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第二章 変動
33話 狭間で
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どれくらい眠っていたのだろうか。シアリィルドは、目を開ける。
「あ、気がつかれましたか?」
「なた、りあ?」
「はい、シアリィルド様」
「お、れは……どう、して……」
何かを忘れている気がしたが、それ以上に何故寝ているのかが思い出せなかった。酷く汗をかいているし、頭も重い。熱を出したのだろうか。
側についていくれたのだろう、ナタリアがシアリィルドの額に置かれていたタオルを取り、置いてあった水桶に浸していた。絞られたそれを、再びシアリィルドの額へ乗せる。タオルから伝わる冷たさが心地よく、目を閉じる。気だるさが残る身体は、動くのが億劫だ。やはり、熱を出したのだろう。己の状態からそう結論付ける。
「ナタリア」
「はい」
「……どの、くらい寝ていた?」
「一日半程度になります」
「……」
確か、シアリィルドは母のクレーネと共に朝食を摂っていたはずだった。それから一日以上が経っているらしい。領地へ来てから、これほど多くの時間寝込むのは、初めてだ。
「そう、か……」
「シアリィルド様、どこかお辛いところはありませんか?」
「……いや、多少身体は怠いが」
「そうですか……お食事はどうされますか?」
外を見れば陽が沈み初めていた。ここで食事を摂らなければ、二日近く何も食べないことになる。しかし、食欲はない。
「今は、いらない」
「……では、何か飲み物を」
「それもいい……」
「シアリィルド様……ですが」
「いいんだ」
食い下がるナタリアだが、何も口にしたくない。それがシアリィルドの素直な気持ちだった。
シアリィルドの頑なな態度にナタリアは困っている。起きた時の指示に、食事のことがあったのだろう。
「ごめん……何も口にしたくない」
「シアリィルド様。いえ、わかりました。では、何か欲しいものはございますか?」
「いや、大丈夫だ・・・悪い、少し休む」
「……わかりました」
話をして疲れたのか、シアリィルドは目を閉じると直ぐに眠りについてしまった。
再び目を覚ましたのは翌日だ。
目覚めると、側にはオリヴァーがいた。
「オリヴァー、か?」
「おはようございます、シアリィルド様」
ゆっくりと身体を起こす。昨日までの倦怠感はなかった。オリヴァーが差し出したコップを受け取り、口に含む。冷たい水が喉を潤してくれた。
「ありがとう」
「いえ……ご気分はいかがですか?」
「……問題ない」
昨日目覚めた時よりも体調はいい。軽く腕を動かすが、問題はなさそうだった。。
そうして身体の状態を確認しているシアリィルドだが、いつにない視線を感じてオリヴァーを見る。オリヴァーは思いつめたような真剣なまなざしでシアリィルドを見ていた。いつもならば、軽口を言うくらいはしてくるオリヴァーだ。
「どうかしたのか?」
「……覚えていらっしゃらないのですか?」
「何のことだ?」
「魘されておいででした。その後、突然起き上がられて……」
「俺が?」
コクンと頷くオリヴァー。しかし、シアリィルドは覚えがない。ナタリアが側にいた時は起き上がることなんて出来なかった。ならば、別の時か。
「俺は、何か言っていたのか?」
「……それは」
一瞬言葉に詰まってから、否定する。とすると、何かを言っていたのかもしれない。
何か夢でも見ていただろうか。シアリィルドは、思い返す。魘されていたというが、オリヴァーの様子はそれ以上のことを案じているようにも見える。
しかし、シアリィルドには覚えがない。
「……すまない、覚えてない。面倒かけたな」
「いえ……その……」
「オリヴァー?」
「……」
手をぎゅっと握りしめて、何か言いたそうにしているオリヴァー。しかし言えない。言ってはいけないという何かが、オリヴァーの思いを塞き止めているようだ。
オリヴァーはここ領地にいる間は、シアリィルドの専属となっている。王都にいる時は軍の宿舎で暮らしているためシアリィルドに専属は必要なく、一介の侍女としての立場。どちらにしても、雇い主はシアリィルドではなく当主であるルトギアスだ。ならば、オリヴァーが言葉を抑えているのはルトギアスからの指示なのかもしれない。
「俺について……父上が何か言っていたか?」
「っ……その……はい」
「そうか……」
その反応が答えだった。何を言われたのかはわからないが、オリヴァーの態度からシアリィルドにとって良いことではないのだろう。
ここにきてから、ルトギアスのシアリィルドに対するものはどれも納得できるものではないので、今更一つや二つ増えたところで、どうということではない。
「気にしなくていい。父上が俺に何も言わないのは、いつものことだ」
「……シアリィルド様」
「……」
領地にきてから、シアリィルドは蚊帳の外におかれている。情報から遠ざけられ、何もしないことを強要されているのだ。ルトギアスからの命令に逆らうことなど考えてはいないが、このままで良いのだろうか。本当に。
シアリィルドは深く息をはいて、何となく窓の外を眺めた。空は青く晴天だ。雲は遠い。白い雲と黒い雲がそこにはある。
「……っ!」
一瞬、黒い雲・・・否、暗い空が脳裏を過った。
空の色が暗くなるなど、夜以外には知らないはずだ。あの黒い雲はただの雨雲。だが、何故か違う光景が浮かぶ。
暗くて、陽の光が届かない空。血と焼け焦げる臭いが充満していた。
『アルドっ!』
「……!?」
何かに呼ばれたように、シアリィルドはハッとなる。だが、ここにはオリヴァーしかいない。
「シアリィルド様?」
「……あ、あぁ。何でもない。気にしないでくれ」
「?」
首をかしげるオリヴァーの顔は不安そうだ。シアリィルドは安心させるように、大丈夫だと笑う。しかし、その胸の中は激しく動揺していた。
(……呼ばれたのは、気のせいじゃない……確かに、俺を呼んだ……どうして……俺を……アルドと呼ぶんだ……?)
「あ、気がつかれましたか?」
「なた、りあ?」
「はい、シアリィルド様」
「お、れは……どう、して……」
何かを忘れている気がしたが、それ以上に何故寝ているのかが思い出せなかった。酷く汗をかいているし、頭も重い。熱を出したのだろうか。
側についていくれたのだろう、ナタリアがシアリィルドの額に置かれていたタオルを取り、置いてあった水桶に浸していた。絞られたそれを、再びシアリィルドの額へ乗せる。タオルから伝わる冷たさが心地よく、目を閉じる。気だるさが残る身体は、動くのが億劫だ。やはり、熱を出したのだろう。己の状態からそう結論付ける。
「ナタリア」
「はい」
「……どの、くらい寝ていた?」
「一日半程度になります」
「……」
確か、シアリィルドは母のクレーネと共に朝食を摂っていたはずだった。それから一日以上が経っているらしい。領地へ来てから、これほど多くの時間寝込むのは、初めてだ。
「そう、か……」
「シアリィルド様、どこかお辛いところはありませんか?」
「……いや、多少身体は怠いが」
「そうですか……お食事はどうされますか?」
外を見れば陽が沈み初めていた。ここで食事を摂らなければ、二日近く何も食べないことになる。しかし、食欲はない。
「今は、いらない」
「……では、何か飲み物を」
「それもいい……」
「シアリィルド様……ですが」
「いいんだ」
食い下がるナタリアだが、何も口にしたくない。それがシアリィルドの素直な気持ちだった。
シアリィルドの頑なな態度にナタリアは困っている。起きた時の指示に、食事のことがあったのだろう。
「ごめん……何も口にしたくない」
「シアリィルド様。いえ、わかりました。では、何か欲しいものはございますか?」
「いや、大丈夫だ・・・悪い、少し休む」
「……わかりました」
話をして疲れたのか、シアリィルドは目を閉じると直ぐに眠りについてしまった。
再び目を覚ましたのは翌日だ。
目覚めると、側にはオリヴァーがいた。
「オリヴァー、か?」
「おはようございます、シアリィルド様」
ゆっくりと身体を起こす。昨日までの倦怠感はなかった。オリヴァーが差し出したコップを受け取り、口に含む。冷たい水が喉を潤してくれた。
「ありがとう」
「いえ……ご気分はいかがですか?」
「……問題ない」
昨日目覚めた時よりも体調はいい。軽く腕を動かすが、問題はなさそうだった。。
そうして身体の状態を確認しているシアリィルドだが、いつにない視線を感じてオリヴァーを見る。オリヴァーは思いつめたような真剣なまなざしでシアリィルドを見ていた。いつもならば、軽口を言うくらいはしてくるオリヴァーだ。
「どうかしたのか?」
「……覚えていらっしゃらないのですか?」
「何のことだ?」
「魘されておいででした。その後、突然起き上がられて……」
「俺が?」
コクンと頷くオリヴァー。しかし、シアリィルドは覚えがない。ナタリアが側にいた時は起き上がることなんて出来なかった。ならば、別の時か。
「俺は、何か言っていたのか?」
「……それは」
一瞬言葉に詰まってから、否定する。とすると、何かを言っていたのかもしれない。
何か夢でも見ていただろうか。シアリィルドは、思い返す。魘されていたというが、オリヴァーの様子はそれ以上のことを案じているようにも見える。
しかし、シアリィルドには覚えがない。
「……すまない、覚えてない。面倒かけたな」
「いえ……その……」
「オリヴァー?」
「……」
手をぎゅっと握りしめて、何か言いたそうにしているオリヴァー。しかし言えない。言ってはいけないという何かが、オリヴァーの思いを塞き止めているようだ。
オリヴァーはここ領地にいる間は、シアリィルドの専属となっている。王都にいる時は軍の宿舎で暮らしているためシアリィルドに専属は必要なく、一介の侍女としての立場。どちらにしても、雇い主はシアリィルドではなく当主であるルトギアスだ。ならば、オリヴァーが言葉を抑えているのはルトギアスからの指示なのかもしれない。
「俺について……父上が何か言っていたか?」
「っ……その……はい」
「そうか……」
その反応が答えだった。何を言われたのかはわからないが、オリヴァーの態度からシアリィルドにとって良いことではないのだろう。
ここにきてから、ルトギアスのシアリィルドに対するものはどれも納得できるものではないので、今更一つや二つ増えたところで、どうということではない。
「気にしなくていい。父上が俺に何も言わないのは、いつものことだ」
「……シアリィルド様」
「……」
領地にきてから、シアリィルドは蚊帳の外におかれている。情報から遠ざけられ、何もしないことを強要されているのだ。ルトギアスからの命令に逆らうことなど考えてはいないが、このままで良いのだろうか。本当に。
シアリィルドは深く息をはいて、何となく窓の外を眺めた。空は青く晴天だ。雲は遠い。白い雲と黒い雲がそこにはある。
「……っ!」
一瞬、黒い雲・・・否、暗い空が脳裏を過った。
空の色が暗くなるなど、夜以外には知らないはずだ。あの黒い雲はただの雨雲。だが、何故か違う光景が浮かぶ。
暗くて、陽の光が届かない空。血と焼け焦げる臭いが充満していた。
『アルドっ!』
「……!?」
何かに呼ばれたように、シアリィルドはハッとなる。だが、ここにはオリヴァーしかいない。
「シアリィルド様?」
「……あ、あぁ。何でもない。気にしないでくれ」
「?」
首をかしげるオリヴァーの顔は不安そうだ。シアリィルドは安心させるように、大丈夫だと笑う。しかし、その胸の中は激しく動揺していた。
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