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第四章 出戻り貴族

42.ダリルの思惑

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 ダリルの話はそれほど難しいものではなかった。最初はカメル卿の体調不良から始まり次に伯爵夫人も病に倒れたと言う。ギャクハーン男爵が手配した医者から、治療には遠国から取り寄せた高価な薬が必要だと言われ大分巻き上げられたらしい。

 薬代を工面するためだとギャクハーン卿にそそのかされアローフィールズ領で見つかったという金鉱を狙った侵攻にダリルが許可を出したのだった。しかし攻め込む根拠が薄く無用なトラブルを嫌ったダリルが中止を命ずると妹のイザベリアを人質に捕られてしまったようだ。

「しかしあなたも大変だったわね。
 ご両親に盛られた毒は後遺症も残らなそうで良かったわ。
 あと妹さん、イザベリアだっけ? その後いかが?
 怖い思いをしただろうから引きずっていなければいいのだけど」

「両親も妹もすっかり元気を取り戻しております。
 これも伯爵殿の手際よいご対応のおかげ、感謝いたします。
 それでですね…… この度の賠償についてなのですが……」

「そうね、まずはギャクハーン家の取り潰しと関係者全員の処分、は済んだわね。
 こちらに実質的な被害は出ていないとはいえ余計な出費の補てんはしてもらうわ。
 まずはカメル領内の村へ課している税を六割まで下げなさい。
 その上でうちの村同様に効率化できないか調査させてもらうわ」

「えっ!? それが賠償、なのですか?
 いや、ありがたいことではございますが、伯爵殿側に利点がございません。
 中央への納税差額負担はありますがそれは当家の問題ですし……」

「ま、話は最後まで聞きなさい。
 村への調査や支援の拠点としてギャクハーンの屋敷を貰うわ。
 あの男が何を吹き込んだかは想像がつくけど、金山なんて見つかってないのよ。
 全部村人含めた全員の努力で改善してきたことなの。
 だからあなた達も同じことをしてみなさいよ」

「なるほど、そういう方法で富国化していたのですか。
 伯爵様を見習って我も立派な領主を目指します!」

「毎食芋一つにパンひとかけらで暮らせば一か月くらいでそのお腹もすっきりするわよ。
 実際の賠償は村々が豊かになってかたら徴収させてもらうわね」

 ダリルは少し突き出た自分のお腹をさすりながら苦笑いしていた。それにしてもこんなあっさりと条件を飲むだなんてまだまだ子供だ。領主の喉元へ刺客を送り込まれたようなものだと考えなかったのだろうか。

 陽が傾いたころダリルは自国へと帰っていき、その後私たちは夕飯時にまた話し合いをしていた。

「どうやらダリル殿下はレン様を特別な目で見ておりますなあ。
 それもあって冷静な判断が出来ずすべて言いなりだったのでしょう。
 カメル卿がなんと言いだすかわかりませんが、一応見直しも考えておきましょう」

「ルモンド殿の言う通り、あの坊ちゃんはポポに惚れてるな。
 向こうが一つ上って言ってたしちょうどいい相手じゃねえか」

「私は頭の中が子供な人はキライよ。
 それにあの子はカメル家の後継者だから私の相手は無理よ、残念でしたー」

 何かにつけて私を遠ざけようとして、グランったら本当に意地が悪いんだから。それとも以前言っていた、小娘がおっさんとくっつくものじゃないみたいなことは本気だったのかもしれない。

 確かに二十ほど年が離れているはずだし身分のこともあるので結婚なんて現実的ではない。でももしグランが申し出てくれたなら私は喜んで受け入れるだろう。それこそ貴族なんてくだらないものを棄てても構わない。

 だが好きだからどうしても一緒になりたいと言うわけではない。いくらグランがイケオジだと言ってもアラフォーのおっさんであることは変わりがなく、今の私がようやくティーンエイジャーになった程度の少女だからだ。

 とりあえず今はそんなことはどうでも良く、領内の整備と信頼できる繋がりを作ることが大切だ。今の段階で色恋ざたなんて抱えても重荷になるだけなのだから。

 真面目に考えないといけないことばかりの会議がこうして進んでいき、カメル伯爵家へはルモンド騎士団の団長をトップに据えた一個師団に、村で土木作業を経験した中から志願してくれた村人数名を加えて常駐することとなった。

 ギャクハーン男爵は落盤事故で直属の配下ともども死亡、カメル伯爵家とアローフィールズ伯爵家間の諍いは無かったこととして、中央へは事故発生とギャクハーン家没落のみ報告することに決まった。

 もちろんこれはカメル伯爵家に恩を売り、今後従ってもらうための第一歩である。さらにあのぽっちゃり殿下に嫁でもあてがえれば完璧だろう。

 案の定ダリルはまるで家来のように私に忠実だし、カメル卿も常駐を嫌がることもなく平穏な日々が続いていた。農作地の改革も進み作業量の軽減はうちの領内の村同様順調に進んでいる。

 ただ一つ大きな違いがあるとすれば石切り場の存在だろう。鉱山と違ってその場で四角く切り出しながら大きな石を運んでいくので事故も多い。それに雨が降ると足元が滑りやすくなるので作業はお休みとなり効率も悪かった。

 なにか改善方法がないか考えたがなにも思いつかないうちに合同会議の日がやってきた。おおよそ月に一度西の村で行っている首脳会議のようなものである。こちらからは私とルモンドが参加し、カメル家からはダリルが参加している。

 だが今回は以前までと異なりイザベリアも参加したいと言って兄のダリルについて来てしまった。確か歳は私よりも二つ三つ下だったはず。同席するのは構わないがきっと退屈だろう。

「伯爵様、この度は突然の同席をお許し下さりありがとうございます。
 今後のためにもぜひ学ばせていただきたいと存じます」

「いいえ、勉強熱心なのはいいことだわ。
 あなただっていつどこでどういう立場になるかわからないもの」

「はい、兄がいなくなった後、立派に家督を継げるよう精進いたします。
 どうぞ兄をよろしくお願いいたします」

「ん? それってどういう――」

 その時ダリルが妹の脇腹をつつき、イザベリアはひゃっとおかしな声を上げながら椅子から飛び上がった。

「お兄様、なにをするのですか?
 伯爵様とご同席の場でお戯れなんて失礼ですよ」

「良いからお前はもう黙っているんだ。
 座って聞いているだけでいいのだからね。
 さあ伯爵殿、会議をはじめましょう」

「ダリル? 私はさっきイザベリアが言った話の続きが聞きたいわ。
 何だか私は嫌な予感がするの、何を企んでいるのかしら?
 さあイザベリア、話してちょうだい」

 笑顔のイザベリア、青ざめるダリルと二人の対比が面白くて私は微笑んでいた、つもりだが、後からグランに聞いた話では嫌らしい顔つきだったそうだ……

「伯爵様、兄はまもなく十六になり成人いたします。
 そんな兄は、その日が来たら伯爵様へ求婚するのだと言って鏡に向かって練習しているのです」

「まあ驚いた、随分自信家なのね。
 でも本当にそんなこと実現できると思っているのかしら」

 私は本当に驚いていた。まさかダリルが私を違う意味で狙っていただなんて。ルモンドとグランが言っていたように、確かに私を特別な目で見ていたようだ。

「以前伯爵様より痩せたらカッコよくなると言われたと申しておりました。
 確かにここ数か月の節制生活で家族全員が健康的になりました。
 私もこれなら素敵な殿方に見初めていただけることでしょう」

「私はすっきりするとは言ったけどカッコよくなんて、まして惚れてしまうなんて言ってないわ
 さあダリル、なにか言いたいことはあるかしら?
 ないなら私からありがたいお話をしてあげるわ」

 かわいそうなくらいに追い詰められてうつむいたままのダリル、きっと生きた心地がしないだろう。だが私は別に大して気にしているわけではなかった。ただからかう相手が増えたくらいにしか考えていない。だが領主として跡を継いでいくつもりならもう少し頭を使うべきだ。

「二人ともいいこと?
 人を好きになることや人に好かれること自体は素晴らし事よ。
 でも私たちは責任ある領主貴族と言う立場であると理解しているかしら?
 今はまだどちらの領地も裕福とは言い難いのが実情でしょ?
 だからね、好きになる、なってもらうべきなのは領民だと考えているの」

 正直言うと私だって完全に出来ているわけではない。でも領民を大切に考えていることは本当だし村人たち全員を愛している。まあ平等とは言えないかもしれないが。良くある言葉で言い換えるなら理想論であり偽善なのかもしれない。

 だが純朴な二人には真っ直ぐ刺さったらしく、瞳を潤ませながら肩を震わせていた。

「さすが伯爵様でございます!
 素晴らしいお考えに感服いたしました。」

「我も伯爵殿の思慮深き心、持に感動いたしました。
 こんな素晴らしい手本が有りながら愚考極まりない自らを恥じることしか出来ませぬ」

 いくらなんでも褒め方が大げさな気もするが、志はわかってくれたみたいで一安心である。自分の言葉を思い返してみるとなんだか宗教勧誘じみた台詞な気もしてくるが、民のためにと言うのは本心だしうまく言いくるめてやろうと言ったつもりもない。

 今後も領内の村人たちを豊かにするための施策を提唱しダリルたちを導くことが出来るかどうか、それはやがてはこの改革を国全土へ広げていかれるかどうかの試金石になる。私はそんなことを考えながら二人の顔を眺めていた。
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