11 / 12
11.
王城は久しぶりに静けさを取り戻していた。
霧は消え、空は澄み渡り、結界は目に見えぬ輪郭となって王都を包み込んでいる。
魔獣の報告は止まり、聖堂の聖水はかつての輝きを取り戻し、民の表情にもようやく安堵の色が戻り始めていた。
全てが正しい位置に戻った。それは奇跡なんかではなく、あるべき本来の姿への回帰だった。
その数日後、王城では静かな裁定が下された。そこで、第一王子レオンハルト・アルセイフは王位継承権を正式に剥奪され、王都を離れることが決まった。
公の場での糾弾も弁明の機会もなかった。重臣たちは淡々と書を読み上げ、決定はただ事実として告げられただけだった。
彼が何も反抗はしなかったことが唯一の王子らしい行いだった。
怒りも抗議も後悔の言葉さえも口にしなかった。ただ、王城を去るその背中かつて民に夢を見せるはずだった王子のものとは思えぬほど、小さく見えた。
彼の名はやがて歴史とともに語られなくなるだろう。それが彼にとっての最も自然な結末だった。
次代の王が決まる、戴冠式の日が近づいていた。それに選ばれたのは第二王子フリンズ・アルセイフで、彼はその決定を静かに受け入れた。
王城の一室。窓からは柔らかな陽光が差し込み、風が白いカーテンを揺らしている。
リリエルは銀の仮面を手にしたまま、窓辺に立ち、街の風景を眺めていた。
「リリエル様」
背後から聞こえた声に振り返ると、そこにはフリンズが立っていて、いつも通り、静かな眼差しで彼女を見ていた。
「戴冠式が近いと聞きました。……どうしてお呼びになったのでしょうか」
リリエルの声は開け放たれた窓から差し込む柔らかな光のせいか、酷く落ち着いて響いた。銀の仮面越しの視線はまっすぐにフリンズを捉えている。
「あなたに礼を言いたいくて……。あなたが拒めば、私が王になることはなかっただろうし、国も今の形では続くことはなかったでしょうから」
フリンズは一度、視線を伏せる。
王としてではなく、王になろうとしている一人の男として、言葉を選ぶために。
しばしの沈黙が落ちる。
その静寂は重苦しいものではなかった。
「だから、私は一つだけ、あなたに伝えておきたい。もし、あなたがこの国に留まりたいと願うのなら。……私の隣を選んでくれないでしょうか」
彼はそう問いながら、静かに手を伸ばした。
その問いは確かに、愛の告白だった。
リリエルが公爵令嬢だからでも、聖女だからでもない。ただ、彼女自身として隣に立ってほしいという、静かな願いだった。
リリエルは仮面の奥でその手を眺める。
そして、彼女は小さく息を吐き——告げた。
「……ごめんなさい」
と。
「今の私には感情が分からないのです」
と。
霧は消え、空は澄み渡り、結界は目に見えぬ輪郭となって王都を包み込んでいる。
魔獣の報告は止まり、聖堂の聖水はかつての輝きを取り戻し、民の表情にもようやく安堵の色が戻り始めていた。
全てが正しい位置に戻った。それは奇跡なんかではなく、あるべき本来の姿への回帰だった。
その数日後、王城では静かな裁定が下された。そこで、第一王子レオンハルト・アルセイフは王位継承権を正式に剥奪され、王都を離れることが決まった。
公の場での糾弾も弁明の機会もなかった。重臣たちは淡々と書を読み上げ、決定はただ事実として告げられただけだった。
彼が何も反抗はしなかったことが唯一の王子らしい行いだった。
怒りも抗議も後悔の言葉さえも口にしなかった。ただ、王城を去るその背中かつて民に夢を見せるはずだった王子のものとは思えぬほど、小さく見えた。
彼の名はやがて歴史とともに語られなくなるだろう。それが彼にとっての最も自然な結末だった。
次代の王が決まる、戴冠式の日が近づいていた。それに選ばれたのは第二王子フリンズ・アルセイフで、彼はその決定を静かに受け入れた。
王城の一室。窓からは柔らかな陽光が差し込み、風が白いカーテンを揺らしている。
リリエルは銀の仮面を手にしたまま、窓辺に立ち、街の風景を眺めていた。
「リリエル様」
背後から聞こえた声に振り返ると、そこにはフリンズが立っていて、いつも通り、静かな眼差しで彼女を見ていた。
「戴冠式が近いと聞きました。……どうしてお呼びになったのでしょうか」
リリエルの声は開け放たれた窓から差し込む柔らかな光のせいか、酷く落ち着いて響いた。銀の仮面越しの視線はまっすぐにフリンズを捉えている。
「あなたに礼を言いたいくて……。あなたが拒めば、私が王になることはなかっただろうし、国も今の形では続くことはなかったでしょうから」
フリンズは一度、視線を伏せる。
王としてではなく、王になろうとしている一人の男として、言葉を選ぶために。
しばしの沈黙が落ちる。
その静寂は重苦しいものではなかった。
「だから、私は一つだけ、あなたに伝えておきたい。もし、あなたがこの国に留まりたいと願うのなら。……私の隣を選んでくれないでしょうか」
彼はそう問いながら、静かに手を伸ばした。
その問いは確かに、愛の告白だった。
リリエルが公爵令嬢だからでも、聖女だからでもない。ただ、彼女自身として隣に立ってほしいという、静かな願いだった。
リリエルは仮面の奥でその手を眺める。
そして、彼女は小さく息を吐き——告げた。
「……ごめんなさい」
と。
「今の私には感情が分からないのです」
と。
あなたにおすすめの小説
婚約者に「愛することはない」と言われたその日にたまたま出会った隣国の皇帝から溺愛されることになります。~捨てる王あれば拾う王ありですわ。
松ノ木るな
恋愛
純真無垢な侯爵令嬢レヴィーナは、国の次期王であるフィリベールと固い絆で結ばれる未来を夢みていた。しかし王太子はそのような意思を持つ彼女を生意気だと疎み、気まぐれに婚約破棄を言い渡す。
伴侶と寄り添う幸せな未来を諦めた彼女は悲観し、井戸に身を投げたのだった。
あの世だと思って辿りついた先は、小さな貴族の家の、こじんまりとした食堂。そこには呑めもしないのに酒を舐め、身分社会に恨み節を唱える美しい青年がいた。
どこの家の出の、どの立場とも知らぬふたりが、一目で恋に落ちたなら。
たまたま出会って離れていてもその存在を支えとする、そんなふたりが再会して結ばれる初恋ストーリーです。
【4話完結】聖女に陥れられ婚約破棄・国外追放となりましたので出て行きます~そして私はほくそ笑む
リオール
恋愛
言いがかりともとれる事で王太子から婚約破棄・国外追放を言い渡された公爵令嬢。
悔しさを胸に立ち去ろうとした令嬢に聖女が言葉をかけるのだった。
そのとんでもない発言に、ショックを受ける公爵令嬢。
果たして最後にほくそ笑むのは誰なのか──
※全4話
聖女アマリア ~喜んで、婚約破棄を承ります。
青の雀
恋愛
公爵令嬢アマリアは、15歳の誕生日の翌日、前世の記憶を思い出す。
婚約者である王太子エドモンドから、18歳の学園の卒業パーティで王太子妃の座を狙った男爵令嬢リリカからの告発を真に受け、冤罪で断罪、婚約破棄され公開処刑されてしまう記憶であった。
王太子エドモンドと学園から逃げるため、留学することに。隣国へ留学したアマリアは、聖女に認定され、覚醒する。そこで隣国の皇太子から求婚されるが、アマリアには、エドモンドという婚約者がいるため、返事に窮す。
婚約破棄を求められました。私は嬉しいですが、貴方はそれでいいのですね?
ゆるり
恋愛
アリシエラは聖女であり、婚約者と結婚して王太子妃になる筈だった。しかし、ある少女の登場により、未来が狂いだす。婚約破棄を求める彼にアリシエラは答えた。「はい、喜んで」と。
二周目聖女は恋愛小説家! ~探されてますが、前世で断罪されたのでもう名乗り出ません~
今川幸乃
恋愛
下級貴族令嬢のイリスは聖女として国のために祈りを捧げていたが、陰謀により婚約者でもあった王子アレクセイに偽聖女であると断罪されて死んだ。
こんなことなら聖女に名乗り出なければ良かった、と思ったイリスは突如、聖女に名乗り出る直前に巻き戻ってしまう。
「絶対に名乗り出ない」と思うイリスは部屋に籠り、怪しまれないよう恋愛小説を書いているという嘘をついてしまう。
が、嘘をごまかすために仕方なく書き始めた恋愛小説はなぜかどんどん人気になっていく。
「恥ずかしいからむしろ誰にも読まれないで欲しいんだけど……」
一方そのころ、本物の聖女が現れないため王子アレクセイらは必死で聖女を探していた。
※序盤の断罪以外はギャグ寄り。だいぶ前に書いたもののリメイク版です
「僕より強い奴は気に入らない」と殿下に言われて力を抑えていたら婚約破棄されました。そろそろ本気出してもよろしいですよね?
今川幸乃
恋愛
ライツ王国の聖女イレーネは「もっといい聖女を見つけた」と言われ、王太子のボルグに聖女を解任されて婚約も破棄されてしまう。
しかしイレーネの力が弱かったのは依然王子が「僕より強い奴は気に入らない」と言ったせいで力を抑えていたせいであった。
その後賊に襲われたイレーネは辺境伯の嫡子オーウェンに助けられ、辺境伯の館に迎えられて伯爵一族並みの厚遇を受ける。
一方ボルグは当初は新しく迎えた聖女レイシャとしばらくは楽しく過ごすが、イレーネの加護を失った王国には綻びが出始め、隣国オーランド帝国の影が忍び寄るのであった。
婚約破棄の上に家を追放された直後に聖女としての力に目覚めました。
三葉 空
恋愛
ユリナはバラノン伯爵家の長女であり、公爵子息のブリックス・オメルダと婚約していた。しかし、ブリックスは身勝手な理由で彼女に婚約破棄を言い渡す。さらに、元から妹ばかり可愛がっていた両親にも愛想を尽かされ、家から追放されてしまう。ユリナは全てを失いショックを受けるが、直後に聖女としての力に目覚める。そして、神殿の神職たちだけでなく、王家からも丁重に扱われる。さらに、お祈りをするだけでたんまりと給料をもらえるチート職業、それが聖女。さらに、イケメン王子のレオルドに見初められて求愛を受ける。どん底から一転、一気に幸せを掴み取った。その事実を知った元婚約者と元家族は……