「地味でつまらない」と追放された令嬢、いつのまにか故郷で無双していました

きまま

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王都の春は、常に華やかな宴と噂で彩られる。
この日も、王宮の庭園では盛大な茶会が催されていた。磨き上げられた大理石の回廊には、陽光が反射して白くきらめき、花壇では薔薇や藤が惜しげもなく香りを放っている。銀のティーセットの音が軽やかに響き、笑い声と囁きが絶え間なく交わっていた。

貴族たちは、咲き誇る花々のように色鮮やかな衣装をまとい、笑みを浮かべながら、互いを値踏みするような視線を交わす。
その輪の中で、ひとりだけ、春の陽にも溶け込むほど控えめな装いを選んだ令嬢がいた。

辺境伯家の娘——アリシア・フォン・グランツ。
王太子アルベルトの許嫁でありながら、王都では「地味でつまらない女」と囁かれる存在だ。

彼女の淡い灰色のドレスは、光を吸い込むように静かな色合いをしていた。裾に金糸の縁取りこそあったが、それも僅かに輝く程度。髪は飾り気のない編み上げで、そこに挿されたのは、ただ一輪の白い花だけ。
けれど、彼女の瞳は曇りなき蒼で、辺境の空を思わせるほど澄んでいた。
その輝きは、煌びやかな宝石よりも確かなものだが、王都の誰一人として、その光に気づこうとはしなかった。

「やはり、王都は華やかさばかりを重んじるのですね……」

アリシアは息を吐くように呟く。
香り高い紅茶の湯気が淡く揺れ、彼女の横顔を霞ませた。
その中で、彼女の唇がわずかに笑みに歪む。
人々の視線に潜む侮蔑を受け流しながら、アリシアは静かにカップを傾けた。
茶の表面に映るのは、自分ひとりの顔——華やかな鏡のような世界の中で、彼女だけが異質だった。

辺境に生まれた彼女は、幼い頃から故郷の危険を知っていた。
魔物を退けるため、実践的な剣を学び、政務を助け、領民を守る術を身につけた。
彼女にとって「生きる」とは、誰かを守ることと同義だった。

だが、その才も経験も、王都ではただの異端と映った。
貴族の娘が剣を握るなど、品位を欠くと鼻で笑われる。
——これでは、快く送り出してくれた父や兄たちに顔向けできない。
そう愚痴を呟きながらも、表情には出さなかった。
ここでは、どんな真実も飾り立てられた言葉と虚飾に埋もれるのだから。

この王都で求められる女性像は、美貌と愛嬌に尽きる。
武と知を備えた令嬢など、誰も欲しない。
アリシアは分かっていた。自分がどれほど場違いな存在であるかを。
それでも、誇りだけは手放したくなかった。

そして——その瞬間は、まるで嵐の前触れのように、何の兆しもなく訪れた。

「……アリシア」

静寂の中に響いた声が、彼女の思考を断ち切る。
振り向けば、陽光を受けて金糸のように輝く髪。
王太子アルベルトが、白い手袋に包まれた手を背に組み、堂々と立っていた。
まるで絵画から抜け出た騎士のように美しく、傲慢で、完璧だった。

「本日、この場を借りて告げよう。お前との婚約を——破棄する」

その言葉は、春風の中に落とされた刃のようだった。
庭園がざわめき、貴婦人たちの扇が一斉に持ち上がる。
鳥の囀りさえ止まり、紅茶の香りが遠のいた気がした。

アリシアは一瞬だけ息を呑む。
だが、頬の筋肉ひとつ動かさず、呼吸を整える。
冷たい波のように胸の奥が凍りついていくのを感じながらも、彼の隣に立つ少女へ視線を向けた。

——リリアーナ。
平民の出ながら、栗色の髪に大きな琥珀の瞳を持つ少女。
その無垢な笑みは、見る者に守りたいと錯覚させる愛らしさを持っていた。
淡い桃色のドレスが風に揺れ、花弁のようにひらめく。
貴族たちは息を呑み、その美しさを称賛するように囁き合った。

アリシアは静かに瞼を伏せる。
——ああ、そういうことなのね。
彼女はようやく理解した。
ここで愛されるのは、強さでも、誠実でもなく、「儚く飾られた可憐さ」なのだと。

紅茶の杯が手の中で微かに震えた。
けれど、彼女の唇には穏やかな微笑が宿っていた。
まるで、冬の空に光る氷の月のように——。

「殿下……私は、アリシア様に嫌がらせを受けていて……」

リリアーナの声は震えていた。
だがその震えは恐怖ではなく、観客を惹きつけるための巧みな演出だった。
彼女の頬を伝う涙は、まるで宝石のように光を反射し、陽光の下で美しく輝く。
その一粒がアルベルトの手の甲に落ちた瞬間、彼はためらいもなく腕を回した。

「無垢な彼女を苛めるような婚約者など——もはや必要ない!」

その声が響いた途端、庭園の空気がひび割れたように静止した。
一拍の沈黙のあと、貴族たちの扇が一斉に動き、息を呑む音があちこちで重なる。
女たちは口元を覆い、男たちは目を細めて、まるで珍しい劇を観るように見つめていた。

「私はリリアーナを愛している。アリシア、お前との約束は——今日この瞬間をもって破棄だ!」

アルベルトの声が誇らしげに響く。
それは正義の宣言ではなく、栄光の舞台で自分を飾る俳優の台詞のようだった。
誰もがその演目に酔い、ざわめきが次第に歓声へと変わっていく。

「まあ、殿下も大胆ですわ……!」

「辺境伯令嬢もこれで終わりね」

賞賛と嘲笑が入り混じり、空気は熱を帯びる。
その中心で、リリアーナはアルベルトの胸に顔を埋め、勝ち誇った笑みを一瞬だけアリシアに向けた。
その笑みには、恐れも罪もなく、ただ“勝者”の余裕だけがあった。

——だが。

アリシアは微笑んだ。
それは、炎の中で雪が溶けるような儚さではなく、
吹雪の中でも消えない焔のように、静かに、確かに存在していた。

「……承知いたしました」

その声は澄み切っていて、庭園のざわめきを静めた。
誰もが息を呑む。なぜ彼女が泣かないのか、怒らないのか、誰も理解できなかった。

風が吹き、桜の花弁が舞い散る。
アリシアの髪が揺れ、その横顔をかすめて消えていった。
彼女の瞳の奥には、悔しさでも悲しみでもなく。
何かを決定的に手放した者だけが持つ静かな光が宿っていた。

その瞬間、誰一人として気づかなかった。
この一言、この微笑が、やがて王国の運命を大きく変える始まりになることを。
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