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第一章 浮遊霊始めました

3.現実

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 死んでしまった事実を受け入れるとは言ったものの、生きているときに想像していたものとは大部違うようだ。

 このような場合、マンガや小説だと実際には死んだりしてなくて夢の中の出来事だったり、またファンタジックな物語の場合だったら超人的な、そう、特別な力を得て恨みを晴らしたり人助けをしたりするものだ。

 しかし目が覚めて数十分たった今、特に何か力がみなぎってくることもなく、あるのは脱力感位なものだ。そしてその脱力感の原因は目の前のコイツだということもわかっている。

「英ちゃんはさぁ、井出達にいじめられてたのかぁい?それはもしかして僕の代わりだったりしたのかなぁ。でもまたこうやって会って話ができるなんてうれしいなぁ」

 とまあこんな調子だ。死んでしまったというのにまったくのんきな奴だ。とりあえず他に頼れる相手もいないし貴重な仲間(なんの仲間だろう)といえなくもないので僕たちはガッチリと握手をした。そう、握手をしたはずだった。

 しかし、何か違和感を感じた。僕と大矢はお互いの右手を差し出しごく普通の握手を交わした。右手と右手を握り合う何の変哲もない行動だ。しかし何かはわからないが違和感がある。

「ふふふ、気が付いたぁ?」

 大矢がその真っ白な顔に笑みを浮かべた。別にいやらしくも不気味でもないはずだったその笑顔は、色の無い世界ではやや気味悪く感じたが、それはこちらも同じことか。

「んとねぇ、僕らみたいに死んだ後の人間は、自分以外の何かに触ることができなくなっているんだってさぁ。試しにそこのすすきを掴んでみたらわかるんじゃないかなぁ」

 大矢に促されすぐ目の前に生えているすすきに手を伸ばしてみて僕は驚いた。何ということだ。風に揺れているすすきの穂を掴むどころか、触れた手が、たかがすすきの穂に押し返されるだなんて!

「わかったぁ?おもしろいよねぇ」

 あの世なのかその狭間なのかわからないが、僕らはある一定のルールに従って存在できているらしいということはわかった。動いている物に触れればそれがどんな弱い力であろうとあらがうことはできないし、何一つ干渉はできないということだろう。

 ということは井出へ仕返しするなんてことはまるっきり無理な話だろう。できることなら井出とその取り巻きへ一泡吹かせてやり、次の犠牲者を出さないようにしたかったのに。

 ん? 待てよ? 今いるところは河川敷の見慣れた風景だ。世界が真っ白だから今何時頃かよくわからないが、それにしても見慣れた風景過ぎやしないか?

 人が一人死んだ、いや殺されたと言っておかしくない状況だというのに現場検証の形跡や立ち入り禁止のテープが貼ってあるわけでもない。それなのに今までと何ら変わりないごく普通の風景なのだ。

 そのことについて大矢は何か知っているだろうか。英介は尋ねてみた。

「そりゃあねぇ、もう一週間くらいたってるからねぇ」

 と、大矢はこちらの気も知らず相変わらずの口調で説明してくれた。もしかすると一人で勝手に川に落ち溺れてしまった事故として処理されたのかもしれない。

 大矢はそれ以上のことは知らないと言い、あまり興味も無いようだった。わかったのはその「事故」の後、大矢は僕を見つけるためにずっとここにいてくれたことだ。

 それにしても献花の一つもないなんて、僕はなんて人徳がない人間だったんだろう。少し悲しくなった。

 さてこれからどうやって生きてけばいいのだろう。厳密には生きてはいないのだけど、このままここにとどまっていても仕方ないし、何かやることがないと退屈そうだ。

 それでも多少はやりたいことが無いわけでもない。まずは自宅へ帰って様子が知りたいのだ。両親はどうしているだろう。一週間も経っているならもう葬儀も終わっているだろう。何もできないとしても一目くらいは見ておきたいのは当然のことだ。

 英介はひとまずこの現実を受け入れつつ自宅へ向かった。何故か大矢も一緒に。

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