醜貌の聖女と呼ばれ、婚約破棄された公爵令嬢ですが、実は本物の聖女だったので王国が滅びかけています

きまま

文字の大きさ
8 / 10

8.

しおりを挟む
アルヴァリア公爵邸の応接間はシャンデリアの光を受け、明るかった。
厚いカーテン越しに差し込む光は薄暗く、霧に遮られて輪郭を失っている。まるで外の世界とこの部屋とが切り離されているかのようだった。

リリエルは銀の仮面を着けたまま、応接間の中央に立ち、背筋を伸ばし、両手を静かに重ねていた。

扉が開き、二人の男が入ってくる。
先頭に立つのはレオンハルト。その背後に一歩距離を取るようにフリンズが立っていた。

「久しいな、リリエル」

先に口を開いたのはレオンハルトだった。
その声音は落ち着いており、あたかも話し合いの場に来たかのような調子だった。

「単刀直入に言う。国が困っている」

それだけ告げると、彼はリリエルを見据え、仮面の奥を覗き込む。その視線には相手の感情を配慮するような毛色はなく、ただわがままだ。リリエルはそう感じていた。

「王都の結界は弱まり、民は不安に怯えている。だから、君の力が必要だ。戻ってきてほしい」

その言葉を彼はふんぞり返りながら言った。
リリエルの胸がわずかにざわつく。

「戻れば、以前と同等の待遇は保証しよう。公爵家の立場も私の婚約者としての地位もだ」

それは譲歩のつもりだったのだろう。
だが、その口調の節々にはやはり変なプライドが引っかかって、リリエルはかえって頷くことを拒んだ。

「……戻るとは、どこへでしょうか」

「王城だ。君が本来いるべき場所だろう」

そこに疑問を挟む余地などない、とでも言うような飄々とした表情だった。

「私はあの場で不要だと言われました」

「結果的に、君を傷つけた部分があったのは認めよう。……だが、感情と現実とは別だ。今は国のために最善を選ぶべきだと思うがね」

レオンハルトはそう言ったが、その言葉は軽い。非を認めながらその実、非を認めようとはしていないらしい。
そればかりか、彼の中では話はすでに終わっているようだ。謝罪も対等な言葉もない。ただ、戻るのが当然という前提だけがそこにあった。

彼の言葉が応接間に落ちたあと、わずかな沈黙が流れた。その沈黙を破ったのは、これまで一歩後ろに立っていたフリンズだった。

「……兄上」

静かな呟きだった。だが、その一声には呆れも怒りも混ざったような諦観があった。
レオンハルトは眉をひそめる。

「何が言いたい」

レオンハルトの声は低く、抑えられていたが、そこには苛立ちが滲んでいた。その問いは説明を求めるものではなく、反論を許さない威圧だった。
フリンズは一拍置いてから、静かに口を開く。

「兄上は彼女が王城を去った理由を忘れているのではないでしょうか」

応接間の空気がわずかに張り詰める。
リリエルは身動き一つせず、その言葉の行方を見守っていた。

「衆人の前で不要だと断じたのは、紛れもなく兄上です。婚約を破棄し、王城から追い出した。それは結果的などという曖昧なものではない」

淡々とした口調だった。
感情を乗せていないからこそ、その言葉は事実として突き刺さる。

「兄上自身が否定し、壊した。だから今、戻れという言葉は醜いです」

フリンズがため息混じりに言葉を漏らせば、レオンハルトの表情が歪む。否定したい衝動と否定できない現実がぶつかり合っているようだ。

「……国が危機にあるのは事実だ。それを前にして、一個人の嫌だという感情だけを優先するのか?」

その言葉は低く唸るような声で、責任を盾にした非難だった。
だが、フリンズは即座に首を振る。

「兄上がわがままな感情だけで国には不要だ、と切り捨てたのなら。リリエル様も、感情だけで国を不要だ、と切り捨てていいのは確かです」

レオンハルトの唇がわずかに開き、そして閉じる。反論の言葉は見つからなかった。

「聖女だから従え、義務だから戻れ――その論理は通用しません。選ぶ権利は彼女にあって、頭を下げる責任は私たちにある」

フリンズの言葉が終わると、応接間は再び静まり返った。
先ほどまで張り詰めていた空気は今度は別の重さを帯びてそこにあった。
レオンハルトは何も言わなかった。
いや、というより言えなかったの方が正しい。唇を結び、視線を逸らし、拳を握り締めている。その姿は王子というよりも我を貫き通した一人の男の後悔だった。
しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

その婚約破棄喜んで

空月 若葉
恋愛
 婚約者のエスコートなしに卒業パーティーにいる私は不思議がられていた。けれどなんとなく気がついている人もこの中に何人かは居るだろう。  そして、私も知っている。これから私がどうなるのか。私の婚約者がどこにいるのか。知っているのはそれだけじゃないわ。私、知っているの。この世界の秘密を、ね。 注意…主人公がちょっと怖いかも(笑) 4話で完結します。短いです。の割に詰め込んだので、かなりめちゃくちゃで読みにくいかもしれません。もし改善できるところを見つけてくださった方がいれば、教えていただけると嬉しいです。 完結後、番外編を付け足しました。 カクヨムにも掲載しています。

ベッドの上で婚約破棄されました

フーツラ
恋愛
 伯令嬢ニーナはベッドの上で婚約破棄を宣告された。相手は侯爵家嫡男、ハロルド。しかし、彼の瞳には涙が溜まっている。何か事情がありそうだ。

聖水を作り続ける聖女 〜 婚約破棄しておきながら、今さら欲しいと言われても困ります!〜

手嶋ゆき
恋愛
 「ユリエ!! お前との婚約は破棄だ! 今すぐこの国から出て行け!」  バッド王太子殿下に突然婚約破棄されたユリエ。  さらにユリエの妹が、追い打ちをかける。  窮地に立たされるユリエだったが、彼女を救おうと抱きかかえる者がいた——。 ※一万文字以内の短編です。 ※小説家になろう様など他サイトにも投稿しています。

あなたのことなんて、もうどうでもいいです

もるだ
恋愛
舞踏会でレオニーに突きつけられたのは婚約破棄だった。婚約者の相手にぶつかられて派手に転んだせいで、大騒ぎになったのに……。日々の業務を押しつけられ怒鳴りつけられいいように扱われていたレオニーは限界を迎える。そして、気がつくと魔法が使えるようになっていた。 元婚約者にこき使われていたレオニーは復讐を始める。

(完結)伯爵令嬢に婚約破棄した男性は、お目当ての彼女が着ている服の価値も分からないようです

泉花ゆき
恋愛
ある日のこと。 マリアンヌは婚約者であるビートから「派手に着飾ってばかりで財をひけらかす女はまっぴらだ」と婚約破棄をされた。 ビートは、マリアンヌに、ロコという娘を紹介する。 シンプルなワンピースをさらりと着ただけの豪商の娘だ。 ビートはロコへと結婚を申し込むのだそうだ。 しかし伯爵令嬢でありながら商品の目利きにも精通しているマリアンヌは首を傾げる。 ロコの着ているワンピース、それは仕立てこそシンプルなものの、生地と縫製は間違いなく極上で……つまりは、恐ろしく値の張っている服装だったからだ。 そうとも知らないビートは…… ※ゆるゆる設定です

「君の回復魔法は痛い」と追放されたので、国を浄化するのをやめました

希羽
恋愛
「君の回復魔法は痛いから」と婚約破棄され、国外追放された聖女エレナ。しかし彼女の魔法は、呪いを根こそぎ消滅させる最強の聖なる焼却だった。国を見限って辺境で薬草カフェを開くと、その技術に惚れ込んだ伝説の竜王やフェンリルが常連になり、悠々自適なスローライフが始まる。 一方、エレナを追放した王国はパニックに陥っていた。新しく迎えた聖女の魔法は、ただ痛みを麻痺させるだけの「痛み止め」に過ぎず、国中に蔓延する呪いを防ぐことができなかったのだ。 原因不明の奇病、腐り落ちる騎士の腕、そして復活する魔王の封印。 「頼む、戻ってきてくれ!」と泣きつかれても、もう遅い。 私の店は世界最強の竜王様が警備しているので、王家の使いだろうと門前払いです。 ※本作は「小説家になろう」でも投稿しています。

婚約破棄を伝えられて居るのは帝国の皇女様ですが…国は大丈夫でしょうか【完結】

恋愛
卒業式の最中、王子が隣国皇帝陛下の娘で有る皇女に婚約破棄を突き付けると言う、前代未聞の所業が行われ阿鼻叫喚の事態に陥り、卒業式どころでは無くなる事から物語は始まる。 果たして王子の国は無事に国を維持できるのか?

修道女エンドの悪役令嬢が実は聖女だったわけですが今更助けてなんて言わないですよね

星井ゆの花
恋愛
『お久しぶりですわ、バッカス王太子。ルイーゼの名は捨てて今は洗礼名のセシリアで暮らしております。そちらには聖女ミカエラさんがいるのだから、私がいなくても安心ね。ご機嫌よう……』 悪役令嬢ルイーゼは聖女ミカエラへの嫌がらせという濡れ衣を着せられて、辺境の修道院へ追放されてしまう。2年後、魔族の襲撃により王都はピンチに陥り、真の聖女はミカエラではなくルイーゼだったことが判明する。 地母神との誓いにより祖国の土地だけは踏めないルイーゼに、今更助けを求めることは不可能。さらに、ルイーゼには別の国の王子から求婚話が来ていて……? * この作品は、アルファポリスさんと小説家になろうさんに投稿しています。 * 2025年12月06日、番外編の投稿開始しました。

処理中です...