醜貌の聖女と呼ばれ、婚約破棄された公爵令嬢ですが、実は本物の聖女だったので王国が滅びかけています

きまま

文字の大きさ
4 / 10

4.

しおりを挟む
翌朝、公爵邸の庭園は薄い霧に包まれていた。昨夜の夜会の喧騒が嘘のように、鳥の鳴き声と風に揺れる葉擦れだけが静かに耳へ届く。

リリエルは東屋のベンチに腰掛け、両手を膝の上で重ねていた。銀の仮面はいつも通り顔を覆っている。外す理由はもうどこにもなかった。

「……失礼します」

ふいに背後から聞こえた声に、彼女は小さく肩を震わせた。振り向くと、そこに立っていたのは第二王子のフリンズ・アルセイフだった。

夜会と同じ、端正な顔立ち。
だが、今は王族としての華やかさよりも、穏やかな気配のほうが強かった。

「フリンズ殿下がお越しになるとは思っておりませんでした」

リリエルは立ち上がり、深く一礼する。
その所作は変わらず完璧で、昨日の出来事の劣情を微塵も感じさせない。

「突然で申し訳ないです」

フリンズは彼女に向き合い、視線を仮面へと向けた。そこには好奇も、探る色もない。ただ、相手を理解しようとする静かな眼差しだけがあった。

「昨夜の件について許してくれ、という話ではありません。ただ、一つ言いたいことがありまして」

「……恐れ入ります」

形式的な言葉を返しながら、リリエルは戸惑っていた。
彼はなぜ、ここへ来たのだろうか。
同情か、義務か、それとも——。
そう考えて止める。あまり人を無意識に信頼するのは良くないから。

「あのときのあなたの判断は何も間違っていなかった、と思います」

しかし、フリンズはそう言い切った。

「容姿を理由に切り捨てるなど、為政者の器ではないし、為政者以前に人としてどうかしている。だから、あなたが黙して場を去った判断はむしろ称賛されるべきものだと思うのです」

思わず、リリエルは息を呑む。
称賛。
その言葉を自分が向けられるとは思っていなかった。

「……私は何もしていません。ただ、争わなかっただけです」

「でも、逃げはしなかった。あなたはあの場で、品位を守った。自分の尊厳を最後まで捨てなかった。私にはそれが美しいと感じました」

仮面の奥でリリエルの瞳が揺れる。
胸の奥に熱でも冷えでもない、奇妙な感覚が広がっていった。

「私は……仮面を被ったままです。その答えはもう分かるでしょう」

問いは知らず知らずのうちに試すようなものになっていた。
フリンズは一瞬、言葉を選ぶように視線を伏せ、そして、再び彼女を見る。

「仮面の下がどうであるかは関係ないです。あなたは適当な判断ができて、忍耐がある。そして、民を思う心を持っている。その優しさを私は近くで見ていました。それは容姿なんかよりはるかに重要なものだと、心得ております」

——違う。
喉元まで出かかった否定の言葉をリリエルは飲み込んだ。
彼はまだ知らない。この仮面の下に何があるのかを。

感情が高ぶる。絆されまいと微かな眩暈が彼女を襲う。瞳の奥が熱を帯びる。
彼女は品位を欠かぬように徐に立ち上がった。

「……失礼します」

そして、咄嗟に俯いた瞬間。

「まだ、すぐに信じられなくても構いません」

フリンズの声がすぐそばで響いた。
驚いて顔を上げかけ、リリエルは慌てて動きを止める。だが、彼は一歩も引かなかった。

「ただ、覚えていてほしいのです。あなたは人として素晴らしい、と」

そう言い残すと、彼は一礼し、去っていく。
庭園に残されたリリエルはしばらく動けずにいた。しかし、胸の奥で、何かが確かに変わり始めていた。
仮面の下で、彼女はそっと息を吐く。

(……この方は)

まだ、答えは出せない。
だが、少なくとも——。
恐れず自分を見ようとする存在がいる。母のように。
その事実だけが今は救いだった。
しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

その婚約破棄喜んで

空月 若葉
恋愛
 婚約者のエスコートなしに卒業パーティーにいる私は不思議がられていた。けれどなんとなく気がついている人もこの中に何人かは居るだろう。  そして、私も知っている。これから私がどうなるのか。私の婚約者がどこにいるのか。知っているのはそれだけじゃないわ。私、知っているの。この世界の秘密を、ね。 注意…主人公がちょっと怖いかも(笑) 4話で完結します。短いです。の割に詰め込んだので、かなりめちゃくちゃで読みにくいかもしれません。もし改善できるところを見つけてくださった方がいれば、教えていただけると嬉しいです。 完結後、番外編を付け足しました。 カクヨムにも掲載しています。

ベッドの上で婚約破棄されました

フーツラ
恋愛
 伯令嬢ニーナはベッドの上で婚約破棄を宣告された。相手は侯爵家嫡男、ハロルド。しかし、彼の瞳には涙が溜まっている。何か事情がありそうだ。

聖水を作り続ける聖女 〜 婚約破棄しておきながら、今さら欲しいと言われても困ります!〜

手嶋ゆき
恋愛
 「ユリエ!! お前との婚約は破棄だ! 今すぐこの国から出て行け!」  バッド王太子殿下に突然婚約破棄されたユリエ。  さらにユリエの妹が、追い打ちをかける。  窮地に立たされるユリエだったが、彼女を救おうと抱きかかえる者がいた——。 ※一万文字以内の短編です。 ※小説家になろう様など他サイトにも投稿しています。

あなたのことなんて、もうどうでもいいです

もるだ
恋愛
舞踏会でレオニーに突きつけられたのは婚約破棄だった。婚約者の相手にぶつかられて派手に転んだせいで、大騒ぎになったのに……。日々の業務を押しつけられ怒鳴りつけられいいように扱われていたレオニーは限界を迎える。そして、気がつくと魔法が使えるようになっていた。 元婚約者にこき使われていたレオニーは復讐を始める。

(完結)伯爵令嬢に婚約破棄した男性は、お目当ての彼女が着ている服の価値も分からないようです

泉花ゆき
恋愛
ある日のこと。 マリアンヌは婚約者であるビートから「派手に着飾ってばかりで財をひけらかす女はまっぴらだ」と婚約破棄をされた。 ビートは、マリアンヌに、ロコという娘を紹介する。 シンプルなワンピースをさらりと着ただけの豪商の娘だ。 ビートはロコへと結婚を申し込むのだそうだ。 しかし伯爵令嬢でありながら商品の目利きにも精通しているマリアンヌは首を傾げる。 ロコの着ているワンピース、それは仕立てこそシンプルなものの、生地と縫製は間違いなく極上で……つまりは、恐ろしく値の張っている服装だったからだ。 そうとも知らないビートは…… ※ゆるゆる設定です

「君の回復魔法は痛い」と追放されたので、国を浄化するのをやめました

希羽
恋愛
「君の回復魔法は痛いから」と婚約破棄され、国外追放された聖女エレナ。しかし彼女の魔法は、呪いを根こそぎ消滅させる最強の聖なる焼却だった。国を見限って辺境で薬草カフェを開くと、その技術に惚れ込んだ伝説の竜王やフェンリルが常連になり、悠々自適なスローライフが始まる。 一方、エレナを追放した王国はパニックに陥っていた。新しく迎えた聖女の魔法は、ただ痛みを麻痺させるだけの「痛み止め」に過ぎず、国中に蔓延する呪いを防ぐことができなかったのだ。 原因不明の奇病、腐り落ちる騎士の腕、そして復活する魔王の封印。 「頼む、戻ってきてくれ!」と泣きつかれても、もう遅い。 私の店は世界最強の竜王様が警備しているので、王家の使いだろうと門前払いです。 ※本作は「小説家になろう」でも投稿しています。

婚約破棄を伝えられて居るのは帝国の皇女様ですが…国は大丈夫でしょうか【完結】

恋愛
卒業式の最中、王子が隣国皇帝陛下の娘で有る皇女に婚約破棄を突き付けると言う、前代未聞の所業が行われ阿鼻叫喚の事態に陥り、卒業式どころでは無くなる事から物語は始まる。 果たして王子の国は無事に国を維持できるのか?

修道女エンドの悪役令嬢が実は聖女だったわけですが今更助けてなんて言わないですよね

星井ゆの花
恋愛
『お久しぶりですわ、バッカス王太子。ルイーゼの名は捨てて今は洗礼名のセシリアで暮らしております。そちらには聖女ミカエラさんがいるのだから、私がいなくても安心ね。ご機嫌よう……』 悪役令嬢ルイーゼは聖女ミカエラへの嫌がらせという濡れ衣を着せられて、辺境の修道院へ追放されてしまう。2年後、魔族の襲撃により王都はピンチに陥り、真の聖女はミカエラではなくルイーゼだったことが判明する。 地母神との誓いにより祖国の土地だけは踏めないルイーゼに、今更助けを求めることは不可能。さらに、ルイーゼには別の国の王子から求婚話が来ていて……? * この作品は、アルファポリスさんと小説家になろうさんに投稿しています。 * 2025年12月06日、番外編の投稿開始しました。

処理中です...