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第二章 浮遊霊は動き出す

14.決意

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 英介と大矢、そして重子と桐谷。生きていればそれぞれに接点は無く出会うこともなかったのかもしれない。しかし、死という出来事によって出会うことになり、そして早くも別れることとなった。

「じゃあ僕達はこれで失礼します」

「もう聞いておくことは無いのかい?」

「はい、後は習うより慣れろの精神でやっていけそうですから。本当にありがとうございました。最後はお二人で過ごしてください」

「あら、お気遣いありがとう。お二人ともお気をつけてね」

 重子さんは深々と頭を下げた。僕達もつられて大きく頭を下げ、それから振り返り中庭を後にした。まだ幽霊になってから二日目だというのにずいぶんと濃い時間を過ごしている気がする。出来ればこんな充実感は生きているうちに味わいたかったものだ。

「英ちゃんさぁ、これからどうするぅ。とりあえずはぁ河川敷に行っておいた方がいいかもねぇ」

「あの河川敷? できればあそこには二度と行きたくないよ」

「でもぉこれから今日見た女の子探したりするならさぁ、一回戻っておかないとだめだよぉ」

「なんでさ?人探しとなんの関係があるんだい?」

「あれぇ? 言ってなかったっけぇ?死んだ場所に数日戻らないと僕ら消えちゃうんだよぉ」

「ちょ、ちょっと!それ初耳だよ!」

「あははぁ、だって僕らは地縛霊みたいなもんだからねぇ」

 ちっとも笑い事じゃない。死んでしまっただけでも悲劇なのにさらにもう一回死んでしまうなんてことあってたまるか。まったく大矢ののんきさは底抜けだ。

「僕はぁあの病院で死んだからぁ、さっきまでずっと死んだ場所にいたってことぉ。英ちゃんが死んだのは河川敷だからぁ、もう丸一日くらいは戻ってないよねぇ」

「そうだね、昨日の深夜からだからもうすぐ二十四時間ってくらいだろうね。なんだか幽霊も不便なものだなぁ」

「あははぁ、お腹はすかないけどちょっと面倒かもしれないねぇ。あとねぇ、雨にも気を付けないといけないよぉ。僕らはぁ雨にも逆らえないからぁ、ザーザー振りだと地面に押しつぶされてぇ動けなくなっちゃうからねぇ」

 やれやれ天気にまで気を付けないといけないなんて、幽霊になったからといって完全無欠というわけにはいかないらしい。もしかして意外に面倒なのではなかろうか。

 でも気を付けないといけない事、一定のルールがあるのは仕方ない。それよりも現状を受け入れて前向きに考えることが大事だな。なんといってもこれからの幽霊生活がどのくらいの期間になるのかわからないんだし。

 英介はそんなことを考えながらふとひらめいた。もしかするとまだ知らないルールの中には、生きてる人間に干渉する方法があるかもしれない。

 英介は声に出さずに、しかし強く決意するように心の中でつぶやいた。僕達をこんな目に合わせた井出とその取り巻き達に正義の鉄槌を喰らわせてやる。第二の人生を得た事を最大限に生かす方法を絶対に見つけて見せる。

 そういえば大矢はどう考えているのだろう。おっとりした性格の大矢が仕返しを本気で考えているようには思えない。しかし大矢が何と言おうと、井出達に一泡吹かせる方法が見つかったなら一人でも実行に移すだけだ。

 僕は自分でも気が付かないうちに拳を固く握りしめていた。

「どうしたのぉ英ちゃん?顔が怖いよぉ?」

「えっそうかな。大矢が色々脅かしたから緊張してるのかもな」

「あははぁ、そんなに難しく考えなくてもいいんじゃなぁい?きっとなんとかなるよぉ」

 なんとかとは何だろうか。幽霊生活における注意点の事か、それとも井出達への仕返しの事だろうか。まぁどちらでもいい。追々どうするか相談する時が来るだろう。

 今は色付きの女の子や仕返しの手段を探すどころか自分が消えないで済むようにしないといけないし、そんな不便な生活に慣れる必要もあるからな。なんにせよしばらくは退屈しないで済みそうだ。英介はこの幽霊生活が少しだけ楽しく思えた。

「そういえば両親はどうしてるんだい?一度くらいは見に行ったんだろ?

「あ……うん……」

 大矢が力なく答えた。これはあまりいい反応ではない。きっと嫌な事でもあったんだろう。僕はまたもや余計な事を言ってしまったようだ。自分では認識していなかったが気遣いの足りない人間なのかもしれない。

「僕が死んだ後ねぇ、引っ越したみたいでぇ家には誰もいなかったんだぁ。パパは仕事に行ってるみたいなんだけどぉ、ママはどこにいるかわかんない……」

「そうなのか、それは気になるね」

「多分実家へ帰ったんだと思うけどぉ、こんな体じゃ遠出もできやしないからぁ確認しようがないねぇ」

 確か大矢の母親の実家はどっか都会の方だったと言っていたな。

 母方の実家に行くと従妹たちとテーマパークへ行くのが定番だ、みたいな話をしてたっけ。あんなネズミやアヒルの着ぐるみがいるところのどこが楽しいのかわからないが、きっと好きな人には楽しいところなんだろう。

 僕なら、僕ならどこへ行きたいだろう。毎日家と学校を往復するだけの日々。それは小中高と月日を重ねてきても変わらない日常だった。他にすることといえば寄り道して本屋で立ち読みをするか、必要な文房具を買いに行くくらいだった。

 あの日の河川敷は全くの気まぐれで初めて立ち寄った場所だ。川べりでノートを広げるとなんだか作家になったみたいに思え、退屈な日常から逃避できるような気がした。。

 それがまさかこんな結果になるなんて、まったく人生とは何が起こるかわからないものだ。

 そうこうしているうちに大矢がはねられた土手通りまで来た。英介達は車の切れ目を待って土手にあがった。空を見上げると満月に近い大きな月が出ていて周囲を明るく照らしていた。

「空ってきれいなもんなんだなぁ」

「どうしたのぉ英ちゃん、唐突だなぁ。空は昔っからきれいだよぉ」

 大矢がケラケラと笑った。気が付いたら僕もつられて笑っていた。そうさ、空は大昔からきれいなもんなんだ。僕はそんな当たり前なことも気にかけず、自分から退屈な日々にしてしまっていたんだろう。

 今更遅いかもしれないけど、これからはもっと周りの事を気にして生きていく、うん、そうしよう。死んでしまっているのに生きていく決意というのはおかしいが、心がけの問題だからおかしくない。

 英介はそう自分に言い聞かせた。

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