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第五章 戦いの日々
68.ドンカンな二人
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これからの王国は混乱と混沌に包まれる、なんて考えてしまった日から何事もないままあっという間に二か月以上が過ぎていた。それは間もなく新年を迎える年の瀬のこと、私はグランと一緒に午後のティータイムを満喫しながらのんびりしていた。
「ねえグラン、年が明けたら私十六歳になるのよ?
もう大人になるのよねえ、どう思う?」
「ん? どうもこうもねえよ。
大人の仲間入りおめでとうってことだろ?」
グランはそう言ってカップを手に取りお茶をすすった。なんとつまらない回答なのか!
あの時、城へ攻め入ろうと言うあの時に言ってくれた言葉は何だったのか。その後まったく進展はない。すべてが終わったらって言ってたのに……
たまにそのことを匂わせてもまるっきり気にしていないようで無反応だ。あんなに胸が高鳴りウキウキしていたのはなんだったんだろう。まあそのあと最後の王位継承者であるゴーメイト皇子が急死したり領地再編の会合で忙しかったりで慌ただしい日々だったけれど、それとこれとは別問題のはずだ。
『ねえ、最後っていつのことなの? 革命が終わった後?』
直接聞いて明確な答えを出されるのが怖いと言うのが自分でもわかっている。城へ向かっているときにはこれで全部終わると思っていたけど、実際には王政は続いている。そりゃ王位継承をめぐって起こった争いはひとまず終わったが、この先どうなるのかまったく見えない状況である。
「なあ、メアリーのことどう思う?
最近やけに色っぽくないか?」
「なんで急にメアリーの話するの?」
「特に理由なんてねえけどよ、旦那を亡くしてからずいぶん経つんだろ?
再婚する気があるかどうかお前知らねえか?」
グランが言った言葉のせいで私が落ち着かない気持ちになっているときによくもまあ他の女の話が出来るものだ。なんだか妙にそわそわしていらいらして自分を抑えきれない。
「残念だけど知らないわ……
人の気持ちなんてそうそうわかるものでもないしね……」
「まあそうだよな、折を見て本人に聞いてみるとするか。
もしかしたら脈あるかもしれねえしよ」
この言葉で私の中で張りつめていた何かが切れてしまった。落ち着いてお茶を飲もうとしたが手が震えてうまく口元へ運べない。諦めてテーブルへカップを戻すとソーサーとの間でカチャカチャと派手な音が鳴ってしまった。
「おいどうした? 大丈夫か?
具合でも悪いんじゃねえか?」
「うるさい! 黙ってて!
近寄らないでよ!」
身を乗り出してきたグランへ向かってビンタするように手を振ったがテーブルを挟んでいるのでもちろん届かない。
はずだったのだが、グランは手元にあるカップもろとも後ろへ吹き飛んでいきドアをはね開けて廊下まで転がっていった。廊下に転がったグランの元へは何人かが驚いて駆けつけた。そしてその中にはメアリーもいる。
「グランのバカ! おたんこなす! 女ったらし! もう知らない!」
私は自分のしたことが情けなくて一刻も早くその場から立ち去りたかった。そしてそのまま自室まで走っていって鍵をかけて閉じこもった。
しばらくすると扉をノックする音が聞こえてきた。続けてアキの声がする。
「レン様、いかがなされたのですか?
私がお側についていますから中へお入れください」
「アキ、大丈夫よ、今は一人になりたいの。
心配かけてごめんなさい、ありがとう」
「では何かあればいつでもお呼びください。
私たちはいつもここでお待ちしております」
ベッドへ突っ伏して大声で泣こうとしたがそこでふと考えた。私は泣きたいのか? なんで? グランが煮え切らないから? それとも嫉妬かしら。グランの口からメアリーの名が出てくるとは思っていなかったので動揺してしまったが別になにかあったわけじゃないし、私の早とちりかもしれない。
『もしかしたら脈あるかもしれねえしよ』
冷静さを取り戻そうと努めた私の頭の中にグランの言葉が繰り返される。やっぱりダメだ。あの言葉、どう考えてもメアリーに好意を寄せているとしか思えない。
切なくて悔しくて、そして嫉妬している自分が情けなくて仕方がない。涙は出ないけれど大きな声で叫んで暴れ出したかった。もともとはこんなに短気で暴力的な性格ではない矢田恋だったはずの私だが、今の私がしている行動にはルルリラの本質が色濃く出ているのかもしれない。
「ポポちゃん、またグランと何かあったの?
どうせあの人が気に障ること言ったんでしょ?
落ち着いたらお話聞いてあげるから今は甘いものでも食べてゆっくりしてね。
アキへ渡しておくからね」
とうとうクラリスまで来てしまった。いつも心配ばかりかけていて本当に申し訳ない。私は観念して扉の鍵を開けほんの少しだけ扉を開けると、床に座り込んでいたアキが目に涙をためてこちらを見る。
「ごめんね、別に大したことじゃないのよ。
私がしっかりしてないだけだから心配しないで。
さ、入ってちょうだい」
「はい、何があったのかわからず勝手に心配してしまい申し訳ございません。
では失礼します」
アキがクラリスに託されたクッキーを持って入ろうとすると、サトにルアも駆け寄ってきて部屋へ入って来た。ノルンもやってきたが部屋の外で足を止める。
「私はここで御用を承れるよう待機しております。
誰も入れませんからご安心してお休みくださいませ」
「気を遣わせてごめんなさいね。
ノルンはホントしっかり者でいい子だわ。
だからこちらへいらっしゃい」
でも…… ともじもじしながらためらうノルンの手を握り、私は部屋の中へ入れた。まったく私一人の行動で大勢の人が心配してくれるし自分の仕事を放り出すことにもなる。もっと当主としてしっかりしなければいけないはず。それなのに……
「そうだ、私お茶をご用意してまいります。
先にくつろいでいてくださいね」
そういってアキは飛び出していった。彼女は何から何かで良く気が付くいい子だ。お姉さんだからしっかりしているのかな、なんて考えたりする。考えてみれば私だってここでは当主と言うお姉さん的立場である。と言うことはわがまま言ったり癇癪ばかり起こしたりしてないでもっとしっかりしなければならない。
そう思うとさっきまでの行動が急に恥ずかしくなってきて、私に注がれる視線を避けるようにうつむきながらクッキーを一口かじった。
「レン様は本当にグレンさまのことがお好きなんですね。
なんだか見てみて羨ましいくらいです」
「なによ突然、ノルンがそんなこと言うなんて驚いたわ。
でも私よりも年上だしもう大人だもの、そう言うことにも興味あっておかしくないか。
ノルンは誰か気になってる人でもいるの?」
「いえそんな、生意気言って申し訳ございません。
私にはそんなお相手はおりません。
お屋敷には歳の離れた方ばかりですし……
ただルモンド様はステキだと思います」
「ええ!? ルモンドこそすごい年上で下手したらお爺さんよ?
なんて言ったら怒られちゃうわね」
「そう言う意味では無くですね……
ルモンド様がメアリーへおかけになっている言葉の端々にお優しさが滲み出ております。
それにたまにお花を差し上げたりしているのですよ?
そう言ったことを自然に出来る殿方ってステキだなって思うのです」
ん? これはまさか…… 私ったらまたやってしまったのだろうか。以前宿屋でグランとクラリスがディックスのことを話していたのに早とちりしてグランをぶっ飛ばしてしまったっけ。
鈍い私が全く気付かないうちに、グランはルモンドとメアリーのことに気が付いた!? 部下のルモンドに使用人のメアリーのことだからそれで私に相談したかったのではないだろうか。
またやらかしてしまったことを悔いながら、私はクッキーを持ったまま両手で顔を覆った。すると涙の代わりに粉々になったクッキーが手元から零れ落ちる。
「あらあらレン様、大丈夫でございますか?
ちゃんとお口でたべないとだめですからね」
「いつもは私がルアに言い聞かせているのにね。
まったく恥ずかしいわ」
いいタイミングでアキが戻ってきたので熱いお茶を飲んでようやく落ち着いてきた。ホント自分のことばかり考えていて何も見えていないなんて恥ずかしい。
よし! 新年のお祝いでは私の成人祝いだけじゃなくいいことがあった人たち全員をお祝いしよう。すでに過ぎてしまったアキとノルンの分もだ。出来ればその時にルモンドとメアリーの再婚が加わればめでたくてうれしい新年の祝いとなるだろう。
楽しいことを考え始めて急に笑顔になった私を、四人は不思議そうに覗きこむのだった。
「ねえグラン、年が明けたら私十六歳になるのよ?
もう大人になるのよねえ、どう思う?」
「ん? どうもこうもねえよ。
大人の仲間入りおめでとうってことだろ?」
グランはそう言ってカップを手に取りお茶をすすった。なんとつまらない回答なのか!
あの時、城へ攻め入ろうと言うあの時に言ってくれた言葉は何だったのか。その後まったく進展はない。すべてが終わったらって言ってたのに……
たまにそのことを匂わせてもまるっきり気にしていないようで無反応だ。あんなに胸が高鳴りウキウキしていたのはなんだったんだろう。まあそのあと最後の王位継承者であるゴーメイト皇子が急死したり領地再編の会合で忙しかったりで慌ただしい日々だったけれど、それとこれとは別問題のはずだ。
『ねえ、最後っていつのことなの? 革命が終わった後?』
直接聞いて明確な答えを出されるのが怖いと言うのが自分でもわかっている。城へ向かっているときにはこれで全部終わると思っていたけど、実際には王政は続いている。そりゃ王位継承をめぐって起こった争いはひとまず終わったが、この先どうなるのかまったく見えない状況である。
「なあ、メアリーのことどう思う?
最近やけに色っぽくないか?」
「なんで急にメアリーの話するの?」
「特に理由なんてねえけどよ、旦那を亡くしてからずいぶん経つんだろ?
再婚する気があるかどうかお前知らねえか?」
グランが言った言葉のせいで私が落ち着かない気持ちになっているときによくもまあ他の女の話が出来るものだ。なんだか妙にそわそわしていらいらして自分を抑えきれない。
「残念だけど知らないわ……
人の気持ちなんてそうそうわかるものでもないしね……」
「まあそうだよな、折を見て本人に聞いてみるとするか。
もしかしたら脈あるかもしれねえしよ」
この言葉で私の中で張りつめていた何かが切れてしまった。落ち着いてお茶を飲もうとしたが手が震えてうまく口元へ運べない。諦めてテーブルへカップを戻すとソーサーとの間でカチャカチャと派手な音が鳴ってしまった。
「おいどうした? 大丈夫か?
具合でも悪いんじゃねえか?」
「うるさい! 黙ってて!
近寄らないでよ!」
身を乗り出してきたグランへ向かってビンタするように手を振ったがテーブルを挟んでいるのでもちろん届かない。
はずだったのだが、グランは手元にあるカップもろとも後ろへ吹き飛んでいきドアをはね開けて廊下まで転がっていった。廊下に転がったグランの元へは何人かが驚いて駆けつけた。そしてその中にはメアリーもいる。
「グランのバカ! おたんこなす! 女ったらし! もう知らない!」
私は自分のしたことが情けなくて一刻も早くその場から立ち去りたかった。そしてそのまま自室まで走っていって鍵をかけて閉じこもった。
しばらくすると扉をノックする音が聞こえてきた。続けてアキの声がする。
「レン様、いかがなされたのですか?
私がお側についていますから中へお入れください」
「アキ、大丈夫よ、今は一人になりたいの。
心配かけてごめんなさい、ありがとう」
「では何かあればいつでもお呼びください。
私たちはいつもここでお待ちしております」
ベッドへ突っ伏して大声で泣こうとしたがそこでふと考えた。私は泣きたいのか? なんで? グランが煮え切らないから? それとも嫉妬かしら。グランの口からメアリーの名が出てくるとは思っていなかったので動揺してしまったが別になにかあったわけじゃないし、私の早とちりかもしれない。
『もしかしたら脈あるかもしれねえしよ』
冷静さを取り戻そうと努めた私の頭の中にグランの言葉が繰り返される。やっぱりダメだ。あの言葉、どう考えてもメアリーに好意を寄せているとしか思えない。
切なくて悔しくて、そして嫉妬している自分が情けなくて仕方がない。涙は出ないけれど大きな声で叫んで暴れ出したかった。もともとはこんなに短気で暴力的な性格ではない矢田恋だったはずの私だが、今の私がしている行動にはルルリラの本質が色濃く出ているのかもしれない。
「ポポちゃん、またグランと何かあったの?
どうせあの人が気に障ること言ったんでしょ?
落ち着いたらお話聞いてあげるから今は甘いものでも食べてゆっくりしてね。
アキへ渡しておくからね」
とうとうクラリスまで来てしまった。いつも心配ばかりかけていて本当に申し訳ない。私は観念して扉の鍵を開けほんの少しだけ扉を開けると、床に座り込んでいたアキが目に涙をためてこちらを見る。
「ごめんね、別に大したことじゃないのよ。
私がしっかりしてないだけだから心配しないで。
さ、入ってちょうだい」
「はい、何があったのかわからず勝手に心配してしまい申し訳ございません。
では失礼します」
アキがクラリスに託されたクッキーを持って入ろうとすると、サトにルアも駆け寄ってきて部屋へ入って来た。ノルンもやってきたが部屋の外で足を止める。
「私はここで御用を承れるよう待機しております。
誰も入れませんからご安心してお休みくださいませ」
「気を遣わせてごめんなさいね。
ノルンはホントしっかり者でいい子だわ。
だからこちらへいらっしゃい」
でも…… ともじもじしながらためらうノルンの手を握り、私は部屋の中へ入れた。まったく私一人の行動で大勢の人が心配してくれるし自分の仕事を放り出すことにもなる。もっと当主としてしっかりしなければいけないはず。それなのに……
「そうだ、私お茶をご用意してまいります。
先にくつろいでいてくださいね」
そういってアキは飛び出していった。彼女は何から何かで良く気が付くいい子だ。お姉さんだからしっかりしているのかな、なんて考えたりする。考えてみれば私だってここでは当主と言うお姉さん的立場である。と言うことはわがまま言ったり癇癪ばかり起こしたりしてないでもっとしっかりしなければならない。
そう思うとさっきまでの行動が急に恥ずかしくなってきて、私に注がれる視線を避けるようにうつむきながらクッキーを一口かじった。
「レン様は本当にグレンさまのことがお好きなんですね。
なんだか見てみて羨ましいくらいです」
「なによ突然、ノルンがそんなこと言うなんて驚いたわ。
でも私よりも年上だしもう大人だもの、そう言うことにも興味あっておかしくないか。
ノルンは誰か気になってる人でもいるの?」
「いえそんな、生意気言って申し訳ございません。
私にはそんなお相手はおりません。
お屋敷には歳の離れた方ばかりですし……
ただルモンド様はステキだと思います」
「ええ!? ルモンドこそすごい年上で下手したらお爺さんよ?
なんて言ったら怒られちゃうわね」
「そう言う意味では無くですね……
ルモンド様がメアリーへおかけになっている言葉の端々にお優しさが滲み出ております。
それにたまにお花を差し上げたりしているのですよ?
そう言ったことを自然に出来る殿方ってステキだなって思うのです」
ん? これはまさか…… 私ったらまたやってしまったのだろうか。以前宿屋でグランとクラリスがディックスのことを話していたのに早とちりしてグランをぶっ飛ばしてしまったっけ。
鈍い私が全く気付かないうちに、グランはルモンドとメアリーのことに気が付いた!? 部下のルモンドに使用人のメアリーのことだからそれで私に相談したかったのではないだろうか。
またやらかしてしまったことを悔いながら、私はクッキーを持ったまま両手で顔を覆った。すると涙の代わりに粉々になったクッキーが手元から零れ落ちる。
「あらあらレン様、大丈夫でございますか?
ちゃんとお口でたべないとだめですからね」
「いつもは私がルアに言い聞かせているのにね。
まったく恥ずかしいわ」
いいタイミングでアキが戻ってきたので熱いお茶を飲んでようやく落ち着いてきた。ホント自分のことばかり考えていて何も見えていないなんて恥ずかしい。
よし! 新年のお祝いでは私の成人祝いだけじゃなくいいことがあった人たち全員をお祝いしよう。すでに過ぎてしまったアキとノルンの分もだ。出来ればその時にルモンドとメアリーの再婚が加わればめでたくてうれしい新年の祝いとなるだろう。
楽しいことを考え始めて急に笑顔になった私を、四人は不思議そうに覗きこむのだった。
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