夏の遺言

さめ

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過去

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いつから、自分はそこそこ頭がいいと
思っていたのだろうか。
いつから、自分は勉強ができると
思っていたのだろうか。


「…成績表、見せないとダメ?」

「ダメ。今学期の成績が悪かったら
 塾に行くって言ったのは
    幸音だからね?」

「ウグッ…
 そこを何とか…次、次頑張るからさ…ね?」


玄関先で母親に媚びを売る羽目になるとは、
数時間前の俺は思ってもいなかっただろう。


「次はないからね。
 家の近くに新しく塾ができたの。
    一対一の個別塾で親身になって
    教えてくれるんだって。」

「そっか…」


俺が何も言わないのをいいことに、
母親はテンション高めに
塾の話をしながら
リビングへの道を開けてくれる。


「新しい塾って
    商店街の所にできたやつ?」

「そうそう。世田さんのお肉屋さんが
    あった土地にね。
 あそこ土地は大きかったから。」


田舎とも都会とも言えない
微妙な場所が俺の住んでいるところ。
近所の人とはそれなりに顔見知りだし、
よく行くお店は
店員さんが顔を覚えてくれてる。


「世田さん、娘さんと暮らすんでしょ?
 閉店する前
   お肉買いに行ったとき聞いた。」

「そうそう。
    塾のことも世田さんから聞いたのよ。
 教え方が上手で
    イケメンな先生がいるんだって。」


イケメン、の言葉に
自分で言ったにもかかわらず
母親はウキウキだった。


「体験授業あるけど行くわよね?
 今週末…明日って土曜日か!
 じゃあ、明日体験授業の予約
    入れとくわね。」


自分抜きで自分の予定が決まるのは
それなりにあることで慣れている。
明日は家でゲームしようと思ってたのに。



__________________________________


次の日

「幸音。準備できた?」


朝の10時。
いつもなら寝ている時間に
起こされた俺は
朝から不機嫌でしかなかった。


「なんかいるものあったっけ?」

「筆記用具持ってるなら大丈夫よ。」

「だよね。…うん、準備できたよ。」


歩いて数十分かかる道を
母親と歩くのはいつぶりだろうか。
昔はよく、母親と一緒に
手をつないで商店街を歩いていた。


『あらぁ、幸くん。
   お母さんとお買い物?』

『うん!荷物持ち係なんだぁ!』

『まぁ、お母さんも助かっちゃうわね?』

『いやいや、荷物持ち係といっても
   自分の欲しいお菓子しか
   持たないんですよ。』

『そっそんなことないもん!
    今日は持つよ!
 どんな荷物でもどんとこい!だよ!』


ふと昔のことを思い出す。
結局、俺はその日も荷物を持つことはなかった。


(あれ?そういえば、
母さんも荷物持ってなかったよな。
あれって誰が持ってたんだっけ?)


もどかしい、
思い出せないもやもやが募っていく。
一人頭を抱え、唸りながら
母親の横を歩いていると
ふいに母親の足が止まった。


「幸音、ついたよー。
 見て見て。
    なんだかおしゃれな感じの塾だよ…」


母親の言葉に顔を上げると、
今まで見たどの塾よりも
おしゃれな塾がそこにあった。

勉強勉強、合格率何パーセント、
受験対策実施中などの文字も一切なく、
カフェと言われても
一瞬納得してしまうような、
そんな建物だった。


「母さん。これあってるの?
 ほんとにここなの??」


あまりの想像とのギャップに
母親に問いかけるも
問いかけられた本人も首をひねっていた。


「いやでも、
   世田さんのお肉屋さんここでしょ?」

「そうだけど…」


親子で入口に立ち止まっていると、
突然扉が開いた。
扉から顔をのぞかせたのは、
整った顔立ちの男の人だ。


「体験授業をご予約されてた
   音成様ですか?」


耳になじむ涼しげな声が頭に響く。
まるで、この人が
夏を連れてくるかのような、
そんな錯覚を起こしてしまう。
たった一言聞いただけなのに、
俺はこの人を好きになっていた。
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