コーラを飲んだらゲップが出る、焼き芋食べたらおならが出る、そんなことから始まる恋があってもいいじゃない?

釈 余白(しやく)

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1.おならと替え玉

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「皆、静かに!」と教師が教室で声を張り上げた。教室内が一気に静かになる。

 その時、僕は隣の席の小野美咲を見つめていた。彼女は黒く艶のある髪とクリッとした大きな瞳が魅力的な和風女子だ。そんなに会話をしたことは無いがいつも授業に集中しているくらいだから真面目な性格なのだろう。隣の席から眺める彼女に僕の心は捕らわれてばかり、おかげで授業に身が入らないなんて日常茶飯事だった。

 授業中に見せる真面目な顔、友達と話をしているときの無邪気な笑顔、たまにぼーっとしている天然っぽいところ、そのほかすべてが僕にとってストライクなのだ。つまりこの小浦悠斗は小野美咲に恋をしている。

 だが今の彼女は今まで見せたことのない表情をしていた。顔を耳まで真っ赤にしながら、いたたまれないと言った様子は、明らかに恥ずかしさに耐えている表情なのである。それもそのはずで、クラスにいる全員の視線が、美咲へ向かって突き刺さっているのだから。


 その日、授業中に不意の出来事が起こった。ふと隣へ目をやると、何となく美咲の顔色が良くないように見えた。体調が悪いのかもしれないと思っていた矢先、聞き覚えのある音が教室に響く。それは誰でも知っているおならの音だった。

 瞬時に教室は騒めきたち笑い声まで聞こえてきた。美咲は恥ずかしそうに下を向いたが、隣の僕には真っ赤な耳が丸見えである。隣にいたからよくわかったが、間違いなく音の出どこは美咲だった。当然反対側の席も同じ印象を持っているに違いない。

「まさか、美咲が……?」と誰かが囁いた。ざわめきが一層大きくなった瞬間、教師が「皆、静かに!」と声を張り上げたというわけだ。

 僕は不謹慎ながら表情には出さないよう注意しながら笑ってしまった。普段は真面目な美咲がこんなハプニングを起こすなんて意外だ。彼女の恥ずかしそうな表情も、それはそれで魅力的に映る。美咲の恥じらう表情と言ったら、それはもうなんとかわいいことか。

 だが今はそんなこと考えている場合じゃない。僕にはやることがあるんだ。きっとクラスの中で僕にしかできないだろう。なあに、好きな子のためだ、これくらいなんてことない。

 それに僕はイケメンでも女子に人気でもない、どこにでもいるような平々凡々なごく普通の高校生男子だ。何をしたってみんなからの評価が悪くなることも、良くなることもそうそうないわけで、過剰に心配する必要のない気楽な立場である。

「小野さん、大丈夫、まかせて」と僕はこそっと隣へ向かって呟く。彼女の真っ赤な耳がわずかに上下するのが見えた。

 その仕草もまた初めて見るものだったから俄然やる気が出てしまい、少々大げさな動きになってしまった。なんせ立ち上がろうとして後ろの机まで椅子を吹っ飛ばしてしまったのだ。もちろん派手な音が教室へ響いた。

 そしてその音に負けないくらい大きな声で堂々と、そして誇らしげに宣言してやった!

「おなら、出ちゃった!」と高らかな『おなら宣言』だ


 静まり返っていた教室は変わらず物音ひとつない。だが次の瞬間クラスメートたちは大笑いを始めた。それどころか教師まで一緒になって笑っている。中には手を叩いて大声で笑う運動部男子、口元を押さえてクスクスと笑う女子、涙を拭きながら笑っている優等生までいる始末だ。

 こうしてみると、それまであまり深くかかわってこなかったクラスメートの個性が見えてくるようで面白い。授業中におならをしてしまったと言う、あまり褒められた事象ではないものの、注目を浴びることもたまには悪くないとも思う。

 さらに僕は狙い通りだと言わんばかりに胸を張り、その直後周囲の席全員へ謝ってまわった。もちろん最後は美咲へ向かって頭を下げながらその表情を確認したのだが、どうやら作戦はうまくいってたらしい。

「ありがとう、小浦くん、ホントありがとうね」すっかり平常心を取り戻した美咲がごく小さな声で呟きお礼を言ってくれた。その一言だけで『今まで生きてきて一番うれしい言葉だ』などと大げさなことまで考えてしまう僕だった。

 こうして僕たちは、ある意味で秘密を共有する仲となったのだ。だからと言ってどうなると言うわけじゃないけど、少しだけ二人の距離が少し縮まった気がした。
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