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第四章 浮遊霊は見つけてもらいたい

43.屋台

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 駅前広場の時計台が九時を回った頃、ステージへスタッフが上がりマイクテストを始めた。周辺の屋台もすでに調理をはじめ準備万全の様子だ。

 もくもくと蒸気を上げて焼きそばを焼いている屋台には、エビのイラストと共に蔵灘やきそばと書いてある。今はこういったご当地グルメ、いわゆるB級グルメも流行りらしい。

 絹川市には観光地なんてろくにないけど、何か特産品やB級グルメ的なものはあるのだろうか。生まれ育ったところが物流倉庫からほど近い場所なので、近所には見当たらない。あるとすれば絹川で釣れる鮎を使ったものや、市営釣堀やその近所で釣れる渓流魚関連の物か、もしくは今は亡き蚕関連の物になるだろう。

 ただ、辺りの屋台を見回しても蔵灘焼きそば以外にご当地もののような屋台は無く、ごく当たり前の屋台、あんず飴やわた菓子、焼きとうもろこしやじゃがバターなどの見慣れた名前が並んでいる。

 ステージ前の観客席にはちらほらとお客さんが集まってきた。席の数は結構あるけれどもしかしたら全部埋まるくらいに人が集まるのかもしれない。

「千代ちゃん、屋台でも見に行こうか」

「うん!」

「うんー」

 僕は弟と妹を連れて屋台前の通りへ出た。すでに海岸沿いの通りは車両通行止めになっており、屋台に引き寄せられた子供連れの家族が数組品定めをしている。

「僕はぁ、豚バラ串焼きがいいなぁ。とうもろこしもいいねぇ」

「千代はりんごあめーあとね、あとね、わたがしもたべたーい」

「僕はソースせんべいが好きだな。梅ジャムでね」

 三人で好きなものを挙げて食べたつもりになるのはいいものだ。実際に何もないときに同じものを食べても大しておいしく感じないことも多い。やはりお祭りや屋台の出ているときというのはいつもと違う気分になるのだろう。

 ステージの裏手に行ってみると、こちらにもテントが設営されている。どうやらゆるキャラグッズを売っている各市区町村の直営店のようだ。

 絹原と市営釣堀は絹川市代表として同じブースになっていた。絹原のシル君グッズは着ぐるみ本体よりはマシだけど、やっぱり可愛くないと思う。それでもぬいぐるみやキーホルダー、ストラップ等数、種類を並べている。

 グッズの隣には蚕の繭を模したカプセルが見本として置いてあり、中身は蚕の形をした色とりどりの消しゴムらしい。これがブース前にあるカプセルトイにいれてあって、一回百円で回せるようだ。こんなもの本当に売れるのだろうか疑問である。

 市営釣堀のグッズはやはり渓流魚関連だった。岩魚や山女、虹鱒の甘露煮を真空パックにしたものが並べられている。虹色小僧グッズもあるが、こちらはチラシとステッカーをセットにしたものを無料配布するようだ。

「これきれいねぇ」

 千代が何かに惹かれたようだ。その小さな指が指示したところには、金属製のキーホルダーが何種類か下がっていた。それは渓流魚の体表を描いた金属プレートで光を不規則に反射して輝いている。おそらく色がわかればもっときれいなのだろう。

「これは川にすむ魚の絵柄だね」

「へー、おさかなさんなんだね、きれいだね」

「うんー、きれいだねぇ」

 売店の前もだいぶ混んできて屋台の前も人がたくさん集まってきている。そろそろ始まる時間かもしれない。市区町村の売店が並ぶ中でひときわ目立つのはやはり地元蔵灘市のブースだ。他の二倍ほどのブースに四種類のゆるキャラを描いた看板が飾ってある。

 正直どれも知らないので興味はわかないが、クラナダリュウというドラゴンのようなキャラクターの売店がひときわ混んでいたので一番人気なのだろう。僕達が売店の前を通り駅側の道路に出てから広場の時計を見たときには、もう観客席は八割ほど埋まっていた。時刻は九時四十五分過ぎだ。

「さてと、どこで芸術祭のチラシを配っているのか探さないといけないね」

「でもさすがにぃイベント進行中には配らないんじゃないかねぇ」

「それもそうか」

「いべんとってどんなことするんだろうね。千代たのしみー」

「うん、楽しみだね」

 三人は円形に設置された観客席の端から一番前に進んで、観客が入ってこられないよう設置されている立て板の前に陣取った。

「ここなら良く見えるね」

「はやくはじまらないかなーたのしみー」

 僕と大矢は千代を間に挟んで、それぞれが右側左側に注意を払うことにした。チラシを配るのがイベント後だとしても、その辺を歩いているのが目に入るかもしれないからだ。

 千代がイベントにワクワクしているように、僕は今日こそ何かが起こると確信めいたものを感じ、ワクワク、そしてどきどきしていた。

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