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第三章 浮遊霊たちは探索する
30.中洲
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家電量販店を出た千代は、先ほど見たアニメがよほど気に行ったのか主人公の真似をしながらはしゃいでいる。さすがは国民的な子供向けアニメだ。すぐ印象に残るのだろう。
毎回ピンチになる主人公は仲間の助けを借りて逆転勝利する。パターンは決まっているのだがそれが魅力でもあるのだろう。僕も保育園の頃は良く見ていた記憶がある。
しかし現実はそれほど簡単ではなく、正しい側がいつも勝つとは限らない。
一度は負けてしまった立場の僕だけれど仕返しできるときは来るのだろうか。そもそもどんな仕返しをするのか、井出達がどうなれば満足なのか。それも未だわからない。
千代とこうやって過ごしていることがとても楽しく、このまま気楽な幽霊生活でもいいんじゃないかと思い始めているのは確かだ。それにもし井出達への恨みが僕を幽霊として存在させている理由だとしたら、仕返しができた際には僕の存在が消えてしまうのではないかという懸念もある。
では何のために色のついた女の子を探すのだろうか。見ず知らずの僕達、しかも幽霊が頼んだことを信じて手伝ってくれるわけもない。
しかし僕は何としても見つけたい。仕返しの事は抜きにしても、幽霊と意思疎通ができる人間がいるのかどうかということ自体に興味があるのだ。
それには根気強く探すしかない。手がかりがない以上あてずっぽでも思い付きでもなんでも構わないのだ。
「また道路の真ん中に行くけど平気かい?」
「千代へいきだよ、こわくないよ」
「それなら良かった」
僕と千代は昼間と同じようにまた道路を半分渡り中央分離帯に陣取った。
道路の広さのせいか車通りはそれほど多く感じない。それでも酒屋の前とは比べ物にならない交通量だ。
見張りと言っても特別な事ではなく、ただボーっと立っているだけだ。前から来る車と走りすぎていく車とに挟まれたこの場所ではなにもすることが無くただひたすら退屈である。
「千代ちゃん、しりとりでもしようか」
「うん!」
「じゃあ車のま、からね」
「ま、ま、まり!」
「りんご」
「ござ」
こんな風に時間をつぶしているうちに辺りは少しずつ暗くなってきた。ライトをつけている車がちらほら出てきている。
「らくご」
「ごまあえ」
「え、え、え……えいにいちゃん!」
「あー、んがついたら千代ちゃんの負けだよ」
「まけでもいいよー」
千代はそういうと僕の懐に飛び込んできた。その感触も温もりも感じることはできないが、その気持ちだけで十分だ。
辺りはすっかり暗くなり、走っている車はライトをつけて路面を照らしている。
「きれいねぇ、かわがひかってるみたい」
確かに行き交う車のライトが光り流れていくさまは川の流れのようだ。本物の川であれば僕にとって忌み嫌う物ではあるが、光の川であれば単純にきれいなものとして見ていられる。
本来であれば白と赤の光なのだろうが、今の僕達にはほぼすべてが白い光だ。その光が照らしていない部分に陰影を作り、それはまるで流れの中の波のようだった。そして中央分離帯はまるで中洲のようなものに感じる。中洲に取り残された僕達は走っている車からどう見えるのだろう。もちろんほとんどの人からは見えないのだが、見える人が通った時に気が付いてもらえるだろうか。
家路を急ぐ人やまだ仕事中の人、夜になってから遊びに行く人もいるかもしれない。それぞれがそれぞれの理由でここを走っている。動き続ける時間の外に取り残され止まり続ける僕達の時間。でもそれは自分の行動や気の持ちようでいくらでも動かすことができる。現にこうやって人を探すために行動したり、新しいものに触れることで知らなかったことを知ることもある。
これは一つの成長の証であり、時間が流れているということでもあるのではないだろうか。何にも縛られない幽霊になったこの身なら、生前と同じように何もしないでボーっとしていても構わないだろうが、それだけに主体性を持って行動することの大切さを改めて知った気がする。
英介は幽霊になってからしばしば同じようなことを考え、そして悩むことが増えていた。それはおそらく生きているときにはなかったことであり、その変化の要因に千代の存在が大きいであろうことは容易に想像できた。
僕が幽霊としてここに存在し留まる意味はきっと仕返しのためだけなんかじゃない。千代の笑顔をずっと見ていたいから、一緒に居たいからという理由でもいいじゃないか。
純粋で優しい千代のことだ。僕がまるで復讐に燃える鬼畜のようになってしまったら悲しむかもしれない。もちろん僕の性格からしてそうならないとは思うけれど、万が一にも千代を泣かすような真似はしたくない。
そのあたりは大矢とも相談してうまい落としどころを探って行こう。それにはまずあの子を探すことが先かもしれないな。幽霊と意思疎通ができる人間と会えるかどうかによって今後が変わることもあるだろう。
そんなことを考えたり、千代としりとりをしているうちに車通りも少なくなってきた。さっき立ち寄った家電量販店の照明はもう落ちている。二十一時か二十二時くらいにはなったのだろう。
こうして国道での監視一日目は空振りに終わった。
毎回ピンチになる主人公は仲間の助けを借りて逆転勝利する。パターンは決まっているのだがそれが魅力でもあるのだろう。僕も保育園の頃は良く見ていた記憶がある。
しかし現実はそれほど簡単ではなく、正しい側がいつも勝つとは限らない。
一度は負けてしまった立場の僕だけれど仕返しできるときは来るのだろうか。そもそもどんな仕返しをするのか、井出達がどうなれば満足なのか。それも未だわからない。
千代とこうやって過ごしていることがとても楽しく、このまま気楽な幽霊生活でもいいんじゃないかと思い始めているのは確かだ。それにもし井出達への恨みが僕を幽霊として存在させている理由だとしたら、仕返しができた際には僕の存在が消えてしまうのではないかという懸念もある。
では何のために色のついた女の子を探すのだろうか。見ず知らずの僕達、しかも幽霊が頼んだことを信じて手伝ってくれるわけもない。
しかし僕は何としても見つけたい。仕返しの事は抜きにしても、幽霊と意思疎通ができる人間がいるのかどうかということ自体に興味があるのだ。
それには根気強く探すしかない。手がかりがない以上あてずっぽでも思い付きでもなんでも構わないのだ。
「また道路の真ん中に行くけど平気かい?」
「千代へいきだよ、こわくないよ」
「それなら良かった」
僕と千代は昼間と同じようにまた道路を半分渡り中央分離帯に陣取った。
道路の広さのせいか車通りはそれほど多く感じない。それでも酒屋の前とは比べ物にならない交通量だ。
見張りと言っても特別な事ではなく、ただボーっと立っているだけだ。前から来る車と走りすぎていく車とに挟まれたこの場所ではなにもすることが無くただひたすら退屈である。
「千代ちゃん、しりとりでもしようか」
「うん!」
「じゃあ車のま、からね」
「ま、ま、まり!」
「りんご」
「ござ」
こんな風に時間をつぶしているうちに辺りは少しずつ暗くなってきた。ライトをつけている車がちらほら出てきている。
「らくご」
「ごまあえ」
「え、え、え……えいにいちゃん!」
「あー、んがついたら千代ちゃんの負けだよ」
「まけでもいいよー」
千代はそういうと僕の懐に飛び込んできた。その感触も温もりも感じることはできないが、その気持ちだけで十分だ。
辺りはすっかり暗くなり、走っている車はライトをつけて路面を照らしている。
「きれいねぇ、かわがひかってるみたい」
確かに行き交う車のライトが光り流れていくさまは川の流れのようだ。本物の川であれば僕にとって忌み嫌う物ではあるが、光の川であれば単純にきれいなものとして見ていられる。
本来であれば白と赤の光なのだろうが、今の僕達にはほぼすべてが白い光だ。その光が照らしていない部分に陰影を作り、それはまるで流れの中の波のようだった。そして中央分離帯はまるで中洲のようなものに感じる。中洲に取り残された僕達は走っている車からどう見えるのだろう。もちろんほとんどの人からは見えないのだが、見える人が通った時に気が付いてもらえるだろうか。
家路を急ぐ人やまだ仕事中の人、夜になってから遊びに行く人もいるかもしれない。それぞれがそれぞれの理由でここを走っている。動き続ける時間の外に取り残され止まり続ける僕達の時間。でもそれは自分の行動や気の持ちようでいくらでも動かすことができる。現にこうやって人を探すために行動したり、新しいものに触れることで知らなかったことを知ることもある。
これは一つの成長の証であり、時間が流れているということでもあるのではないだろうか。何にも縛られない幽霊になったこの身なら、生前と同じように何もしないでボーっとしていても構わないだろうが、それだけに主体性を持って行動することの大切さを改めて知った気がする。
英介は幽霊になってからしばしば同じようなことを考え、そして悩むことが増えていた。それはおそらく生きているときにはなかったことであり、その変化の要因に千代の存在が大きいであろうことは容易に想像できた。
僕が幽霊としてここに存在し留まる意味はきっと仕返しのためだけなんかじゃない。千代の笑顔をずっと見ていたいから、一緒に居たいからという理由でもいいじゃないか。
純粋で優しい千代のことだ。僕がまるで復讐に燃える鬼畜のようになってしまったら悲しむかもしれない。もちろん僕の性格からしてそうならないとは思うけれど、万が一にも千代を泣かすような真似はしたくない。
そのあたりは大矢とも相談してうまい落としどころを探って行こう。それにはまずあの子を探すことが先かもしれないな。幽霊と意思疎通ができる人間と会えるかどうかによって今後が変わることもあるだろう。
そんなことを考えたり、千代としりとりをしているうちに車通りも少なくなってきた。さっき立ち寄った家電量販店の照明はもう落ちている。二十一時か二十二時くらいにはなったのだろう。
こうして国道での監視一日目は空振りに終わった。
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