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第一章 浮遊霊始めました

2.再会

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「……しろ……えるかぁ…… おーい、しっかりしろぉ聞こえるかぁ?」

 誰かが叫んでいる声で目を覚ますと、そこは見たことのある見慣れない風景だった。
なんというか、ついさっきまで座っていた護岸の上には違いないのだが、なんだか変な気分だ。服はすっかり乾いているからかなりの時間が経っているのかもしれない。体を起こし声の主を確認しようと首を左右に動かした英介は、それはもう心臓が止まるかと思うくらい驚いた。

「大矢!?」

 そこには、以前と同じようにいつもにこにこ微笑んでいる大矢紀夫の姿があった。ただし目の前にいるのは、全身ほぼ真っ白で色の無い姿の大矢だった。

 正確には、色の無いのは大矢だけではない。すぐそこで流れている川も、河川敷の草木も、空も、遠目に見える車もすべて白黒だ。そしてもちろん英介本人も例外ではなかった。

「キョロキョロしてるってことは見えてるみたいだなぁ。良いか悪いかは別にしてぇ」

 だらしなく語尾を伸ばす話し方は間違いなく大矢だ。

「まぁこうなったのも運命だろうから、またよろしくなぁ」

 さっぱり意味が分からない。モノクロの世界でのんきに話しかけてくる大矢は、どう見てもこの世の物とは思えない。……思えない……この世の…………まさか!? まさか、僕は死んでしまったのか!?

 マンガでも小説でもサスペンスやSFが好きで、非現実な妄想をすることも多い英介だが、死後の世界や霊魂の存在なんて信じたこともなかった。時間が止まっているような、それとも自分だけが取り残されているような、何とも表現しがたい現状が死んだ後の世界ということなのだろう。

「大矢! 僕は…… まさかお前も死んでるのか?」

「どうやらそうみたいだなぁ」

 まるで他人事のように大矢は言った。

「てっきり休学したのかと思ってたから驚いたよ。」

 例の万引き強要の件では、親御さんの抗議空しくうやむやになり、その結果不登校になったと思っていたのだ。まさか死んでしまっていたなんて考えてもいなかった。

「いやぁ首吊ったら楽になれるかなぁって試したら本当に死んじゃってさぁ。親には悪いコトしたよねぇ」

 どこまで本気なのか、どれほどのんきなのかわからないが、自分が死んだ経緯をあっけらかんと話している大矢を見ていると、とても死んだ人間には思えない。

 とはいえ、聞いている側も死人なのだから現実味がないのも当然だろう。
そんなことを考えながら大矢の話を聞いていた英介はふと疑問を感じた。

 大矢はなぜ僕が死んだこと、そしてここにいたことを知っているのだろう。それに、この死後の世界?には僕たち二人しかいないのだろうか。だがその答えはすぐに分かった。

「あの時ここにいたからねぇ。死んじゃってからは暇だからぁ立ち読みしようかなぁと英ちゃんの後ろについて回っていたのさぁ」」

 どうもこののんびりとした話し方を聞いていると調子が狂う。生前はあまり気にならなかったが、これは確かにイライラされても仕方ない。それはともかく、一つ目の疑問は解決した。死んだ後でも現実世界の事は分かるということと、見えるもの全ての物は白くしか見えず、いいとこ陰影が付いているくらいだということだ。

 二つ目の疑問については、大矢もはっきりとはわからないらしい。ただ、僕たちと同じように現実世界に残った死人? は他にもいるとのことだ。

「絹原駅の近くに総合病院あるでしょぉ。そこの中庭に行けば先輩に会えるよぉ」

 先輩、ね。どうやら、大矢は自宅で首を吊った後、昏睡状態で総合病院へ運ばれたらしい。その後息を引き取った大矢は、今の僕と同じように「先輩」に起こされたのだという。

 先輩の話では、死んだ後の残像のような姿(イコール、今の僕らの事だ)は、肉体が消滅した後、死んだ場所の近くに現れしばらく漂っている。仮にその姿を霊魂と呼ぶとして、その霊魂を他の幽霊? が起こすことで現実世界へ留まるようになっているのだと聞かされた。

 ということは、大矢が起こしてくれなかったら僕はどうなったんだろうか。そのまま消滅してしまうのか、それともまた別の世界があるのだろうか。

「あははは、英ちゃんは難しく考えすぎだぁよ。その先から戻ってきたって人がいればわかるかもしれないよねぇ」

 もうそろそろイライラを通り越して、どうでもいい気分になるくらい緊張感の無い話し方だ。しかしあれこれ説明を聞いていても仕方ない。英介はひとまず現実を(現実と言えるかどうかは別にして)受け入れることにした。
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