醜貌の聖女と呼ばれ、婚約破棄された公爵令嬢ですが、実は本物の聖女だったので王国が滅びかけています

きまま

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王城へ向かう馬車は酷く静かだった。
車輪が石畳を踏む音だけが淡々と繰り返されては、揺れる。霧は相変わらず濃く、窓の外の景色は灰色に溶け、人の気配はあるはずなのに、どこか現実味が薄く、建物の輪郭さえ曖昧だった。
リリエルは背筋を伸ばし、膝の上で手を重ねるばかりだった。銀の仮面も外す素振りを見せない。
向かいに座るフリンズもまた、余計な言葉を発しなかった。互いに視線を交わすこともなく、ただ同じ行き先を共有しているだけだった。

やがて、馬車が止まり、その石畳に触れれば、王城の正門前には多くの人が集まっていた。
貴族、神官、兵士、そして、民。
霧の向こうから注がれる視線はかつて夜会で向けられた嫌な感情ばかり募っていたものとまるで違っていた。嘲りでも、好奇でもなく、この存在が何者なのかという、新しいものを測るような視線だった。

「……仮面の令嬢だ」

「本当に、来たのか……」

そして、一度リリエルを見れば、一つ二つと囁きが広がるが、やはり誰一人として笑わなかった。
彼らは藁にも縋る思いで期待しているのだ。
力を持ってしまった魔獣を、弱くなってしまった結界を、光を失って朽ちた聖具を、沈黙した古い紋様を呼び覚ましてほしい、と。

リリエルはその好奇な視線を浴びながら、ただ一歩王城の敷地へと足を踏み入れ、やがて朽ちた聖具の目の前で足を止めた。
彼女は一つ深く息を吸った。

そして、ゆっくりと仮面に手を添える。
金属が外れる、軽い音が響く。
衆人が、世界が、息を呑んだ。
——その容貌に。

仮面の下から現れたのは噂されていたような醜貌ではない。
月光を閉じ込めたかのような白磁の肌、形の整った唇、そして何よりも見る者の視線を逃がさない、澄み切っては淡い色彩の瞳。
美しい、という言葉では足りなかった。
それは造形ではなく、存在そのものが整っている、としか言いようがない。

その瞳がゆっくりと聖具を眺める。
刹那、光が走る。
聖具に刻まれた紋様が一斉に淡く輝き、沈黙していた石床の魔法陣が呼応するように明滅する。濁っていた聖水は音もなく澄み、結界の輪郭がはっきりと空に浮かび上がった。

霧が晴れていく。
日の明かりが確かになる。

「……聖女、だ」

誰かが震える声で呟いた。そして、誰もが膝を折り、頭を垂れる中で王城は息を取り戻した。
……その中でただ一人、レオンハルトは動けずにいた。
膝を折ることも、声を発することもできずに、彼の目に映る、かつて不要だと切り捨てた存在が世界を立て直す光景を理解してしまった。
自分は間違えたのだと。
取り返しのつかない選択をしたのだと。
だが、リリエルは彼を責めるように見つめなかった。その視線はほんの一瞬、広場に立つ無数の人々の名も知らぬ村人を見るのと何ひとつ変わらぬ重さで、彼を通り過ぎただけだった。
彼女の世界にもはや彼の居場所はなかった。

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