聖女は良い子と呼ばれたくない! ~社会からはみ出した夜遊び少女のゆるり異世界生活~

釈 余白(しやく)

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第一章:悪い子から聖女へ

2.聖女召喚

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 きっかけは些細ささいなことだ。と言うよりもあえてきっかけを作っていちゃもんをつけあうなんて歯磨きくらい習慣じみていた。

 池袋ブクロには色々なところから人が集まっていて、その中には私たちのように学校生活からドロップアウト寸前で無気力な十代はめずらしくない。

 そんな私たちが数人で固まるようになり、ちょっとしたグループができると面倒事が増えていく。同じようなグループ同士でケンカになることも多かった。

 特に都内住みと他県住みのグループが争う場合は、たいていお互いを排除しようとする縄張り争いのようなくだらない理由だ。

 だけどまさかそこで刃物を取り出すバカがいるとは考えもしなかった。それだけでなく、今の今まで威勢いせいよく振る舞っていた男子が真っ先に逃げ、出遅れた私が刺されてしまうなんて信じられない。

 狂ったような笑い声を出しながら私を滅多刺しにした男子、なんだかブクロの裏路地にはそぐわない真面目そうな雰囲気ふんいきだったのが最後の記憶だ。


 薄れゆく意識の中、不思議と痛みを感じずおだやかな気持ちになっていた私は、きっと一人で生きていく寂しさとつまらなさからパパが救ってくれるのだろうなんて考えてしまっていた。

 ところが目が覚めてみると、大理石かなにかのピカピカに磨かれた床の上に寝かされていたのだ。後から聞かされたのだが、寝かされていたのではなく横たわった状態で現れたのだそうだ。

 何が起きているのかさっぱりわからなかった私は、きっとここが天国か地獄かそういう場所なんだろうと思ったことを思い出す。



『一体ここは…… 死んだらてっきり地獄行きだと思ったのに、こんなにきれいで立派な場所だなんて意外だね。まさか天国ではないだろうし、閻魔えんまさまがいそうな雰囲気でもないし、いったいどういうことなんだろ』

 その時、周囲にあやしい白ローブの男女が数名いることに気が付いた。というか声をかけられたから気づいたのだけど。

「ようこそお出でくださいました聖女様! これで我々の世界は救われることでしょう。それにしてもなんとお美しい? いや、神々しいと言うべきでしょうな」

「そうですよ神官長、姿は重要ではありません。その御力みちからこそが聖女様が聖女様でおられる所以ゆえんなのですから。聖女様、こちらに世話係をご用意しております。まずはお部屋でお着替えいただきおくつろぎくださいませ」

「えっ? えっ? 聖女さまってもしかしてウチに言ってる? たった今死んだと思ってたんだけど、これってどういうこと!?」

「確かに何の説明もしないで進めては混乱を助長じょちょういたしますな。突然知らないところへいらしていただいたのだからいぶかしむのも無理はございません。お着替え等が済んでからと考えておりましたが、今すぐ説明したほうがよろしいでしょうか?」

「そ、そう、ですね…… 念のため確認ですけど、ウチのことを聖女って呼んでるってことであってます? それにこの姿…… これもあなたたちのしわざなの?」

「姿とは、はて? 我々は初めてお目通りさせていただきましたので、姿と言われても何のことかわかりませぬ。なにか問題がございますでしょうか」

「大アリに決まってるじゃないの! なにか問題って…… この姿見たらわかるでしょ? どう見てもいいとこ五歳児くらいじゃない。ウチは今十七歳なんだけど?」

「なるほど、さようでございましたか。もしかすると召喚の儀を行うに当たって何かそういうことが起きるのかもしれませぬ。伝承にはそのような記述きじゅつはございませんでしたが、遠き異界より聖女様が降臨こうりんなされる際に少々若返える程度、なんら不思議ではござませぬ」

「いやいやめちゃくちゃ不思議でしょ! つーか異界ってなに? 見るからにここは日本じゃないことはわかるけど、死後の世界でもないわけ?」

 混乱して鈍っていた思考力が少し戻ってきたことで、私はようやく声を荒げるくらいおかしな状況にあることを認識できた。それに引き替え周囲にいる人たちの冷静なコト…… なんだか無性に腹立たしい。

「聖女様は日本と言うところからいらしたのですね。ふーむ、やはり異界、つまり聖女様がいらした元の世界ではお亡くなりになってしまったのですか。我々の代では初の聖女召喚ですからあくまで伝承にあることしかご説明はできませんが、そこはお許しいただけますでしょうか」

「許すも何もウチに選択権があるとは思えない。いいから聞かせてよ。もう何が何だかわからなくて気が狂いそう…… その前に、ちょっと肌寒いから羽織るものを貸してもらえる? さすがにこれじゃね……」

 私はそう言いながら、ぶかぶかの制服が脱げてしまわないようしっかりと握りしめながら、寝ているときにかけてあった肌掛けに潜り込んだ。

 見えそうとか恥ずかしいとか考える余裕はなかったが、徐々に普通の感覚を取り戻しつつあるようには感じる。

 それだけに混乱は深まるばかり。あれだけ何度も刺されたのだから死んだことは間違いないだろう。

 それがよくわからないけど別の世界で生き返ったならどう考えてもラッキーと言っていい。

 しかもなんだか聖女さまとか言われて特別な身分のようだし、ちやほやされたかったわけじゃなくても悪い気はしない。

 まずはさっきの神官長と呼ばれていた老人の話を聞くしかない。行くあてもないんだから、これが夢じゃないならここで面倒見てもらうのはほぼ確定だろう。

 だが一つ気になるのは、私はまっとうじゃない生き方をしてきた自負がある。さらには実年齢よりも十歳ほど幼くなってしまった。

 そんな幼児に聖女なんてものが務まるのかどうかはなはだ疑問だ。


「聖女様、もう寒くはございませんかな? この場所は祈祷きとう場と言って神へ祈りをささげる場所でございます。我が国の中でもとりわけ信心が強く、神力かみちからの高いものだけが入れる場所にございます」

「なによ、だからウチにはふさわしくないって言いたいわけ? そんなこと言ったって呼んだのはアンタたちなんでしょ? 勝手すぎない?」

「いえいえそういう意味ではございません。たった今申し上げましたように神力の強いものだけが入れると言うこと。もちろん聖女様も含まれると言いたかったのです。そしてその神力を制御できるようになれば、周囲の温度などたやすく自在に調整できるのでございます」

「へー、随分と都合よすぎるくらい便利なのね。それがウチにも使えるなんて嘘みたい。その力で誰かがこの部屋の温度を調整してくれたってわけか。ありがとね」

「これはもったいないお言葉、まことに恐縮、光栄の極みでございます。担当の神官たちもさぞ喜ぶに違いありません。さて、お身体も落ち着いたようですので本題に入らせていただきましょう」

 神官長はそういうと、明らかに小さな子へなにかを言い聞かせるような態度、つまり目線をあわせるように膝をつき、私の正面に陣取った。
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