席を外してくれ」
……
「上手くいくかな。ウナのやつ」
「どうかな」
首長の小屋の前で、吾妻と二人ぼうっと立って待っている。だらだら座っているというのも、見てくれが悪いので立っているわけである。
「上手くいかなかったら、どうする」
「どうするも何も」
どうするも何もない。向こうの出方によって、その時の対応を考えるのみだ。
しばらくすると、首長とウナが連れ立って外に出てきた。足の悪い彼に、ウナが肩を貸す形だ。向き直って、静かに待つ。
そうすると首長が口を開いた。
「女子供は、避難させる。書状をお願いしたい」
どうやらウナは上手くやったようだ。しかと頷いた。
「そして戦える者は、ルシヤと戦う。オレ達、ニタイの民は日本と共に弓を持つ事にした」
「首長殿、気持ちは有り難いが……」
「いや日本の兵隊さん、オレ達にもやらせてくれ。ウナから聞いた。こいつはニタイの民の事を誰よりも大きく考えて、決断した」
首長の言葉で、あの時の情景が思い起こされた。ウナが、中将に直訴したあの時の光景が。彼が首長の心をも動かしたのだ。
「ただやんちゃな子供だったが、ここに至って男になった。こいつは戦士の目をしている。オレは息子を信じる。偉大なニタイの戦士を」
少し考えたが、民間の協力が得られるならばそれに越した事はない。なにせよあのルシヤが相手なのだ、使えるものは何でも使わないとな。
「わかりました。では貴方方にも我が軍の作戦に協力頂きます」
「ああ、よろしく頼む。ほかの集落の者にも使いを出そう。オレが声をかければ皆従うだろう」
「期待しています。それと、まずは名簿。いや口頭で結構だが、戦える者の人数と武器として使える物があるか調べたい」
首長は私の言葉に同意をすると、近くにいた男に何か耳打ちして走らせた。
「すぐにできる。他に急ぐ事はなにがある」
「避難の作業を急いで下さい。これが先決だ。他の集落もあるならば、全部。素早く動き出す必要があります」
「わかった。すぐに取り掛かろう」
こうして我々は、ニタイの民と共闘する事となった。
農耕や牧畜を行なっている形跡は見られない。いつでも移動できる、そんな印象を受ける。例えるならば、避難民のキャンプだろうか。
我々が出向くと、天幕から家人が半ば顔を出してこちらを伺っているが、話しかけて来るものはない。顔貌はルシヤ人ではなさそうだが、日本人としても少しクセがある。混血(ハーフ)なのだろうか。そんな彼らの表情は怯えというよりも警戒している言うのが一番近い。
集落のど真ん中を遠慮無くづかづかと。ウナと吾妻を連れて真ん中を歩いていれば、前方より首長らしい男が出てきた。彼はどこか悪いのか不自然に足を引きずっているが、それでも腰には剣を下げているようだ。さらに両脇にも刃物を佩いた者を従えている。彼らの表情は固く、今にでも剣を抜きそうな物々しさである。
この地から逃げよ。そう指示に来たのだが、言い方を間違えれば一騒動あるかもしれん。
「私は……」
意を決して私が言いかけた時、突然左隣にいたウナが一歩前に出て叫んだ。
「父さま!」
何、何事か。一斉に周りの目がウナに集まった。彼は急いで軍帽を脱いで顔を見せた。
「お前、ウナか!?」
「父さま!ご無事で!」
「ああ、しかし良かった。皆心配していたぞ。なぜ倭人と共にいる。それにその格好はなんだ」
「これは……今から説明します。でも生きていて良かった、本当に」
……
ここはウナの同郷、ニタイの民と呼ばれる住民が、ルシヤの毒ガスにより元の森を追われて移住した地であった。
彼らは混乱の最中にあっても統率良く、住民が協力して里ごと移動して避難したという。
普段ではとてもできない芸当であるが、元々狩猟や採集を生活の中心に据えていた彼ら故に、秩序を維持できたのだ。
そして驚いた事に、ウナは首長の息子だった。感動の再開もそこそこに、首長は我々を一つの住居へ案内してくれた。
ウナは首長と私との架け橋となって、首尾よく説明してくれた。毒の雲は山の怒りなどではなく、ルシヤの新兵器であったこと。そして日本は、明而陸軍はそのルシヤ軍との戦争状態にあること。そしてそのために、村々の人間を避難させているということを。首長は、煙管(きせる)で煙草(たばこ)を呑みながら話を切る事なく最後まで聞いた。
「木の煙管ですか。吸い口も火皿も木製だ」
吾妻が言った。よく見るとそうだ、普段見かけるものは金属でできているものが多いのだが。
「これか、これは手製でね」
「すごいな、細工も実に細かい」
「彫り方は先祖より受け継いだ。ニタイの民は木を良く使う、各家で伝わっているものだ」
吾妻はしきりに感心して、首長と煙草についていくらか話をした。煙管を手渡されて、ここはなんだと細かな説明を受けていた。
それはそれとして、本題に入らねばならない。適当に場が和んだところで話を切り出した。
「首長、ここにもルシヤの手が迫っています。皆に避難をお願いしたい。札幌まで南下すれば我々はあなた方を保護する事ができる」
「我々?我々だと。ニタイの民を、倭人で無いものを日本は保護するというのか」
「はい。書状をお渡しします。悪いようにはしません」
ふん、と鼻息一つ。首長は言った。
「そうか。それでルシヤと日本。オレ達にとって何が違うんだ。戦争をするなら国でやれ、なぜオレ達の土地で争う」
「それは」
「お前達にわかるか、先祖より託されてきた土地を追われる苦痛というものが。森と共に生きる我々が、母なる森から離れなければならなかった無念が」
首長は、高い音を一つ立てて煙管の灰を落とした。日本兵(わたしたち)に対する怒りもあるだろうが、彼の言いようには何ともできない現実への、歯痒さのようなモノが滲んでいるようにも聞こえた。
「それは大変な思いであったでしょう。しかし、実際問題ルシヤは来る。そして何もかもを略奪して、去って行く。逃げねば」
「どうだかな。お前達の言い分がすべて正しいとも思えんがね」
説得しようと何かを言ったところが、斜めに見られて言い返された。首長はわからん男とは思えんが、一々噛み付かれていてはどうにもならん。すぐそこに津波が来ているというのに、言葉遊びをしているんじゃないんだがな。
「しかし」
「待って!タカ、俺に話をさせてくれ」
横合いからウナが言った。
「父さまには俺から状況を説明する。だから、少しで良いから二人にしてくれ」
「お前……」
首長が意外そうな顔でウナを見た。ウナの、その横顔は決意に満ちている。初めて見たときのような幼い少年の顔ではない。
「聞こう。日本の兵隊さんは少し席を外してくれ」
……
「上手くいくかな。ウナのやつ」
「どうかな」
首長の小屋の前で、吾妻と二人ぼうっと立って待っている。だらだら座っているというのも、見てくれが悪いので立っているわけである。
「上手くいかなかったら、どうする」
「どうするも何も」
どうするも何もない。向こうの出方によって、その時の対応を考えるのみだ。
しばらくすると、首長とウナが連れ立って外に出てきた。足の悪い彼に、ウナが肩を貸す形だ。向き直って、静かに待つ。
そうすると首長が口を開いた。
「女子供は、避難させる。書状をお願いしたい」
どうやらウナは上手くやったようだ。しかと頷いた。
「そして戦える者は、ルシヤと戦う。オレ達、ニタイの民は日本と共に弓を持つ事にした」
「首長殿、気持ちは有り難いが……」
「いや日本の兵隊さん、オレ達にもやらせてくれ。ウナから聞いた。こいつはニタイの民の事を誰よりも大きく考えて、決断した」
首長の言葉で、あの時の情景が思い起こされた。ウナが、中将に直訴したあの時の光景が。彼が首長の心をも動かしたのだ。
「ただやんちゃな子供だったが、ここに至って男になった。こいつは戦士の目をしている。オレは息子を信じる。偉大なニタイの戦士を」
少し考えたが、民間の協力が得られるならばそれに越した事はない。なにせよあのルシヤが相手なのだ、使えるものは何でも使わないとな。
「わかりました。では貴方方にも我が軍の作戦に協力頂きます」
「ああ、よろしく頼む。ほかの集落の者にも使いを出そう。オレが声をかければ皆従うだろう」
「期待しています。それと、まずは名簿。いや口頭で結構だが、戦える者の人数と武器として使える物があるか調べたい」
首長は私の言葉に同意をすると、近くにいた男に何か耳打ちして走らせた。
「すぐにできる。他に急ぐ事はなにがある」
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