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11.
薄いカーテン越しに光が降りている朝。
目を開くよりも先に、静けさはすでに満ちていて、昨夜の余韻が十分に肌にまとわりついていた。
布団と触れている素肌は昨日の体温を逃さまいとばかりに、ほんのりと熱を抱えたまま、何かから離れようとしない。夢現なままその何かに指先を這わせ、ふと。一つ、甘い吐息が何かからこぼれ落ちる。
「エレリーナ様、くすぐったいです……」
低く落ちる囁きに、胸の奥がゆるりと震えた。
そっと目を開けると、すぐ傍にテオエルの視線があり、彼の長いまつ毛には朝の光が柔く沁み、まるで夢の続きを見せるかのようだった。
「おはようございます、テオエル」
声にしてしまうと、気恥ずかしさが一気に押し寄せる。彼はわずかに目元を緩め、昨夜よりも静かで優しい笑みを浮かべた。
「おはようございます。……まだ、眠いでしょうか」
「ええ。昨日は少し——」
そこまで言って、喉の奥で言葉が止まった。
昨日という一言が、肩に落ちた彼の手の感触、夜の静けさより深く沈んでいった呼吸、肌に触れた温度の名残——
そういう昨夜の記憶をあまりにも鮮やかに呼び起こす。
それらが一斉に現実となって胸の奥へ押し寄せてきて、思わず視線を伏せた。
「……昨日は少し長かったですから」
「でも、嫌ではなかったでしょう?」
有無を言わせない低い声が落ちてくる。
それは昨夜、耳元で囁いた唇の温度と同じで、逃げ道を残さない声音であるはずなのに、どうしてか拒む気持ちを一つも生ませないほど優しい。そればかりか、それに落ちてしまいたいと願う自分もいる。
ほんの少しだけ顔を上げると、テオエルの指先が布団の上で私の顔へと伸び、頬を撫でた。その感触が酷く甘い。
「……嫌では、ありませんでした」
囁くと、彼の瞳がわずかに細まり、静かな笑みが日光の斜線に深く溶けた。
「これでは四ヶ月など、すぐに過ぎてしまいそうですね」
言いながら、彼はゆっくりと私の髪に指を絡め、その優しい手つきのままに頭を撫でる。
「ええ……きっと」
返した言葉はまだ夢現に、そのくぐもった響きさえも、昨夜の熱を手放しきれていない痕のようだった。
テオエルの指が髪を梳くたび、ゆるく波打つ甘さが胸の奥に降りてくる。
彼の手つきはあまりにも穏やかで、まるで起きることさえ惜しく、これがずっと続けばいいのに、と体が反抗しているみたいだった。
「エレリーナ様。起きる前に……少しだけ、こうしていても良いですか」
テオエルはそう問いながら、指先を私の頬に這わせた。
「ええ、構いませんよ、テオエル」
拒む理由がどこにもない。
それどころか、胸のどこかがまだ離れたくない、と強く訴えていた。
小さく頷けば、テオエルは安心したように息を吐く。その吐息が髪に落ちて、ほんの少しだけくすぐったかった。
「ありがとうございます」
その一言だけで、こちらの胸の奥が熱くなる。
どうしてこんなに礼儀正しく、どうしてこんなに優しいのだろう。
昨夜の熱があった男と同じだというのに、今は触れれば壊れてしまうほど穏やかな顔をしている。
布団の中で、彼の手がそっと私の手へ触れた。
絡めるでもなく、握るでもなく、ただ指先と指先が触れ合う程度の感触だ。
——それなのに、心臓が跳ねる。そんなわずかな接触だけで、昨夜がすぐに蘇ってしまう。
「……エレリーナ様の手は、朝になると少し冷たいのですね」
「そうでしょうか……。自分ではあまり……」
言いながら、彼の指がさらに重なっていく。つい昨日までは、こんな触れ方は一度たりともなかったのに。
「温めても、いいですか」
囁きは布団越しの温度よりずっと熱かった。それは許可を求める声なのに、もう答えが決まっているみたいで。
「……お願いします」
言葉を返すと、テオエルの手が優しく私の手を包んだ。その温度が、指先からゆっくりと全身に広がっていく。
——ただ手を握られただけなのに、胸の奥が溶けていきそうだ。
「本当に、四ヶ月など耐えられなくなりそうですね」
自分で口にしたくせに、言った瞬間、胸の奥がきゅっと縮んだ。
冗談めかして言ったつもりだったのに、どこかで本気が滲んでしまったのがわかる。
テオエルは、柔らかく笑って私を見る。
まるで、私の言葉の揺らぎまで優しく手で包むみたいに。
「……そう思ってくださるのなら、私も嬉しいですよ」
低い声が胸を撫でていく。その一言に、また心臓が一段と跳ねた。
そして、その言葉の余韻が消えきらないうちに、テオエルの唇は私の額に静かに、確かに触れる。
「……エレリーナ様。今日も一日、どうか私のそばに」
その甘やかな言葉はまるでこれから始まる四ヶ月を祝福するように、ゆっくりと朝の空気へ溶けていった。
目を開くよりも先に、静けさはすでに満ちていて、昨夜の余韻が十分に肌にまとわりついていた。
布団と触れている素肌は昨日の体温を逃さまいとばかりに、ほんのりと熱を抱えたまま、何かから離れようとしない。夢現なままその何かに指先を這わせ、ふと。一つ、甘い吐息が何かからこぼれ落ちる。
「エレリーナ様、くすぐったいです……」
低く落ちる囁きに、胸の奥がゆるりと震えた。
そっと目を開けると、すぐ傍にテオエルの視線があり、彼の長いまつ毛には朝の光が柔く沁み、まるで夢の続きを見せるかのようだった。
「おはようございます、テオエル」
声にしてしまうと、気恥ずかしさが一気に押し寄せる。彼はわずかに目元を緩め、昨夜よりも静かで優しい笑みを浮かべた。
「おはようございます。……まだ、眠いでしょうか」
「ええ。昨日は少し——」
そこまで言って、喉の奥で言葉が止まった。
昨日という一言が、肩に落ちた彼の手の感触、夜の静けさより深く沈んでいった呼吸、肌に触れた温度の名残——
そういう昨夜の記憶をあまりにも鮮やかに呼び起こす。
それらが一斉に現実となって胸の奥へ押し寄せてきて、思わず視線を伏せた。
「……昨日は少し長かったですから」
「でも、嫌ではなかったでしょう?」
有無を言わせない低い声が落ちてくる。
それは昨夜、耳元で囁いた唇の温度と同じで、逃げ道を残さない声音であるはずなのに、どうしてか拒む気持ちを一つも生ませないほど優しい。そればかりか、それに落ちてしまいたいと願う自分もいる。
ほんの少しだけ顔を上げると、テオエルの指先が布団の上で私の顔へと伸び、頬を撫でた。その感触が酷く甘い。
「……嫌では、ありませんでした」
囁くと、彼の瞳がわずかに細まり、静かな笑みが日光の斜線に深く溶けた。
「これでは四ヶ月など、すぐに過ぎてしまいそうですね」
言いながら、彼はゆっくりと私の髪に指を絡め、その優しい手つきのままに頭を撫でる。
「ええ……きっと」
返した言葉はまだ夢現に、そのくぐもった響きさえも、昨夜の熱を手放しきれていない痕のようだった。
テオエルの指が髪を梳くたび、ゆるく波打つ甘さが胸の奥に降りてくる。
彼の手つきはあまりにも穏やかで、まるで起きることさえ惜しく、これがずっと続けばいいのに、と体が反抗しているみたいだった。
「エレリーナ様。起きる前に……少しだけ、こうしていても良いですか」
テオエルはそう問いながら、指先を私の頬に這わせた。
「ええ、構いませんよ、テオエル」
拒む理由がどこにもない。
それどころか、胸のどこかがまだ離れたくない、と強く訴えていた。
小さく頷けば、テオエルは安心したように息を吐く。その吐息が髪に落ちて、ほんの少しだけくすぐったかった。
「ありがとうございます」
その一言だけで、こちらの胸の奥が熱くなる。
どうしてこんなに礼儀正しく、どうしてこんなに優しいのだろう。
昨夜の熱があった男と同じだというのに、今は触れれば壊れてしまうほど穏やかな顔をしている。
布団の中で、彼の手がそっと私の手へ触れた。
絡めるでもなく、握るでもなく、ただ指先と指先が触れ合う程度の感触だ。
——それなのに、心臓が跳ねる。そんなわずかな接触だけで、昨夜がすぐに蘇ってしまう。
「……エレリーナ様の手は、朝になると少し冷たいのですね」
「そうでしょうか……。自分ではあまり……」
言いながら、彼の指がさらに重なっていく。つい昨日までは、こんな触れ方は一度たりともなかったのに。
「温めても、いいですか」
囁きは布団越しの温度よりずっと熱かった。それは許可を求める声なのに、もう答えが決まっているみたいで。
「……お願いします」
言葉を返すと、テオエルの手が優しく私の手を包んだ。その温度が、指先からゆっくりと全身に広がっていく。
——ただ手を握られただけなのに、胸の奥が溶けていきそうだ。
「本当に、四ヶ月など耐えられなくなりそうですね」
自分で口にしたくせに、言った瞬間、胸の奥がきゅっと縮んだ。
冗談めかして言ったつもりだったのに、どこかで本気が滲んでしまったのがわかる。
テオエルは、柔らかく笑って私を見る。
まるで、私の言葉の揺らぎまで優しく手で包むみたいに。
「……そう思ってくださるのなら、私も嬉しいですよ」
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そして、その言葉の余韻が消えきらないうちに、テオエルの唇は私の額に静かに、確かに触れる。
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