43 / 76
第五章 戦いの日々
43.策略打破
しおりを挟む
人間は生まれながらに平等である。そんな考えはただの理想論であり幻想だ。ただし平等に感じられるよう出来るだけ機会を設けようと改革を進めてきた。
その中でもすべての村に学校を作り、学習意欲の高い者には屋敷での高等教育を行うようにしたのは大正解だ。おかげで手紙と言う文化が農村でも当たり前になり村同士の交流が盛んになったのだ。
各村々は文化的には大差ないのだが、それでも生活や人生観には違いが有るので互いの良いところや悪いところを学んで改善していく意識が芽生えつつある。別の村で行っている仕事に興味を持ち移住する者、恋におち人生を共にする者たちもいた。
そんな風に月日は流れ、私はようやく十五歳になった。ただこの国に誕生日を祝う習慣はなく、新年に全員まとめて年越しをお祝いするくらいである。
毎月の定例会議はいつからかイザベリアも参加するようになり、場所も西の村からキャラバンへと移して継続開催している。ちなみにキャラバンの管理運営が彼女の仕事だ。
「それでは今季の希望者リストはこの通りよ。
なんでこんな急に裁縫修行の希望者が増えたのかしら」
「それはおそらく先月から始めた絞り染めの影響かと思われます。
北西の村でとても流行っているのですよ」
「なるほどね、喜んでいるなら良かったわ。
農作業だからって地味な作業着である必要はないもの。
おしゃれ心はやっぱり大切だと思うの」
何の気なしにやってみた絞り染めが好評らしく私はとても満足していた。始めて北西の村へ行ったときには色とりどりの花が咲き誇るのを見て心躍ったと同時に、高校の授業でやった草木染めのことを思い出して試してみたのだ。
カメル領内に出入りしているうちにいつの間にかダリルも頼れるしっかり者になっていて、いつ家督を継いでも問題ないくらいになったと感じる。
「染物の売れ行きはどうかしら。
売れないのに作り続けるのは難しいでしょ?」
「売れ行きも上々です。
先日カメル領の北にあるドメレル領の街から買い付けがやってきました。
そこから王都へ広まれば一気に品不足になることも考えられましょう」
「それなら北西の村へもっと大きな作業所を建ててもいいわね。
今季の大工修業は向こうでやることにしましょ。
ディックスのお弟子さんに出張してもらうよう頼んでおくわ。
次は森でのお仕事を――」
学業の他にもこうやって職業訓練校的なことも行ってきた。その甲斐あって村での大工仕事や裁縫、代書に郵便宅配業と、農業以外の産業が順調に増えていた。それにキャラバンで食事を提供する屋台や生産品を売る店も出している。
そのキャラバンを任せているイザベリアからは気になる報告があった。
「伯爵様、そういえば先日キャラバンへやってきた流れ者が気になることを言っていたと報告がありました」
「お店の子から? 一体何かしら」
「はい、このところ隣国で鉄の価格が上昇しているのだとか。
そのため買い付けが思うようにいかないと。
さらには伯爵様の領地にある鉱山の規模を知りたがっていたようです」
「ちょっと怪しげな雰囲気ね。
商人なのでしょうけど初めて見る顔だったのかしら?」
「そのようです、キャラバンが盛況との噂を元にやってきたと聞いています。
いかがいたしましょう」
「こちらでキャラバンの出入り調査を手配しておくわ。
相手の出方次第ではきな臭いことになるかもしれないしね」
鉱山は湖よりも北側にあり国境からはかなりの距離だ。手前には西の村があるし早々攻め込まれることはない。しかも鉱山のさらに北はドメレル領とトーラス領が隣接しているため別の国から手を出すことは不可能に近い。
何にせよまずは調査を進めながら対策を考えよう。隣国で宿屋を引き継いだランザムからは特に報告はないが、鉄の値上がりと宿屋の経営に接点はないだろうから致し方ないことだ。
会議の後はキャラバン側に建てた宿舎でダリルやイザベリアたちと会食と談笑を楽しみ床についた。以前はとんぼ返りで夜遅くに帰っていたのだが、宿泊できるようにしたことでキャラバンの視察も可能になった。
この宿舎を立てる際にはディックスが教育してくれている大工見習いが頑張ってくれた。大工はなかなかの人気職で数だけは増えたので建築はあっという間だった。私には専用の部屋まで作ってくれたのだが、そこにはディックスお手製のベッドまである。
簡素なつくりではあるが、盗賊時代のアジトに初めて用意してくれたベッドを思い出し胸が熱くなる思いだ。これならクラリスや従者の女の子とキャラバンに遊びに来て泊まることも十分可能だろう。
だがそんなことでワクワクしている場合ではない。私はキャラバンから屋敷へ戻ってすぐにグランを呼んで話をした。
「うーん、流れの商人風情が鉱山を奪いに来るなんてことは無えだろうな。
だがその後ろで手を引いている奴がいる可能性はありそうだ。
そういやトーラス卿は結構金に汚いところがあるそうじゃねえか」
「そうね、この間の貴族会合では最後までしつこくて参ったわ。
なんで頑張っているうちがいっぱい税を治めなきゃいけないのよ。
トーラス卿が努力すればいいだけなのにね」
「でも世の中の貴族はみんなそんなだろ。
民から搾り取りゃいいと思ってるやつばかり。
他からはポポはちょっとおかしいって思われてるさ」
「あらグラン男爵さまったらひどいこと言うのねえ。
ポポちゃんはこんなに頑張っているから慕われているんでしょ?
だからこそあなただって今まで大切にしていたんじゃないの」
「ク、クラリス! なにを言ってやがんだ!
別に特別大事にしていたわけじゃねえ。
ガキだから手間かかってただけだろうに」
こうやって三人で話をしていると宿屋での苦労が思い出される。あれから二年と少しが経ち私は大分大人に近づいた。それでもまだグランからは子ども扱いのままだ。クラリスは相変わらず優しいけど、すぐに抱き寄せて来てこちらもやはり子ども扱いのままである。
「ルモンドが帰ってきたら西の村の防御を固めてもらおうと思うの。
カメル領から攻め込まれることは無いと信じてるけど、攻め落とされる可能性はあるわ。
そうならないようもし戦になっても参戦しないよう指示してあるけどね」
「誰だか知らんがくだらねえこと企んでるなら返り討ちだぜ。
さっそく鉱山の周囲も柵で固めることにしよう。
湖の居住区もなんとかしておいた方がいいだろうな」
「じゃあそっちは凸兄とディックスにお願いしようかしら。
東の村は隣国との交易点だから諜報活動は欠かさないようにね。
クラリスはランザムへ連絡を入れて街の調査を頼んでちょうだい」
「畏まりました、伯爵様、なんてね。
ついでに先月の売り上げ分配も受け取ってくるわ。
他に何か伝えることあるかしら」
「そうねえ、カウロスに騎士になりたいか聞いて来てもらおうかしら。
いつまでも宿屋の雇われじゃかわいそうでしょ。
グランの部下でよければ、だけどね」
ある程度統率の出来る部下がいればグランはもう少し楽になるだろうし、騎士団を三部隊にすれば東の村と湖の居住区、それに鉱山までカバーできる。西の村とキャラバンはルモンドが万全の守りを敷いてくれているから安心だ。
その後何事もなく二か月が過ぎた。調査が進むにつれ計画の一部が見えてきたのだが、やはりこのアローフィールズ領を攻め落とそうという計画のようだ。
鉱山の北東を治めているトーラス公爵が、私たちの宿屋がある街を含んだ領地を持つ隣国の貴族をそそのかし兵を出させ、東の村と鉱山に同時進軍し挟み撃ちにしようという算段らしい。
計画がわかれば後はなんてことない。グランはすぐに街へ向かい街議会へ駆け込んで計画を伝えてくれた。議会の偉い人たちは領主へ伝令を出し進軍を思いとどまるよう進言してくれた。
隣国の貴族はトーラス卿には黙ったまま進軍しないことを約束してくれた。もちろん勝利の暁にはトーラス卿から巻き上げる財産の一部を献上するという餌に食いついただけかもしれない。
だが街議会の協力も大きかったように思う。なんといっても街に頼りにされている宿屋はもちろん配送業に大工、そしてその従業員たちを全員引き揚げることもやむなしと脅したのが効いたのだろう。
こうして私たちは、何も知らないトーラス卿の進軍を万全の態勢で待ち構えるだけとなった。
その中でもすべての村に学校を作り、学習意欲の高い者には屋敷での高等教育を行うようにしたのは大正解だ。おかげで手紙と言う文化が農村でも当たり前になり村同士の交流が盛んになったのだ。
各村々は文化的には大差ないのだが、それでも生活や人生観には違いが有るので互いの良いところや悪いところを学んで改善していく意識が芽生えつつある。別の村で行っている仕事に興味を持ち移住する者、恋におち人生を共にする者たちもいた。
そんな風に月日は流れ、私はようやく十五歳になった。ただこの国に誕生日を祝う習慣はなく、新年に全員まとめて年越しをお祝いするくらいである。
毎月の定例会議はいつからかイザベリアも参加するようになり、場所も西の村からキャラバンへと移して継続開催している。ちなみにキャラバンの管理運営が彼女の仕事だ。
「それでは今季の希望者リストはこの通りよ。
なんでこんな急に裁縫修行の希望者が増えたのかしら」
「それはおそらく先月から始めた絞り染めの影響かと思われます。
北西の村でとても流行っているのですよ」
「なるほどね、喜んでいるなら良かったわ。
農作業だからって地味な作業着である必要はないもの。
おしゃれ心はやっぱり大切だと思うの」
何の気なしにやってみた絞り染めが好評らしく私はとても満足していた。始めて北西の村へ行ったときには色とりどりの花が咲き誇るのを見て心躍ったと同時に、高校の授業でやった草木染めのことを思い出して試してみたのだ。
カメル領内に出入りしているうちにいつの間にかダリルも頼れるしっかり者になっていて、いつ家督を継いでも問題ないくらいになったと感じる。
「染物の売れ行きはどうかしら。
売れないのに作り続けるのは難しいでしょ?」
「売れ行きも上々です。
先日カメル領の北にあるドメレル領の街から買い付けがやってきました。
そこから王都へ広まれば一気に品不足になることも考えられましょう」
「それなら北西の村へもっと大きな作業所を建ててもいいわね。
今季の大工修業は向こうでやることにしましょ。
ディックスのお弟子さんに出張してもらうよう頼んでおくわ。
次は森でのお仕事を――」
学業の他にもこうやって職業訓練校的なことも行ってきた。その甲斐あって村での大工仕事や裁縫、代書に郵便宅配業と、農業以外の産業が順調に増えていた。それにキャラバンで食事を提供する屋台や生産品を売る店も出している。
そのキャラバンを任せているイザベリアからは気になる報告があった。
「伯爵様、そういえば先日キャラバンへやってきた流れ者が気になることを言っていたと報告がありました」
「お店の子から? 一体何かしら」
「はい、このところ隣国で鉄の価格が上昇しているのだとか。
そのため買い付けが思うようにいかないと。
さらには伯爵様の領地にある鉱山の規模を知りたがっていたようです」
「ちょっと怪しげな雰囲気ね。
商人なのでしょうけど初めて見る顔だったのかしら?」
「そのようです、キャラバンが盛況との噂を元にやってきたと聞いています。
いかがいたしましょう」
「こちらでキャラバンの出入り調査を手配しておくわ。
相手の出方次第ではきな臭いことになるかもしれないしね」
鉱山は湖よりも北側にあり国境からはかなりの距離だ。手前には西の村があるし早々攻め込まれることはない。しかも鉱山のさらに北はドメレル領とトーラス領が隣接しているため別の国から手を出すことは不可能に近い。
何にせよまずは調査を進めながら対策を考えよう。隣国で宿屋を引き継いだランザムからは特に報告はないが、鉄の値上がりと宿屋の経営に接点はないだろうから致し方ないことだ。
会議の後はキャラバン側に建てた宿舎でダリルやイザベリアたちと会食と談笑を楽しみ床についた。以前はとんぼ返りで夜遅くに帰っていたのだが、宿泊できるようにしたことでキャラバンの視察も可能になった。
この宿舎を立てる際にはディックスが教育してくれている大工見習いが頑張ってくれた。大工はなかなかの人気職で数だけは増えたので建築はあっという間だった。私には専用の部屋まで作ってくれたのだが、そこにはディックスお手製のベッドまである。
簡素なつくりではあるが、盗賊時代のアジトに初めて用意してくれたベッドを思い出し胸が熱くなる思いだ。これならクラリスや従者の女の子とキャラバンに遊びに来て泊まることも十分可能だろう。
だがそんなことでワクワクしている場合ではない。私はキャラバンから屋敷へ戻ってすぐにグランを呼んで話をした。
「うーん、流れの商人風情が鉱山を奪いに来るなんてことは無えだろうな。
だがその後ろで手を引いている奴がいる可能性はありそうだ。
そういやトーラス卿は結構金に汚いところがあるそうじゃねえか」
「そうね、この間の貴族会合では最後までしつこくて参ったわ。
なんで頑張っているうちがいっぱい税を治めなきゃいけないのよ。
トーラス卿が努力すればいいだけなのにね」
「でも世の中の貴族はみんなそんなだろ。
民から搾り取りゃいいと思ってるやつばかり。
他からはポポはちょっとおかしいって思われてるさ」
「あらグラン男爵さまったらひどいこと言うのねえ。
ポポちゃんはこんなに頑張っているから慕われているんでしょ?
だからこそあなただって今まで大切にしていたんじゃないの」
「ク、クラリス! なにを言ってやがんだ!
別に特別大事にしていたわけじゃねえ。
ガキだから手間かかってただけだろうに」
こうやって三人で話をしていると宿屋での苦労が思い出される。あれから二年と少しが経ち私は大分大人に近づいた。それでもまだグランからは子ども扱いのままだ。クラリスは相変わらず優しいけど、すぐに抱き寄せて来てこちらもやはり子ども扱いのままである。
「ルモンドが帰ってきたら西の村の防御を固めてもらおうと思うの。
カメル領から攻め込まれることは無いと信じてるけど、攻め落とされる可能性はあるわ。
そうならないようもし戦になっても参戦しないよう指示してあるけどね」
「誰だか知らんがくだらねえこと企んでるなら返り討ちだぜ。
さっそく鉱山の周囲も柵で固めることにしよう。
湖の居住区もなんとかしておいた方がいいだろうな」
「じゃあそっちは凸兄とディックスにお願いしようかしら。
東の村は隣国との交易点だから諜報活動は欠かさないようにね。
クラリスはランザムへ連絡を入れて街の調査を頼んでちょうだい」
「畏まりました、伯爵様、なんてね。
ついでに先月の売り上げ分配も受け取ってくるわ。
他に何か伝えることあるかしら」
「そうねえ、カウロスに騎士になりたいか聞いて来てもらおうかしら。
いつまでも宿屋の雇われじゃかわいそうでしょ。
グランの部下でよければ、だけどね」
ある程度統率の出来る部下がいればグランはもう少し楽になるだろうし、騎士団を三部隊にすれば東の村と湖の居住区、それに鉱山までカバーできる。西の村とキャラバンはルモンドが万全の守りを敷いてくれているから安心だ。
その後何事もなく二か月が過ぎた。調査が進むにつれ計画の一部が見えてきたのだが、やはりこのアローフィールズ領を攻め落とそうという計画のようだ。
鉱山の北東を治めているトーラス公爵が、私たちの宿屋がある街を含んだ領地を持つ隣国の貴族をそそのかし兵を出させ、東の村と鉱山に同時進軍し挟み撃ちにしようという算段らしい。
計画がわかれば後はなんてことない。グランはすぐに街へ向かい街議会へ駆け込んで計画を伝えてくれた。議会の偉い人たちは領主へ伝令を出し進軍を思いとどまるよう進言してくれた。
隣国の貴族はトーラス卿には黙ったまま進軍しないことを約束してくれた。もちろん勝利の暁にはトーラス卿から巻き上げる財産の一部を献上するという餌に食いついただけかもしれない。
だが街議会の協力も大きかったように思う。なんといっても街に頼りにされている宿屋はもちろん配送業に大工、そしてその従業員たちを全員引き揚げることもやむなしと脅したのが効いたのだろう。
こうして私たちは、何も知らないトーラス卿の進軍を万全の態勢で待ち構えるだけとなった。
応援ありがとうございます!
0
お気に入りに追加
459
1 / 5
この作品を読んでいる人はこんな作品も読んでいます!
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる