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喉がひりつき、唾を飲み込もうとしても、うまくいかない。むしろ、逃げたいとさえ思う。
しかしながら、それを許さないように視界の端に映る重臣たちが彼を捉えていた。
「……王命として、だ」
ようやく絞り出した声はわがままなプライドで掠れていた。威厳を保とうとした言葉のはずなのに、響きは弱く、空気に溶け入るようだ。
「王国のために、戻るよう……伝えろ」
それは命令であり、同時に逃げでもあった。王命という言葉で包めば、自分が頭を下げずに済む。そうでなければ、彼は玉座にいられなかった。
「それは、王命ですか」
フリンズは静かに問う。
彼の瞳がわずかに細められ、ただ真実を求める。
「そうだ。聖女としての義務だからな」
レオンハルトは反射的に答えていた。聖女という言葉を盾にし、義務という鎖を投げる。それが王として許される唯一の道だと、彼は信じたかった。
「彼女に、義務はありません」
しかし、フリンズははっきりと現実を告げる。その声は低く、澄んでいて、揺らぎがなかった。
「彼女はすでに、王家を一度追い出されている。王命ではなく、兄上自身の判断で、そして、衆人の前で。そんな令嬢に王命だからと言って、無かったことにするのは甚だ図々しい」
「……なら、どうすればいい」
気づけば、彼は縋るような声を出していた。
それは命令でも、叱責でもない。
ただの追い詰められた一人の男の問いだった。
フリンズはわずかに息を吸い、静かに答える。
「頭を下げるしかありません」
その言葉に、数名の重臣が息を呑んだ。
「王命ではなく。聖女としての義務でもなく。
一度切り捨てた相手に対して、王家として、そして兄として、謝罪し、お願いするしかない」
「……ふざけるな!王子が公爵家の令嬢に頭を下げろと言うのか」
「はい」
フリンズは一切の躊躇もなく頷いた。
「それが今の王家に残された唯一の選択です」
「この国は彼女の力によって守られていた。それを殿下は不要だと切り捨てた。ならば今度は不要だと言った側が、必要だと認めて頭を下げる番です」
「……」
レオンハルトは唇を強く噛みしめる。
王子として。
未来の王として。
そして何より、彼自身が信じてきた「正しさ」が、誇りが、軋む音を立てて崩れていく。
美しい女を選んだ。仮面の女に価値はない。
それが王の判断だ。——自分は間違っていない。
そう何度も言い聞かせてきた言葉が今は薄っぺらく剥がれ落ちていく。
「……」
視線の先には重臣たちの顔がある。そこにあるのは期待ではない。不安と焦燥、そして、「王は何を選ぶのか」という冷たい観察だ。
「……アルヴァリア公爵家へ行く。それで良いのだろう」
ようやく、レオンハルトは言った。
その言葉が落ちた瞬間、会議室の空気がわずかに緩む。
安堵とも、諦観ともつかない吐息が重臣たちの間を静かに流れた。
それから一日が巡った後の夜のこと。
リリエルは静かな部屋で一人佇んでいた。霧はさらに濃くなり、窓の外は白く霞んでいる。
月明かりさえ滲み、輪郭を失っていて、その霧はどこまでも聖女の力とは真反対のもののように思えた。その理由を言葉にできるほど理解しているわけではない。だが、身体の奥が確かにそれを拒絶している。
胸の奥がじくり、と疼く。
「お嬢様。王城から尋ね人が」
一つ二つとドアが叩かれたと思ったら、老執事の声が響いた。
リリエルはそれにはすぐに答えずゆっくりと、仮面に触れる。
この銀の仮面がある限り、期待も失望も恐怖もすべてを遠ざけて守られる側でいられる。だが、同時に何も救えないのは確かだった。
母が回復した時のことをふと思い出す。
異質なものを見るような視線、触れてしまった恐怖。それらを持ち合わせながらも確かに、医師も使用人も父も、母の回復を喜んでいた。
もし、私の歪な力を正しさと認めてくれる人がいるなら。もし、それを必要とする人がいるのなら。もし、向き合ってくれる人がいるなら。
私は私で居られるのだろうか。
「……通してください」
まだ答えは不透明だ。
しかし、確かにそれは彼女の胸の奥で消えずに灯っていた。
しかしながら、それを許さないように視界の端に映る重臣たちが彼を捉えていた。
「……王命として、だ」
ようやく絞り出した声はわがままなプライドで掠れていた。威厳を保とうとした言葉のはずなのに、響きは弱く、空気に溶け入るようだ。
「王国のために、戻るよう……伝えろ」
それは命令であり、同時に逃げでもあった。王命という言葉で包めば、自分が頭を下げずに済む。そうでなければ、彼は玉座にいられなかった。
「それは、王命ですか」
フリンズは静かに問う。
彼の瞳がわずかに細められ、ただ真実を求める。
「そうだ。聖女としての義務だからな」
レオンハルトは反射的に答えていた。聖女という言葉を盾にし、義務という鎖を投げる。それが王として許される唯一の道だと、彼は信じたかった。
「彼女に、義務はありません」
しかし、フリンズははっきりと現実を告げる。その声は低く、澄んでいて、揺らぎがなかった。
「彼女はすでに、王家を一度追い出されている。王命ではなく、兄上自身の判断で、そして、衆人の前で。そんな令嬢に王命だからと言って、無かったことにするのは甚だ図々しい」
「……なら、どうすればいい」
気づけば、彼は縋るような声を出していた。
それは命令でも、叱責でもない。
ただの追い詰められた一人の男の問いだった。
フリンズはわずかに息を吸い、静かに答える。
「頭を下げるしかありません」
その言葉に、数名の重臣が息を呑んだ。
「王命ではなく。聖女としての義務でもなく。
一度切り捨てた相手に対して、王家として、そして兄として、謝罪し、お願いするしかない」
「……ふざけるな!王子が公爵家の令嬢に頭を下げろと言うのか」
「はい」
フリンズは一切の躊躇もなく頷いた。
「それが今の王家に残された唯一の選択です」
「この国は彼女の力によって守られていた。それを殿下は不要だと切り捨てた。ならば今度は不要だと言った側が、必要だと認めて頭を下げる番です」
「……」
レオンハルトは唇を強く噛みしめる。
王子として。
未来の王として。
そして何より、彼自身が信じてきた「正しさ」が、誇りが、軋む音を立てて崩れていく。
美しい女を選んだ。仮面の女に価値はない。
それが王の判断だ。——自分は間違っていない。
そう何度も言い聞かせてきた言葉が今は薄っぺらく剥がれ落ちていく。
「……」
視線の先には重臣たちの顔がある。そこにあるのは期待ではない。不安と焦燥、そして、「王は何を選ぶのか」という冷たい観察だ。
「……アルヴァリア公爵家へ行く。それで良いのだろう」
ようやく、レオンハルトは言った。
その言葉が落ちた瞬間、会議室の空気がわずかに緩む。
安堵とも、諦観ともつかない吐息が重臣たちの間を静かに流れた。
それから一日が巡った後の夜のこと。
リリエルは静かな部屋で一人佇んでいた。霧はさらに濃くなり、窓の外は白く霞んでいる。
月明かりさえ滲み、輪郭を失っていて、その霧はどこまでも聖女の力とは真反対のもののように思えた。その理由を言葉にできるほど理解しているわけではない。だが、身体の奥が確かにそれを拒絶している。
胸の奥がじくり、と疼く。
「お嬢様。王城から尋ね人が」
一つ二つとドアが叩かれたと思ったら、老執事の声が響いた。
リリエルはそれにはすぐに答えずゆっくりと、仮面に触れる。
この銀の仮面がある限り、期待も失望も恐怖もすべてを遠ざけて守られる側でいられる。だが、同時に何も救えないのは確かだった。
母が回復した時のことをふと思い出す。
異質なものを見るような視線、触れてしまった恐怖。それらを持ち合わせながらも確かに、医師も使用人も父も、母の回復を喜んでいた。
もし、私の歪な力を正しさと認めてくれる人がいるなら。もし、それを必要とする人がいるのなら。もし、向き合ってくれる人がいるなら。
私は私で居られるのだろうか。
「……通してください」
まだ答えは不透明だ。
しかし、確かにそれは彼女の胸の奥で消えずに灯っていた。
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