#アタシってば魔王の娘なんだけどぶっちゃけ勇者と仲良くなりたいから城を抜け出して仲間になってみようと思う

釈 余白(しやく)

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第三章:姫様暴走戦記

30.ウミガメのスープ

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 それはウオーヌ=マサン砦での小競り合いの最中だ。勇者ハルトウたちが前線で戦い始めたころ、街中で奇妙な現象が始まっていた。

 前線での激しい戦闘から引き上げてきた兵士たち、宿舎で働くメイドたちや街に住む人々、そして戦争を指揮している司令本部など、全ての人々の足元に突然触手のようなものが生えてきたのだ。

 一人一人に巻きついた触手と言うのか蔦と言うのかわからない物体は、全員を拘束しただけでなく、激しくくすぐりはじめた。耐えきれずもがくと余計にくすぐられるためじっと耐える者もいれば、どうにも我慢できなくなりくすぐられ続け失禁するものまでいる始末である。

 そんな惨状が街を恐怖と笑いに包む中、悠々と司令本部へ入って行き偉そうな面子をさらったのが、魔王国軍遠征部隊小隊長のサーノウだった。目的はもちろん人質をとることだ。

 だがしかし、さらわれた中には軍関係者ではない女性が含まれていた。それはメイドたちと共に建物の中にいて安全だったはずなのに、通りまで聞こえるほどの大きな声で勇者に助けを請うた少女である。

 少女とはもちろんヴーケであり、無理矢理さらわれる状況を作るために思案した結果の策なのだが、いくらなんでも出来過ぎな演出とも言えた。

 こうして裏をかいた魔王国軍に捕らえられた司令部の面々は、二つの牢にわけられていた。牢が二カ所なのは一人だけ女性だったからである。当然ヴーケは含まれていない。


「いったいワシらをどうするつもりだ。魔人風情がふざけた真似をしおって。今に見ておれよ!」

「お客人? 威勢がいいのは結構ですがねえ、捕虜だと言うことを忘れてもらっては困りますよ? 命が惜しかったら大人しくしておいてくださいな。それと一人一人名前と所属を聞き取って行きますからね。身分によって価値が違うでしょうから扱いもそれなりにしませんとね」

「偉そうに貴様! ワシはこの部隊の司令官であるタッパラー軍隊長だぞ。無礼な扱いをしたら許さんからな。まずは個室へ案内するのだ。そういえばシノウはどこへやったのだ。あの女が個室なら同じ部屋でもいいぞ」

「まだ聞き取りをしてないので名前は知りませんが、もう一人の捕虜ですな? まさか女性が前線にいるとは思ってなかったので、あなた方と一緒に連れて来てしまいましたよ。そうですか、シノロと言う名ですか」

 街からさらってきた軍の事務方を前にしたサーノウは、偉そうな振る舞いをする司令官を適当にあしらいつつ粛々と業務を遂行していく。タッパラー軍隊長は変わらずわめき続けたが、相手にされないことに疲れ、しばらくしたら不機嫌そうに座り込んでいた。

「ふむふむ、そちらが人員管理をしているコシヒカ管理官、あなたはクラッサン政務官代理ですか。失礼だが代理と言うのはどういうことか教えていただけますか?」

「はあ、自分は勇者小隊の日常の世話をするための金銭や人員の管理をしています。王都には政務官がいるのですが、遠征には行かないので自分が代わりなのです」

「なるほど、つまり勇者以外にはあまりかかわりが無いと? それならあなたには帰ってもらってもいいかもしれませんねえ。こちらとしても大勢いてもらう必要はありませんから、一番偉そうなそちらの隊長さんだけで構わないのですよ」

 するとコシヒカとクラッサンの両名に明るい笑みがこぼれた。しかしそれを由しとしなかったのがタッパラー軍隊長である。彼は軍の中でも心の狭さと能力の低さでは定評のある、器の小さな男なのだ。

「なにをふざけたことを言うか。ワシが帰らぬうちに部下だけ返すわけにいくわけないだろうが。それならまず最初に解放すべきはワシだろうが」

「やれやれ、言っていることがめちゃくちゃですなあ。面倒なんで始末してしまってよろしいですか?」

「てゆうか強がり? 素直じゃない人は待遇悪くなるだけのなのにネ。とりまこのオジサンだけ夕飯抜きにしといて。てゆうか明日も抜きみたぃな?」

 彼らの前に姿を現したのは、勇者と一緒にいた娘、ではなく裂けた口を持ち頭には角、尻からは細い尾が伸びた女の怪物だった。正体はもちろんヴーケだが、さすがにそのまま出て来てはばれてしまう。そのためヴーケが今までイメージしていた人間の姿に変身していたのだ。

「ま、まさかこれが本当の魔人、なのか…… た、頼む、ワシだけは殺さないでくれ! 金ならいくらでも払うぞ! それとも金や銀はどうだ?」

「キャハッてゆうかクズ? 人間ってホント欲深くて笑えるネ。てゆうか不快? 死んじゃっていいよ? バーン」

 ヴーケが指先をタッパラーへ向けると彼の額に穴がぽっかりと空いてしまった。おでこに衝撃を受けた当人は慌てて押さえているし、それを目の当たりにした他の二人は腰を抜かして尻もちをついた。

「てゆうか生きていてもらわないと人質にならないから許してあげるけどサ。あんまりおかしなことバッカゆうとホントに黙ってもらうかンネ? わかったらぉ返事でしょ?」

「は、はい、静かにしています……」
「私もです!」
「もちろん自分も静かにします!」


 それからヴーケとサーノウによる勇者への交渉事項伝達があり、その勇者と星の神との対話が終わってから三日目の朝のこと。

「な、なんだと!? 本日釈放するだと!? と言うことはまさか王国がお前たちに屈したのか…… ワシを見殺しにしなかったことはありがたいが、国王様に申し訳が立たぬ」

「いえいえ、きっとあなた方を殺しても構わないと言われるだろうと思って、方針を変えることにしただけです。武力衝突であれば我々に有利ですから引く必要もありませんし、なんなら王都を直接攻めて王族を滅ぼしてからゆっくりと考えてもいいのですからな」

「ふざけるな! そんなことをさせてなるものか! といっても捕虜の身だからなにも出来ないが…… それに腹が減って来てやる気も出ん。今日はあのまずい朝飯すら抜きなのか?」

「まったくふざけた人だ。自分さえよければいいと言う者は魔人の中にもいることはいますけど、そんなのが軍上層部にいるとはてっぺんは相当の無能なのでしょう」

 サーノウの言葉に反応し、タッパラーの背後にいるコシヒカとクラッサンは力強く頷いている。表立っての批判は出来ないが、今ならばれないとささやかな仕返し気分だ。そんな彼らを含む全員に嬉しい知らせがもう一つ。

「まあ捕虜とは言え飯が粗末だったのは申し訳なかった。我々の食事と人間のそれでは大分味付けが違いますからなあ。そこで本日は特別食を用意したので餞別代りに馳走しましょう。解放は夕方過ぎになりますからな」

「ほう、魔人にしては良い考えを持っているな。降伏するならオマエには手心を加えてやろう」

「なんだかばからしくなってきたからこの人だけ飯抜きで放り出すか……」

「いやいや今のは冗談だ、ワシもほとほと疲れてしまったからな。そろそろ引退時かもしれん。シノロに面倒を見てもらってのんびりと老後生活も悪くないだろう」

「そのシノロにはちょっと料理を手伝ってもらっているので、食事の時間はあなた方と別になりますからね。さすがに魔人の料理人だけでは口に合うものは作れなかったので仕方ありません」

「捕らえられてから一度も顔を見ていないが元気にしているのか? まさかお前たちで手籠めにしてるんじゃあるまいな?」

「まさか、そんなあなたみたいな真似はしませんよ。我々には色欲と言う概念がほとんどありませんからね。それでは用意が出来たらまた呼びに来ますよ、お楽しみに」


 結局朝はいつもの簡素な豆のような、栄養剤のような謎の簡易食が出され、昼過ぎになってようやく牢獄にいい香りが漂ってきた。

「いやはやお待たせしました。人間の味付けと言うのは本当に難しいと料理長が申しておりましたよ? 私も試食しましたが濃すぎてどうにも口に合わない。もしおいしくなかったら笑い話にでもしてください」

「だが香りはとてもいいではないか。これはじっくりと煮込んだシチュウだろう。牛肉か? それとも羊だろうか。なんにせよ久しぶりに人間らしい食事を口にできそうだな。お前たちも楽しみだろう? ワインでもあればもっと良いのだがさすがに贅沢は言えんか」

「人間のワインでどれがいいものかわかりませんが、用意はできますから一緒に出しましょうか? 肉料理ですし赤でよろしいかな?」

「おお、わかっているな魔人の将よ。こう話してみると悪い人間、いや魔人ではないのかもしれんな」

「利害が相反していますから仲良くは出来ませんがね。戦争を抜きにすればただの人と人ですよ。少なくとも我々はそう考えているのでなるべく死者は出さぬよう心がけています。先日の戦いでも例の赤腕章以外は殺していません。帰ったら確認してみるといいでしょう」

「なんと、そんな余裕まであったのか…… 解放後、ここでの待遇について良いように盛れはしないが、事実を捻じ曲げて悪く言うことはしないと誓おう」

「え? いや、まあ、ご自由に。ではこちらへどうぞ」


 案内された先に用意されていた食卓には豪華な料理が並べられており、中でもシチュウからは上等な香りが漂っていた。食してみると信じられないほど濃厚で力強い味と舌触り、そして強い癖のあるものだった。

 しかし肉の柔らかさと味は素晴らしく、今まで食べたどんなものよりも旨かったと大騒ぎするタッパラーたちだ。最後にはおかわりまでして満腹になり、捕虜の分際で満足そうに批評を始める始末である。

「それにしてもこのシチュウは絶品だ! このような物は食べたことが無いが、一体何の肉なんだ? まさか魔物ではないだろうな?」

「まさかそんな、これはウミガメのスープと言う料理を人間の味付けになおしたものですよ。お口にあったなら良かった。料理長も喜ぶことでしょう。ワインはどうですか? こちらは我々では飲めず試飲できないので味はまったく知りません」

「うーん、正直料理と比べると数段落ちると言わざるを得ないな。保存状態が悪く酸化してしまっているのか、鉄サビのような味が口の中に残ってしまう。やはりワインは温度の安定した冷暗所で保管しなければならぬ」

「なるほど、人間の保管は難しいことを覚えておきましょう。それではそろそろ帰り支度を始めてください。我々の陣から砦の前までは馬車でお送りします。しかし念のため弓の射程外で降りていただきますよ? 事前通告はしましたが、攻撃してこられると面倒ですからね」

「なるほど、一理あるな。いやはや世話になった。あくまで個人的には、貴公らを見る目が変わったとは言っておこう。ただしこの戦争は熊獣人たちとのものだから恩には着ない」

「もちろんそれで結構ですよ。後せっかくですからお教えしますがね? 王都に親しい方がいるなら別の街や村へ逃がしておくことをお勧めします。まさか進軍はしませんが、今後王都が混乱することも予想されますからな」

「それはいったい――」

「私が言えるのはここまでです。もう一言も話しません。ではもう会うことは無いと思いますがお元気で」

「ああ、最後に一つだけ。シノロの行方はどうなっているんだ? てっきり一緒に帰されるものだと思っていたのだが?」

「彼女は料理を手伝ってくれたことで疲れて寝てしまいました。起きたら速やかにお返ししますよ。想像以上に人間の料理が大変だったとお分かりでしょう?」


 こうしてタッパラー、コシヒカ、クラッサンの三名は、魔王国の陣から馬車に乗せられウオーヌ=マサンへと送り届けられたのだった。
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